サマー・サスピション ~異世界劇場~
「あら、イヤだ。どうしましょう?」
公爵家令嬢イザベルは見た。
自邸の庭で、イザベルの婚約者である王太子ロランと、彼女の実妹ネリーが抱き合っている姿を――――
イザベルと王太子ロランはともに18歳。二人は8年前から婚約している。もちろん、親の決めた政略結婚の婚約である。けれどイザベルはロランのことが大好きだった。ロランはいつも優しくて、イザベルを大事にしてくれた。
3年前、二人はともに15歳になり成人した。その年のイザベルの誕生日に、銀の指輪をプレゼントしてくれたロラン。銀は彼の髪の色だ。嬉しくて嬉しくて舞い上がったイザベル。その日、二人は初めての口付けを交わした――
それなのに今、ロランはイザベルの2つ年下の妹ネリーと抱き合っている……
イザベルは美しく優秀な令嬢だ。けれど昔から、彼女の両親も歳の離れた兄も、手の掛からないしっかり者のイザベルにはあまり関心を寄せず、儚げで愛らしいネリーを溺愛した。
幼い頃からネリーは、度々イザベルのモノを欲しがった。
「イザベル。貴女は姉なのだからネリーに譲ってあげなさい」
ネリーに甘い両親は毎回そう言った。イザベルは大切なモノをいくつもネリーに譲ってきた。いや、奪われてきたのだ。いつもいつもイザベルのモノを奪っていくネリー。ついには婚約者まで奪う気なのか!? イザベルは思わず瞑目した。
イヤだ! 今回ばかりは絶対に奪われたくない!
目を開けたイザベルは、抱き合う二人を真っ直ぐ見据えた。
「ネリー! 何をしているのです!?」
イザベルは、隠れていた木の陰から姿を現し、険しい声でネリーを咎めた。
王太子ロランの胸に顔を埋めていたネリーは、ハッとした様子で顔を上げ、その視界にイザベルの姿を捉えると真っ青になった。
「お、お姉様? ち、チッチキ……じゃない! 違うの! これは違うのよ!」
ネリーは棒読みであった。イザベルは心の中で舌打ちをする。この下手くそ! だが続ける。
「この恥知らず! 私の婚約者のロラン様を誘惑するなんて!」
妹ネリーを睨みつけるイザベル。美人が怒ると実に怖い。
「イザベル! ち、チッチキ……違うんだ! 悪いのはネリーじゃない! 私が悪いんだ! 君の妹を愛してしまった!」
イザベルは感心する。さすが我が国の王太子殿下。何をやらせても上手い。しっかり感情がこもっている。
「まぁ! ロラン様! 何ということを仰いますの? ヒドい!」
目に涙を浮かべるイザベル。目薬を使用しなくても、このくらいは出来る。
「イザベル……すまない。私はネリーを愛してしまった。君との婚約は解消したい」
「な、何ですって!? 今、『婚約解消』と仰いました?!」
ショックの余り、イザベルの身体がぐらりと揺らぐ。だが彼女は必死に堪え、背筋を伸ばす。
「本当にすまない。イザベル、私は『真実の愛』に目覚めたんだ。君との婚約を解消して、ネリーと婚約する」
イザベルは耐えきれず、金切り声を上げた。
「こんなペッタンコのどこが良いのです!? ロラン様はロリコンですの?!」
「ひ、ヒドい! お姉様!」
その短い台詞でさえ棒読みである。逆にすごいぞ、妹よ! イザベルは思った。
「イザベル。わたしはロリコンではない。ネリーはこんなペッタンコ幼児体型だが、16歳のれっきとした成人女性だ。ロリではない。合法ロリなのだ」
王太子ロランは言い切った。清々しく聞こえるのは何故だろう?
「ところでイザベル。なぜ外したのだ? 私の贈った銀の指輪……いつ?」
その時、イザベルの薬指にいつもある指輪がないことに気付いたロランが、逆にイザベルを責めるようにそう尋ねた。
「えっ? ロラン様がくださったのは金の指輪ですか? 銀の指輪ですか? それとも鉄の指輪ですか?」
すっとぼけるイザベル。
「『銀の指輪』って言ってるだろ?! 何だよ、鉄の指輪って!? 誤魔化すな!」
「その質問、聞こえませーん!」
耳を塞ぐイザベル。ついでに「ウッキー」と猿のマネをする。見ざる聞かざる言わざるである。
「猿になるな! 小耳に挟んだぞ。最近、私の側近の一人と随分親密だそうじゃないか? あぁん? どうなんだ? イザベル!」
更にイザベルを問い詰める王太子ロラン。「あぁん?」の部分がチンピラのようである。イザベルの額に汗が浮かぶ。これは霧吹きを使った。
「……ほほ、おほほほほ。ばれちゃあしょうがねぇ」
突然イザベルの口調が変わり、婚約者ロランに向ける眼差しが虫ケラを見るそれになった。そして彼女は叫んだ。
「王太子殿下の名を騙る不届き者! 皆の者! 出合え! 出合え~!」
イザベルの大声を聞いて、公爵家の使用人達が飛び出して来る。
「な、何を言い出すんだ?! イザベル! 余の顔を見忘れたか!?」
「この偽者め! 皆の者、やっておしまい! そいつは恐れ多くも王太子殿下の名を騙る曲者よ!」
使用人達がロランに飛び掛かる。だが、それまで少し離れて見守っていた、王太子ロランの従者スケサーンと護衛のカークサンが、サッとロランに駆け寄り、襲い掛かってくる公爵家使用人達をあっという間に蹴散らした。強い! さすがスケサーンとカークサン!
