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96 ポルド

読んで下さりありがとうございます。

 年代は3、40といったところ。

 短髪で細目、中背だがお腹が出っ張っている。 


 金糸を用いた細かな刺繍、精巧なボタンの掛かった上衣。

 上質な胸元のひだ飾り、貴石の嵌まった指輪。 


 装いだけ見れば権威のある貴族然とした恰好。

 しかし、表情や発言から滲み出る野心と、不遜な態度が品格を損なっている。

 その弊害で、肥えた体型が不利な方向に働き、だらしない印象へと傾く。


(奴がポルドか…)


 シルムとクランヌが口を揃えて信用ならないと言わしめた男。

 先入観はあるが、経験則からしても二人が下した評価に頷ける。


 自信に満ち溢れ、そこはかとなく相手を小馬鹿にしたような…自分が優位だと憚らない、疑いを抱いてない振る舞い。

 それだけならまだしも、質の悪いことに人を陥れる悪意を持ったーー

 シルムを引き留めておいて良かった、以前にも増して思う。


「お久しぶりですわね、ポルド伯」


 形式的なものだろうが、まずクランヌが挨拶。

 伯…ということは、伯爵なんだろうか。


「おお、常会以来でしたかな? 相変わらず凛々しくお美しい」

「世辞は結構です。それより…」

「ラントとメイアは何処ですか!?」


 表情を変えず素っ気なく返すクランヌと、前のめりで強く問い質すシルム。


「フフ、まあそう急くなシルムよ。今ここで引き渡すとも」


 二人から詰められても余裕な笑みを崩さず、ポルドは手を叩いて部屋に乾いた音を響かせる。

 すると、俺たちの前方付近のカーペットの一部が、暗く禍々しい沼のようなものと化す。

 そこから迫り上がって来る、俯せになった小柄な二人ーーラントがメイアを庇っている状態で現れ、沼は消えてカーペットが元に戻る。


 道理で反応が感じられないと思ったら、そんなところに隠していたのか…もしくは別の場所に繋がっていたのか。 

 にしても…すんなりと人質を手放すんだな…。


「ラント! メイア!」

 

 一番に駆け安否の確認に向かうシルムの後を、俺とクランヌも追う。

 

「大丈夫!? ねえ!」


 シルムがラントを抱き起こし呼び掛けるが、意識を失ったまま目を瞑って動かない。

 もう一方のメイアも同様の結果で、クランヌが揺すったりしても起きずにいる。


「…この子たちに何したの?」


 本来であれば今頃、家で共に笑顔で過ごしていた筈の二人。

 そんな日常を狂わされ、力なく倒れている姿に、底冷えする声音でシルムが問う。


「なに、少々騒がしかったものでな、もう一度眠ってもらっただけだ。手荒な真似はしておらんよ」


 威圧されても尚、尊大にただ自身の行い語るポルド。

 

『確かに呼吸は安定してる。目立った外傷も見受けられない…けどーー』

 

 ーー相当、怖い思いはしたみたいだ。メイアの目元に涙の跡がある。

 ラントが庇っていたのは、心が折れないよう元気付けるため…自分も不安だっただろうに、屈せず堪えてーー。

 勇気を褒めたい所だが、今は恐怖を与えた奴の処遇が先。


 シルムとクランヌも慮ってか、二人をゆっくりと横たえると、より強硬な態度で向き合う。


「此度の所業、どのような了見なのです?」

「勧誘はきっぱり断って、関係を絶ったのに」 


 あからさまに険を込めた声が刺す。

 しかしポルドは動じず、にやりと笑みを浮かべる。 


「何故お越し頂いたのか申しますと、まさにその件について。どうしてもシルムを諦められなくてね」

「全然嬉しくない…何でそんなに執心なの…」

「何故とは愚問だな。見目麗しい女性を求めるのは男の本懐だろう? 何年も前からを関心を寄せっておった」

「男性の方々を皆同列に語らないで頂きたいですが…何年も前からですって?」


 両腕を広げて熱弁する姿に、自分の身を抱くシルム。ほとほと呆れているクランヌ。


「そうです。亡くなったのは誠に残念ですが、市街で美人と目されていたシルムの母…その娘となれば、気に掛けるのも当然でしょう」

「お母さんのことを知って…!?」


 単純な驚きと、前々から付け狙われていた事実に不快感を顕にする。


「そして私の期待通り…いやそれ以上に育ってくれた。当時は力及ばずだったが、今は違う」


 欲望のぎらついた目がシルムを写す。 


「さあ考えを改めるか、聞かせてもらおうか」

「改める…? 何言ってるの? 私たちこんな真似しておいて、よくもそんな妄言を!」

「だからこそ、だろう。子供たちが不幸な目に遭う、という意味合いも兼ねていたのだが…伝わらなかったか? シルムよ」

「…! …尚更、私の意見は変わらない。それと気安く名前で呼ばないでくれる?」

「…すんなり返したのは、些か早計だったようだ」


 毅然で辛辣な一貫したシルムの返答に、流石にポルドはピクピクと顔を引き攣らせる。

 シルムがあいつの言葉に惑わされないか懸念だったが、舌鋒の勢いからして心配は無用。

 俺たちを信じ、定めた意志は盤石。


「以前は靡きそうだったものを…最近ギルド活動を始め、活躍していると聞く。仕向けたのは…貴様か」

「……」


 心底気に入らなさそうに俺の方を睨め付けてくる。

 

