第1章 第1話 空気な男
「あれ? あんな奴うちのクラスにいたっけ?」
「さぁ。別のクラスの人なんじゃない?」
クラス替えから1ヶ月ほどが経ち、ようやく高校2年生にも慣れてきたと感じ始めた5月。授業が終わり家に帰ろうとすると、クラスメイトの女子たちの会話が聞こえてきた。
「同じクラスだよ」
「へぇ。そうなんだ」
一応そう付け加えたが、女子は興味なさげに相槌を打つとスマホを弄り始めた。きっともう俺の顔も覚えていないことだろう。だがそれについて何か言うつもりはない。もうこんなのは慣れっこだからだ。
昔からそうだった。何をやっても目立たない。今までの人生で一番聞いた言葉は「あれ、君名前なんだっけ」。あるいは「あ、いたんだ(笑)」だ。顔どころか名前を覚えられた記憶すらない。
そんなもんだから友だちができたことはないし、彼女なんて夢もまた夢。いじめなんてむしろされてみたいくらいだ。
とにもかくにも影が薄い空気のような存在。それが俺という人間だ。
「ちょっ……ちょっと君! 名前なんて言うのっ!?」
自嘲しながら廊下を歩いていると、通り過ぎて行った2人の女子生徒がUターンして俺に詰め寄ってきた。
「えーと俺は……」
「先輩、これです」
「おおお! そうかそうか……やはりすばらしいっ!」
真面目そうな女子が差し出してきたタブレットを見てやたらとテンションを上げる眼鏡女子。一体何だってんだ……。
「いやすまない一人で盛り上がってしまって! 私は3年の月野光! こっちは助手の女川柳だ! 柳、君はこの存在を知っていたかい!?」
「いいえ、全く。私も調べるまで同学年だと気づきませんでしたし、調べてみたら同じクラスでした。驚きすぎて声も出ません」
なんだこの置いてけぼり感は……。とにかくげんなりしていると、その表情に気づいた月野さんがやはりハイテンションで語り出す。
「私の趣味は人間観察でね。自慢じゃないが、この大海学園高校の生徒の顔と名前は完全に覚えてるんだ!」
「え? うちって生徒数1000人は軽く超えてますよね……すご……」
「その私がだ! 君のことはまるっきり覚えていないし、知らないのに! 顔を見ても全く興味が湧かなかった! 平然と! 通り過ぎようとしたんだっ! この意味がわかるかっ!? 君は死ぬほど影が薄いんだっ!」
「はぁ……」
わかりきったことをこうも力説されても困る。とりあえずうざすぎるから帰ろうと思っていると、女川さんが月野さんを引き剥がした。
「君、この学校の生徒会長を知ってる?」
「えーと……深宮真子さんだよね。同じクラスの」
深宮さんといえば俺とは対極的な存在だ。1年の頃から生徒会長を務めており、眉目秀麗、成績優秀、才色兼備の傑物と専らの噂になっている。
「そう。その深宮真子が問題なの。彼女、この学校の理事長の娘さんなんだけど、この学校の理念は知ってるよね?」
「えーと……自由、だよね」
「その通りっ! この令和の世にベストマッチした素晴らしい学校さっ! なのに……なのにだ! 深宮真子は、この学校に厳しい校則を作ろうとしている! 部活強制髪型指定。この多様性の世の中に反した政策だと思わないかい!?」
「まぁ……そうですね……」
「そこでだ!」。月野さんは女川さんを振り払い、俺に再び詰め寄ってきた。
「君に私たち『自由強制隊』のスパイとして生徒会に潜入してほしい! 君のその影の薄さなら可能なはずだ! そして校則の厳格化を止めてくれっ!」
そして告げられたのは、わけのわからない命令。正直断りたくてしょうがない。でも……。
「いいですよ。俺も校則厳しくなるの嫌だし……」
「よく言ったっ! 君は素晴らしいっ! よし! 君のコードネームは苗字の一部を取って『ソラ』だ! 活躍を期待しているよ! ソラっ!」
「はぁ……」
わけのわからないまま俺に指示が与えられ、そして。
「ああそうだ言い忘れてた! 具体的には深宮真子の彼氏になってほしいんだ! 彼氏の頼みなら聞かざるを得ないだろう?」
「…………。は?」
影の薄い俺にはとても似つかわしくない、普通じゃない学校生活の幕が開いた。
プロローグ的な話です。少しつまらなかったかもしれませんね、申し訳ありません。次回からヒロイン登場します。
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