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いよいよ、卒業記念パーティーの日がやってきた。
パーティーは昼から開催される。昼はお茶会のようなもので、メインは夜。夜にはダンスパーティーもあり、国王が来賓として参加する。
ここで国王に挨拶をして初めて、社交界デビューしたとされる。
グラスはいつものように、部屋の中で過ごしていた。今日はキーキー叫ぶ人たちがいなくて、とても過ごしやすい一日になりそうだ、とどこか他人事だった。
グラスは、やっぱりパーティーには連れて行ってもらえない。
そんなに人目に晒すのが嫌か。まあ、別に関係ないけれど。
今日は誰もいないのだから、外に出てみようか。ココが部屋にやってきたら、連れ出してもらおうと考えていたら、丁度ドアがノックされてココが入ってきた。
「ちょうど良かった。ねぇ、今日は外に出て一緒にお茶しない?」
「すみません、グラス様。今日は出かける用事があるので、それはできません」
「そう……」
そうだよね、ココにも休暇はあるんだから。あまり無茶を言ってはいけない……。
そうわかっていても、やはりガッカリしてしまう。なのにココは、グラスにはさっぱり解らない言葉を発した。
「さ、準備しましょう」
「え?」
ココの声のする方向を向くと、なんだか不穏な気配がするのは自分の気のせいだろうか。
「大丈夫、グラス様は何もなさらずリラックスしててくださいね」
「え?え?」
一抹の不安を抱えながらも、グラスはココの好きなようにさせることにした。
さらりといつもとは違う肌触りの服。髪も高く結い上げられ、いつもはしない化粧もされた。
ここまでの道のりは長かったわ……。
グラスはこうやって外向きの格好をするのには、体力や耐力が必要なことを知った。
準備をし始めたのが、お昼前。
今はもう日が暮れかけていた。
お昼ご飯は片手でつまめる小さいサンドイッチぐらい。普通ならお腹が空いてるはずなのに、コルセットを絞められたいま、何も食べたくないとさえ思う。
かたりと何かを置く音がし、ココが一息つく。
「ふう。まだまだ磨き上げたかったですけど、時間が足りませんでした。グラス様は素の素材がとてもいいので、磨きあげるのが楽しくて楽しくて!」
「……そう」
これ以上何をやるというのだろうか。
「さっ、行きますよ」
「?」
ぐったりしているグラスは、ココに手を引かれて廊下を歩く。これは多分玄関へ続く廊下だ。
なんで玄関?
少し歩いて立ち止まる。扉が開く音がすると、気持ちいい風が吹いた。 やっぱり行先は玄関だったようだ。
外に出て真っ直ぐ歩きキィィという金属の音がする。ココが門を開けたのだ。
「さっ、足元気をつけてくださいね。階段がありますよ」
「?」
外に階段とはなんだ。それでもグラスはココの言う通りに階段に足をかける。躓かないよう、細心の注意を払った。
「あ、頭気ををつけて。当たっちゃいます、もう少し低く」
「こう?」
グラスは何かをくぐる。ココに誘導されてどこかに座らされた。
すぐに馬の嘶きが聞こえ、かたんと動き出す。
どうやらここは馬車の中のようだ。
初めて馬車に乗った……。
こういう時、目が不自由なのが恨めしい。外の景色、見てみたかった。
グラスは部屋の外に出ることはあったが、庭を散策する程度だった。外に出たことはなく、まして馬車に乗るなどありえなかった。
この馬車はどこに行くのだろう。
ぼんやりと考える。こんな上等な服を着たのは初めてだ。何故、一体誰がこれをグラスに送ったのだろう。イサナ……は絶対にありえないな。
数十分ほど走ると、馬車は停止した。馬車に乗る時と同様に、ココに誘導してもらい車内から出る。
「さ、グラス様。お迎えです」
「え?」
なんのことかさっぱりなんですけど。
もうさっきから「え?」しか言ってないよ。
「楽しんできてくださいね〜」
「えぇ……」
グラスにヒラヒラと手を振ってくる。お迎えって何。説明が欲しい。状況が理解できないんですけど。
こんなところに放置されても困る。
「どうしたらいいの……」
はあ、とため息を着く。どうしよう、どうしたらいいんだ。
困り果てていた時に、何処からかコツコツと靴の音がした。男性の足音だな。
「!」
ふわりと風が吹き、反射的に髪を抑える。
すると爽やかな、気持ちのいい香りがした。嗅いだことのある、グラスの好きな匂いだ。
「グラス嬢」
「……清夏、様?」
「そうです。こんばんは。さていきなりですがグラス嬢、僕は非常に困っています。助けてくれませんか?」
「え?えっ、と私にできることですか?」
「もちろん。簡単ですよ。僕につかまって歩けばそれだけでいいです」
「???」
そんなことでいいの?本当に?
