第一章【旅の行方】仮面の少年
戦闘が見える位置まで近づいた黒街彰は、闘っている人物を見ておかしな事に気づく。
(ん? 変な仮面を付けてるけど、子供? だよな······異界に子供が入る事は出来ない筈だけど)
観察してまず、おかしな状況に意識を奪われるが、闘っていた人物が、背中に傷を負っている事に気づくと、黒街彰は加勢する為走り出した。
「大丈夫っ? 手助けさせて貰うよっ」
仮面の少年は、1.5メートル程のトカゲのようなモンスターである砂トカゲ三体に囲まれていた。
「まぁ楽勝なんだけど、一緒に戦ってもいいぜ」
仮面の少年は、黒街彰に返事をすると二本の武器を持ち砂トカゲに突っ込んで行く。
黒街彰は、少年の後ろに居た砂トカゲに狙いを定めた。砂トカゲ一体はそんなに脅威ではない、群れで襲ってくる事が危険視されるモンスターであった。
黒街彰が、一体を仕留め後ろを振り返ると、少年は二体を仕留めた所であった。
(言うだけの実力があるんだな······)
「お疲れ様、強いんだね、あっ、怪我大丈夫?」
背中に血を滲ませて立つ少年、何とも無いような素振りであったが······
「うん、何か痛くなってきたかもっ、ちょっと背中見てよっ」
黒街彰が傷口を確認すると、直ぐに命に関わる程ではないが、深めの傷があった。砂トカゲの爪の跡だと分かる。
「結構な傷だよ······良かったら、この癒しの薬を使って」
今回の、長い冒険の為に手に入れた癒しの薬を少年に差し出す。
「兄ちゃん有難うっ、痛みがひいてくよ、これは借りが出来ちゃったな」
少年は癒しの薬を飲むと、傷口が直ぐに塞がっていった。
黒街彰は初めて効果を確認したので、かなり驚くのであった。
(癒しの薬······すげぇ、あの傷が直ぐに塞がるんだ。これで一番効果の低い物なんだよな)
「そんな気にしなくていいよ、無事で良かった。そんな事よりさ······聞いていいかな? キミは何歳なんだ?」
黒街彰は、最初に気になった疑問を聞いてみる。
「俺は、9歳だぜ、兄ちゃんは?」
「······」
扉の先、異界に入る為には、探索者アカデミーの卒業資格が必要で、アカデミーを卒業するのは18歳だ······黒街彰は、混乱していた。
「俺は、19歳だよ」
「ちょ、ちょっと質問していいかな? 9歳で異界には入れないよね?」
「ん? あぁそうだったかな、入る時は、母様とオヤジと一緒だったからいいんじゃね」
少年は誤魔化すというより、余り考えていないような回答だ。
「そうなのか? もう一ついいかな、その仮面は······アイテムか何かなの?」
「この仮面、いいだろっ? 母様とお揃いなんだ。母様の家系は付けるもんなんだってさ」
少年の回答は、あやふやに感じる。でも、嘘を言っているようには見えなかった。
「あっそうだ、俺は時坂翔太っていうんだ。兄ちゃんも名前教えてよ」
「自己紹介が先だよな······ごめん、色々聞いちゃって、俺は黒街彰。宜しくな」
時坂翔太は、癒やしの薬の借りを返す為に、この後の探索を手伝うと言う。
気にする事ないと言ってもきかなかったので、今後の予定を話し、遺跡まで協力する臨時パーティーを組む事になったのだった。
海野結菜としかパーティーを組んだことがなかった黒街彰は、お互いの動き方について考えていた。
「なぁ翔太は誰かと組んで戦った事ってあるのか?」
黒街彰は、完全に前衛だ。先程の戦闘を見る限り、時坂翔太も前衛だと予想していた。
「母様とオヤジとは一緒に戦った事あるぜ、まぁ二人共、俺よりずっと強いけどな」
二人と共に戦闘した時は、自由に動いていただけだと言う。
「そうか、俺は剣での接近戦が基本の戦い方何だけど······翔太の戦い方も教えてくれるか?」
時坂翔太の戦い方は、先程の戦闘通り前衛タイプであった。最初はとりあえず、お互いの背中を守るような陣形で戦っていこうと提案する。
