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白い姫は黒い皇子の番  作者: お嬢
第一章
5/18

5

体のだるさが残るまま、清夏は公爵邸に訪れていた。

 

 もちろん変化へんげしている。

 誰かに見つかったら大変だ。

 

 変化したからと言って、決して空を飛べるわけじゃない。

 本質は人間なのだし、見た目が変わっても身体能力が上がったり、空を飛べるわけじゃないのだ。

 

 じゃあどうやってここまで来たかって?

 

 清夏はまず門の前まで馬車で送って貰う。そして、お土産をもって猫に変化する。するりと門の間を抜けるとグラスの部屋の辺りまで行く。

 

 さて、グラス嬢の部屋はこの当たりだったはず。

 

 猫の姿でウロウロと歩き回る。

 一番隅の部屋の窓が開いているのをみつけ、中を覗いてみると、木の椅子に座っているグラスがいた。

 

 清夏は一旦変化の術を解き、次は鳥に変化する。

 

 手紙に書いちゃったし、見つかったら大変だし……一様ね。

 

 もう一度中を覗くとグラスはこくりこくりと船を漕ぎ始めていた。今日は天気が良くポカポカ陽気だ。

 首が前に少し傾く。

 

 サラリと綺麗な白髪がグラスの顔を少し隠した。

 

 清夏はそれがなんだか惜しくて、部屋の中に入り元の姿に戻る。

 顔にかかった髪を優しく耳にかけると、またあの綺麗な顔が見えて満足する。

 

 「ん……ぅ……」

 

 起こさないように慎重にしたつもりだったけれど、どうやら起こしてしまったようだ。

 

 ゆっくりと瞼があげられ、赤くまあるい瞳が現れる。

 

 グラスはまだ半覚醒状態であるが、何となく目の前に気配を感じとる。

 ふわりとよそ風が吹き、爽やかな香りが鼻をくすぐる。なんだか嗅いだことのある匂いだ。

 

 ゆっくりと目を開けると、より気配を感じた。

 この気配はあの人のものだ。

 それがわかった途端、声にならない悲鳴をあげ寝顔を見られた羞恥で顔が熱くなる。

 

 「……っ!」


  りんごのように真っ赤になったグラスの顔を楽しげに観察する清夏は、そろそろ声をかけようと口を開いた。

 

 「やあ、グラス嬢。こんちには」

 「……こんちには」

 

 グラスは消え入りそうな声で挨拶を返す。

 

 「ふふっ。今日は、公爵や夫人達に伝えずに訪ねてきたことをお詫びします」

 「いえ、大丈夫です。来てくださって、とても嬉しいです」

 「今日は眠たくなる天気だね」

 「それはもう、忘れてください……」

 「ふふっ、ごめん。じゃあ……グラス嬢は普段何して過ごしてるの?」

 

 普段……。

 

 普段何もさせて貰えないグラスには答えづらい問だった。

 一呼吸おいてやっと声を絞り出す。

 

 「……人に言えるようなことは何も」

 「じゃあ、本は好き?」

 「えっと……はい、好きです」

 「どんなものを読むのかな」

 「色んなものをココ……侍女に読み聞かせてもらっています。その中で一番好きなのは、歴史書ですね」

 「……なんで?」

 「だって、昔の人って今の私たちにはない技術を使って、興味深い歴史を築いていますよね!聴いていると容易く想像できてとてもワクワクするんです」

 

 グラスは嬉々として語る。その様子をポカンと口を開けて見ている清夏。

 清夏が何も言わないことに気がつき、グラスは頬を赤らめて下を向いた。

 

 「!……申し訳ございません。お見苦しいものを見せてしまいました」

 「そんなことないから、頭を上げて。ね?」

 

 恐る恐る顔を上げると、サラリと頬を撫でられた。

 そこには、ただただ優しい香りと温かい温もりがあった。

 

 「グラス嬢の本への愛情はよくわかりました。本を読むことは新しい出会いをもたらすこと……僕はいい趣味だと思いますよ」

 

 趣味……。

 

 そうか、これが趣味というものなんだ。

 

 屋敷では何もすることが出来ないグラスの唯一の楽しみが、本を読むことだった。

 もちろんグラスはほとんど目が見えていないので、ココに読み聞かせてもらっている。

 

 これを趣味と言っていいんだ。

 

 なんだかふんわりと胸の辺りが温かくなって、グラスはゆったりと清夏に向かって微笑んだ。

 