今日はよく分からないことがよく起こる日だな。
そういえばなんでここに放置されたの。それをまず教えて欲しい。
そう思っても誰も説明してくれる訳もなく。
グラスは諦めることにした。そう、割り切ればよかった。あー、スッキリ。
清夏に手を取られ、丁寧にエスコートされる。 こんなに上等で踵が高い靴を履いたのは初めてで、正直歩きにくい。気を抜けば、かくんと折れて足を捻ってしまいそうだ。
でも清夏がサポートしてくれるおかげで、安定して歩けた。
カツンと少し高い音がして、歩が止まる。
清夏はグラスの前に立ち、手を優しく握った。
「グラス嬢。僕からあなたへのプレゼントです。今から十秒後、あなたは新しい世界を知る」
「え……?」
「さあ、目を閉じて。怖がらなくて大丈夫。僕がいる」
グラスは恐々としながらも、言われた通りに目を閉じる。
少し前髪を払われると、目の上に温かい何かがあたった。すぐに、じんわりと目の周りが温かくなる。
「さあ、目を開けて!」
扉が開く音と共に、グラスはゆっくりと目を開ける。
「ぅわぁ……」
思わず令嬢としてはしたない声が出てしまった。それほどまでにグラスは驚いていた。
眩しい。綺麗だ。在り来りな言葉しか出てこない。もっとほかに無いものだろうか。
しかし、未知の世界にグラスは語彙力を失っていた。呆然と前を見つめるのみ。
「行こう」
「……は、い」
返事をするので精一杯。清夏に手を引かれなければ、多分グラスはここでずっと固まっていただろう。
部屋の中には沢山の人、人、人。皆綺麗に着飾って、楽しそうに中心で踊っている。
なんだか顔の作りが自分と似ている人がいるぞ。あ、イサナ達か。
ここでグラスは、自分が卒業記念パーティーに連れてこられたのだと理解した。
グラス達が入場すると、皆こちらに注目する。曲は流れ続けているが、皆会話やダンスをやめてグラス達を見つめている。
すると、ザワザワといっせいに話し始めた。
「セイカ様だわ!やっとこられたのね」
「やっぱり素敵よね〜!」
「ねえ、隣にいるの誰か分かる?」
「嫌だわ白髪よ!あの噂の魔力無しだわ」
「何故あんなのをセイカ様がエスコートしてるのよ」
ジロジロと頭から足の先まで令嬢達の見定める視線が、グラスを突き刺す。
「やっぱり、私……変ですよね」
「そんな事ない。皆君に見惚れてるだけだよ」
「……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
自分が変なことぐらい知ってる。わかってる。
少し困った顔をして、下を向きながらグラスは微笑んだ。
「……なぁ、あれが噂の魔力無し?」
「めっちゃ美人じゃん!魔力無しだけど、俺めっちゃ好みなんだけど」
「でも、魔力がないんじゃ……なぁ」
「愛妾ぐらいならいいんじゃないか?」
「ハハハッ」
嘲笑が聞こえる。目が悪いグラスは耳がとてもいい。数十メートル以上離れたところでも、小声で話している声が聞こえるくらいに。
聴きたくない。聴きたくない。こんなこと再認識したくない。
やっぱり来なければよかった。
もう、帰りたい。
心が潰されそう。せっかく綺麗な世界を見たのに、足を踏み入れればドロドロとした感情で汚れている。自分の世界からでなければ、このことを知らずに済んだのだろうか。
心を閉じようとした時、不意に声が降ってきた。
「グラス嬢。顔を上げて、僕を見て」
創作意欲がふつふつメラメラ