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白い姫は黒い皇子の番  作者: お嬢
第一章
9/18

9


 はっ、はっ、と苦しげな息遣いが聞こえる。

 

 グラスは一旦、清夏の頭を自分の膝の上に乗せる。清夏がどんな状態なのかを確認するためだ。

 

 清夏は胸の当たりを押さえ、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 体温は心做しか高い気がする。彼に触れているところがじわりと熱い。

 

 移動したくても周囲がどうなっているのかよく分からない。誰か呼ぼうにも外に出てしまっているため、人がいない。八方塞がりだ。

 

 「ぅっ……ゔぅ……グァァ!」

 

 どんどん清夏の息が上がって、獣じみたものに変わる。

 早く、早く何とかしなければ。

 

 気持ちだけが急ぐ。

 

 どうしたらいい、どうすればいい。

 思案していたら急に膝の重みが無くなった。

 

 膝から転げ落ちた?

 と思ったら、目の前から巨大な気配がした。

 

 「グァァァ!」

 

 獣の声。正気を失っている。襲われたらグラスや体調の悪い清夏はひとたまりもない。

 

 「清夏様!どこにいらっしゃいますか!」

 

 せめて自分が囮になって、清夏を逃がそう。

 そう思って、清夏に呼びかける。

 

 「逃げてください!けほっ……こほっ」

 

 大声で叫んでしまって喉が痛い。初めてこんな大きな声を出した。

 けれどそれで、獣を刺激してしまった。

 獣はグラス目掛けて、猛スピードで駆けてくる。

 

 獣はグラスの肩に噛みつき、グッと歯を突き刺してきた。

 

 「ああぁぁぁぁっ!」

 

 ボタボタと血が溢れ出す。それを獣は美味しそうにごくごくと飲んだ。

 

 痛い、痛い、痛い!

 

 焼けるように痛く、血を啜られる感触は気持ち悪い。

 何とか口を外そうと抵抗してみるも、逆に噛む力が強くなって酷く痛む。

 

 どんどん目の前が暗くなってくる。

 血を失いすぎた。

 

 死ぬのかな、私。

 

 そう思って浮かんだのは涙と、清夏の顔だった。

 

 

 

 

 ☆☆☆☆

 

 

 

 

  苦しくて、痛くて。

 

 「ぅっ……ゔぅ……グァァ!」

 

 多分自分はあと少しで正気を失うだろう。

 逃げて、と言いたくてもはくはくと唇が動くだけで、声は出なかった。

 

 それならば少しでもグラスから離れた方がいい。

 

 ゴロリとグラスの膝の上から転げ落ちる。

 

 グラスは急に膝の重みがなくなって慌てていたけれど、説明する時間も理性も残っていない。

 

 ああ、美味しそうな匂いがする。グラスの方からだ。彼女を喰らいたい。

 理性でそれを押さえつけるけれど、どんどん腹が空いてくる。酷い飢餓感に襲われ、目の前が霞んできた。

 

 ブチっと清夏は自身の理性の綱がちぎれた音を聞いた気がして、そこで意識がとだえた。

 

 

 

 清夏身体がどんどん変化していく。黒かった髪は白くなり、顔や身体が獣へと変じていく。

 

 やがて白く輝く白狐が現れ、とんっと地をけって少しグラスとの距離をあける。

 

 グラスはそれに気づかず、清夏に逃げろと叫ぶ。その声を聞いて白狐は、全速力でグラスのほうへ駆ける。

 

 清夏の意識はない。ただ、本能に従って走る。


 この匂いの先に、自分を助ける何かがある。早く欲しい。早く。この飢餓感を満たしたい!

