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93 内状

読んで下さりありがとうございます。

(ラントとメイアが攫われた…?)


 門番の伝言から生じていた胸騒ぎ。

 急行してクランヌの様子を見て確信に変わり、構えていたが、飛び出した不穏な内容に少なからず衝撃。


「そんなーー!」


 俺はその程度で済んだが、二人と家族同然の深い繋がりがあるシルムは、切羽詰まった表情で悲鳴に近い声を上げる。   


「シルム」


 対してクランヌは、混乱のあまり思わず詰め寄るシルムに、スッと静かに制止をかける。

 

「気持ちは分かりますが抑えて下さい。騒ぎになると不都合ですので」


 そう発言の後、後方の馬車を一瞥する。

 言い聞かせてはいるが、顔には押し殺せない沈痛さが滲んでいる。

 

 クランヌは前から子供たちと面識があって可愛がっており、皆からは慕われ親密な関係。

 その相手の一大事となっては、慈悲深いクランヌが平然でいられる筈がない。

 

(…騒ぐのはまずい、って言ってたな)

 

 自制して、シルムにもそれを求めるのは攫われたことと関係があるんだろう。

 子供たちに知られて収拾がつかなくなるのを避けるため…?


 いや、公になってしまうこと自体がいけないのか。

 クランヌの挙動を見てそう結論に至る。

 

 一瞥したことといい、クランヌは後ろの馬車が気掛かりな様子。警戒とも言い換えられる。

 御者台には礼服を纏った老人が、こちらには目もくれず黙々と座している。

 最初は彼女が呼んだ身内かと思ったが…違うみたいだ。


 誘拐された二人を思って気が急いている可能性も考えられるが、もう少し落ち着きがあるはず。

 だとすると答えは一つ。

 犯行に及んだ何者かが寄越した手先…使者と言うべきか。

 

 それでクランヌに誘拐の通達が行って、同時に言い触らさないよう釘が刺刺され、俺とシルムの指名も含まれていた…そんなところか。

 推測を立ててみると、この場に留まり続けるのは良くない。

 シルムには我慢を強いてしまうが…現状ではラントとメイアが優先だ

 

『安否が心配なのは分かる。でも今はクランヌから詳しい事情を聞こう。それが二人のためになる』


 シルムの肩に手を置き、すべきことを伝達で送る。

 内容を確認したようで俺の方を向き、クランヌの言葉と合わせて少しは平静さを取り戻したのか、無言ながらも小さく頷く。

 クランヌはホッと小さく息を吐き、続けて神妙な顔で告げる。 


「どのみち、向かわねばなりません…シルムとお付きの方、馬車の方へ」


 不承不承といった感じだが、俺たちは従う他ない。

 様々な感情が渦巻いているだろうシルムに手を添えつつ、クランヌに付いて行く。

  



 やっぱり、と言うべきか。

 馬車に近付くと御者の老人は淡々と扉を開き、クランヌは軽い会釈だけに留め、俺とシルムを先に促した。

 知り合いの可能性は無くなったと見ていい。


 両側に設けられた座席に俺、シルムとクランヌ並びで腰掛けると扉が閉じられ、程なくして何処かに向け移動を始める。

 行き先は…十中八九そうだろう。


 馬車の中は焦茶色を基調とした、大柄でも乗れる広い空間。

 座席には負担を軽減する座り心地のいい素材が用いられ、窓にカーテン、照明も備えられている。

 華美さはないが一般の乗合馬車と比べ、設備も併せて上質なものばかり。


 庶民が持つものとは明らかに違う、賓客を迎えるのに相応しい拵え。


 しかしそんな中だろうと、心休まるはずもなく。

 シルムは俯きがちで、クランヌは肩に手を回して励ますような形を取り、依然として空気は重い。

 俺も精神面が気掛かりだが…同時に背後の、壁を隔てた向こうの存在もーーいや。

 

(薄々とは感付いてたけど…)


 御者を務める老人、黙々とその仕事をこなすだけで俺たちには無関心みたいだ。

 主から告げられた命令にただ従っている、そんな印象。 

 この人に何かしらの干渉をしても、事態の好転は望めない。


 そう結論付け置いてくことにし、クランヌの方に意識を注ぐ。

 彼女は俺の意図に気が付いて肯くと、徐に話し始める。


「少し前のことです。次の取引に向けた調整の最中、私宛に一通の書状が届きました。その内容ですが…」

 

 現在進行形で腕の中にいる少女を想ってか、続けるのを躊躇う素振りを見せ、仕方ないと割り切って口にする。


「『孤児院の子供を二人預かった、周囲に言い触らせば身の安全は保証しない。孤児院へと遣いを寄越す。シルムと赤ローブの者を伴って参上せよ』と」

「それから駆け付けて確認したところラントとメイアがおらず、尋ねる前に子供たちが買い出しだと教えてくれたので、流れに乗じて二人は私が招き、それをシルムに伝えに来たという体にしておきましたわ」


 滔滔と説明を終えるとクランヌは小さく息を吐き、場に再び沈黙が降りる。

 概ね思っていた通りの事態。

 機転を利かせてくれたのは助かった、でなかったら戻るのが遅いと紛糾していたのだろう。


 にしても…クランヌ相手に要求できるような立場にいるやつが主犯か。

 影はあるにはあったが、それも上の方だとはな…。

 全く、どうしてーー


「どうして…」


 肩を震わせ膝で握り拳を作るシルムが、絞り出すように疑問の声を上げる。


「どうしてラントとメイアが…周りとは少し違う日常を送ってるだけで…ただ買い物に行っただけで…あの子たちは関係ないのに…!」


 最初聞かされたときと違い堪えてはいるが、それでも抑えられない激情が響く。

 血が繋がっていなくても家族同然、いやそれ以上の強固な絆。

 その怒りは如何程のものか。


「シルム…」


 痛ましく名前を呼ぶクランヌだったが、遅れて独白に同調する。

 

「ええ。私たちを呼び寄せるために幼子を拐かす所業、到底許せるものではありません」

「クランヌさん…」

『気分の悪い話だけど』


 多少静まったところを見計らい二人に伝達を送る。


『人質を活用するため文面にあった通り、手荒なことはされてないと思っていい』


 目的は定かではないが、わざわざ俺たちを指名するのは恐らく何らかの話があるということ。

 もし火に油を注ぐような真似をすれば、それどころではなくなる。


『それと俺も二人のことは他人事じゃない。無事に取り戻してみせる』

「お付きの方も…お二人とも、お願いしますっ」


 全員が同じ想いで元気付いたのか、シルムは暗さを払拭するように頭を下げる。

 頼まれる前から尽力するつもりだが…受け取っておこう。

 …ところで、肝心の部分をまだ聞いていない。 


『ーーそれで、手紙の差出人は?』


 伝達で尋ねた直後、馬車が停止。


「はい、それはーー」


 耳を傾けつつ外を確認…どうやら目的地に着いたわけではないらしい。

 今いる場所は、貴族街に通じる門の前。 


「以前にお話しましたが、度々シルムに迫っていた男ーー名をポルドという貴族です」

「ポルド…きっぱりと拒絶したのに…」


 たしか、孤児院への資金提供を条件に、シルムに出向くよう要求していたんだったな。

 一度は呑みかけたが、説得により最後には跳ね除けた。

 今になってどういうつもりか知らないが…この件の元凶であり敵。

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