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85 支柱

読んで下さりありがとうございます。


『センお兄さん帰ったら何が食べたいですか?』


 審査の目標であるゴーレムを仕留め帰途の洞窟。

 魔物は掃討してあり、来た道の一部を省いて逆に辿って行くだけなので帰りは楽。

 

 辺りを照らす役目をシルムから引き継ぎ、右から順に俺、シルム、ティキアと三人並んで歩いている。

 そんな中、伝達で料理の希望を尋ねられる。

 シルムなら凝った物を頼んでも大抵は作ってくれるだろうが…


『…えっと、食事の約束してないよな? というか行くのが確定みたいになってるけど』

『約束はしてませんが…審査お疲れさま祝いに来てくれないんですね。しくしく』

 

 悲しみを伝えてくるが内でのやりとりで表情を変化させられない現状、本当に落ち込んでいるのか怪しく思える。

 しかし断る理由は特にない。


『いや、予定は入ってないから行けはするよ』

『やた! 決まりですっ。それで何かありますか?』

『そうだな…って、シルムが主役なんだから自分を優先して』


 さっきから前提がすっ飛んでいる。

 招待に預かるにしても、功労者を差し置いて、しかも要求するほど厚かましくはない。


『私は調理人の特権でいつでも好きに出来ますから。それに節目を迎えて今後もよろしくお願いしますの意味も含んでいるので』


 筋が通った言い分で、礼も兼ねているなら拒否するのは憚られる。

 先日、当人に言われたばかりだからな…お返しを受けないまま貸しを積み立てて行って、手遅れになっても知らないと。

 恩を売っている意識は皆無なのだが、脅し? があったからには聞き入れておいた方が身のためのだと判断。

 

 なのでここは好意に預かろう…としたのだが。


 今日は普段とは勝手が違っており、連戦で多重に魔法を使い、肉体と精神の両方に疲労が蓄積してるはず。

 それなのに、帰ってから働かせるのは気が引ける。


『それより身を休めてくれ』

『えー、まだ余力はありますし、戻って頑張りを褒めてもらえれば漲りますから』

『いや、それは無理があるんじゃ…』 


 確かに言葉や行為は時に、人を元気付けたりするが限度というものがある。

 シルムがどんな想定して、どんな期待をしているのか謎だが、俺の言動に人を活性させるような特殊な効力はない。

 

『それは帰って検証すればはっきりする話です。とりあえず先に希望だけ聞いておきます』


 相変わらず強引だ…この調子だと伝えるまで永遠に続きそう。

 実現するかは別として、言われた通り候補だけは挙げておくか。

 何が食べたいか…


『うーん、といっても咄嗟には思い付かないな』

 

 エストラリカでは食が充実しているため、久々にあれを食べたいとか、口恋しい飢えの衝動には苛まれない。

 それに、せっかく料理の腕が秀でたシルムに作ってもらうのだから、何を頼もうかという迷いもあり、贅沢な悩み。


『でしたらセンお兄さんは淡白な味が好みですし、その中から私が選んで作りましょう』

『好み…慣れ親しんだ味だし合ってるか。それで頼む、話してないのによく分かったな』


 俺の人生で馴染み深い食事というのは、素材の持ち味を生かした謂わば自然の料理。

 調理が工夫され最小限の添加によって生み出される繊細な味。

 他国から取り入れ供される食べ物は多種多様だったが、やはり一番は故郷。


 食に関してあんまり意識したことなかったが、一応こだわりなのかな。


『口にしたときの反応を見れば分かりますよー』

『そんなに露骨だった?』


 大皿に盛られた料理はどれも美味で均等に頂いたはず。

 特定の物にしか手を付けていない子には叱責が飛んでいた。

 無意識の内に表情に出ていたか、偏っていたのか。


『お世話しつつ注意深く観察してましたからね。子供たちの好みを探るときも同じよう…に…』


 お世話というのはシルムから「どうぞ」と勧められた料理を、シルムの手によって次々と口に運ばれる行為を指す。

 もちろん遠慮はしたが引き下がらず、段々と雰囲気が怪しくなっていったので、仕方なく受け入れた。

 相手の好物を把握する為で、あれを皆にもやったのか。 

 

『いやあんなに付きっ切りで過剰じゃ…うん、大体一緒ですっ』

『おーい?』

 

 と思いきや、勝手が違うかもと自問自答しちゃってるし、こじつけてるような…。


『とにかく! 健康面にもいいですし、私の腕が試されるというもの!』


 話を切り上げたシルムは既に構想を練っているのか、調理に向け意気込みを感じさせる。

 さっぱりとした味だが投入する物が限られている分、誤魔化しが利かず味付けの技量が浮き彫りになる。

 俺は調理の経験に乏しいけど、それくらいのことは理解しているつもり。

 

 この勢いだと結局、帰宅したら取り掛かりそう…。

 まあシルムなら自己管理はしっかり出来てるだろうし、体調が厳しかったら言い出したりしない。

 必要以上に止めるのは余計なお世話になるので、本人が望むならやってもらおう。 

 ただし、


『じゃあその方向で、シルムの裁量に委ねるよ。でも、体に異変を感じたらすぐ中断するように』


 自覚がないだけで想像より疲れが溜まっており、無理が祟ってふらついたり倒れてしまう事例は溢れている。

 任せはするが無茶をしないか気にかける、話の着地点はそんなところだろう。


『はーい。煮物焼き物生食…どうしようかな…今から楽しみです!』


 了承も得たことだし、これで想定した事態が起きにくくなったはず。

 せっかく無事に終えられたのだから、最後まで収まりよく行きたい。

 …一応、以前クランヌに用いた疲労軽減の魔弾を使っておくか…?


