87 表明
読んで下さりありがとうございます。
「強いですねティキアさん…」
ティキアの目覚ましい活躍は破竹の勢いで、その戦いぶりにシルムはぽかんとしている。
立ちはだかる魔物を一太刀のもと斬り伏せ、魔物からの怒涛の攻撃は弾く逸らすなど綺麗に捌き、付け入る隙を与えない。
『変化の連続には驚かされたけど、こっちはこっちで冴えた剣筋だ』
初動を打ち勝ったティキアは長剣ーー能力を薄く纏わせたーーを片手に敵陣の懐に切り込んだ。
擬似的に色々と武器を使い回していたけど、やはりと言うべきか、元の形状である長剣の扱いが一番長けてるな。
次の動作への移行が滑らかで、剣の扱いや切断面から腕の良さが見て取れる。
俺には剣の心得があるわけではないけど、一挙手一投足を観察すれば動きの斑やブレとか、間隙が生じた瞬間は分かる。
「…私は動きを目で追うので精一杯です…出しゃばらなくてよかった」
『Bランクともなると、今のシルムにはまだ、ね』
前の世界でもそうだったが、魔物は評価が上の方に行くに連れ、強さの規模がどんどん大きくなる。
シルムが打倒したゴーレムはDランク…BランクとはCを隔て二つしか違わないーーではなく、二つも違うというのが実情。
数十体が束になって掛かっても一体には敵わない程度。
一体どころか複数を相手にしながらティキアは一人で優勢を維持しているが、はっきり言えば異常。
攻撃を正確に見切り的確に対処しなければ、あっという間に物量に呑み込まれる。
同様のことができる人間がギルドにどれだけいるだろう。
「さっき私が戦った集団相手とは訳が違いますもんねー。お遊戯にすら思えます」
『シルムはよくやってるよ、ティキアとは年季の差があるから』
幾ら術を身につけても、攻撃防御回避といった駆け引きの判断力が備わってないなら、それは持ち腐れ。
活かすには慣れという経験を積む他なく、老練のティキアと新人のシルムとでは、比較対象たりえない。
しかし、シルムは予測不能な速さで伸びて来ている。
今は大きな開きがあっても、いつ縮めても何ら不思議ではない。
ティキアの活躍に触発されれば、より成長を見込めるかも。
そんな考えを浮かべていると、シルムは俺の方を向く。
「気になってたんですけど…ひょっとして、ティキアさんのこと知ってるんですか?」
何かを感じ取ったのか、半ば確信を抱いて尋ねられる。
特に隠すつもりはなかったし、ティキアに露呈しなければ支障はない。
離れているし戦闘の最中なら流石に声は届かないはず。
『そうだけど…どうしてそう思った?』
「最初に顔合わせしたとき戸惑ってたみたいですし、何だか理解がある雰囲気だったので」
まさかの遭遇に少しの動揺があったことは認める。
フードにより顔色を窺えず、どう見抜いたのか毎度お馴染みの疑問はあるが、置いておこう。
『ティキアは俺の事情を知らないから、秘密にしておいて』
「秘密…ふふ、秘密ですか。了解しましたっ」
隠し事に対し楽しさを覚えてるのか、機嫌良く快諾。
無邪気な笑顔を見るとシルムも年頃の少女にしか思えないな。
「にしてもティキアさん、最初みたいにぐんって延ばして一気にやっつけちゃわないんでしょうか?」
変幻自在の攻めを展開した思いきや、途中から長剣のみの立ち回りが不可解らしい。
あの蹂躙を目の当たりにしたら一貫するべきだと考えるのは自然ではある。
別の手法を取るということは理由があるということ。
『多分、魔力の消費を抑える為だろう。何せあの魔物を一撃で屠るくらいだ、相応の負担はあると思う』
「ああー、見るからに硬そうな体してますもんね。確かにパワー込める必要がありそうです」
アイアンティスの鋼鉄の甲殻のほか、硬い鱗や甲羅を持つ魔物。
