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89 調査

読んでくださりありがとうございます。


8/13 加筆修正

「二人には悪いんだが…痕跡の有無を確認していいか?」

 

 ティキアが俺とシルムに向け、申し訳なさそうに言って出る。


「帰るのは遅れるし、危険が伴うのも理解してるんだが…」

 

 連続した襲撃を打ち破り、静けさを取り戻した洞窟。

 三人集まって一段落はしたものの、全ては片付いていない。

 仕組まれたような待ち伏せは謎のままだし、周囲に転がっている魔物も手付かずで放置。


 ただし、ここで作業するとなれば留まる必要がある。   

 僅かな実態も掴めていない中に身を置くことになる。

 

 魔物の出現は打ち止めになったとはいえ、他にも潜伏していたり増援が送られてくる可能性など、安全の保証はされていない。

 万全の状態で臨むなら一度帰還し、人員を募って始めるのが妥当。


 反面、その選択をした場合、情報の精度は損なわれてしまうだろう。

 こっちでは不思議な力は普遍的なものだ。

 依頼で不正を働いてないか裏を取ったり、追手が俺の足取りを掴めたり…調査や追跡などはその力を元に行われている。


 見つけ出せるなら逆に、隠蔽や隠滅といった、見つけられなくすることも可能だと思うのが自然。

 追手には筒抜けだったけど他には作用している、認識阻害等をかけてある俺のローブがその一例。

 付与のために相応の魔力は代償となったが、施すのはあっという間。 


 だから例え、転移でギルドに向かい緊急召集ーー危険性を加味するとランクの高い者が条件ーーをかけ、運良く迅速に集まり短時間で戻れたとしても、少しの空白が生じただけで信憑性が損なわれる可能性がある。

 それどころか逡巡している今の間にも刻一刻とーー


(だったら…)


 危険を承知で今から探索を始めるべき。

 一切調べることなく置き去りにするのは後味が悪いし、そもそもここで引き下がるなら、最初から戦わず退いておいた方がよかった。

 しかし何が待ち受けているか分からないのも事実。


 ここはシルムだけでも…


「私も残りますからね? 経験は浅いですけどお二人が驚くほどおかしい状況なのは分かります。この目で見届けたいのに、仲間外れにするのは酷いですっ」

 

 俺の腰に巻き付き続けているシルムはぎゅーっと腕の力を強め、離れない固い意志を感じさせる行動と言葉による抗議。

 …まだ伝達する前なんだけどな。

 確かに当事者として気になるだろうし、今更帰らせるくらいなら、それこそ最初から返しておくべきだったか。

 

「私もってことは、お付きも残ってくれるのか?」

「はい」


 期待した様子のティキアに尋ねられ、当然のように俺の返答を代弁するシルム。

 だから伝達…まあ合ってるから異論はないが。

 

「ありがてえ、早速取り掛かるとしよう。まずは魔物が潜んでいたとこから当たるか」


 言うが早いか、魔物の残骸の先を目指し動き出すティキア。

 彼も俺と同様に急いだ方がいいと思っているのかも。

 

 ティキアの後に続こうとして、踏み止まる。

 それから腰に感じる重みに視線を向ける。

 

『…移動するからそろそろ離れようか』

「このまま連れて行ってくれていいですよ?」

『引き摺ってくことになるからよくないよ?』

「…我が儘を言う場面じゃないですね。まあ暖はもう取れましたし」


 目的は達成したと口にしながらも動作は何処か緩慢。

 充足感に物足りなさが混在しているように見受けられる。


『よかったらローブ羽織る?』

「! いいんですか!?」

『最初渡すつもりだったし予備だから』

「下さいっ!」


 見違えるほど俊敏に顔を上げ、応諾を返すとシルムは両手を出す。

 俺は革袋に手を入れ目当てのローブを掴む。 


『大きさは俺基準だから動きにくいかも』

「適当に縛ったりすれば大丈夫です…おお!」


 乗せられた物を見て声を上げるシルム。 


「お揃いじゃないですか!」


 渡したのは赤いローブ。俺が今着ているのと同一でシンプルな意匠。

 ローブには破れたり劣化したりしないよう手は加えてあるものの、それでも無くした場合の代わりに予備を用意。

 普段使いとの相違点としては敵を欺く能力は付いてない。


「一つで二度美味しいどころか三度……あれ?」


 いそいそ袖を通すシルムだったが、着終えると怪訝な顔に変わる。

 やはり体格の差があるため、ぶかぶかで裾が地面に付きそうになっている。

 予想していた以上に丈が長かったからか?


