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白い姫は黒い皇子の番  作者: お嬢
第一章
7/18

7


 優しい声色。すっと胸の内の黒くドロっとした感情が消えた。

 

 おずおず顔を上げる。そういえば、清夏の顔をちゃんと見た事は無かったな。

 

 清夏の顔は以外に高い位置にあった。

 グラスの身長はこの国の女性では低く150前半、今は靴でいくらかかさ増ししている。だから清夏の身長は170前半から中盤と言ったところか。

 

 彼は黒髪で黒い瞳という帝国人の特徴を持ち、肌はキメが細かく女性達が羨むような美しさだった。

 鼻筋も通っているし、唇は薄い。

 

 一言で言えば、とても整っている。美しい。完璧な顔。これは女性達がキャーキャー言うのもうなずける。

 

 グラスはすぐ顔を逸らす。

 こんな顔、見てたら気絶しちゃう。

 

 「目をそらさないで」

 

 優しく頬を捕まれ、顔を戻される。

 

 「周りは気にしなくていい。僕だけを見て、何も怖くない」

 「そ、れはちょっと無理、です」

 「……どうして?」

 

 拗ねた口調で尋ねてくる。

 顔が良すぎるからです、なんて言えない。

 

 「眩しいからです……」

 

 二つの意味で。目が潰れちゃう。

 

 「まあ、慣れないと眩しいか……。そっか」

 

 メインで言いたいことじゃなく、もう一方の理由で納得してくれたようだ。あんな顔、綺麗すぎてずっと見ることなんて不可能だ。

 

 「なにか飲み物を取ってくるから、壁際の椅子に座って待ってて」

 「わかりました」

 

 清夏は器用に人と人の間をすり抜けていく。あっという間に見えなくなった。

 グラスは言われた通り壁際に移動する。いくつか椅子が置いてあるけれど、ほとんど誰も座っていない。

 

 腰を下ろすとほっと息をついた。

 

 「清夏様ってあんな顔だったんだ……」

 

 知らなかった。はっきりした人の顔なんて初めて見た。そりゃあ弱視なんだから、見えないのは当たり前だけど。

 

 ホールの中心では音楽に合わせてくるくると踊っている人たちがいる。ダンスなんてしなくなって久しい。体は覚えているものだろうか。

 

 ボーッとどうでもいいことを考えていたら、コツコツと靴音がした。しかも女性が何人かで移動している。グラスの前でその団体は止まる。

 

 「ねぇ、なんであんたがここにいるの?」

 

 声の主が誰か、なんて顔を見なくてもわかる。いつもあの部屋で聞いていた声なんだから。

 グラスはぎこちなく顔を声のした方に向ける。

 

 「お姉、さま」

 「気安く呼ばないでくれる?それより私の質問に答えなさい」

 「私にもよく分かりません……」

 「……あっそ。じゃあ、なんでセイカ様と親しげにしていたの。どうやって知り合ったのよ」

 「そ、れは」

 

 言ったらどうなるかなんて、分かりきってる。言えない。言えないけれど、何か言わないと。

 

 「それにそのドレス。あんたそういうの持ってなかったわよね。どこで手に入れたの」

 「……」

 

 何も言えずにいると、エリザベートは眉をひそめ目尻を釣りあげた。

 

 「あんたはいらない子だったのよ!あんたみたいなのが私たちと血が繋がってるって言うだけで、私たちの評価は下がるのよ?!誰もあんたを嫁に欲しがらないし、家の役にも立ちやしない。あんたなんて生まれなければよかった!」

 

 小声で、でも憎しみに染まった声でグラスに浴びせた。

 

 「……っ!」

 

 何も言えず黙っていると、いきなり腕を捕まれ強制的に立ち上がらされる。

 グイグイと強い力で引きずられるように引っ張られる。腕が痛い。

 そのグラスの姿は、エリザベートについてきていた令嬢達が上手いこと隠している。

 

 すぐ横にある大きな窓から中庭へと出ると、石畳の上に放り投げられるように倒された。

 

 「お姉、さま……?」

 

 暗くて顔が見えない。それが余計にグラスの不安を煽る。

 

 「火魔法」

 

 ボソッとエリザベートがそう唱えると、彼女の手のひらの上に小さな炎が出現した。

 魔法は魔法属性名と魔法技名を唱えることが一般的である。だが、エリザベートは魔法技名を唱えずとも魔法を使用することが出来る。

 

 「ふふっ、これであんたの服を燃やしてあげるわ」

 「そのまま服と一緒に燃えてしまえば良いのではなくて?」

 「エリザベート様の害にしかなっていないのだから、やっと役に立てて嬉しいでしょう?」

 

 ふふふっと上品に笑っているはずなのに、気味が悪い。

 グラスには、理解し難い異様な生物に見えた。

 

 エリザベートが魔法で生み出した炎は徐々に大きくなりながら、グラスに近づている。

 今すぐ立ち上がってここから逃げたい。けれど、怖くて腰が抜けてしまっているのか上手く立てない。涙目になりながら近づく炎を見ることしか出来かった。

 

 ついに炎と接触するというところで、グラスは自分の腕を前に目をぎゅっと瞑る。

 けれど炎はいつまでもグラスに触れなかった。

 恐る恐る目を開けると、清夏がいた。

 

