86 万化
読んで下さりありがとうございます。
突然の事態に疑問が巡りながらも、即座に行動を起こす。
『コール』でハンドガンを出して、天井に向けて一発。
すると、明かりの先の暗闇が見る見るうちに晴れて渡る。
そして魔法で生み出した光を消失させても、奥から隅の方まで明るさを保ち続けている。
今放ったのは『可視化』の魔弾。
範囲は四方100メートル、着弾点を起点として濃霧や猛吹雪などの中にいても視界を確保出来る。
濡れるなど気象の影響は残るが、ここは暗いだけなので対策は不要。
「これは…」
「ど、どうしたんですか?」
光源がないのに先まで見渡せる不思議な光景に呆けるティキア。
事態は把握出来てないが、俺たちの様子に只事ではないと察して不安を滲ませるシルム。
連続の急変だったが流石と言うべきか、ティキアは表情を真剣なものに変えて答える。
「俺たちが行きに通った道の付近で、何の前触れもなく魔物らしき反応が大量に湧いた。封をしてたのが開け放たれたみてえにな。向かって来てはいないみたいだが…」
俺が感じ取ったのと同じだ。
外から範囲に入り込んで引っ掛かったのではなく、中から突然に噴き出して、そのまま留まっている。
静かなものだが…しかし、このまま抜けられると楽観視はやめた方がいいだろう。
「え!? でもこの先ってもう…」
「ああ…後は道に沿って進むだけでいい一本道。身を潜められる場所は無いはず」
俺たちはもう出口そして入口に近付いて来ており、この洞窟は始点から序盤にかけて、分岐がなく迷いようのない道が続く。
なのでティキアの言う通り隠れるのは不可能なのだが…反応は俺たちが辿ったところから離れた、側面の向こう側、つまり壁の中で蠢いている。
進行上におらず、隔たりがあるなら目撃していないのは納得。
隠し通路でもあったのか、察知できなかったのは隠密に長けているからか文字通り湧いたのからかなど、疑問は尽きないけど。
まあ現状では真相の解明は無理。
ただ言えるのは、偶然で片付けるには材料が出揃ってしまっている、
帰還を阻むようなタイミングの出現や尋常じゃない規模、そもそも最初は何事もなかったのに帰りに遭遇している時点でおかしい。
人為的な、何者かの意図が絡んでいると見るべき。
「誤解がないように言っておくが、この状況は審査には全く関係ない。ようは不測の事態ってやつだ…本当だからな?」
ティキアは険しく困った表情を浮かべて念押しをする。
行き先はギルドに指定されたので、俺とシルムが仕組んだんじゃないかと勘繰ると思ったんだろうな。
一応その可能性も追ってはいたが、抱いた疑念は皆無に等しい微かなもの。
現れたときの驚きぶりは真に迫っていたし、人を陥れるような性格ではないからな。
それに…最初の依頼でシルムと向かった山と違って、数が多いのもあるが距離が空いてるのに明確なほど所在の把握ができ、肌に伝わってくる気が引き締まるこの感じは…
「嘘を言ってなさそうなので信じますよ、ティキアさんには分かる人判定を出したばかりでもありますし」
シルムも独自の観点が混じっているが理解を示し、俺も同意見だと伝わるよう徐に頷く。
諍いに発展せずに済んで胸を撫で下ろすティキア。
「二人の方も話を分かってくれて助かるぜ。それで、この先だが…」
方針が告げられようとしたところで、シルムが自身の胸当てをポンと叩く。
「接触を避けられないなら、ぱぱっと蹴散らしてしまいましょう。審査は終わりましたけど、ついでということで私がーーわっ」
勇んで先走ろうとするシルムの前方へ、俺とティキアが左右から同時に片手を伸ばして差し止める。
行動が被りフード越しに顔を見合わせ、彼は愉快そうにフッと笑う。
「その姿勢は買うが、嬢ちゃんは下がってな。さっきと比較にならない多勢ってのもあるが、今の実力じゃ手に負えないっぽいしな」