 きっかけはその通りだが、でもそれだけだ。

 選んだのはシルム自身で、休まず日々の訓練に臨み、手にした成果。

 俺は手伝いをしただけ…わざわざ語って聞かせる口は持ち合わせてないけど。


「ふんっ、だんまりか」

「思惑が外れましたわね。事を為した以上、もう言い逃れ出来ませんわよ」

「物的証拠がなくとも、証言が是とされれば立件は可能、でしたな」

「ええ。事情を説明して真偽の判決、それで十分…ご存知ですわよね?」

「もちろん、承知しておりますとも…」

「でしたら観念して潔くーー」

「だが、我が予想が狂うなどあってはならないのだよ!」


 クランヌに対しては慇懃に接していたポルドが突如、立ち上がって態度を一変させる。

 

「くく、そうだ。今まで順調にこの力で築き上げて来た。崩れ去るなど認められるものか!」

 

 手で顔を覆い腹を揺らし、自分に言い聞かせるような独り言。

 その不気味な光景に、並んで押せ押せだったシルムとクランヌは引き気味。


「急に何ですの?」

「変なものでも口にしてるんじゃ」


 独白を終え、手を外したポルドの表情には冷静さが戻っており、却って不穏な気配。


「クランヌ嬢の言う通り、このままでは破滅の一途。そう、このままではな…」

「何を…」

「ならば手を加えればよいーーそろそろ効いて来たのでは?」

「え…? …っ!」

「クランさん!? …うっ」


 意味あり気な発言の直後、眩暈を覚えたのか、クランヌが顔を歪めてふらつく。

 寄ろうとしたシルムも同じく、俺は二人に手を添えて踏み止まらせる。


「これ…は…」

「体が…重い…?」

「安心召されよ。害になるものは含まれておらん。子供と同じように静かになって頂く」

「なら…!」


 クランヌは今にも倒れそうな、覚束ない動きでラントとメイアに近付いて触れーー表情を驚愕に染める。


「転移が…使えない…!?」

「有名な貴女の能力、対策を講じない筈がないでしょう。この屋敷からは出ることは不可能だ」

「浅はかでしたわ…お役に立てず申し…」

「私も魔法すら…セン…お兄さ…」


 不甲斐なさを悔いながら二人は意識を失い、両腕に重みが加わる。


(大丈夫、後は俺に任せてくれ)


 そう心の中で呟きながら、シルムとクランヌを子供たちの傍らに横たえる。

 俺が立ち上がると黙って見ていたポルドが、苛立たしげに口を開く。


「平然としおって…つくづく忌々しい奴だ」

「…空気中に無味無臭で、睡眠作用のあるものを混ぜたか」


 悪態を聞き流しつつ、思い浮かんだ答えを口にする。 

 事ここに至っては、黙りを決め込んではいられない。

 二人は飲食をしておらず、まだ攻撃を仕掛けられた気配もない…となれば限られてくる。

 

「勘が良いようだな。しかしその声…若造か。立ちはだかるとは生意気な」


 どうせ年取ってようが無関係…不毛な争いには付き合わず、核心に迫る。

 

「…彼女たちをどうするつもりだ?」

「言っても理解できんだろうが…楔を打ち込むのだよ。それで全てが上手く行く」


 すっかり余裕綽綽のポルドが、どかっと深く腰掛けて言う。


 楔…文字通りではないのは確実として…何かの隠喩か?

 これまでを正当化できてしまうような…そんなものが存在するのか。

 俄には信じ難いが、根拠のある自信。


「諸共そうするつもりだったというのに。まあ…貴様に関してはどちらに転んでも構わん」


 ポルドは吐き捨てると、手を上げ、そのまま振り下ろす。

 するとーー離れた左右の床や壁、何もない空間から黒衣に身を包んだ者たちが出現。

 その連中から向けられる、どろり纏わり付くような視線。


 ーーああ、そういうことか。 

  

「一人ではないとは思ってたけど…手を回してたのはこいつらで、俺を消そうって魂胆か」

「くく、勘が良いのも考えものだな。余り時間を掛けてはおれん。貴様とはここでおさらばだ」


 別れが告げられ、気配がより濃いものとなり一触即発の空気。

 

「…手間が省けたよ。助かった」

「なに…? 追い詰められて気でも違えたか? 言っておくが命乞いなど聞かんぞ」

「そんなつもりはないさ。ただ…」


 黒衣の集団から感じる異様な気配には覚えがある。

 これはーー殺しに慣れた者が発する、しかもそれを進んで楽しむ、猟奇的な外道。

 どれだけの人が被害に遭ったのか…こいつらは、生かしてはおけない。 


「二人に、この先は見せられない」


 直後、一面に光が弾けた。

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