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1)茂みの向こうの小さいの

 誘ってきたのは長兄だった。

「あれか」

「あれだな」

「あれでしょうね」

長兄と次兄の言葉に、私も賛成した。


 離宮の庭に、小さいのがいた。短い足で、手も振りながら不器用に歩いている。茂みに隠れている私達に気づいた様子もなく、訳の分からない声をあげながら、上機嫌で、歩いては転びを繰り返していた。


「おめでとうと言うべきだろうな。これでお前はやっと末子ではなくなったぞ」

長兄の言葉に私は顔を顰めた。

「どうせまたすぐ、末子に戻るでしょう。王妃が見逃すわけがない」

次兄が腕を組んだ。

「母親は、侍女だろう。下女だったか?どちらでもいい。平民の腹から生まれた子だ。何ができる。あの歳まで見逃しているのは、そろそろ王妃も自分の評判に気づいたのかもしれない。本来王妃は慈悲の象徴であるべきだというのに、慈愛の欠片一つもないからな」


「少々の慈悲で、嬰児を殺して食らう噂が消えるとは思えませんが」


「食らう以外は真実だ。噂が消えることはない。最近、父上の愛人を片端から殺して、生き血を啜って若さを保つという噂は、聞かなくなったな」


 長兄が目を細めた。その口元がわずかに緩んでいた。

「あの歳まで育ったのは、初めてだ」


 長兄の言うとおり、数年前に私達は、生まれたばかりの腹違いの妹を失った。姫に王位継承権などない。長兄の王位継承の邪魔になることもなく、他国との取引にも仕える駒になるはずだったのに、王妃は存在を許さなかった。


「戻ろう。長居して、王妃の機嫌を損ねたら、三人兄弟に逆戻りだ」

王妃が生んだ私達以外、国王の子はいない。


「父上も、王妃をかまっておけばよいものを」

次兄の言うとおりだ。


「無茶を言うな。父親があの男だ。その上、王妃の手は、父親よりも血塗れだ。父上でなくても、抱く気になるか。王家の存続には、跡継ぎと、予備と、予備の予備で十分だと、お考えなのだろう」

露骨な長兄の言葉に、次兄と私は肩を竦めた。

「王妃を差し置いて、他の女を孕ませるから、面倒なことになる」

「こちらは、いい迷惑です」


 長兄の眉間に皺が寄った。

「私に言うな。私は、父上ではない」

長兄の言葉に、次兄と私は謝罪した。


「将来、万が一、私があぁなった時に、私に諫言すると誓うなら、許してやる」

不敵に笑う長兄に、私達はお互いに、誓いを立てあった。


 私達は父の子供だ。婚約者を、王妃のような女にしてしまうかもしれないと、心の片隅で、恐れていた。


 私達は、小さな子供を見たことがなかった。王妃は国王の愛人の存在も、愛人の子の存在も、許さなかった。


 嫉妬に狂う王妃は、己の手で、あるいは王妃派に命じ、愛人を次々と殺した。嬰児を窓から投げ捨て、床に叩きつけ、踏みつけて殺した。使用人達は王妃を恐れた。父親が誰であれ、王妃に疑われたら、母子の命は終わりだ。血塗れの王妃が女主人である王宮で、子を産み育てたい女などいない。次々と辞めていった。


 私の一番古い記憶は、乳母の温もりだ。私が抱きついていた温もりは突然消え、叫び声と、大きな音と、凄まじい臭いがした。消えた乳母の温もりの代わりに、恐ろしい顔をした女が立っていた。それが王妃だった。


 その時に何がおこったか、私はずっと後に、長兄から無理やり聞き出した。王妃に引き合わされた私は、乳母の影に隠れたらしい。乳母に子を奪われたと嫉妬した王妃は、私の乳母を、暖炉に突き飛ばした。乳母は大火傷を負った。死を待つだけだった私の乳母を、大火傷の苦しみから救うために、長兄は騎士に命じて、引導を渡した。


「結局お前の乳母も助けられなかった」

長兄の言葉に、私は引っ掛かりを覚えた。長兄と次兄にも乳母はいたはずだ。書類を見たが、私の乳母同様、事故死しており、死亡日が記載されているだけだった。


「お前は知らなくて良い」

次兄は、次兄の乳母に何があったかは教えてくれなかった。大切にしている護符が、彼の乳母の形見だとだけ、教えてくれた。


 私は自分が王妃の腹から生まれたことを知っている。だが、私は王妃が母とは思えず、王妃と呼んだ。あの日、突然消えた温もりが私の母だった。乳母の形見がある次兄が羨ましかった。


「お前は思い出があるのだろう」

長兄の言葉に、私は何も言えなかった。


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