それらを滑らかに両断するとなれば、見た目からは分かりにくいが高出力のはず。
最初だけ飛ばしたのは数を減らすのと間合いを詰めるためか。
『だから力任せじゃなくて守りを織り交ぜつつ、機を狙って必殺の一撃を放ってる』
「能力に頼り切らず技術で…私も参考にしないと」
『うん。いつかティキアみたいに攻撃をいなせるようにしよう』
「うーん…あんな綺麗に弾いたりできますかね…?」
『ダガーは弾くのは向いてないけど…身に付くまで付き合うから』
「えっ、それはみっちり指導ってことですか? 手取り足取り?」
『そうなるな。半端な教えをするつもりはない、厳しく行くぞ』
「そーですかー。今から楽しみにしておきます!」
俺としては脅しのつもりだったのだが…妙に喜ばれてしまった。
まあ下手に萎縮されるよりかはいいか。
俺たちは戦いそっちのけで雑談に興じてしまっているが、ティキアは順調に敵を減らし残るは数匹。
彼は無傷で温存しながら戦っていたので動きに淀みがなく盤石。
間もなく殲滅がなり、洞窟から無事生還ーー
そんな戦勝の雰囲気が漂っていたところ。
「は!?」
(……)
目前の敵を断ち切りつつ驚愕するティキアに、感覚を研ぎ澄ませる俺。
「どうしたんです?」
やはり感知できていないシルムが突然の大声に疑問を飛ばす。
ティキアは対処を続けながら、緊迫した様子で応える。
「増援だ…しかも多いぞ…」
「!」
先ほど急に生じた魔物の気配、それと同様の現象が今しがた反対側の壁の向こうで発生。
ランクも同等だが、明らかに数はこっちの方が多い。
既に移動を始めており、こちらの道へと進んで来ている。
「…だがまあ、この数なら何とかーーっ!?」
とりあえず最後の一匹を斬り、具合を確認するティキアが勢いよく振り向く。
そこに浮かぶ表情は、より強い驚きで彩られていた。
「マジかよ…」
(これは…)
俺とシルムがいる後方にも新たな反応。
二方向からの襲来、退路のない挟み撃ち。
しかもこの第三波、第一第二を合わせたくらいの数。
更なる様子の変化にシルムは察したようで、
「もしかして…」
「ああ…嬢ちゃんたちの方からも来るぞ」
「えー! どうなってるんですかもう」
呆れながら振り向くシルムの視線の先。
緩やかな曲がりの、やはり壁の向こう側。
魔物の大群が一丸となってこちらを目指し蠢く。
「これじゃあ料理の時間が削れちゃうじゃないですか!」
「…シルムの嬢ちゃん、俺たちは苦境に立たされてるんだ。あんまり言いたくないが、呑気なこと言ってる余裕は…」
「追い詰められてるのは承知してますよ。ですけど、ねえ?」
剣を納め近付いて来たティキアに咎められ理解を示したものの、シルムは依然とした態度で、俺の方を向いて首を傾ける。
ティキアには意図が伝わらず置いてけぼりにされているが、俺は仕草に合点が行った。
シルムは感付いている…もしくは予測出来ていたか。
一転して劣勢、瞬く間に消失した優位。
押すにも引くにも障害が阻み進退窮まった状況。
そう現状を整理する間にも、確実に敵は迫っている。
だがーーこういう事態は想定の中。
現実となって思うことはあれ、やるべきことは決まっている。
『コール』
能力でハンドガンを一丁。
「こうなったら全力で道を切り開いて」
「セーーお付きの方!?」
固い表情で決死の覚悟をしようとするティキアを遮って、シルムが焦ったように俺のことを呼ぶ。
何事かとこちらを確認したティキアはぎょっと狼狽する。
そうなるのも当然。
俺は呼び出したハンドガンを構え、その銃口を彼に向けているのだから。
「なにをーー!」
問い質そうとしてくるが構わずトリガーを引くと、
ドォン!!! ドォン!!!