 いつもの優しい雰囲気はなくて、冷たくこちらを──正確にはエリザベート達を射抜いていた。

 

 圧倒的な威圧感。上に立つ者の風格を漂わせる。誰もがそこから動くことは出来なかった。

 

 「面倒な……はぁ、ここまで影響が出てきているなんて」

 

 眉間に皺を寄せながら、いつもより低い声で呟く。くしゃりと前髪を乱雑に掻き上げる。

 

 「エリザベート嬢、ランロット嬢、フェイナット嬢……その他の方々も一度聖女か聖人に清めてもらってきなさい。分かったね?」

 

 口調は優しいのに、有無を言わさない。

 エリザベート達はこくこくと頷いて、そそくさと逃げていった。

 

 恐怖の対象がいなくなってホッと一息つく。

 

 清夏がゆっくりとこちらに近づいてくる。いつもの優しい雰囲気に戻っていても、さっきの威圧感でまだ少し体が強ばっていた。それに今、近づかられると、さっきのことを思い出してしまって肩がビクッと跳ねる。

 

 グラスの様子を見て、清夏は声をかけようとしては何かが喉が詰まったみたいに苦しそうな顔をした。

 

 「……あ、っと、その……」

 

 何かを言おうとしては視線をさまよわせている。

 

 「怖がらせてごめん。……その、ここにいたら風邪を引いてしまうから中に入ろう。抱き上げても大丈夫?」

 

 清夏は優しく、怖がらせないように慎重に言葉を選ぶ。


 「……はい」

 

 グラスは、異性に抱き上げられたことがなくて恥ずかしかったけれど頷いた。今の自分じゃ立ち上がるのもままならないと思ったからだ。

 実際足はまだガクガク震えている。

 

 膝の裏と背中に手が差し込まれ、ゆっくりと抱き上げられる。怖くてぎゅっと清夏の首に手を回して掴まる。

 

 ドレスはなかなか重たいはずなのだが、よいしょっ、と抱き上げた清夏は何ともないような顔をして歩き始めた。あまり揺れることはなく、そんなに怖くはなかった。

 

 さっきの場所まで帰ってきた。空いている椅子にそっと下ろされる。

 

 「ちょっと待ってて。……すぐに戻ってくるから大丈夫」

 

 今独りになるのはなんだか怖い。それが顔に出てしまったのか、清夏はグラスの頭を優しく撫でてそう告げると離れていった。

 

 一人になると、周りの視線や笑い声、話し声がみんなさっきのエリザベート達のようなものに感じてしまう。

 

 ぎゅっと自分を抱きしめる。

 笑い声が聞こえる。ぎゅっと目を瞑り耳を塞ぐ。

 

 はやく帰ってきて……。

 

 「グラス嬢?大丈夫?気分が悪いの?」

 

 ゆさゆさと揺らされて、顔を上げる。

 清夏が心配そうな顔でグラスの様子を伺っていた。

 

 「大丈夫、です」

 「そう……。そうだ、ホットミルクを貰ってきたんだ。どうぞ」

 「ありがとうございます。頂きます」

 

 ホットミルクの器を持つと、そこからじんわりと温かくなる。一口飲むとお腹の中から温まる。

 肩の力がストンと自然に抜けた。

 

 「グラス嬢、本当にごめんね。きっと今すぐ君を家に帰して休ませてあげたいんだけど……」

 「えっ?」

 

 グラスは目を見開く。

 

 私はもう要らないの?

 

 今すぐ家に帰して、という部分に反応した。暗に、もう要らないから家に帰って欲しいと言われたと思ったのだ。

 

 「でも、まだ君と一緒にいたいんだ」

 「!」

 「ここでゆっくりしているだけでもいい。それともグラス嬢はもう帰りたい?」

 

 ふるふると頭を振る。帰りたいなんて、思ってない。それに、一緒にいたいと言われたのは初めてで、なんだか顔が熱い。

 あれは自分の思いすごしだったのかと思うと恥ずかしい。

 

 「隣、座ってもいい?」

 「どうぞ……」

 

 蚊の鳴くような声だった。なんだかとても恥ずかしい。顔を合わせられない。合わせたら、この気持ちがあの黒い瞳に見透かされてしまいそうで。

 

 「本当は、君に楽しんでもらいたかったんだ」

 「ふぇ?」

 

 ちょっと令嬢らしからぬ声が出てしまった。慌てて両手で口を塞ぐ。

 クスッと笑われてしまった。

 

 「夜会、楽しんでもらいたかった。でも危険な目に遭わせてしまった。それに怖がらせた……ごめん」

 「いえ、清夏様が謝る必要はございません。怖かったのはほんの少しだけ本当だけれど、夜会は今楽しんでいますわ。貴方様が隣にいてくださっているんですから」

 「!」

 

 何故か清夏は面食らったような顔になる。何か変なことでも言ってしまったのだろうか。

 

 「ふふっ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」


 照れくさそうに、でも嬉しそうに。頬を掻きながら年相応の笑顔を見せた。

 不意打ちのその攻撃に、グラスはドキリと心臓がはねた。

 とくんとくと脈打つ鼓動がとても心地よくて、こんな笑顔を見せてくれたのが嬉しくて。グラスも自然と笑顔になっていた。 

 

 

皆様の暇つぶしになっていたら嬉しいです。

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