これから始まるラプソディ
49
静まり返った僕の部屋。手の中には大量の汗が握られていた。制服で拭おうとしたが、やめておく。すぐ近くにあるはずのタオルが今はとても遠い。立ち上がろうにも足が全力でそれを拒否しているのだ。動きたくない訳ではない、動けないのだ。
圧倒的な何か。さっきまで感じていた気配。そして、その言葉の重み。情報量が多すぎて処理出来ない。
「――――う、うーん。」
どうやらお姫様がお目覚めになったらしい。
「生きてるってことは、船研に関係する誰かがいたってこと?」
間違ってはいない。だから僕は二葉さんから聞いたことをすべて話すことにした。
流れていく時間、最後に聞いたそれは恥ずかしいから触れないでおく。
「全部、知っちゃったんだね。」
悲しそうにも嬉しそうにも見えるその表情が僕の心臓を貫く。
「その言葉の通り、自分は人間じゃない。ただの人形。いつ死ぬかもわからないマリオネット。来る者は拒み、去る者は追わないかぐや姫。」
かぐや姫のエンドを知っているだろうか。1000年以上昔の物語。これにはいろいろな解釈があるが、最後にはかぐや姫は記憶を失い月に帰ってしまう。のこされた帝は不老不死の薬を富士の山で燃やし、そこで物語は完結する。それは実は誰も救われない物語なのだ。
いつの間にか日が沈んでいた。見えるのは、雲に隠れ日の光を反射している月だけ。感情も記憶も失ったかぐや姫がいる場所。そう、そこは人が生きていくことが出来ない幻想の都。手を伸ばしたところで届かない、でもずっと近くにいる衛星。
「月が、きれいですね。」
ぽつりと呟かれた僕の言葉。特に意味はないはずだった。でも、
「わざと言ってる?」
こたえてくれる彼女がそこにはいた。その頬はちょっぴり赤く、その口元は少し緩んでいた。
僕はそんな彼女が大好きで、だから離したくなかった。人はこれを恋という。でも、それとは少し違う気がした。
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