 保険をかけようか迷っていると、無言だったティキアが不意に口を開く。


「二人のことは色々と耳にしたが…さっきのことといい、聞いてた通りだな」

「聞いてた通り…? へー…どんなですか?」


 鸚鵡返しに呟いて理解したシルムの、続いて発した質問。

 表情に変化はないが、気のせいか声のトーンが普段と比べて低くなってるような。 


「シルムの嬢ちゃんが戦って、お付きは戦果を回収しつつ同伴。二人に会話はないが不思議と意思疎通は取れている…ってところだな。実際、照明の魔法の移行も自然にやってたしな」

「とーぜんです! 私たちは通じ合ってますからね」


 誇らしげに仲の良さを主張するシルム。

 そうだな。俺たちは間違いなく通じ合っている。

 

 ブレスレットに付与された伝達によるコミュニケーションを含んでいいなら、だが。

 

 周囲に察知されることなく対象とだけやり取りを交わせる裏技。

 これが無かったら息の合った連携は成立しない……いや、一方的になら可能かもしれない。

 たまに俺からの送信は不要なんじゃないかと思うときはあるし。


「ーーですが、他にも聞いてるんじゃないですか? 貶すような内容も」


 機嫌を良くしたかと思いきや、シルムは真顔に戻ってやはり棘のある指摘をする。

 被害妄想とかではなく事実、一部周囲で悪評が囁かれている。主に俺に向けたものだが。


 唯でさえ有名なシルムが戦闘を担当、片割れの俺は傍観して物拾いと対照的。

 しかも物拾いといっても、基本は拡張した袋に収納するので、傍から見ると手ぶらで役に立ってないように映る。

 実情を知らず心無い言葉を吐き出す者がおり、それにシルムは憤りを覚えている。

 

「悪事を働いてるわけじゃないですし、どうこう言われる筋合いはありませんけど」

「あー…残念なことに一定数そういう奴がいるの確かだな。でも俺は逆の観点だから落ち着いてくれ」


 少女の剣幕にティキアは苦笑しながら続ける。


「同行してるだけ、と言うが魔物の脅威がある中を歩く…それだけで十分に危険が付き纏うし、しかも嬢ちゃんたちは二人だからな。馬鹿にしようとは思わねえよ。それに…」



 一旦言葉を区切ると、俺の方をじっと見てくるティキア。

 疑問に思いながら自然体のまましばし、彼はお手上げといった素振りをする。


「ああやっぱ、分かりづらいがお付きには、付け入る隙が見当たらんねえんだよなー」

「そうですか?」

「はは、シルムの嬢ちゃんにはまだ早いか」


 明け透けに首を傾げるシルムに、ティキアは笑って生暖かい目を向ける。

 板挟みだから分かるが、二人の頭にある付け入る隙は食い違っている。 

 ティキアは俺と敵対した場合を想定しており、シルムは日頃の俺を思い浮かべている。


 どちらにせよ、俺はシルムに侮られているらしい。

 …威厳を見せるように改めた方が良さそうだな。


「むっ…でもティキアさんは、他の輩と比べて大丈夫そうですね」

「理解が得られたようでよかったぜ。もし実害が出るようなら俺の名前を出してくれていいぞ。私怨で手を出すのはギルドではご法度だからな」

「ありがとうございます。そのときは頼らせてもらいますねっ」

「うし。そういえば、個人的な興味なんだが」


 話が纏まり頷いたティキアは、次いでそう前置きして訊ねる。

 

