第一章【旅の行方】生き返らせる手掛かり
一時間の休憩を挟む事になった両陣営。
中央サイド
「黒街彰、良くやってくれた。佐久間が負けた時にはもう駄目かと思ったけどな」
防衛大臣の烏間高雄が声を掛けてくる。中央が勝利した事がよっぽど嬉しかったのか、上機嫌だ。
「負担かけたな、俺が負けちまったからよ······」
「そんな、大丈夫です。佐久間さん、身体は大丈夫なんですか?」
両腕を失った佐久間仁は、炎で両腕の代わりを創り出す。
「この腕じゃ、物を持てねぇけどよ。戦闘は出来る、此れからは噂の『神薬』を探す為に探索をしていく。それで腕が治ったらリベンジしてやる」
『神薬』身体の欠損も回復させる事の出来る回復薬だ。今迄に数個だが発見され、実在が確認されている。
「彰君、良い動きだった。常に冷静さを保って最後も確実な場所を狙えてたしな、訓練の成果を存分に発揮できていたし、完璧だったな」
「はいっ、勝てたのは時坂さんのお陰です。本当に有難うございます」
中央では、佐久間仁も思ったよりも落ち込んでおらず、全体的に勝利を喜んでいる雰囲気であった。
北サイド
「ぷっ、がっはっ」
板垣陸斗の胸は衝撃で陥没していた。治癒魔法で回復すると、心臓マッサージで何とか息を吹き返した。
「あ、あれ······俺はどうしたんだ」
板垣陸斗は、闘かっていた最後の記憶がない。予期しない衝撃で意識する間もなく心臓が止まっていた為だ。
「負けたんだよ、何でか解ってんのか?」
本城尊が質問に答える。
「······負けた、何でだよっ」
まさか自分が決闘に負けているなど思ってもみなかった板垣陸斗は、衝撃を受ける。
「はぁ、反省点は沢山あるけどな、負けた直接の原因は、籠手のスキルだろう。その一撃で心臓が止まったんだよ。此の後、未知瑠にしっかり反省点を聞いておけ」
本城尊は、最後に起きた現象は籠手のスキルだと予想をつけていた。
「陸斗、尊様に恥をかかせた代償は大きいですよ······先ずは悪かった点を全て理解してもらいましょう」
郷倉未知瑠からの説教が始まった。攻撃が単調である事、相手の狙いを察知出来ていない事、格下だからと油断しすぎなどを、教えられる。
「あ、あの······すいませんでした」
「当面は、私が指導してあげますからね、楽しみにしてください」
厳しい扱きを受ける事になるであろう板垣陸斗は、肩を落として意気消沈するのであった。
一時間が経過すると、ステージへ皆集まって行く。
「今回は死人もなく、実に平和な決着だったな。まぁ俺もそれなりに楽しませて貰ったぞ、約束通り、宮城県は中央の領土だ」
敗者とは思えない、王の振る舞いで言葉を発したのは本城尊だ。
「此方としたら、全てが日本の領土なんだがね······平和的に解決出来た以上、火種を撒くつもりはないからな、宮城県は中央が管理させてもらおう」
烏間高雄が了承して、決闘に本当の意味で決着がつく。
「良し、でわもう一つの約束も果たそう。黒街、何でも質問するがいい」
「はい······あの、人を生き返らせる方法を知っていたら教えて貰いたいです」
約束を覚えていた本城尊に、念願の質問をする事が出来る。
この時も、まだLIVE中継されており、視聴者は皆、どんな答えが返ってくるのか固唾を飲んで見守っていた。
「人を蘇らせる方法か? それは知らんな······だけど勝者の褒美に知らんじゃ格好がつかねぇか。未知瑠っ、可能性がある情報を全て教えてやってくれ」
本城尊は、情報に明るくはなかった。世界で一番に異界を探索している自負はあるが、情報を集めているわけではないのだ。
「そうですね。私の個人的な意見も混じってしまいますが、知ってる情報をお話しましょう」
本城尊が知る人物で、最も博識な者が郷倉未知瑠だ。此れから話される情報は、黒街彰が、現在知り得る事が出来る、最たる内容になるであろう。
「私も人を蘇らせる方法は知りません。ですが可能性を秘めた物なら二つ有ります。一つ目は、『神薬』です」
神薬で起こったと言われる事象は、身体の欠損も多く意識も無い、一度命を失った状態から息を吹き返した事があると話す。
「ですが、蘇らせる方法ではない理由が、時が立った死体に使用しても効果が無かったからです。二つ目は、『複製機』です」
複製機では、生きた人間を複製する実験が行われた結果、身体は完璧に再現されたが意識の無い器だけであったと言う。
「魂の無い器のような物と言うのでしょうか? 身体の複製を作れる点では、可能性が有ると言えますが······中身が重要ですからね、蘇らせる方法には程遠いですね」
『複製機』は現在、北の貧しい人々への食事を量産する事に使用していると郷倉未知瑠は付け足した。
「あの、今の話、もう少し詳しく教えて貰ってもいいですか? 複製って、身体は必要ですか?」
黒街彰が気になったのは、複製についてだ。結菜の身体を複製出来れば、後は魂を入れる方法が判れば蘇らせる事になるかもしれないと思ったからだ。
