日本は、転移しました。
歴史はお初です。よろしくお願いします~~!
〜異世界転移〜
2020年 2月
第98代内閣総理大臣となった伊藤忠次は、過去に類を見ないほどの危機が日本に訪れていることに頭を悩ませていた。
国産衛星は現代地球と全く同じ地形でありながら、千年以上もの時を遡ったかのように文明は消え去った地球を映し出しており、これは日本が過去に逆行、もしくは全く別の世界線へと置き換わってしまったことを示していた。
伊藤は、無類のサブカルチャーオタクでもあった。
彼はこう言った類の物語が存在することは当たり前のごとく認知していたし、例えばを想像することも多かった。
しかし、そういった想像の中ではうまく行ったとしても、現実がどうかまではわからなかった。
机上の空論でしか、なかったのだ。
実際、現実のものとして、総理大臣という立場上知り得る情報を持った上で考えてみれば、42歳という若さで総理大臣にまで上り詰めた伊藤は、解決策をいくつか考えつくことができた。
静寂の閣議において、余裕綽綽の伊藤は、まさに異質の天才という異名通りの姿を見せた。
そして、この想定外の事態に対して、緻密な予測を積み重ねてきた伊藤の案に対抗できる案を持たない閣僚を、圧倒的なまでの話術で押さえつけ、無理やりに対策をさせていった。
その中には、発見された現地住民に関して、文化、人権を尊重した上で、その意思の肯定をもって、日本国に対して帰化するものとするというものがあった。
しかし、圧倒的な文明力を持った軍隊の付き添いがあることから、ただの大砲外交であることが窺えた。
そうして、平時での野党の反論に慣れていた国民が、大阪の劇場よろしくずっこけてしまうような速度で各種の法整備などが行われていった。
食糧管理法、電力・水道・ガスの国営化などインフラに関して日本政府自ら統制ができるように再国営化が達成されている。
無論、これらに世論が反対しなかったわけではなかった。一部の野党も、これは社会主義的すぎると非難した。
けれども、この国家転移という稀有な現象の前では、それは圧倒的少数でしかなかった。
更には、これまで政治に参加してこなかった若年層がこの国難に際して、本気を出したかのように政治に対する意識を切り替えていき、現行の政治能力の高い内閣を支持していったため、伊藤内閣が揺らぐことはなかった。
こうした中で、日本政府による積極財政「五ヶ年計画」が生まれることとなった。
伊藤総理大臣を議長とした日本の国家転移に関する再生開発の有識者会議において発案され、農業、重工業、エネルギーに関して五年という期間でアメリカ規模への成長を目指すというものである。
マイナスをむしろ、プラスに変えようという政策に特に若者は盛り上がり、これら産業関連企業への就職志望が平時の二十倍にも及ぶほどであった。
この五カ年計画において、最も重要視されたのが第一ステージである「領土拡大計画」であった。
衛星映像によって得られるデータの中には、本来あるはずの国々がないことがはっきりと写されているのに加え、分散している集落や都市の文明度は非常に低かった。
それ故に、相対的に高度な文明力を用いることによる懐柔、又は交渉によって日本政府に帰属させるという計画が生まれた。
外務官と自衛隊が、元の世界での中国、朝鮮半島、インド、インドシナ、インドネシア、オーストラリア、アラブ、アメリカへと渡り旗を立てていった。
もちろん、無鉄砲に選択されたわけではなく、比較的文明度の低いことを前提に、肥沃な土地又は原油採掘が可能、香辛料や砂糖きび、甜菜の栽培が可能、鉱物資源が豊富な地域が選ばれている。
この際に、異世界外交指南書という、至高の外交官と呼ばれる笠田がアメリカ大陸での外交経験から得た知識を記した指南書は今後十年以上に渡り、重宝された。
因みに、笠田は外交中に現地住民との間に多くの子を作り、政府からは苦言とともに現地民の日本化へのきっかけを作ったとして褒められもしたという。
石油化学コンビナートが各大陸に乱立するのも、もはや時間の問題とも言えるレベルにまでなると、同時に人工は爆発的に増加することになる。
これは、農工機械での農業生産量の大幅な増加によるところが大きい。
原住民達は日本人が来るまで、獣に食われるか、隣村に襲われるか、飢餓が訪れるかという危険を横に見ながらの生活に身をおいていた。
そうすれば、出生率は当然下がるのだ。経済的な余裕はもちろんなこと、精神的余裕がないからである。
日本の軍隊と制度は、原住民に経済的余裕だけでなく、精神的な安心をもたらした。それはつまり、このものらの臣従を意味しているとも言えた。
五年という月日が経つと、一時期社会主義的すぎると批判を浴びた「五ヵ年計画」はレッドカーペットを堂々と歩けるほどに、称賛の的へとかわっていた。
大成功、もっといえば、予想以上の成功を納めたからであった。
領土拡大計画によって、資源を自活できるようになると関税によって引き上げられていた資源を安く大量に使えるようになったのだ。
更には、未開発の土地や市場が豊富にあり、人工は爆発的増加の中にあった。
日本列島は空前の好景気に沸いていた。
バブル時代を経験した世代は、日本があの頃のように戻ったのだと騒いだ。
若年者は、大量のインフラ事業や製造業種の職場が提供された影響で失業率が限りなく0によったことで前向きになっていった。
自分達が求められていると、きちんと認識するようになったのだ。
人材不足から給与は大幅に増額され、増えた給与による消費欲の拡大で製造業、飲食業などは急速に業績を伸ばした。
もはや、転移前の日本の影など存在していたかった。
発生しそうなインフレも、政府と日銀の金融操作によって良性のものに押さえられており、ハイパーインフレに繋がることはなかった。
この時点で、日本のGDPは中国の133兆ドルを超え、142兆ドルにまで成長していた。
これは、帰化による人口の増加と内需の爆発的上昇、未開発地開発などによるところが大きく、これまでの成長率36%前後を維持することは難しかった。
しかし、人工は大幅な増加傾向にあり、未開発地は多く存在しているため、依然として高い成長率は約束されることとなる。
なにせ、五ヵ年計画終了時点での人口は以下の通りで、
・本国:一億七千万人
・帰化地域:三億二千万人
であり、元々の人口からすれば三億七千万人の増加である。
更に、本国、帰化地域ともにベビーラッシュへと突入しており、もう十数年で倍に達するだろうといわれた。
しかし、問題はもちろん、大量に存在していた。
あまりにも膨らむ内需に、対応しきれない企業が大多数生まれた。十数年もすれば、人の確保もできるだろうが、とても間に合わない。
領土が急速に拡大したことで、管理する官僚組織が存在しなかった。そのため、一部は自衛隊による統治が行われたほどである。
他にも、
・急に増えた学生に学校が不足
・地域による経済格差
・海上保安庁の人員不足 など
問題はあるにはあるものの、経済は好調で、政策は成功している。
五ヵ年計画は成功したが、これで終わりではない。日本全体が次のステップを、にわかに期待することになる。
まぁ、成長率35%ってやばいですよね……。
でも、今まで輸入していたものがすべて安く手にはいれば、商品は安くなりますし、人手不足で高くなった給与はそれにつぎ込まれるわけで。
未開発地の開発は、経済特区を作り、学校を作れば、その周りに下請け工場などが増える。そこで働く人々の住宅地ができ、サービス業が展開を始めるわけで。
意外に簡単ですね。
欧州はいったいどうなっているのか、気になりますね。