表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/17

10)祝勝会

 私は、名実ともに夫となった方と、祝勝会に参加した。平民となった私の夫も、生まれついての平民の私も、参加できる身分ではない。だが、陛下から私達二人の名前入りの招待状を頂いたのだ。


 透かしかなにかで、本物だと判別できるらしい。手紙を矯めつ眇めつ眺めた夫は、本物だと言った。署名が、公文書用のものでなく、陛下が個人的な文章で使う署名だと言い、夫は泣いた。家族みんなで泣いてしまった。


 男泣きした父だが、参加には反対した。婿の身を案じたのだ。夫を死地に送ったのは王家だ。夫は、もう二度と会う機会はないから、参加すると言った。折れたのは父だった。個人的な文章用の署名を選んだ陛下のお気持ちを察してくださいなと、母が泣き落としてくれた。


 私の最初で最後の社交界は、優雅とは程遠かった。夫と寄り添っていたけれど、エスコートされていたわけではない。私は、怪我の後遺症で、自由に歩けなくなった夫の杖代わりだった。


 私を支えにする夫の様子を見て、察してくれた王宮の召使いが、大広間の片隅に私達を案内してくれた。椅子が用意されていて、安堵した私が甘かった。


 休憩したいのは私達だけではなかったのだ。それなりの人数の貴族がいた。

「君は僕の大切な人だよ。僕を、分不相応な立場から救い出してくれた」

「恐れ入ります」

夫の人懐っこい笑顔に、私は頭を下げた。

「つれないなぁ」

衆人環視の場での私達の会話だ。聞き流しているはずの貴族たちだが、一語一句に耳をそばだてているだろう。緊張する私に、夫は優しく微笑んでくれた。

 

 貴族社会は、私達の結婚を貴族風に解釈した。


 愛する方と永遠に結ばれることのない第四王子殿下と、大商人の娘の結婚だ。愛がないからこそ出来る結婚だ。家のため、父親の商売のため、大商人の娘が、優しく微笑むだけで、権力とは無縁で、学園での成績も振るわないのに、運だけで少々の戦功を立て、後遺症を負った第四王子と、愛のない結婚をする。王家も良い厄介払いだ。


 瀟洒な扇の向こうで囁かれている会話の内容など、聞こえなくても分かっている。良いのだそれで。王家から厄介払いされた夫を利用しようと考える貴族などいないだろうから。


「そういうぶれないところも、君の魅力だけどね」

優しく笑ってくれる夫に、私は曖昧な笑みを浮かべた。貴族の処世術など、私には無縁だ。誤解が広まったほうが良いから、別に何かを誤魔化す必要もない。


 私達の結婚の真実は、私達だけが知っていればいいことだ。


 王家の入場を告げる声が響き、夫は私の手を借りて立ち上がろうとして、ふらついた。ふらついた夫を、私一人の力で支えることなど出来ない。このまま無様に倒れるのかと焦ったが、近くに居た男性が、夫を支えてくれた。


 目を見開いた夫が、なにか言う前に、その人は、素知らぬ風に、夫から離れてしまった。だが、去り際に、夫が支えに出来るように椅子を夫の手元に寄せてくれていた。見知らぬ人だが、貴族には親切な人もいるらしい。ちょっとだけ安心した。


 王家の入場の際、全員が頭を垂れなければならない。夫にとって苦痛の時間だ。私と椅子の背もたれを支えにしていても、夫の手は少しずつ震えだし、手と額に汗がにじみ始めているのがわかった。


 痛みを堪える夫の呼吸が荒くなっていったが、王家の人々のゆったりとした足音が変わらなかった。


 周囲の貴族達が、頭を下げたまま、私達の様子を窺っていることは分かっていたが、私にはどうしようもなかった。夫には、一度頭を下げたら、相手が通り過ぎるか、頭を上げるようにと、声をかけられるまで、絶対に動くなと教えられていたのだ。


 私達の前を通り過ぎようとしていた足音が、突然止まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