91 圧縮
読んで下さりありがとうございます。
犯人の手がかりを求め、新たに生じた三つの横穴に踏み込み調査。
糸口になりそうなのは謎の黒い線のみだったが、ティキアから齎された予期せぬ方向の情報により、朧げではあるが敵の姿が浮かび上がった。
本当にクランヌと因縁があるなら厄介ではあるけど、知らないままよりかは、俺とシルムは影に近付いたと前向きに捉えよう。
「入った時点で異変はなさそうと思ってはいたが…案の定だったな」
まあ提供してくれた彼の方は、あまり実入りがある結果ではなかっただろうけど。
「最初から察しが付いてたんですか?」
「大体だけどな。今までの経験と能力の影響もあって感覚で分かるんだよ、魔物の存在とかも」
能力の影響…?
ティキアが肉体や装備に纏っていたアレは感覚も鋭敏にさせていて、馴染んで素の状態でも勘が働く…そんな解釈だろうか。
「つっても、さっきは気付けずに挟まれちまったから、動いてちゃんと確かめようってな」
「魔法とか頼らずにそんなことが…」
「結局あのザマだから、あんまり信用しないでくれ」
自虐気味に話すティキアだが口調そのものは明るい。
軽口を叩けるくらいには持ち直したか。
『センお兄さんも分かってました?』
シルムが伝達で俺にも同じことを尋ねてくる。
『何も見つからないだろうな、とは思ったよ』
あの密集した魔物の発覚を防ぐ術を持っているなら、敵は捕捉を免れる、足跡を残さない手法を取っていると。
それに俺も、場合に左右されるが不穏な気配を感覚で察知できる。
こちら側に来る前から多少身に付いており、魔物との戦闘や逃亡生活の中で洗練されていったもの。
地力では限度があるため過信せず、探知魔法などの補助を扱うようにしている。
『鈍感なのは私だけですか…』
文だけなので定かではないが、疎外感を覚えていそう。
シルムはある意味で察しの良さ持ってるけど…何の慰めにもならないか。
『仕方ないさ。ティキアの言う通り、こればっかりは経験がないと』
『経験…実戦を積み重ねればいいんでしょうか』
『うん、その考えで大体合ってるよ。実戦も要素に含まれるから』
『要素、と言いますと?』
『洞察力を磨くには体験するしかない。それを果たすにはギルド活動の繰り返しになる』
魔法などの訓練とは違って、こればかりはシルム自身が体を張る必要がある。
危険が点在する空間に身を投じ、緊迫感で神経を擦り減らしながら依頼の遂行や魔物と命のやり取り。
それらを通じて、野生の勘と呼ばれるものが段々と備わってくる。
『お二人に近付くにはまだまだ…そう簡単には行きませんか』
『ティキアが能力の影響があるって言ってたし、シルムの成長促進も作用してるかも?』
『だと、いいですけどね。私も早く強くならなきゃ…』
『みんなの為なのは分かるけど、焦りは禁物だ』
シルムが早く大成すれば、その分だけ子供たちの暮らしに豊かさを齎せられる。
しかし急いて、足を掬われる事態を迎えては元も子もない。
命あっての物種。
『それもありますけど、そうじゃないんですよ…このままの私じゃ…』
いったい、シルムは何を焦っているんだろう。
続けてランクが上がり、実力が伸び悩んでいるわけでもない。
どちらかと言えば順風満帆な部類に入る。
だというのに、何が彼女を駆り立てるのか。
原因を知るべく思いのまま疑問をぶつけようとして。
「最初見たときも思ったんだが、どうやったんだこれ?」
横穴から戻り、青白く凍結した無数の欠片に向けティキアが呆れ気味に言う。
後回しにした魔物の亡骸は、襲撃に遭った証明と調査用、かつ素材として回収する。
行き来のさい軽く確認したが、外見と『痕跡』に特筆すべき点はない。
「中の方までカチカチじゃねえか」
「それはですね! お付きの方がこう、ドドドってばら撒いてピョーンって…」
直前の伝達での裏を感じさない、ご機嫌な様子で説明に応じるシルム。
…聞けるような雰囲気から逸してしまったな。
「魔力は感じなかったから魔法じゃないよな。辺りを照らして魔力を俺に与えた次はこれか……今までの人生衝撃が二度も塗り替えられちまった」
「ふふん、内の人は未知数で測れませんからねっ」
「みてぇだな。それに…二人がそういう関係だったのもちょっとした驚きだ」
「?」
自分の事のように鼻を鳴らすシルムはティキアに告げられ、はて、と首をひねる。
俺にくっついた状態で。
冷気が漂う空間に戻って来たため、自然な動作で俺に身を寄せたシルム。