 そう推測する俺に反し、シルムは腕に鼻を押し当てる。


「すんすん…あのー、これって…」

『ああ前に話したけど、それも汚れとか匂いは付着しないようになってるから』


 どうやら気になるのは匂いのことらしい。

 環境によって生じる独特な生活臭が衣服に染みつくのは多々あるが、良いものも悪いものも残らないようになっている。

 鼻が利くシルムには何も感じないのは却って引っ掛かるのかも。


「…そういえばそうでしたねー…そもそも予備ですもんねー」


 ありのままを伝えただけなのだが平坦な口調になり、上がったと思ったら下がってしまった。


「おーい、何してんだー?」


 先行していたティキアが振り返り俺たちを呼んでいる。

 微妙な展開になって促しにくくなってしまったが、待たせる訳にもいかない。

  

「でも気遣って貰えたし…うん、行きましょう!」


 と思ったらシルムは持ち直し、ローブを摘み上げて自分から歩き出す。

 事情は全く呑み込めていないが落ち着いたならよしとする。

 結論付け、これ以上置いてけぼりにならないよう着いて行く。





「見事なまでにもぬけの殻だな」


 開けた空間に出たティキアの感想。

 新たに開通した横道を進み、魔物が発生した地点へ三人で向かうと、ただ広い空間が広がっている。


「本当に何もないですね。行き止まり…」


 左右に首を振って辺りを見渡すシルムが同調。

 服装はローブを脱いで既に軽装に戻っている。

 離れたことで寒さが和らいだのと、咄嗟に移動するときの妨げになるからだ。


 それはさておき。

 二人の言う通り別の道に続いてはおらず袋小路で、魔法などの力が作用していた形跡もなく目ぼしいものはゼロ。

 恰好の的だが襲撃される気配もなく、懸念だったようだ。

  

「こりゃお手上げだ…一応、見て回りはするが…」

「じゃあ私、逆側担当します」


 壁に沿ってシルムとティキアは調べ始める。

 この調子だと隅々まで見ても情報は得られなさそうに思えるが…。

 けど可能性はあるので二人に任せ俺は『コール』でハンドガンを出し、別方向から調査を試みるため、中心の地面に向けて一発放つ。


 すると、視界に溢れる情報の数々。

 内側に集中する様々な形の輪郭、そこに数字の羅列が付随する。


 現象は俺だけが知覚しており、用いたのは『痕跡』の魔弾。

 これは過去ーー設定は五日間ーーの事象を詳細に把握できる…わけではなく、曖昧ではあるが、誰かがいたことや何をしたかが分かる。


(…魔物の群れは昨晩からここにいたのか)


 大まかな形ではあるが輪郭は直前に一戦交えた魔物たちを象っており、昨晩からさっきまで待機していた記録がある。

 そして付近の地面ーー人型をしたものも存在している、それも複数人。

 昨晩に何か作業をするためか辺りを歩き回っていたようで、手引きしたのはこの者たちに違いない。


(魔法を使った形跡はない、か)


 この場で魔法が行使されていた場合『痕跡』は火なら赤、水なら青といったように、各属性に応じた色を映し出す。

 さらに指紋ともいえる、術者の魔力も同時に検出されるため、見つかれば特定の役に立ったのだがーー


(…何だ?)

 

 目に付く方に気を取られていて発見が遅れたが、魔物たちを囲むようにして、地面に薄く細い黒線が引かれている。

 全てを呑み込んみそうな光沢のない純黒。

 こんな色は一度も目にしたことがない。 


 近いのは闇属性の紫だが、もっと明るい色をしているし、それに…見ていると胸がざわついて、嫌な感がする。 

 既に活動は停止しており、形跡でしかない色に名残はなく、不気味な印象を抱くのはおかしい。


 さらに時間の表示はされているが魔力の反応がない。

 つまり色はあっても魔法とは別物ーーとなると能力…が、前例がないため判断を下せるほどではない。

 得体の知れない異質な何かーーそう称した方がしっくりくる。


 襲撃において影響を及ぼしていたのだろうが…謎が増えてしまった。


「ダメだ、やっぱり何もねぇや……嬢ちゃんの方はどうだ?」


 そこへ、肩を落としながらティキアが合流、少し遅れてやってきたシルムに成果を訊ねる。

 

「こっちも特には…お付きの方はどうですか?」


 予想できていたが、頭を振ったシルムとティキアの視線が俺に向く。

 その問いかけに対し俺はーー同じように頭を振る。

 共有するのは簡単だが、その必要性を感じない。

 

 状況から人の仕業だと答えに行き着くだろうし、仮に教えて証明に立ち会うことになったりしたら面倒。

 差し迫っているなら話は別だが、あとあと他の人間が嗅ぎ付けるだろうし。

 協力は慎重にやらせてもらう、目立たないのが俺の主義だから。


「そうか…しゃあねえな、とりあえず残りの二つに向かってみようぜ」


 期待があったのか残念そうなティキアは笑ってすぐに切り替え、反対側の脇道を目指す。

 

「……」


 シルムは無言のままこちらを見詰め、うんうんと頷いて後に続く。

 まるで「私はわかってますよ」と言いたげな…いや、多分そうなんだろう。

思ったより時間が掛かりそうだったので区切らせていただきます。


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