「ギルドの活動もそうだが、実戦の経験も最近が初めてなんだってな」

「はい、少し前までは一般の女の子でしたからね」

「お、おう…で、だ」


 まだその主張諦めて無かったのか…。

 ティキアは何とも言えない表情で取り合わず続ける。


「それにしては立ち向かうのに迷いがなく、度胸があるなと思ってな」

「…評価されてるのは分かりますが、あんまり嬉しくないですね」


 間接的に勇ましいと言われてシルムも何とも言えない表情になる。


「いやいや誇るべきだって、俺は度胸を身に付けるのに苦労したぜ。ましてや嬢ちゃんは一人だしな…本題の質問だけど、怖くないのか? 威勢のもとは何なんだ?」 


 ティキアの昔の話は酒の席で聞いたことがある。

 今ではギルドに役目を任せられるようになった彼にも、現行のシルムみたいに下積み時代がある。

 体を鍛えて剣を学び、仲間と共にギルドの門を叩いた。 


 活動の過程で強敵と衝突したとき、身が竦んで思ったように剣を扱えず怪我を負ったり、命からがら逃げたりと幾度か辛酸を嘗めたそうだ。

 それらを経験し乗り越えて、ティキアは思い知ったらしい。

 力を付けて技を磨いても、心まで備わるとは限らないと。


 だから当時の自分とシルムとを比べて、違いが気になるんだろう。

 どうして経験が浅い内から割り切れるのか。


 戦闘での恐怖、か…その感覚がどんなものか鮮明に思い出せなくなって、いや分からなくなって長い年月が経ったものだ。

 前は確かに緊張など不安の類を覚えていたのに、あの日を境にすっかり消え失せた。

 何処にでもありふれた、とまでは行かないがありがちな光景が俺を変えた。


 結果的に良い変化だった思う、俺は色々と全うすることが出来たから。

 ただ…あのときから俺は、現実との乖離を感じてしまっている。

 

 目の前で起きている事象を何処か他人事のような。

 一歩引いた向こう側、揺れ動かず交わることのないーーなんてな。

 

 境遇が境遇だっただけに、そう感じることがあるだけだ。

 今俺はこの場に存在していて、二人の会話に耳を傾けている。

 難しく考える必要は、ない。


「私だって怖くはありますよ。でも…それ以上に大切な、手放したくないものがいっぱいあるんです。倒れてその繋がりを失くしてしまう方が…よっぽど怖いです」 


 シルムの訴えかけるような切実さを孕んだ表情と声。

 

 彼女にとっての大事とは言わずもがな孤児院の子供たち。

 一般的な家庭と違い強請れないみんなに、欲しい物を与えるため俺と出会う前から手伝いに奔走していたシルム。

 年長者として姉として、志半ばで途切らせる訳にはいかない。


「恐怖を上塗りする恐怖か…確かに守るべきものがあるのに、やられてなんていられねえよな」


 ティキアも家族のことを思い浮かべているのか共感を覚えているが、俺には耳の痛い話だった。

 不可抗力だったとはいえ仲間とは別たれ、やられた形になってしまったから。

 前から一応覚悟していたが、悔いは残ってしまっている。


「あ、やっぱり訂正します」


 一人憂いを帯びていると、打って変わってシルムが明るい声で言う。


「失うのは怖いままですけど、戦うのは全く怖くないです。なにせ私には自信がありますから」

「自信?」

「はい! まだまだ未熟ですけど満々ですっ」

「そりゃ、どういう…」


 発言の食い違いに困惑するティキアに、説明を始めるシルム。


「私はとある方に師事してるんですけど」

「ああ」

「底の知れない凄い人なんですよ。短期間で私を戦えるようにして下さって、この装備も頂きました」

「ほう、只者じゃなさそうだな」

「そんな人が私を鍛える為に、真剣に取り組んでいるんですから、不安の抱きようがないってことです」

「…?」


 さも説明は済んだと言わんばかりの雰囲気だが、ティキアは理解仕切れていない様子。俺もだが。

 その様子を見兼ねたのかシルムは仕方ないと言いたげに付け足す。


「つまりですね、凄い人が手を抜かず親身になって下さってるわけですから、教えを体に刻み込んで忠実に従っていれば間違いないんですよ」

「…」


 寸分の疑いも抱いてない純粋な瞳でそう言い切る。

 故に本気でそう思っているのだと分かり、ティキアは言葉を失う。


「至らなかったときは力不足だって納得できますから…ね?」


 正しいと信じて止まない揺るぎない笑みを浮かべて同意を求める。

 

『何よりその張本人であるセンお兄さんが見守ってくれますし』


 直後そう伝達が届き、俺にだけ分かるように片目を瞑るシルム。

 …自分が想像していたのより遥かにシルムからの信頼が厚い。

 まさかここまでとは…色々と考えていたことが吹き飛んだ。


 疑われるより断然いいけど、全く疑われないのもどうなんだ。

 正解とは限らないと言い聞かせるか…問題は聞き入れてくれるか。 


「…その通りだと思うぞ」


 不穏なものを感じ取ったのか口出しせず同意するティキア。

 それは自信なのかとか言いたいことはあるだろうが、賢明な判断だと思う。


「ですよねっ。やっぱりティキアさんは話が分かる人です」

「確固たる信念と信頼がシルムの嬢ちゃんの原動力ってことだな、ところで」


 露骨なまでの話題替えだが、ご機嫌なシルムは気に留めていない。


「戻ってからの話だが…俺がギルドに報告に向かうから二人は付いてくるなり帰るなり、好きにしてくれていいぜ」

「今日はもう家でゆっくり、パーっとしようと思います」

「お、いいな。俺もやることやって、家族のところにーー!?」


 楽しげに喋るティキアの表情が唐突に驚愕に染まり息を呑む。

 俺もティキアほどではないが驚いていた。

 審査帰りの復路、その道中に無数の反応が突如として湧いた。

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