同時に前後で衝撃が起き、開いた穴からぞろぞろと押し寄せる気配。
お構いなしに射出されたのは針、そのまま標的であるティキアへ真っ直ぐ飛ぶ。
「くっ!」
流石というべきか近距離で高速にも関わらず、体を左に開いて射線から外れる。
しかし、その動きは直前の戦闘で読めている。
回避するティキアに合わせるように針が方向転換、胸当て辺り目掛けて直進。
「嘘だろ!?」
そう言いながらも彼は能力を展開し、針はそこに当たりパッと消える。
相変わらず発動が早い、まあ防がれようと目的は果たせている。
俺はそれを見届けると後方へと反転。
「おい、冗談やってる場合じゃ…んん?」
背後から抗議の声がかかるが直ぐに困惑に変わる。
自身に起きている異変に気付いたようだ。
「ティキアさんの足下に模様が…これって」
「嬢ちゃん知ってるのか? 徐々に魔力が増えてるんだが…」
「はい、それが消えるまで魔力を供給してくれるんです」
話せない俺に代わって見覚えのあるシルムが説明をしてくれる。
時間が無かったからティキアには悪いことをしたが、使ったのは支援用の魔弾。
『曲折』『魔力供給』
曲折は弾丸の軌道を命令を送り変化させられる、相手の挙動とタイミングの見極めが肝要。
魔力供給は以前、クランヌに用意した設置型と浮かび上がる模様は同じだが、違いは針を当てた対象を起点として発動し、動き回っても効果を発揮する。
その分コストは割りを食う。
「周囲を明るくした次は魔力の支援…お付きは型破りだな」
ティキアは憤りを収めーーそもそも強く怒ってなかったがーー効果を実感しながらも、何処か受けとめ切れていない。
魔物の接近を許してしまっているが、今はその方が好都合。
あともう一つ付与を仕込んであるけど…とりあえず彼が継戦する土台の半分は成った。
残り半分…片側はこちらが担当すると表明する必要がある。
強烈かつ一発で成し遂げる手段。
(洞窟内…頑丈な魔物……あれを使うか)
達成する序でに、シルムには先を見せておくとしよう。
近い内に習得を目指すことになる境地の一つを。
そこへ曲がりから続々と現れる魔物の姿に、ティキアの焦りが伝わってくる。
「って、呆けてられねえ! 二人とも俺に続いてーーお付き?」
バッと左手を伸ばして制した俺は、無詠唱で魔法を発動。
…ティキアならこれで察してくれるはずだ。
(ミラー・ディスラプント)
虚空から前方へ多数の光線が、バラバラな角度に放たれる。
地面、側面、天井と魔物とは無関係のところへ直進するが、当たる手前で淡い六角板が出現し反射。
すると角度を変えて前進、いずれも同様で繰り返し、不規則に入り交じる。
その線状に入った魔物は貫かれ絶命または動きを制限され、光線は被害を出しながら視界外の曲がりまで及び、ようやく消失。
群れの半分ほどを巻き込んで。
攻撃に晒され停滞する魔物たち。
光上級魔法、ミラー・ディスラプント。
放ったら最後、術者ですら予測不可能な光線の連続反射。
軌跡を可視化したら間違いなく混沌としている。
狙いがないため読み取れず、回避は困難だが外れるときもある。
しかし基本的に魔物は図体が大きいので引っ掛かりやすい。
現に甚大な被害を与えている。
詠唱すれば密度を上げられたが、今はこれで十分。
「何ですか今の!?」
「上級…しかも無詠唱かよ」
興奮した様子のシルムに、呆れ混じりのティキア。
俺は顔だけ振り返ってフード腰にティキアを見る。
彼はきょとんとし、直ぐに意図が伝わり笑みを浮かべる。
「…そっちは任せていいんだな?」
期待通り。
コクンと頷くとティキアは翻り、通路に横たわる死体に妨げられている、もう一方の軍勢へと向き直る。
そして抜剣すると、最初と同様に威勢よく走り出す。
「背中は預けたぞ!」
長くなりそうだったので区切ります。
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