8
少しまったりとした時間を過ごすと、清夏はおもむろに立ち上がった。
「?」
頭の上に?を浮かべるグラスの目の前で膝を折り、こちらに手を差し出してくる。
「グラス嬢、僕と踊ってくださいませんか?」
そんな急に。いや、踊ってみたいと思っていたけれど。
「でも、私上手く踊れないかもしれません……」
「大丈夫、君が転けそうになっても僕が受け止めてあげる。それにゆったりとした曲調だし、踊りやすいと思うよ。せっかく夜会に来たんだから、踊って楽しもう?」
「……」
少しウロウロと視線をさまよわせたあと、グラスは清夏の手を取った。断るのも失礼だし、せっかく来たのだから。それに清夏がいてくれる。
清夏は立ち上がってそのまま、椅子から立とうとするグラスを支える。
「じゃあ行こう」
手を取られホールの中心部まで行くと、向かい合ってホールドを組む。
曲合わせて足を踏み出すと、ふわりとドレスの裾が揺れた。
清夏様のリードが思ったよりもずっと踊りやすい……!
いくらゆっくりした曲調で踊りやすいと言っても、やはり不安なものは不安だ。けれど間違えそうになれば、清夏が上手くフォローしリードしてくれる。
「楽しいです!清夏様」
「ふふっ、良かった。その顔が見たかったんだ」
「どんな顔ですか?」
「楽しそうで、嬉しそうな満面の笑み」
「!」
恥ずかしい。そんなに顔に出ていたのか。
顔が熱い。赤くなっているのが嫌でもわかる。
……なんだか今日は疑問と恐怖と羞恥をよく味わう。
心中でそんなことを考えていて、油断していた。
「ほら、ラストだよ」
「ぇ?」
くるり。まるで大きな花のようだった。
回された。それもごく自然に。
「びっくりした?」
清夏はイタズラが成功した子どもみたいにはにかむ。
グラスは思わずムッとした顔をしてしまった。
悔しい……。
そう思って、自分にびっくりする。悔しいと思ったのは初めてだ。
踊り終わって自分の胸の当たりを押さえる。なんだか不思議な気分だ。
「どうかした?」
「なんでもありません」
少しつっけんどんな言い方になってしまった。
けれどもグラスはまだ拗ねてるのだ。
清夏は少し困った顔をして、何かをこちらに差し出してくる。
「ほら、取ってきてもらったお菓子だよ。食べよ」
皿にココアとプレーンのクッキーが乗っている。その中から一つとって口に入れると、サクリといい音がした。
「ねえ、美味しいでしょ?」
「美味しいですよ」
「こっち向いてくれないの?」
「……」
何とか機嫌を直してもらおうとする清夏に、燕尾服の男性が近づく。
「お楽しみのところ、失礼致します。陛下がお呼びでございます。そちらのご令嬢もぜひご一緒にとの事でした」
「わかった。すぐに行く」
すっと笑顔を消し、いつもより少し低い声で応える。
燕尾服の男性は恭しく頭を下げると、どこかへ去っていった。多分、国王陛下の所へ戻ったのだろう。
「ごめんね、付き合ってくれる?」
「はい、勿論です」
陛下が呼んでいると聞いた時点で、グラスの足はガクガクだ。それでも呼ばれてしまったのだし、これで行かないのはとても失礼だ。
震える足を何とか前に出し、よたよたと歩く。
清夏はさりげなく歩幅を合わせてくれる。こういうところがグラスの心をきゅんと締め付ける。
国王は会場全体を見渡せる位置に座っている。
国王の名は、ヴェルナート・ジーク・アカイア。威厳のある姿が印象的だ。
グラスは最上級の礼をする。清夏に手を取られたままなので、彼に迷惑がかからないように。
頭をあげよ、と声がかかる。低く、腹に響くような声だった。
「急に呼びつけてしまってすまないな。セイカ殿とそちらのご令嬢」
「いえ、あとで挨拶に伺おうと思っていましたので、ちょうど良かったです」
「そうか。ならば良い。貴殿が令嬢と長い時間共にいるのが珍しくて、つい呼びつけてしまった。令嬢、名はなんと申す?」
「! 申し遅れました。私は、アデライン公爵の次女、グラスと申します。陛下にお目にかかれたこと、恐悦至極に存じます」
「あやつの娘であったか。なるほど、グラス嬢は母親似なのだな。とても可愛らしい顔立ちだ。その特異な体質で大変なことも多かろうが、頑張りなさい」
「ありがとう存じます」
それだけ言うと王は清夏に視線を戻した。
「貴殿はそろそろ帰国されるのだろう?」
「そうですね、する事をしたら帰国します」
「帰国される際は知らせてくれ。土産を用意しているし見送りたいからの」
「わかりました。では僕達はこれで失礼致します」
「長く引き止めてしまってすまんな。残りの時間を楽しまれよ」
清夏が礼をするのに合わせて、グラスも頭を下げる。くるりと踵を返して、王の御前から去った。
「そろそろ帰ろうか。疲れたでしょう?」
「……はい。でも楽しかったです」
外に向かいながら雑談する。
「良かった。そうだ、言い忘れていたけれどそのドレスよく似合ってるよ。頑張って選んだかいがあるというものだね」
これは清夏が贈ってきたものなのか。
サイズぴったりなんだけど、何故?
「君の侍女に協力してもらったんだ。快く聞き入れてくれたよ」
そう言えば、半日お休みを取っていた時があった。その時か。
私に内緒にするなんて……。
なんだか胸の当たりがモヤッとする。
昔からそばにいたのに、内緒にされたことが寂しかった。
「っ……!」
突然清夏が胸の当たりを抑えてうずくまる。
グラスは急いで駆け寄り、「どうしたんですか?!」と声をかける。
「もう少し持つと思ったんだけどな……。ごめん、グラス嬢。術を解くよ」
「謝る必要はありません。私のことは構わず、どうぞ」
清夏が苦しげな息を吐くと同時に、グラスの視界は術をかけられる前のものに戻った。
ついったーはじめました
多分更新の予告ぐらいしかしないと思います
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