第一章【旅の行方】秘密と信頼
地上に戻って来た黒街彰、ククノにとっては初めての異世界だ。
(とりあえずは、人に見つからない様に住処へ入っていてよ)
小声でククノに伝えると、バックの中に居たククノは住処にした鏡へと消えて行く。ククノが居た場所には、魔石だけが残っていた。
(魔石は持っていけないんだな、そう言えば地球って魔力ってあるのかな?)
バックを覗き込んで、独り言をつぶやく。
(先ずは、真菜さんに連絡だな)
海野真菜へ電話を掛け、地上に戻った事を伝えると、数日は異界へは行かずに休みを取るので食事は大丈夫だと言う。
「本当に助かりましたよ、有り難うございます。次に異界に行くまでに一回はお店行きますから、今回凄い事が結構あったんで、報告楽しみにしててください」
(次は、どうしようかな······家に帰るか、鑑定に行くか)
迷ったが、今日は家に帰る事にする。魔石を『時空繋ぎの双子鏡』で海野真菜に預けているので、今持っている分では足らない可能性に気づいたからだ。
家に帰って来た黒街彰、ゆっくりする前にククノを呼ぶと、気になった事を聞く。
「ククノ、地球へようこそ。ここってさ、魔力ってある?」
「こりゃ参った、ここには魔力の魔の字もないぞ······魔石を貰っても良いか?」
地球に居る間は、魔石無しでは魔力を補給する事が出来ないようだ。
「そうだ、もう一つ聞きたかったんだけどさ、住処にした物の中には、魔石って持っていけないの?」
「この鏡には持ち込めんが、親和性の高い住処が創れれば、多少は物を持ち込む事が出来るんだがな」
自然由来で出来た、魔力を内包した物が良いのだと言う。地球の物には魔力が無いので、当てはまる物を今は持っていなかった。
この後は、テレビを見たり本を読んだりとまったり過ごす。ククノは、テレビを気に入ったようで、アニメに夢中になっていた。
翌日、昼に起きてゆっくりと準備を始める。
家に置いていた魔石をバックに詰めると探索者協会へ向う。今日は、自身のステータスを鑑定して貰う予定だ。
ネックレスと妖剣は、ステータスのプラス数値を見てから鑑定するか決めると考えていた。
(前にステータスの鑑定したのは、時坂さん達と特訓した後だったよな。あれから3ヶ月も立ってないのか······)
今回の探索内容が濃かった事で、結構な時間が経過してる様な気になっていた黒街彰。
それでもステータスの変化は大きいと期待を込めて鑑定するのであった。
今回の鑑定したステータスがプレートに記される。
【名 前】 黒街彰
【性 別】 男
【命 力】 122
【魔 力】 0
【攻撃力】 73 (100)
【防御力】 34 (200)
【素早さ】 241 (30)(200)
【幸 運】 17
【スキル】 魔力感知(大)
【魔 法】
【加 護】 光の守護
(おっ、色々変わってるぞ。能力値は予想通りかな、攻撃力が100プラスされてるし、妖剣だよな。魔力感知は、大になったんだ、【加護】光の守護······ネックレスの効果か? って、どんな効果なのかな?)
疑問はあったが、ネックレスを鑑定しても加護の内容まで説明されるか判らないので、アイテムの鑑定はしない事にする。
(節約は大事だよな、魔石はなるべくククノの為に使いたいしね)
探索者協会を出た時に、黒街彰の電話が鳴る。着信は坂本光からであった。
「もしもし、黒街です」
「坂本です。黒街君、電話に出たって事は、無事に帰って来たんだね。結構長かったけど、どうだった?」
「いや〜、中々収穫の多い探索が出来ましたよ」
「本当かい、それは良かった。それじゃ、二人で探索しながら土産話でも聞かせてよ。どうだい?」
「良いですよ、それじゃぁ何時にします?」
「黒街君の都合でいいよ。俺は予定ないからさ」
「そうですか······明日。じゃなくて、明後日はどうです?」
「オッケーだよ、それじゃ明後日を楽しみにしとくよ」
電話を切る。明後日ってにした理由は、此れから海野真菜に会いに行く予定だからだ。行ったら、なんとなくだが呑みに誘われる気がしていた。
電車に揺られて着いた先、海の宝食。今日着いた時間は、丁度夕食時であった。
「今晩は、黒街です」
「彰君、いらっしゃい」
夕食時の海の宝玉は忙しい。海野真菜一人でとても大変そうであった。
「あの、俺、洗い物してもいいですか?」
探索の間に、お世話になった御礼が出来ると、少し勇気を出して手伝いを申しでる。
「あら、いいの? 疲れているんじゃない?」
「全然大丈夫ですよ、でも洗い物ぐらいしか出来ませんけど······」
無事に手伝う事が出来て、最後の客も帰って行く。今度は、二人が夕食を頂く番であった。
「今日も、凄く美味しいです。ほんっとに美味しいご飯って助かるんですよ」
それと、今回の探索で起きた事を話して行く。
「あの、誰も居ないですよね? びっくりしないでください。ククノっ」
黒街彰は、ククノを呼び出して海野真菜に紹介する気であった。
鏡から姿を現したのは、マリモの様な存在だ。元探索者の海野真菜も、地上で鏡から突然現れた生き物にびっくりしない訳がなかった。
「えっ、な、何? 生き物なの?」
「初めまして、ククノだ。彰以外に人と関われるのは楽しみだな」
「しゃ、しゃべった? 彰君、説明、説明してよっ」
黒街彰は、ククノを精霊だと紹介した。
出会いから始まり、銀狼との激戦を黒街彰が話すとククノが盛り上げる。
「そんな経験······普通の探索者には出来ないわよ。それより、めちゃくちゃ無茶してるじゃないっ」