 

 白狐は躊躇いもなくグラスの肩に噛み付く。鋭い歯が柔らかいグラスの肌を、いとも簡単に貫いた。

 どくどくと脈打つ血が溢れる。口を真っ赤にし、それでもまだ足りぬというようにグラスの血を貪り続けた。

 

 グラスが意識を失った頃。

 

 「……何してんだ!」

 「グァァ!」

 

 その声とともに疾風が顕現し、白狐の体を吹き飛ばす。

 現れたのは颯だった。

 

 「だから無茶すんなって言ったのに!クソっ!」

 

 悪態をつきながら術を白狐に向けて放つ。白狐はふらりと立ち上がると、飛び上がって術を躱す。けれどさっきのダメージが大きかったのか、思うように動ず、次の颯の術が当たる。

 

 「グァァ!グルルル!」

 

 白狐は颯に噛みつこうと試みるが、術が邪魔でなかなか距離を詰められない。

 

 「早く気絶しやがれ!このアホが!」

 

 特大の術が白狐の体に当たる。巨大な体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 それから白狐はピクリともしなくなり、白かった毛皮は黒くなり体も元に戻る。

 

 それを見ると颯はすぐさまグラスに駆け寄り傷口を押さえる。血でドレスが赤に染まり、少しどす黒い色になっていた。

 

 「クッソ!傷が深い……血が止まらねえ!」

 

 グラスの肩の傷を押さえ止血しようと試みるが、血が止まらない。

 グラスの体がどんどん冷たくなってくる。

 

 「治癒術は使えないんだよ!せめて清夏が目を覚ましてくれたら……」

 

 清夏は治癒術が使える。けれどその本人は気絶したまま動かない。

 

 「もう、よろしいです……」

 

 ぽつりと静かな夜に落ちたその声は。

 酷く落ち着いていて、澄んでいた。

 

 「はぁ!?」

 

 すごい形相の颯にそう言ったのは、気絶から目覚めたグラスだった。

 肩を押さえる手を掴み、まっすぐ颯の目を見据える。

 

 「手を離して」

 「なんで?押さえてないと血が……!」

 「離しなさい」

 「っ!」

 

 睨んでもいない、声に力が入っていた訳でもないのに。形容できぬ恐怖が颯を襲う。言われた通りに手を離してしまった。

 

 ボタボタと流れ続ける血を気にも止めず、ゆっくりと体を起こす。

 

 「祓え」

 

 小さくそう呟くとグラスの白い髪が風もないのにふわりと舞い、淡く発光する。

 みるみる肩の傷が治り、何事も無かったように飛び散っていた血も消えた。

 

 目をまん丸にして呆然とする颯だったが、はっと意識を切りかえ清夏の方に駆け寄る。

 

 「清夏!」

 「ぅ……」

 

 清夏を抱き起こし、必死に呼びかけるが目を覚まさない。そこにゆっくりとグラスは近づく。

 

 「大分、溜まっているようですね。私の血をあれだけ飲んだのに、まだ燻っているなんて」

 

 グラスは清夏の額に手を当てると、深く息を吸って吐く。そして白く輝く真ん丸な月に向かって高らかに告げた。

 

 「月守つきもりの神、諸々の禍事罪穢まがごとつみけがれを祓わん」

 

 すると、キラキラと白くて まあるい雪のようなものが頭上──月から降ってくる。それらは清夏に当たると弾けて消えた。それと同時に、颯の術で負った怪我も一緒に消えた。

 

 「う、ん……」

 「清夏!」

 

 すぐに、少し身動ぎをして清夏がうっすらと目を開ける。

 頭がまだ働かない。目の前がグラグラして少し気持ち悪い。正直もう少し寝たいところだ。あと颯の声がうるさい。

 

 自分はどうなったんだろう。グラスは無事だろうか。あー……このまま目を閉じたらすごい爆睡する自信がある。

 

 けれどその眠気も颯のうるさい声で吹き飛ばされる。

 

 「清夏、歩けるか?」

 「支えがあれば、なんとか……ある、け……」

 「おい!寝ようとすんな!」

 「わかってる……」

 

 頑張って重たい瞼を上げれば、目の前に白く輝く少女がいて一瞬女神かと思った。けれどすぐにふらりと揺れ視界から消える。

 

 ドサッという音がし、そちらを向くと真っ青な顔をしたグラスが倒れていた。

 

 

 

 

 

 

ついったーにオリジナルのイラストをあげてみました

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