 「……ありがとう、ございます」

 「……っ」

 

 花が咲くような笑顔を向けられ一瞬動揺してしまった。

 

 可愛いすぎる。

 

 顔が赤くなるのが止められない。

 グラスを手に入れたいと強く心の底から思った。

 

 「そうだ、お菓子を持ってきたんです。甘いものは好きですか?」

 「はい、好きです」

 「良かった。僕も甘いもの好きなんです」

 

 そう言って清夏は窓から身を乗り出し、下に置いていた籠を掴んだ。

 これは、猫に変化した時に頭に乗せて運んでいたのだが、さすがに鳥の姿で運べないだろうとグラスの部屋を見つけた時、その窓の下に置いておいたのだ。

 

 籠の中身はクッキーだ。日持ちするし、作るのも簡単だ。

 

 「クッキーを持ってきたんです」

 「では、紅茶を用意しましょう。少し待っててくださいね」

 

 グラスはそう言うと、近くにあったベルを手に取り鳴らした。

 

 これはココの持っているベルとペアになっていて、グラスのベルを鳴らすとココのベルがなるように特殊な材料が使われている。

 

 ココはグラスの世話をしていない時は別の仕事をしている。

 グラスはどうしてもココの手を借りなければならない時にだけ使うようにしている。

 

 ココはすぐに部屋にやってきた。

 

 「どうなされました、か……」

 

 ココはグラスの他に部屋に誰かいることを認識すると、悲鳴をあげそうになった。

 けれど、グラスが警戒していないので何とか悲鳴を殺す。

 よく見れば、まえに屋敷に訪ねてきた人物だとわかり、少し警戒をゆるめる。

 

 「ココ、お茶を二人分用意して欲しいのだけれど……」

 「畏まりました。……グラス様、なにか変なことをされそうになったら悲鳴をあげるのですよ。私が駆けつけてやっつけて差し上げますから」

 「あら、頼もしい言葉。ありがとう」

 

 自分の主人はおっとりすぎやしないか。なんでこんなに警戒心がないんだとココはグラスのことがとても心配になった。

 

 でも、普段よりも柔らかい顔をしているのを見るとそれ以上何も言えなくなる。

 ため息をひとつ着いて、紅茶を用意しに行った。

 

 

 

 

 サクッといい音がし、甘い香りがほのかに香る。

 

 「美味しい……」

 「紅茶も美味しいね」

 

 二人は仲良くおやつタイムをしていた。

 

 「そういえば、もうすぐですよね。卒業記念パーティー」

 「ええ。でも僕達卒業生はもうほとんど学園に行っていませんから、どのくらい準備が進んでいるかは分かりません。この時期になると自由登校になるんです」

 「そうなんですね、知りませんでした」

 「……グラス嬢は、パーティーに行ってみたいですか?」

 「えっ……?」

 

 ぱちくりと赤い目を丸くし、ふよふよと視線が泳ぐ。

 

 「行ってみたいですか?」

 

 もう一度聞かれる。

 

 興味はある。とてもある。

 

 でも自分が参加しても嘲笑を浴びせられる。そんなこと、分かりきってる。自分から傷つきに行こうと思う人はいないだろう。

 

 「……いいえ。大丈夫です」

 「そう……」

 

 これでいい。

 

 グラスは知らず知らずのうちに下を向く。清夏は少し困ったような顔をした。

 

 ふと時計を見ると、もう帰る時間になっていた。

 

 「あ、もうそろそろ時間だ。すみません。もう帰らないと……」

 「! そうですね。今日は、来てくださってありがとうございました」

 「いえいえ。残りのクッキーはあの仲良しの侍女さんと一緒に食べてくださいね」

 「ありがとうございます」

 

 清夏は来た時と同じように、変化して窓から出ていった。


 そのタイミングでココが部屋にやってきた。

 ティーカップを片付けながら、ココはグラスに尋ねる。

 

 「グラス様、あの方は帰られたのですか?」

 「うん……。あの方が来たことは誰にも言わないでね」

 「承知してますよ。口が裂けても言いません」

 「ありがとう。そこのクッキー、食べていいよ」

 「ホントですか!?ありがとうございます!」

 

 サクッ、サクッとクッキーを食べる音が聞こえる。

 

 グラスは、あの人が出ていった窓をずっと眺めていた。

お待たせ致しました。本当に申し訳ないです。

お暇潰しにでも読んでくださったら嬉しいです。

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