二話
時間になったので、取り敢えず必要なものだけを鞄に詰めて、家を出る。
ドアを開けて鍵を閉めると、外気が頬に吹き付けた。階段を降りると、アパートの大家さんがあたりをほうきで掃いていた。
会釈を交わして、マフラーに顔を埋めつつ歩き出す。
相変わらず寒い。二月になったが、この寒気はまだ居座るようだった。
途中バスに乗り、四十分ほど移動しただろうか、目的地にたどり着く。
俺の職業はホストだ。顔が悪くなかったからか、採用された。
まあ、悪く言えばただの大学受験を五浪して諦めた愚者なのだが。
「ちわっす、着替えてきまーす。」
「ああ、お疲れっす先輩。」
と、そばにいた後輩にそう言われて、片手を上げて更衣室に入っていった。
ーーーー
「アズマくーん、指名だよ。」
店長にそう言われ、返事をして客の席に向かう。
俺の本名は東雲魅夜と言う。その苗字の東雲の東をとって、アズマという名前でホストをやっていた。
「こんにちは、ご指名いただきありがとね、アズマです。」
にこやかな笑顔で接客していく。
と、その時。
「「ガシャァン!!!」」
大きな物音がして音源の方を見ると、そこには……
「モイエンターっっ!?!?」
ガラス製のドアが割られている。
そして……モイエント感染者、その完成系になった者をモイエンターと呼ぶ。
つまりそこには…モイエンと感染者完成系がいるわけだ。
初めて出会したそいつは、まさにモンスターの風貌だった。顔さえ何処にあるのか見分けがつかない。
好奇心が昂り、興奮が募る。
「「キャアアアアアアッ!!」」
周りの女性の甲高い悲鳴でハッと我に帰る。
そうだ。これはモイエンター、噛まれたら終わり、触れられれば執行猶予付きの終わり。
“死”を改めて実感し、ゾクゾクッと寒気がする。
ここは暖房が効いているのにもかかわらず。
武者震いかもしれない。
どうしたらいい……客を優先して助ける……いやそうすれば俺たちに危険が……!
「お客様、落ち着いてください!!ただいま駆除隊を呼びましたので!!」
店長が必死に叫んでいる。
そうだ、俺たちはここの店員。客を安全な方へ誘導しなければならない。
「無闇に動いて逃げようとせず、その場に止まってください!!モイエンターが近づいてきても、焦って走らず、ゆっくりと離れてください!!」
俺も声を荒げていった。
と、次の瞬間。
「「ウガアアア」」
まるでゾンビのように、モイエンターが客に飛びかかる。
「キャアアアア!!!」
客が叫ぶ。
くそっ!!
俺は急いで手を引き、客を助ける。
こんな物が多くて狭い場所じゃ逃げ道も少ない。危険すぎる……
『遅れた、掃除屋だ。』
次の瞬間、拡声器越しのそんな声が聞こえて、出入り口の方を見やる。
そこには、奇抜な格好をした男女二人の駆除隊がいた。
やっと到着か……
『一匹のようだな、3分も要らない。』
チャキ、と男性の駆除隊が構えたのは……刀……?
『入刀貫通ッッ!!』
ほんの、一瞬の出来事だった。目にも留まらぬ速さで刀が動き、スパンッと音がしたかと思えば、モイエンターが真っ二つに切り裂かれ、動かなくなっていた。
『この遺骸は我々で回収する。もう大丈夫だ。』
鞘のようなものに刀を納めたその隊員がそう言うと、今度は女性隊員が何か言葉を叫ぶ。するとモイエンターの遺骸はいくつかに切り刻まれ、それを袋に詰め出した。
全て詰め終わると、その女性がじゃあね、とウインクして去っていこうとした。
とその時。
『なっ…!?お前っっ!!』
男性の方の隊員が、俺を指差してこう言ったのだ。
『……ちょっとついてこい。』