「おう、なんかいいなっ。母様とオヤジだと足手まといにしかならなかったから······これが、仲間って感じだよな」
(仲間か······いい響きだよな、結菜以外と初パーティーだ、頑張ろう)
この日、何度か戦闘をこなす。お互い後ろを気にせずに戦えた事は、確実にプラスであった。
日が暮れ始める、黒街彰は交代で仮眠をとる事を提案する。
「えっ? そんな事しなくても平気だって、魔物除けがあるから」
時坂翔太は、何処からかテントと魔物除けを取り出して言うのだった。
「魔物除け? これがそうなのか?」
魔石で動く魔導具、黒街彰は鑑定機以外で魔導具を見たことがなかった。
「そうだぜ、母様は要らないって言ったんだけどよ、オヤジがせめて持ってけって渡されたんだよ」
時坂翔太に魔導具の説明を聞くと、小魔石一つで、一晩起動が保つらしい。黒街彰はせめて自分の魔石を使ってくれと魔石を渡したのであった。
黒街彰は、テントのすぐ横で魔導具を見つめながら仮眠をとることにする。
(魔導具は、何処から取り出したんだ?袋の魔導具かな? 翔太は悪い奴じゃなさそうだけど······謎だらけだよな)
無事モンスターが寄って来る事なく朝が来る。
地面であったが、横になって眠る事が出来た事は有り難かった。
「兄ちゃん、おはよう朝だぜっ」
「おはよう······ぐっすり寝ちゃったな」
魔導具があったとはいえ、熟睡してしまった事を反省する黒街彰。もし時坂翔太と出会わずこんな事をしていたら命を失っていたかもしれない。
(駄目だ、もっと気を引き締めなきゃ······)
「翔太っ、今日も気合い入れて行こうなっ」
「おうっ」
砂地を抜けて、また平原が広がって来る。予定通り進めている証拠だ。
(この辺りも、そんなに危険なモンスターは居ないはず。俺達二人だと、遠距離攻撃をしてくるモンスターとは相性が悪いかな······)
平原に入って最初に遭遇したモンスターは、斑熊であった。
時坂翔太が突っ込んで行き、両足に斬撃を当て後ろに回り込む。
斑熊が時坂翔太を追う為に、後ろを振り返った瞬間、黒街彰の妖剣が斑熊の首を斬り落とした。
(おっ、妖剣の斬れ味が上がってるなっ)
「兄ちゃん、宝箱出たぜっ」
二人で戦闘して初めての宝箱だ。
「空ける前に、分け前をどうするかちゃんと決めておこう。翔太は希望とかあるか?」
「俺は要らないぜ、元々訓練の為に来てるだけだしなっ」
時坂翔太は、母様に一人でも戦えるようになれと言われて戦闘訓練をする為に来たのだった。
「でもなぁ、それじゃ順番に貰う事にしよう。俺達は実力的にも対等だろ?」
「まぁ兄ちゃんがそれで良いなら、それで良いぜ。でも最初は兄ちゃんで良いからよっ」
宝箱は順番で、魔石については、とどめを刺した方が貰える事に決めた。
今回の宝箱の中身は、金塊であった。売って現金にできるのでハズレとは言わないが······上を目指す探索者にとっては当たりではなかった。
翌日、平原を一日かけて進むと遺跡が見えてくる。
「なぁなぁ、あれが言ってた遺跡じゃないか? 何か怪しい雰囲気があんじゃん」
最初に発見したのは、時坂翔太であった。
「うん、確かになんかありそうな雰囲気だね。とりあえずは、地図通りちゃんと来れたみたいだな」
黒街彰も確認する。無事目的地にたどり着けて一安心といった所だ。
「早速、遺跡を探索しようぜ。なんかワクワクするなっ」
「ちょっとその前に、情報を共有しとこう」
黒街彰が調べてきた内容を話す。この遺跡では、一ノ扉では滅多に現れないランクのモンスター、危険度Dの牛鬼が稀に出現する。
牛鬼は人型で牛を鬼にしたような顔をしている。武器を操り、力と速さがかなり高い。
「此処には、二ノ扉を目指す探索者が、このモンスターを目当てに結構来るらしいんだ。俺達が出会う可能性もあるからな、油断しないように行こう」
「本格的な冒険って感じがするじゃん、楽しみだなっ」
