第一章【旅の行方】二人旅
山の精と二人での山登りが始まった。現在地は、山の中腹よりも麓よりらしく、頂上まではまだ距離がある。
「山の精さん? 名前が山の精じゃないですよね?」
「山の精は、名ではないぞ。まぁ我には名が必要ではなかったからな、では、彰に名付けて貰うかの」
黒街彰は、山の精さんでは、呼びづらかったので名前を聞いたつもりが、名前をつける所から任される。ペットに名前をつける訳ではないので悩む事になった。
「ちょっと、考えますね······」
色々考えたいが、頭からマリモが離れない······全然良い名前が思い浮かばない黒街彰であった。
「何か特技とか有ります?」
「ん? では、我が何を出来るか教えておくか」
山の精は、自分の出来る事を説明してくれた。木々を操る事が出来る事、これは魔法にもある木属性の技だ。
人と同じように魔力を消費するので、魔力の塊である山の精は、自身を消費するのと同じなのだと言う。
魔力を回復する方法は、自然に発生している魔力を吸収するのだが、此処ではモンスターを生成するのに魔力が使われているので常に取り合いらしい。
「大変なんですね、魔力が無くなったらどうなるんですか?」
「全て無くなれば消えてしまうだろう、少なくなれば小さくなっていくしな」
最初に出会ったマリモの様に小さくなってしまう、魔力を使うのは控えめにしたほうが良さそうだ。
他に出来る事は、分裂する事だ。意識を共有した状態であれば元に戻る事も可能なのだと。泉に残した分裂体は、意識も別れた完全に別の個体になったらしい。
此れも分裂を戻さないと、魔力が減っていくので注意だ。
「基本、魔力を使うんですね。それで木々を操れる······それじゃあ、名前なんですけど······ククノってどうです?」
黒街彰が、連想させて考えた名前。木々を操る事から木の神、ククノチの名前を思い出す。山の精は、神までいってない事から、一文字減らしたのがククノだ。
「我の名か、ククノ······良いではないか。永く生きて今初めて名を貰う、礼を言うぞ。それと彰は今から名付け親だ、もっと気楽に話してくれ」
山の精は、今からククノだ。ククノは初めて貰った名前を気に入ったようで、小さくククノと呟き、貰った名を噛み締めていた。
「気に入ってくれて、良かった。改めて宜しく、ククノ」
今日も一日、山を登り続けた。ククノの力でモンスターを避けて、最短距離で頂上を目指している。それでも、頂上まで後2日はかかるらしい。
「なぁククノ、頂上に着くまでに一度位モンスターと戦闘して連携を確認しとかないか?」
「良いが、我は基本サポート位しか出来ないからな」
「えっ、そうなの? 木々を操ってモンスターをボコボコにするのかと······」
「やって出来ない事はないが、全力で操れば、魔力が直ぐに無くなってしまうからな、今のこの星で魔力を回復するには、時間がかかってしまう」
それでも、一度戦闘をする事にした黒街彰。痺れ猿を1体だけ協力して倒す。
ククノが蔦を操り捕まえた所を、黒街彰が攻撃する。これが二人で連携するときの基本になりそうであった。
「お疲れ様、今の蔦を操ったのでどれくらいの魔力を使ったの?」
「ざっとだが、一日分ぐらいだな」
「あれだけで、一日分か······本当に魔力は節約しないと不味いね」
黒街彰が心配すると、それを見てククノが情報を付け足した。
「彰は心配し過ぎではあるな、まだ200年分は魔力が有るから安心してくれ」
ククノは、復活してから200年程立つ。その間、魔力を使う事はあまり無く現在まで溜め込んでいたのだと言う。
(200年か、えっと、1年が365日だから······73000回は蔦を操れるのか、この星が1年で何日か判らないけど、とりあえずは大丈夫そうだね)
「あれぐらいの魔力を使うのは大丈夫なのは判ったかな、ククノの事、他にも色々教えてよ。此れから永い付き合いになるんだからさ」
あれから2日が立ち、やっと頂上が見えてくる。
「頂上が見えたぞ、彰、此処からは用心したほうが良い。それと、この戦闘では、我も多めに参加するからな」
この2日は、魔力を使うのを控えていたククノも積極的に参加する。それだけ強力なモンスターなのかもしれない。
「ククノは、どんなモンスターか判るの?」
「どの様なモンスターかは、わからんが此奴が出現した時の状況でな、危険なモンスターだと予測出来る」
頂上のモンスターが出現したのは、凡そ10年前だと言う。その時は、大量の魔力が頂上に集まり、ククノが魔力を集める事も出来なくなる程であった。
「大量の魔力から生まれたモンスターは、強力なのは間違いないぞ。それに10年で何人もの人間が犠牲になっているのも我は、知っている」
もう少し近づくと、モンスターの姿が黒街彰の視界からも確認出来た。
(あ、あれか。鳥肌がやばい······キングリザードに近い強さを持っているかもしれないぞ)
頂上に居たモンスターは、銀狼。2メートル程の巨大な狼であった。素早い動きと、鋭い爪、牙が特徴のモンスターだ。
黒街彰が銀狼を見つけた時、銀狼も又、黒街彰を視覚に収めていた。
ゆっくりとだが、銀狼が黒街彰へ近づいてくる。
(見つかってるじゃないかっ、覚悟を決めなきゃやられるぞ)
「ククノ、頑張ろう」
黒街彰は、銀狼から目が離せなかった。視界を外した瞬間にやられる······そんな予感が襲う。
一瞬消えたと錯覚する程の速さで向かって来る銀狼。目の前に現れた銀狼の爪を何とか籠手で防ぐ。
かなり吹き飛んだ黒街彰は、木に衝突して止まる事になる。
(ぐはっ、ま、不味い銀狼は何処だっ?)
