ある日の夜の裏山で
ふと、思い付いて、なんとなく書いてみました。
なんとなく読んでいただけたら、幸いです。
「・・・」
ふんわりと暖かい、オレンジ色の光の中に二人の若い男女がいた。
「・・・」
女の胸には、ハサミが刺さっている。
「・・・にいちゃん?」
女の顔には生気が宿っていない。
「いや・・・っこれは・・・」
もとより、すでに生きてはないのだろう。
僕は、高校三年生。
手に持った問題集が滑り落ちる。
大学受験まであと2ヶ月。
このままでは・・・
「俺はどうすれば・・・」
まずい。
◆◆◆
パニックになっているにいちゃんに女の人を車に入れるように指示し、僕は、靴箱の中に詰め込まれている、軍手をつける。
外に出ると、もうすでに女の人は車の助手席に入れられていた。
「わりと力持ちなんだね、にいちゃん」
「え・・・ああ、うん、まぁ」
風が吹き、吐き出した白い息が飛んでいく。ニット帽を深く被った。
「いこうか、にいちゃん」
にいちゃんは首を傾げる。全く、予想はついてないのかよ。
「裏山だよ」
◆◆◆
ガタガタと僕らが乗った軽自動車が揺れる。
後部座席は、にいちゃんの趣味のキャンプツールが、これでもかと詰め込まれていた。悲しいかな、学校でのあだ名が「ドワーフ」の僕は体育座りをしたら隙間にすっぽりと収まることができた。
にいちゃんたちは、あのロミオとジュリエットもびっくりな大恋愛をしていた。
両方とも親が二人が付き合うことに反対で、僕らの親が出張でいない今日、駆け落ちしようとしていた。
僕は、女の人とにいちゃんが駆け落ちしようがしまいが、どっちでも良かった。・・・どうでもいい話だった。もし、駆け落ちが成功したら、二段ベッドの上の場所で寝られるな。と、そう思っていただけだった。
今、にいちゃんは、裏山の僕が言った場所に向かってくれている。
こんなにドキドキするドライブは初めてだ。もし誰かにばれたら、社会的に殺される。
どうしてこんなことになったのだろう。ふと、考える。すぐに思い付いた。
にいちゃんは、あのハサミで女の人を刺した。それは間違いないだろう。
僕が叫び声を聞いてリビングから二階の僕らの部屋に駆けつけると、ああなっていたのだから。
女の人は、駆け落ちするための荷物を持っていなかった。おそらく、にいちゃんとの駆け落ちをやめようとしたのだろう。そして、カッとなって・・
「ついたぞ」
僕らの裏山は、心霊現象が多々起こっている。「ぜひ、飛び降りてください」というような、崖があるからだ。・・・実際、何人も亡くなっているらしい。
僕らは今、その崖の前にいる。
「それで、俺はどうすれば・・・」
「女の人のスマホで親に『ごめんなさい』って送っといて」
おそらくにいちゃんは女の人のスマホのロックくらいとけるだろう。
「送ったぞ?」
「うん、じゃあ、女の人を崖から落として」
にいちゃんの目が見開かれる。
「僕は、にいちゃんほど力持ちじゃないから」
「でも・・・」
「時間がないよ。早く」
にいちゃんはそれでも女の人のスマホを握りしめたまま、動かない。
「にいちゃんが殺したんだ」
「にいちゃんがしてしまったんだ」
「最後くらい、自分でやれよ」
にいちゃん、これ以上、僕に迷惑をかけないでくれ。
だから、早く。
にいちゃんはよろよろと女の人を持ちあげ、お姫様だっこをして崖の前に立つ。
「・・・・っ」
どうやら、にいちゃんは泣いているらしい。・・・泣きたいのは、こっちだっての。
「・・・なぁ、このハサミはこのま」
「えいっ!」
にいちゃんの言葉は最後まで聞かなかった。
◆◆◆
あれから2ヶ月。僕は志望していた大学に入ることができた。
今、僕は医者になるために勉強中だ。
何年か後には、僕はたくさんの人の命の救っているだろう。・・・多分。
あのときのことを思い出す。にいちゃんは考えていたよりも軽かった。
警察は、二人は、心中を図ったんだと考えてくれた。
僕が突き落としたのに。
もし、軍手をつけていなかったら、指紋がにいちゃんの背中について、すぐに僕だとわかっただろう。
もし、ニット帽をつけていなかったら、軽自動車の中に髪の毛が落ちていたかもしれない。
あのときの僕は、本当に運が良かった。
「ありがとう、にいちゃん」
最後の最後で、本当に上手くやってくれた。
「死んでくれて」