94 評価
読んで下さりありがとうございます。
手続きのため止まった馬車が再び移動を始め、しばし進んだ門の先、貴族街。
一般の地区とは隔てられ、限られた者が踏み入れられる領域、王城にも続く路。
窓によって切り取られた、移ろい行く光景を見た率直な感想は、整然。
一つ一つの店や建造物が大きく、道幅も確保されているため、広々といった印象もあるが…市民街と比べると前者の方が強い。
貿易が盛んなエストラリカは各地から人と物が種種入って来ている。
それは立ち並ぶ店と品にも反映され、あっちの通りは歩いていると雑多な感じがする。
しかし選択肢が豊富なのは勿論、外の一端に触れられ見ているだけでも楽しめ、味があると思う。
対するこちらは、それぞれ建築方法や塗装など差異はありながらも、景観を損なうような奇抜さはなく洗練。
貴族街といっても使用人を始め、仕事で来ていると思しき者の往来も見受けられ、きっちりとした格好。
自然と姿勢を正してしまいそうな、引き締まった空気。
明確に違いがあるのは厳かさを重んじているのと、おそらく線引きの意味合いもあるんだろう。
外から持ち込まれる数多のものによって今の繁栄が成り立っているが、体制を確立させた大本が存在する。
手を加えるのを制限することにより、流れ者を調子付かせず、あくまで主導権はこちらにあると誇示する目的。
こんな状況でなければ風景を眺めつつ、クランヌから踏み入った話を聞けたかもしれないが…今はそんな場合じゃない。
シルムの家族を攫い強い焦燥感を覚えさせ、他にも俺たちを陥れた疑惑のある、ポルドという貴族。
何の罪もない、ましてや子供を脅迫の材料に使う時点でまともだとは思えない。
(クランヌに聞いた話ではーー)
一悶着あった当時の記憶を思い浮かべ、整理するため伝達を送る。
『ポルドって、自分の領地で悪事を働いてるん噂があるんだったよな』
関係を絶った相手からの干渉、それも悪行に、二人の表情は固い。
「ええ…複数の土地をする所有する地主で、場所を提供したり店の経営といった土地の運用、成果を上げていて手腕はあるのですが…」
『その裏で、煙が立つような動きが見られると』
「確実な証拠はないみたいです。でも…女性を対象に、私と似たような条件を何度か持ちかけてるらしくて…クランヌさんが調べて裏付けてくれてます」
シルムと同様ってことは、金銭面で困っている相手に出資を申し出て、代わりに侍女のような働きをしてもらうーー。
女性限定であちこち言って回っているのは気にはなるものの、要素がこれだけなら暫定で女好きだとして、まだ判断を下す余地があった。
しかしもう誘拐に及び、身柄をだしにする時点で審判は下っている。
「ただ…中には条件を承諾した方もいるのですが、不思議なことに不満の声は一つも上がって来ておりません。専門の監察官が入っても異常は確認出来ないらしく…」
『監察官?』
聞き覚えのない単語に疑問を返すと、クランヌは「あら」と言って、
「ご存知ありませんでしたか。主に貴族が権力を濫用していないか監視、疑いがある場合は独自の権限と能力を以て、強制捜査を行う方々ですわ」
『そんな番人みたいな存在が…』
発言と口ぶりからして、貴族でも逆らえない独立した組織で、お飾りではなく横暴な振る舞いを防ぐ抑止力となっている。
多分、検挙した実績が幾つかあるんだろうな。
『でも、取り調べでは何もなかったと』
おかしい、事前の評価で真っ先にそう思う。
女性が嫌な思いを抱いていない…あり得るのか?
操ったり脅迫などの口封じには対策を講じてるだろうし、買収とか裏切りの線は追いにくい。
可能性としてあるのは女性側が受け入れているとか、ポルドの方はあくまで芸術鑑賞の感覚で、行為には至ってないとか。
一応、好意的な解釈をしてはみたが…やっぱり考えにくい。
仮に潔白だとすると、今回の行いは無謀であり説明が付けられない。
他所からやって来て活動期間が短い俺だけならまだしも、知名度の高いシルムとクランヌの身に何か起きれば、誘拐の件を告げず黙って来たが、周囲は黙っていない。
足取りの追跡が始まり、各方面へと調査が及ぶだろう、怪しまれている人間は優先的に。
それに状況によっては俺たちが大人しく従わず、抵抗されるのも頭にあるはず。
全てを見越した上で実行に移したーーとなれば。
探られても隠し通せる自信、こちらを抑え込める勝算があるということ。
『…何か手札がありそうだ』
「私もそう思っていますわ。どうにも殊勝な人には見えず…印象で判断するのは褒められた行為ではありませんが…」
確かにクランヌにしては珍しく、仕方なさそうに整っている眉をひそめ、言葉遣い含め敬意が感じられない。
本当に、認識を改めようにも拭い切れない葛藤が見て取れる。
そのまま次いでクランヌは、シルムの方へと視線を移す。
「それにシルムも…」
「はい。交渉の話で一度だけ会いましたけど…対価があっても不満なしは無理です…汚泥みたいで」
こちらも珍しく不快感が露わになっている。
シルムは毒を吐くことはあっても笑顔だったり無表情だったりで、俺に向けられた誹謗中傷には強い怒りを示したが、こうも明確な嫌悪は初めて目にする。
二人ともそれだけという証左、もう精査するまでもない。
…しかし、普通に話を進めていたが主人? が悪く言われているのに、御者の老人に特に反応は見られない。
馬車に防音も備わっていそうなので聞こえてないのか、それとも…。
まあ筒抜けであっても構わない、どうせもう平和的な解決は望めないから。
『何が待ち受けてても不思議じゃない、警戒を一層強めて行こう』
そう締め括ると、身を寄せ合う二人は真剣な表情で頷いた。
俺はとっくに、覚悟は決まっている。
ーーそして。
貴族街の一画、広大な土地に建てられた鈍色の屋敷。
そこへ繋がる庭の入口、立派な鉄門。
重々しく開かれ、中へと進んで行く馬車。
閉じられた門が、これから起きる出来事を示唆しているようだった。
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