「無茶した甲斐はあったんですよ、ここに来る前にステータスを鑑定してきたんですけど、これです」
ステータスが書かれたプレートを海野真菜に渡す。
「どれどれ、って、わぁお······いい装備してんだね、ランクA何じゃない? このステータスなら、私よりもう高いわよ」
「鑑定してないですけど、このネックレスもランクAだと思います。他にも籠手がランクAなんですよ」
自慢げだが楽しく話していると、海野真菜の顔つきが真剣な物へと変わっていった。
「ねぇ、彰君······真面目な話になるんだけど、ちゃんと聞いてね」
探索者は、よっぽど信頼した人でもない限り、自分の能力が記されたプレートを見せたりしないと注意する。
更に、ククノの存在も同じだ。聞いた事も見た事もない精霊、それを地球に連れて来ている。それは、他人に教えて良い情報では無いのだ。
「分かってくれた? それに、凄い情報は切り札にだってなるんだから。簡単に教えたら勿体ないし、騙されて後悔してからじゃ遅いからね」
「はい······信頼出来る人しか話しません。でも真菜さんは、信頼出来る人ですからね」
「有難う」
美味しい食事と、少しばかりお酒を呑みながの報告会で楽しい時間を過ごす事が出来た。
明日はゆっくり寝て、また探索を頑張ろうと思う黒街彰であった。
坂本光と共に、探索をする約束をした日。
電話で待ち合わせ場所を決めると、合流して二ノ扉へ入って行く。
上がった能力を試す意味も込めて、キラースコーピオンが出現する地帯へ行く事にする。
向かいながら、探索で起きた出来事を話す黒街彰。海野真菜に注意されたからか、ククノの件は話さない······銀狼との戦闘が少し違和感がある内容になってしまった。
黒街彰の話しを聞いた坂本光は、少し考え事をしていた。
(山の頂上に居る、銀色の狼って銀狼の事だな······探索者協会でも注意を促してる危険度Aのモンスターだ)
黒街彰は知らなかったが、二ノ扉で出現するには危険度が高く、犠牲者が多く出ている事から探索者協会から低ランクの探索者は近づかない様に御触が出ていたのだった。
(黒街彰の実力では、先ず勝てないモンスターだぞ。探索時間も長過ぎるし、一人ではなかった? 時坂純也と一緒だったのなら納得がいくか······)
お人好しそうな黒街彰が、嘘を言うのにも違和感があった坂本光は、時坂純也に口止めでもされていると結論付けて無理やり納得するのだった。
キラースコーピオンが姿を現すと、黒街彰は坂本光に声を掛け、一人で倒しに向う。
「今回は、見学しててください。前より闘えるとこ見せますから」
キラースコーピオンに近づくと、鋏での攻撃を躱す。前の様に籠手で受けないのは、上がった速さを活かして闘う為だ。
鋏での攻撃を二度躱すと、次は黒街彰が攻撃する番だ。妖剣を二振りしてキラースコーピオンの両鋏を斬り落とした。
上から来る尾の攻撃も紙一重で躱し、キラースコーピオンの頭部を真っ二つにする。
(素早さも、攻撃力も随分上がってるじゃないか。一ヶ月足らずでどれだけ能力を上げてるんだよ)
黒街彰の闘いを見ていた坂本光は、驚愕していた。このペースで成長していったら自分を追い越される日も直ぐに来てしまうと。
「凄いじゃないか、能力上がったよね? これだけ余裕があれば、三ノ扉に挑戦出来るんじゃないか?」
「どうですかね、この間の戦闘で実力不足を痛感してますから······三ノ扉に挑戦する条件は、自分なりに考えてはいるんですけど」
黒街彰は、二つの条件を坂本光に話した。
一つは、能力を上げる効果のあるアイテムを揃える事。
もう一つは、仲間を集める事であった。
「割と慎重なんだね。それに、仲間を集めるんだ? ちなみに俺は仲間に入れて貰えるのかな?」
「勿論ですよ。坂本さんが良ければ、是非っ」
モンスターを狩りながら、どんな仲間が必要か?効率にアイテムを揃える方法はないか?など色々と話す。黒街彰は、坂本光との関係を深めていくのだった。
✩✫✩✫✩
もう何度目だろう······もう一度、ちゃんと話したいのに、初めて会った日に叫び逃げ出した事、その失態のせいで声をかけられない。
「はぁ、僕は何をしてるんだろう」
舘浦喜助は、初めて黒街彰と接触した日の後、西へは戻らず、中央に留まっていた。
もう一度話す為に、異界へ続く扉の付近で待ち伏せていると、何度か黒街彰を見かけている。
(最近、あの人と一緒に居る事が多いな、パーティーを組んだのかな?)
初めて会った日から4ヶ月程が立っていた。一人で居た時にも声をかけられないのに、他に人が居ては、舘浦喜助にとって難易度が爆上がりであった。
(大阪に帰ろうかな······でも、酷い事を言っちゃったのだけでも、謝りたいしなぁ)
そんな事を考えていると、黒街彰が通り過ぎて行く。
立ち尽くして、眺めていると、少し離れた位置から黒街彰と坂本光を見ている人間が居るのに気付いた。
(ん? いかにも怪しい人達だな、黒街さんの跡を付けてるのか?)
黒服の四人組。そのスーツの下には、何か着込んでいる様に見える。
不審に思った舘浦喜助は、何食わぬ顔をして跡を付けてみた。
(四人組も二ノ扉へ入って行ったぞ、見てはないけど黒街さんも二ノ扉に入ったと思うし······やっぱり、跡を付けてるのか?)
四人組が気になった舘浦喜助は、「何もなければそれで良いんだ」一言つぶやくと二ノ扉へ入って行く。言葉とは裏腹に、何だか心はざわついていた。