やんわりとしているが戦力外を言い渡され、俺の方を向き事実かどうか視線で問いかけてくる。
まだ実体を知る前の段階で全て判明してないが…首肯。
ティキアの意見は正しいと賛同する。
形のない根拠になってしまうが、俺は対象の危険性が高ければ高いほどにその存在を強く感じる。
なので離れているのに魔物の所在を掴めるのはつまり、その魔物は脅威である、強敵だと意味を表している。
役目の遂行と逃亡生活の中、難敵と繰り広げた戦闘により培われた危機察知。
ティキアも感知できているのは、同じような経験を積んでいるからかも。
この感覚からして恐らく魔物は蒼然の森と同等の強さ、それもネヴィマプリスの強化を受けた状態。
合っている場合はBランク並の群れが待ち構えている、そんな中にシルムを送り出す容認はできない。
「お二人に止めらては、私が出しゃばるわけには行きませんね…」
歯痒さを覚えているようで、少し悔しそうにしながらも大人しく引き下がる。
上々な評価されたばかりで、高揚感もあるだろうし、何も出来ないのは余計に響きそう。
しかし事実は事実。
包み隠さず伝えないとシルムの為にならないし、それに力不足を痛感する機会はあった方がいい。
向上心の高いシルムなら上手く作用するはず。
「まあこんな時に備えての俺ってのと、連れて来た責任もあるからな。二人にはのんびりしてもらって、一働きしようじゃねえか」
気負っていない軽い口調で、軽く身体の調子を確かめつつ不敵な笑みを浮かべる。
「俺が先行するから、さっきの立ち位置と入れ替わった形で進むぞ」
こちらの了承を確認すると、ティキアは進行方向を見据える。
警戒しながら歩き出し、俺とシルムは10メートルほど空けて続く。
『どう…ですか?』
『まだ動きはないよ…それが却って不気味だけど』
徐々に近付いて行くにつれ気配は濃くなり、間違いなく活動はしている。
それでも襲撃されないまま、だが油断はせず、長い直線に差し掛かる緩い曲がりを通過してーー
『来る!』
「来るぞっ!」
やはりティキアも動向を掴んでおり、伝達と声とで同時に報せが飛ぶ。
壁の向こうの魔物は一斉に横移動を始め、俺たちの前方、出口に続いてる道へ先回りするつもりだ。
「可能なら二人を先に行かせたかったが…ここで迎え撃つしかねえな」
ティキアは鞘から長剣を抜き放ち、臨戦態勢に入る。
宿でもちょくちょく目にした飾り気のない銀色の両刃。
素朴であるぶん鏡の如く反射する剣身の輝きが際立ち、鋭い切れ味と丁寧な手入れを窺わせる仕上がりになっている。
シルムは魅せられたのか、はたまた起こる戦いに対してか息を呑み、
ドォン!!!
直後大きな破壊音が響き、先にある壁が打ち破られ土煙が上がって、中から次々と飛び出してくる影。
「おいおい…この予想は当たらなくてよかったての」
そう独りごつティキアの前方に、ぞろぞろと姿を現す人ならざる異形たち。
鎌状の前脚、鋏型の触肢、甲皮で覆われた背中、後端に尖った針。
同個体もいるが、各部に特徴を持つ種々様々な魔物の混成。
しかしどれも、頑強そうな体である点においては一致している。
魔物の種類は豊富でまだ十全な知識は備わっておらず、この群れに関しては情報を知らない魔物ばかり集まっている。
ただ、鉄の体色でカマキリのような魔物…あれはBランクのアイアンティスだ。
達人の鍛冶師によって鍛錬されたと見紛う二つの鎌と、頭部から突出した先鋭な角。
脅威の切れ味は紙を裂くように獲物を刈り取り、穿ち一撃で致命に至らしめる。
高い攻撃力に見た目通り防御力も兼ね備えた強敵。
奴が集団の中で一番厄介そうな相手、かといって他の魔物も僅差で粒揃い。
直感は当たっていた、シルムを止めておいて正解。
ティキアは予想と言っていたけど、敵に見当が付いてたのか?