「えぇ~い! 控えおろう! 控えおろう! 皆の者、頭が高~い!」
スケサーンが声を張り上げる。
「この方をどなたと心得る! 我が国の次期王位継承者、ロラン王太子殿下であらせられるぞ! えぇ~い、頭が高~い! この王家の紋章が目に入らぬか!?」
カークサンがそう言って、王家の紋章を掲げた。ここでドドォーンと効果音が響く。そして全員がその場にひれ伏す。
「「「「「「ははぁ~」」」」」」 「「「「「「ははぁ~」」」」」」
「イザベル。君との婚約は解消する。私はネリーを新たに婚約者とする」
堂々と告げる王太子ロラン。浮気したくせに偉そうな態度である。
「お姉様、ごめんなさい。私も殿下を愛しているの」
安定の棒読みで、そう言いながら泣き出すネリー。だが涙が出ていない。いろいろと下手くそである。本番では目薬を使わせよう。
イザベルは穏やかな声で応じた。
「ロラン様、承知致しました。ふふふ……実は王太子妃なんていう大層なお役目、自由を愛する私には似合わないと思っておりましたの」
「「えっ!?」」
イザベルの言葉に戸惑うロランとネリー。
「私、旅に出ますわ。三千里の旅に」
さっぱりとした表情で、そう言うイザベル。
「お姉様。まさか行方知れずのお母様を探しに?」
「ええ。遥かな北を目指すことにするわ」
ロランが首を傾げる
「あれれ? おかしいぞ。君たちの母親は、この屋敷に居るはずだ!」
イザベルは、ロランの鋭い指摘に狼狽えた。
「殿下、何故それを!? さすが名探偵ロラン!」
「ばーろー。誰でも分かるだろ? 公爵夫人が行方不明なら、今頃社交界は大騒ぎだっつーの!」
「ぐぬぬ。さすがはお奉行様」
そう言いながら、実はイザベル自身、”「お奉行様」って何だろう? 後で確認しておこう” と考えていた。彼女は脚本を担当していないのだ。
「この桜吹雪が全てお見通しよ!」
そう言って片肌を脱ぐ王太子ロラン。彼の肩には綺麗な桜模様のタトゥーシールが貼られている。さすがに演出の為に王太子である彼が本物のタトゥーを入れるわけにはいかない。
「イザベル。君が私に意趣返しをしたい気持ちはわかる。だが恋愛事は『恨まないのがルール』だ。こうしよう。君が銀貨一枚を出す。ネリーも銀貨一枚を出す。私も銀貨一枚を出そう。そして、それを3人で分ける」
「もしや……」
イザベルが呟く。
「そう。3人それぞれが銀貨一枚の損だ。これで仲良く『三方一銀貨損』である」
得意気な王太子ロラン。いやいや、3人ともプラスマイナス0ですぜー。王太子のくせに足し算引き算が出来んのかいな? その場に居る全員が思った。あ、いや、忘れてた。これは全て台本通りなのだ。
「殿下! 見事な『王家裁き』にございます!」
スケサーンとカークサンが王太子ロランを褒め称え、拍手を始める。仕方なく他の者達も拍手をする。ロランは満足そうな表情だ。
「これにて一件落着!!」
「「「「「「ははぁ~」」」」」」 「「「「「「ははぁ~」」」」」」
そのタイミングですかさず使用人が全員に鈴を配る。
♪ シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン ♪
♪ それでは~ 皆様~ ありがとう~ さようなら~ また会う日まで~ ♪
出演者全員で鈴を振りながら、エンディングソングを歌う。
通し稽古が終了した。
――――1週間後――――
王宮では、国王の戴冠20周年記念パーティーが催されていた。
司会者の声が会場に響く。
「次の演目は喜劇『サマー・サスピション』でございます。企画・立案・脚本、ロラン王太子殿下。演出・美術・音楽、イザベル・アルノー様。出演はお二人とネリー・アルノー様。そして、王家とアルノー公爵家の愉快な仲間達です。それではどうぞ!」
さぁ、いよいよ本番だ!
終わり
最後までお読みいただきありがとうございました。
ちなみにイザベルと婚約者の王太子ロランは、実際は超ラブラブ♡
そしてアルノー公爵家は家族全員仲良しです。ご安心ください。
あ、パーティーでの本番はもちろん上手くいきました(ネリーは安定の棒読みだったけど)!! めでたしめでたし?