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95 屋敷

読んで下さりありがとうございます。

 屋敷前。

 屋根付きの玄関先で馬車が停止。

 移動の過程で大体の規模は把握したが、目の前まで来ると見上げる形になり、改めて広大さを認識する。


「到着したみたいですわね…」

「はい…」


 ポルドとの直面が近付き、クランヌとシルムが緊張を帯びた声で言う。

 御者台から降りた老人が馬車の扉を開く。

 

「……」


 それから横に避け、感情の希薄な表情で控える。

 …相変わらず無関心そうで、言葉を発しようとしない。

 佇まいには貫禄が出ているし、動作は丁寧で配慮が行き届いている…きっと、この人は従者として務めて長い。


 なのに愛想はお世辞にもいいとは言えず、仕事ぶりとの齟齬に違和感。

 元々、寡黙な気質なのかもしれないし、不要な干渉をしないよう命令を受けているのかも。

 

 まあ、この状況はどう考えても降りるよう促しているから、無言のままでも不都合はない。

 今の優先事項はラントとメイアの無事ーー別のことに気を回してないで専念、指示通りに進めよう。


『行こう』


 伝達を送って先に立ち上がり、足場を経て地面に降り立つ。

 扉の斜めに位置取って振り向き、続くクランヌに手のひらを差し伸べる。 

 

「まあ」

 

 クランヌは足を止め、左手を口元に持って行き、感心と驚きが混じった反応。

 突飛な行動には疑問を抱いてないようで、こちらの想定通り右手を俺の手にそっと添えると、滑らかな動作で軽やかに降りる。

 手を離して俺の方に向き直り、小さく会釈をする。


「ふふっ、介添え頂けるなんて、慣れてらっしゃいますのね。どなたかに仕えていらした経験が?」

『まさか。ただの見様見真似だよ』

「それにしては自然体でしたわね…近しい同伴の経験が豊富なのでしょうか。隅に置けませんわね」

『おいおい、捏造しないでくれ。それを言うならクランヌの方が様になってる』

「ごめんあそばせ。興味があったもので、少し踏み入らせて頂きました。私は作法の一環としてお稽古で身に付けてますから」


 何てことはない風に言うが、簡単には片付けられない、想像を絶する要素が色々と詰まっている。

 最初会ったときから察しは付いていたが、これまでの経緯も鑑みると、クランヌが止ん事無い立場なのは確実だからな。

 込み入った話はまだないが、彼女は彼女で重責を担っている。


 それに触れる機会がやって来るーーそう予感を覚えつつ。

 とりあえず…遊び心があるならクランヌは大丈夫そうだ。


 突飛な行動を取ったのは様子を窺うため。

 本番を直前に控えた今、余分に張り詰めていないか心配。


「さて、感けてばかりもいられませんわね。もう一人のレディも、どうかよろしくお願いします」


 俺の意図を察しているのかいないのか、そう託してクランヌは道を空ける。

 馬車の方に視線を移すと、中で立っているシルムから、心なしか期待の眼差し。

 要望に応えると、シルムは手を乗せて、ぎこちなさ下車。


 下りた後も手を取ったまま、クランヌに倣って一礼。

 最後に口を綻ばせるが…繫がった部分を通じて微かに震えが伝わってくる。

 これは言及するまでもなく我が身可愛さじゃない、二人の身を案じて…。

 

 何か励ますべきか思案を巡らせていると、シルムはぎゅっと力を一瞬だけ込め手を離し、笑みを深めてクランヌに向けて言う。


「クランヌさんっ、白みたいです」

「あら、それは吉報ですわね」

「強い思い入れがあったら、表に出て来ちゃうでしょうし」

「その影らしい気配すら感じられない、と」

「ですです!」

 

 …最後のは一体、と思っていたら、急に二人で頷き合って通じ始めたぞ。

 調子が良さそうなのはいいとして、白がどうとか、脈絡のない展開に置き去り。

 歓談の中ポツンとしていると、クランヌが謝辞を述べる。


「申し訳ございません。少し気掛かりがありまして…もう解消したのでお気になさらず」 

「結果的に何事もなくて良かったですよ。場合によっては会議を開かないと行けませんでした」

『…懸念が一つ無くなったら何より』


 その会議ではどんな議題について話がされるのか…聞かない方がいい気がする。


「はい! …私は大丈夫ですから、そんなに心配しないで下さい」


 そして見透かされてる…気遣うつもりが逆に気遣われてしまったか。

 決して余裕がある訳でもないだろうに、立派だな…。


 そうした折、盛り上がりを他所に粛々と馬の世話など作業を進めていた老人が、邸宅へと向かい始める。

 自然と雰囲気が引き締まったものに変わり、俺たちも着いて行く。

 老人によって両扉が開かれ、中に入るよう手で促される。


「…行きましょう」


 一拍置いてシルムの真剣な声を皮切りに、三人並びで屋敷の中へ。

 そしてーー。


 よく磨かれた広いホール、二階へと続く階段には赤い絨毯、天井には燦然と輝くシャンデリア。

 豪邸に相応しい佇まいに迎えられ、数歩進んだ先で足を止める。 

 

(……)

「見た目通り中も広いですね…」

「ええ…ですが、妙に静かですわね。庭からここに来るまで、どなたもお見掛けしていませんし」

「あっ、そういえば確かに。これだけ大きいと使用人さんも多そうですけど…」

『二人とも目の付け所がいいな。この屋敷内、ほとんど人の気配が感じられない』


 入って早々に仕掛けられることを考慮し、索敵を始めたが引っ掛かったのは一つだけ。

 離れた所にある隠そうともしないこの気配は、おそらくポルドのもの。


「ということは…」

『まあ、そういうことだろう』

「えっと…?」

「今回の一件、仕えている方の大半が無関係…私たちを招集するにあたって、人払いをしたのでしょう」

「なるほど…秘密にしたい、知られたら困るということですか」

『ああ』


 疑いは持ってるかもしれないが、使用人のほとんどは普通に働いているだけだろう。

 加担してるなら口裏を合わさせればいいし、一斉に外すのは周囲の疑念を助長しかねない。

 そうまでして隠したい所業…


 全員がより確信を強め、同じ流れの案内で通された屋敷の一室。


 距離がある長方形の空間。

 長々と伸びるカーペット、段になったその先。

 豪著な椅子に身を預け、まるで王様気取りの弛んだ腹の男性が、鷹揚に告げる。


「ようこそクランヌ嬢たち。我が屋敷へ」

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