目視のあと的中してしまったからか気が滅入ったように見える。
でも手に余るというより、相手をするのが面倒な感じ。
あちらは別種が混じっていながら当然のごとく徒党を組み、俺たちを標的として定めている。
加勢しようかと思ったが、あの様子なら不要だろうな…今のところは。
「ったく、何でこんなとこにBランクがいやがる!」
ティキアは悪態を吐きながらも、長剣をひっさげ群れに向かって飛び出す。
魔物たちも迎え撃つためそれぞれ動き始め、機先を制して複数の飛行型と節足動物の尻尾から針と岩の杭が射出。
一息にティキアへ襲いかかる。
疾い上に狙いが散らばっているため長剣一本で凌ぐのは無理に等しい。
ティキアが躱すのを見越し、巻き込まれないよう対処の準備を…
「心配いらねえって!」
たぶん偶然だろうがこちらの考えを察したように、隆盛な声で危惧を覆す。
ティキアは刃先を下に向けたまま、長剣を正面に構える。
当然それだけでは防ぎ切れない、どうするつもりか疑問を抱いた瞬間。
「え…」
剣身の周りに薄く平らな半透明の黄色が具現、装着、刹那の間に大剣と同等の刃幅となる。
そして容易く飛来物を弾き、変化した形状そのままに、軽々と足を止めることなく突き進む。
「…魔法?」
突然として起きた現象に呆然と口にするシルム。
確かに武器などに魔法を纏わせることは可能だが今のは…。
進行を食い止めるためにアイアンティスが出張り、対するティキアは間合いの外にも関わらず突きを放つ。
届かず空を突いて、懐に潜り込まれるーー普通ならそうなる。
だが急速に幅広の部分が絞られ細く伸び、作られた穂先が、硬質なはずのアイアンティスに風穴を開ける。
レイピア…エストック…どれが相応しいだろうか。
余りにも刀身が長いから合っているかすら分からない。
絶命させて引き抜くと、肘を曲げて剣を寄せる。
すると今度は剣の上部から横に出っ張りが生まれ、右に振って続く魔物たちを残骸ごと薙ぎ払う。
鍔を除いたりして、こじつけると斧槍みたいな形状。
間髪入れず、丸まって砲丸となった魔物が連続して体当たりを仕掛けてくる。
ティキアは斧刃の部分を円筒状に変化させ、順々に叩きつけて地面に沈める、次はハンマー。
しかしその隙を突いて、逆側から二足歩行で蜥蜴に似た魔物が迫り、尻尾を鞭のようにしならせ側面から襲う。
「危ない!」
「問題ない」
思わずそう叫ぶシルムだが、ティキアは落ち着いて手甲を向けると、そこからも半透明の黄色が展開、盾を形成。
攻撃を防いで仰け反らせ、長剣を元に戻し…いや剣身に薄く纏わせた状態の長剣を突き立てる。
「すごい…」
シルムは圧倒的な戦いぶりと、次々に繰り広げられる曲芸のような光景に目を奪われている。
(これが『万化』の由縁か…)
魔法の反応はないので、あれがティキアの能力。
おそらく魔力を消費してあの黄色を生み出し、状況に応じて自由自在に変化させる。
ただ変えるだけではなく、魔物たちを一撃で屠っていることからパワーも備わっている。
強力なのは間違いないが、どう扱うか判断するのは使用者、技量によって左右される能力。
あの慣れた切り替えと立ち回りは、一朝一夕では身に付かない。
相当な戦闘と修練を重ね確立されたもの。
本人は嫌がってるけど二つ名で呼ばれ、頼られるということは彼の実力を認めている証拠。
「さて、さっさと片付けて帰るとするか」
ティキアは残る敵を見据え、余裕を滲ませて言った。
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