「ああ、これは暖を取るためであって、私たちは特別な関係じゃないですよ〜」
「…それで、か?」
「はい」
すりすり。
密着した状態に頬擦りを加えながら真剣な面持ちで否定する。
その姿は、正直に言って説得力の欠片もない。
「わ、分かった。そういうことにしておく。ところで」
ティキアは触れない方が身のためと判断したのか、流れを断ち切って新しい話題に移る。
「持ち帰るにしても方法を考えないとな。まあ選択肢は限られてるけどよ」
魔物は多勢だった上に小型が少なく総じて図体が大きい。
一斉に持ち出すには馬車数台、人力では特定の部位のみを運ぶのが精々。
ーー通常であれば。
「ふっふっふ」
「嬢ちゃん、急にどうした?」
「どうやらお付きの方に秘策があるみたいです」
「ほう」
行動を起こすより早く、不敵な笑みのシルムから打ち明けられ、ティキアの注意が俺に向く。
喋れないから助かるには助かるけど…まあ割り切って。
『シルム、ちょっと離れててくれ』
『ちょっと、ちょっとですね』
連続して強調された了承の伝達が入り、シルムの体が離れたの確認後。
『コール』
二丁のハンドガンを両手に出現させて持つ。
「それはさっきの…今度は何をするつもりだ…?」
俺の動向に興味を示すティキアの視線を感じながら、前方を見据える。
長方形に広がる屍の一帯。
それを十字に区切って四分割して、付近の一面の角4つを狙う。
目測で当たりを付けながら、両手の銃の照準を合わせーー連続して放つ。
静かに発射された四発の弾丸は、それぞれ一定の間隔を開けて音を立てず地面へ着弾すると、消失して、弾と同径の白い点が発生。
そこを起点に縦横へと線が伸びて結び合い、地面に四角形を形成。
次いで空中にも軌跡が描かれて行き、魔物より少し上の高さをした透明な直方体を構築。
多数の氷塊を囲った直方体はーー段々と縮小を始め、比例して中身の物体も縮む。
最終的には手のひらのサイズの立方体にまで変化が及び、雑然としていた地面にはぞれだけがポツリと置かれている。
他の箇所と見比べると、切り取ったように片付いているため不自然さが際立つ。
俺は銃を消して近付き、点から出来上がった箱を手に取る。
透明なため中身は見えるが、精密すぎて判別はつかない。
それから元いた位置に戻り、前のめりになっているティキアへ箱を差し出す。
「ん? 受け取ればいいのか? …軽いんだな」
渡したあと、続けて俺は拾った場所を指差してから、片手で掬う動作を数回行う。
「これを投げろってことか」
意図が正しく伝わったので首肯し、ティキアは指示通り下投げで放る。
描かれる放物線。狙いは正確で指定した座標目掛け落下。
そして接地の直後。
箱が弾け、消えた残骸が瞬く間に展開。
直前に見た風景が再び現れ、まるで数十秒前の過去に飛んだよう。
俺が二人の方に向き直ると。
「とまあ、ご覧の通りですよ」
「いや、どういう仕組みなんだあれ」
胸を張る得意顔なシルムに、驚きながら突っ込みを入れるティキア。
「え? えーっと…中にある物を小さくして収納、ですかね」
「見たまんまじゃねえか。もしかしなくても嬢ちゃんも知らないだろ」
目が泳いでいるシルムの言っていることは、当たらずも遠からず。
物体を小さくしてるのではなく、内側の空間そのものが通常より小規模になっている。
『圧縮』の魔弾によって。
範囲内の空間を縮小化させ、生物以外にその影響を与え中に閉じ込める。
雑に言うと、大きさの基準が違う異界。
重さも変化しているため相応に軽く、実演してもらったように投げることで解除され広がる。
用途は重かったり嵩張る物の持ち運び。
普段は革袋で事足りるけど、人前で扱えない場面などの代わりに使う。
「とにかく! お付きの方が回収の方法を示してくれたんですから、それでいいんですっ」
シルムは投げやりに言うと約束通り? また俺にくっついて腰に巻き付く。
「それはそうだし助かるが…お付きはいいのか?」
この問いは弾丸を消費することに対してだろう。
俺は即座に指で丸を作って快諾を返す。
魔弾は全て使うため作成している。出し惜しみする理由はなく、渋って機会を減らすのは逆に勿体ない。
「他に仕様もないしな、ありがたく厚意に預からせてもらうぜ」
明るく述べるティキアからの謝辞を受け、一先ず、絡まれていても狙える箇所に銃口を向けた。
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