「『複製機』は、元となる物と同じ状態にしか複製を作れませんからね、質問の答えは身体がないと出来ません、ですね」
「じゃぁ、『神薬』で欠損も治るって話なんですが、死体の欠損箇所はどうなったんでしょうか?」
「死体には、何も変化が無かったと聞いています。ただの予測になってしまいますが、欠損を治す過程では、魂に記憶された形に戻すと言われているので、魂の無い死体には何も起こらなかった。と言う話が通説になっていますね、この話が真実かどうか分かりませんがね······」
(魂に記憶された形にって事は、『魂の補完石』に『神薬』を使ったら生き返らせる事が出来るんじゃ······)
(肉体が無い状態だと、どうなるのかな? 髪の毛でもないか、真菜さんに確認しよう······)
(『神薬』ってどうしたら手に入るんだろう? 簡単な訳ないよな)
「······考え込んでるって事は、褒美になったか? それよりな、俺達が探索出来てる異界は、まだ半分にも到達出来てねぇ。俺から言える事は、進んだ先に人を蘇らせる方法が必ず有るだろうって事だな」
本城尊は、郷倉未知瑠の情報に満足したと同時に、一つの希望を黒街彰へ示す。
「すいません······色々有り難うございます」
考えに没頭していた黒街彰。皆を待たせてしまったと気付き慌てて謝る。
それと、本城尊に優しさを感じていた。
(本城さん、北の王······思ってたよりも良い人だよな)
「黒街君、宜しいかな? 本城尊殿、平和的な解決が出来た事、喜ばしく思います。ですが、此方からの願いは、このような惨事が起きないよう、配下の行動を制御して頂けるようお願いします」
烏間高雄が挨拶をして、今回の中央と北の決闘は解散となる。
別れ際、黒街彰へ叫ぶ声が聞こえて来る。
「黒街彰、次は俺が勝つ。本気で闘える様に強くなりやがれっ」
板垣陸斗は、敗者とは思えない事を言っているが、実力では、黒街彰より数段上であった事は皆判っていた。
黒街彰は、小さくお辞儀を返す······もっと強くなると誓いながら。
ヘリコプターで東京へ戻った中央の面々、各自報酬の受け取りの為に、別れて行く。
黒街彰は、借りていたアイテムを返さなければならないが、時坂純也に先に時間を貰っていた。
「決闘が終わったのに、また時間をとらしてしまってすいません······」
「そんな気にするなよ、聞きたいのは『神薬』の事か?」
郷倉未知瑠の情報を聞いた時坂純也も、『神薬』と『魂の補完石』の組み合わせに可能性を感じていた。
「はい、入手方法って知ってますか? それと······どう思いましたか?」
「そうだな、『魂の補完石』との組み合わせは可能性があるかもって俺も思ったよ、試してみない事には解らないけどな。入手方法は大変と言うか、運だな。俺も金の宝箱から出たって情報ぐらいしか知らないからな」
時坂純也の長い探索者歴でも、手に入れた事が無いと言う。
「そうなんですね······買ったりも難しいですかね?」
「先ず出回ってる所を見たことがないな、手に入れた者が自分で持っているか、権力者に直接話がいってしまうんだろう」
直ぐにどうにか出来る物ではない、元々分かっていてもがっかりしてしまう。
「あの、最後まで有り難うございました。本当にお世話になってしまって······何か有れば何でも協力しますので言ってください」
「それじゃ、困った事があったら彰君に相談するよ。彰君は命を大事に探索頑張れよ」
こうして、ひと月程お世話になった時坂純也と別れると、なんだか寂しい気分になる黒街彰だが、此れからも探索者として前に進んで行かなければ結菜に再会する事は叶わないのだ。
自分に喝を入れると、前を向いてこの場を後にする黒街彰であった。
後は探索者協会の事務所へ行き、借りたアイテムを返すだけだ。
「すいません、借りていたアイテムを返却したいのですが」
「試合お疲れ様でした。このアイテム達は、勝利に貢献出来ましたか?」
「大いに助けて貰いました、能力が下がった状態で探索するのが怖いぐらいですよ」
「黒街彰さんが勝利してくれたお陰で、中央の勝利が決まったんですから、私個人としては報酬として差し上げたいんですけど······そんな権限は持ち合わせてないもので」
「そんな気にしないでください。返却する約束だったんですから、有り難うございました」
黒街彰は、探索者協会の対応の変化に戸惑いながらも、用事を済ませて事務所を跡にした。
無名の新人から決闘で活躍した有名人になった事で、他にもこの先変わる事が出て来る筈だ。
(次の目標は、『神薬』かな? その前に能力を上げる事か······どちらにしても探索を頑張らないとな)
帰路に着く途中も、此れからの事を考えて行く黒街彰。
きっと目的を達成するには、道のりはまだまだ遠い······だけど今回知り得た情報を手掛かりに、少しずつだが結菜との再会に近づいているのだと、自分を鼓舞する黒街彰であった。