二人は、冒険に心を踊らせながら遺跡へと入って行く。
遺跡の中は薄暗いが、所々壊れた天井から光が射し込んでいた。
それ程まで大きくはない遺跡であった為、2時間程度の探索で、最奥の間までたどり着いてしまいそうであった。
「何だよ、モンスターも居ないし何もないじゃんかっ」
「······静かに、なんか雰囲気が可怪しくないか?モンスターが居ないのも変だろ」
もう少し歩くと、広い空間が見えてくる。広い空間の中心には、何やら人影のようなものが動いている。
「あっ、こいつ兄ちゃんが言ってた牛鬼だろ。顔が牛だし······こいつは、今までのモンスターよりかなり強そうだぞ」
時坂翔太が武器を構える、今回の相手には無闇には突っ込んで行かないようだ。
「圧が、凄いな······翔太っ、左右から挟み込もう、相手には集中させないぞ」
接近する二人を牛鬼は睨みつけると、少し接近が早かった時坂翔太に対して持っている武器、斧槍を上から叩きつけてきた。
「あぶなっ」
ギリギリで躱せた。速く重い一撃で地面が破壊される。
その隙をついて黒街彰が攻撃を仕掛ける。見事に斬撃を背中にくらわせたが、ダメージは少ない。牛鬼の圧に踏み込みが浅くなってしまっていた。
(牛鬼の攻撃は破壊力が異常だな、一撃も貰うわけにはいかないぞ······でも連携は通じる、次はしっかり力を乗せてみせる)
今度は、斬撃を当てて来た黒街彰を標的にした牛鬼。
黒街彰は、牛鬼の間合いに入らないギリギリの位置で仕掛ける素振りを見せる。
(良し、俺にかかって来い。翔太、頼むぜ)
牛鬼は、素早く踏み込むと横薙ぎの一撃を黒街彰へと放ってきた。
躱す程の反応が間に合わなかった黒街彰は、妖剣で受けたが、余りの威力に数メートル程吹き飛んでしまう。
だが、その隙に時坂翔太が牛鬼の背後から強烈な一撃を喰らわせていた。
「兄ちゃんっ、大丈夫かよっ?」
「大丈夫だ、翔太も距離をとれっ、こいつは一人じゃ危険だぞ」
吹き飛んだが、しっかりと妖剣で受けていた事でそこまでのダメージはない。
「このままダメージを蓄積させよう、直撃だけは気おつけてな」
同じように、一人が牛鬼の注意を引き、一人が隙を突いてダメージを与えていく。
簡単に見えるかもしれないが、直撃をくらえば連携は崩れ、闘いの行方は分からなくなる······常に集中していなければならなかった。
牛鬼は、ダメージにより動きが鈍りだす。
「翔太、一回だけでいいから一人で闘わせてくれないか?」
黒街彰は、強敵と一対一での経験を積んでいきたかった。
(動きも沢山見た、勝つイメージも持てた、後はしっかり動けるかだ)
「兄ちゃん、いいとこ譲ってあげるからさ、格好良く倒してくれよっ」
黒街彰は、ゆっくりと近づいていく。
(距離で攻撃パターンが変わってくるはず······後一歩で一気に距離を詰める)
走り出し距離を詰めると、牛鬼は上段から叩きつける攻撃を仕掛けてくる。
(良しっ予想通り、今なら見えるぞ)
横向きになり、ギリギリで躱す。そして、しっかりと踏み込んで牛鬼の首へ斬撃を放つ。
(くそっ、ちょっと浅いかっ)
身長差がある分、斬り落とすまではいかなかったが、攻撃はまだ終わらない。
左手で斧槍を掴み、引き寄せる反動で一撃目の傷口へ妖剣を突き刺す。
「ハァハァ、やったぞ」
「ほんとに格好良く決めたじゃんかっ」
二人で喜んでいると、牛鬼が倒れた跡に、銅の宝箱が出現していた。
「おっ銅の宝箱だ、兄ちゃんが倒したんだから兄ちゃん開けていいぜっ」
「いや···順番って約束だろ、これは翔太のもんだよ」
時坂翔太は、「じゃ貰いっ」と言うと、宝箱を開ける。中には······宝玉が輝いていた。
強敵との死闘も終わり、時坂翔太は宝玉、黒街彰は強敵との経験を手に入れた。満足した二人は遺跡を出る事にしたのだった。
そして遺跡を出ると、二人を待って居たであろう者が、近づいて来るのであった。