黒街彰は、銀狼を見失って焦るが、銀狼は大量の蔦に絡みつかれ動けない状態になっていた。
黒街彰が銀狼を見た次の瞬間には、蔦を千切り簡単に脱出する姿であった。
(直ぐに来るぞ、次はしっかり受け流せっ)
予想通り距離を詰めて来ると、又も爪が黒街彰を襲う。
防ぐのがやっとで、地面に激しくぶつかりながら転がる事になる。
(駄目だ、速すぎて対応出来ない······)
考える間もなく、目の前に来る銀狼、爪を振り上げた瞬間、蔦が黒街彰を守る為に絡みつく。
黒街彰もすかさず反応した。まだ2回しか衝撃を溜められてないが、現状で一番高いダメージを出せるのは籠手の衝撃だと判断する。
更に心臓があると思われる位置に手を添えると衝撃を放った。
(どうだっ?)
吹っ飛んだが、直ぐに立ち上がる銀狼。気合いを入れる為か、血を吐きながら咆哮を上げた。
銀狼は、黒街彰を睨みつけたかと思ったら視線を外す。その視線の先にはククノが居た。
銀狼がククノに向かったと同時に、黒街彰も駆け出す。だか、ククノと銀狼が接触する方が圧倒的に速い。
銀狼がククノと接触する前に、銀狼は大量の蔦に絡まれる。そこにククノのパンチが炸裂した。
(ククノ、殴ったり出来たんだ······)
そこに到着した黒街彰が、妖剣で斬りつけるのだが、斬撃を物ともせずに、身体を回転させて蔦を千切りると、ククノに襲いかかる。
ククノは、爪で切り裂かれ、噛みつかれてしまう······するとククノの身体から出た蔦が銀狼へ纏わりつく、更に草や花、木がククノから銀狼へゆっくりと放たれた。
それは、木々の成長を早送りするように広がり銀狼を巻き込んでいくのだった。
うねるように出来上がった大木からは、赤いシミが浮き出て消えていく。
(どう、なったんだ······ククノ、ククノは無事なのかっ?)
大木から一枚の葉が落ちて、黒街彰の手の平に収まる。その葉が動いたと思うと、裏から5センチまで縮んだククノが姿を現した。
「参った、参った、ここまで縮んでしまうとは思わなかったぞっ」
甲高い声で話すククノ。縮んで声まで高くなったククノは、まるで子供になった様であった。
「良かった。生きてたんだね、モンスターは? どうなったか判る?」
噛みつかれた時に、不味いと思ったククノは、無意識で魔力を全て使ってしまったのだ。ククノの全力は凄まじく、いくつもの木々を一つの大木まで成長させた。それに巻き込まれた銀狼は、押し潰されたのだとククノが言う。
「ごめん、こんな強いモンスターが居るなんて思わなかったよ。魔力を集めれば元に戻るんだよね?」
「うむ、当分大人しくして魔力を溜めるとするぞ。そうだ、我が創った大木の中にモンスターが残した物が有る。悪いが魔力が無くて我には取り出せないから、彰どうにかしてとってくれ」
黒街彰は、赤いシミがあった場所を妖剣で削っていった。
(きっとこの場所であってると思うけど、違ったら木を切る道具が無いと大変だな)
そんな事を考えていると、中から輝く物が現れる。
(銀色だ、此れは銀の宝箱じゃないかっ)
大木から取り出せた銀の宝箱。こうした命懸けの闘いでレアな物を手に入れて行くんだと黒街彰はしみじみ感じていた。
(今回も、一人だったら勝てなかったよな······誰かに助けて貰ってばかりだ。ククノのお陰で手に入った銀の宝箱。良い物出てくれるといいな)
銀の宝箱を開ける。中から出てきたのは白銀に輝くネックレスであった。
「ククノっ、ネックレスだよ。何かしらの能力強化だと思う、ククノ付ける?」
「いらん、いらん。遠慮しなくても良いぞ、手にした物は全て彰の物だ、そんな気を使うな」
宝箱を開け終わった黒街彰は、山を降る事にする。
「山との繋がりも切れてしまったようだな······彰、帰りはモンスターを避けて行く事が出来ないからな」
永年この山と繋がっていたククノは、寂しそうであった。
山を降る途中、何度も戦闘を行う。一度目の戦闘で出た魔石を見た黒街彰は、肩に乗っているククノに魔石を渡してみる。
「この魔石から、ククノに魔力を供給出来ないかな?」
「こりゃ魔力の塊だなぁ、昔はこんな物なかったからの」
手に持ったククノは、魔力を吸収しようと頑張っていた。
「少しずつだが、魔力を吸収出来てるぞ。これなら、少しは早く彰に協力出来る様になるな」
今は、魔石の大きさよりも小さいククノ。何だか頑張ってるククノが可愛く感じてしまう黒街彰であった。
予定より早い、2日で山を降りる事が出来た、しかもモンスターを狩りながらだ。
(このネックレス、素早さ確定だな。しかも借りた指輪より凄い物だぞ、それに······)
ネックレスが素早さなら、攻撃力が上がった気がするのは、見た目が変わったこの妖剣の能力かもしれない。
妖剣は元々、普通の剣に紅い色が混ざった感じであった。ランクが上がる度に紅を増していったのだ、山を降りる途中に起きた変化で、遂に紅一色になっていたのだった。
(ランクBになれば、能力向上の効果が付く可能性あるよな······)
上がった能力を試す為に、積極的にモンスターとの戦闘をする。
黒街彰は、その行為を二ノ扉へ到着するまで繰り返すのであった。