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84 審査

「む、道が二手に分かれてますね」

「正確な道を選べなかったら評価に響く、ってのはないから気軽に決めてくれていいぜ」

「じゃあ…こっちの方にします」



『この洞窟で爆発とか起こすのは危ないですよね』

『わざわざ言うまでもなく察しが付いてたか。規模にもよるけど避けた方が無難ではあるね』

『素材にならないならドッカーン! ってやっちゃおうかなと思ったんですけど。他に考えないと…』



「あれ行き止まり…目的地、ではなさそう?」

「そうだな、こっちは関係ねぇただの脇道だ」

「となると、引き返してもう片方の真っ直ぐですね」



「…っ! ……他に魔物の気配はないかな」

「うーん…仮にレンリィが同い年だったとして、こうも……ダメだ、全く想像がつかん」

「? ティキアさんの娘さんですか?」

「あ、ああ…シルムの嬢ちゃんとは一回りくらいの差で、最近受け答えが上手になってきたとこだ」

「へー…やっぱり可愛くて仕方ないんじゃないですか?」

「そうだなあ。一緒にいると癒されるし、笑顔を見るとこっちも笑顔になるし、娘のためを思うと何でもやれそうな気がするな」

「いいなあ…いつか、私も…」



「……」

(……)

「あー…お付きの手を握って固まってるが、どうした? 不正はしてなさそうだが…」

「はっ…つい我を忘れてしまいました。すみません」

「いや、疑問に思っただけで、別に咎めるつもりはないけどよ」

「これはその、気付けのようなものですね」

「気付け、気付けか…まあ方法は人それぞれだからな、小休止を入れるのは大事だし。でもほどほどにな」

「はい! そうさせてもらいますっ」

(…あっさり納得されてしまった)




 適度に会話を挟みつつ、立ち塞がる魔物を突破しつつの道中。


 たまに道が分岐しているが直ぐに行き止まりだったり、先で道が交差していたり。

 迷路のように複雑な入り組みはしておらず、一度歩き通せば覚えられそうな、ほぼ一本道。

 落とし穴といった罠の危険もなく、魔物を除き険しさとは無縁のまま。


 しかし未だに定められた終着点には至らず、想像より長さはある。

 ここで本来、難局という山がないまま来ているので、慣れて油断が生じる事態になりがちだが…シルムには要らない心配かな。


 途方もない魔法の反復を集中を切らさずやっているので、自然とそう思える。

 その本人は今、きょろきょろ左右を見て挙動が弾んでるけど、大丈夫…な、はずーー


(ん)

「お」

 

 やっぱり懸念かもと思い直そうとすると、感覚に一つの気配が引っ掛かる。

 同じくティキアも感付いたらしく、隣で小さく声を漏らす。


 これは…別格だな。

 洞窟内でシルムが屠って来た魔物と比べると、明らかに感じる存在の質が違い、それなりに離れているのに感じ取れる。 

 全容は掴めはしないが、一筋縄では行かないかも。


 そろそろ、前にいるシルムも持ち前の嗅覚でーーあれ。


 歩調が変わらない…いつもは敵に近づくと戦闘準備を整えてから向かうのに。

 となると、匂いを知覚できてない、存在に気付いてない?


 限られた視界で不意打ちのされやすい状況下、敵がいると知らずに踏み入るのは危険。

 制止をかけ、前方に魔物がいると報せる…伝達であれば、ティキアに気取られず行える。

 

 だが今は、審査の最中。


 軽い助言ならまだしも、魔物の所在まで伝えるのは反則。

 そんな不正は許されないし、許さないだろう。

 情報を落としたところで喜ぶことはなく失望させるだけ。説教が付いてくるかもな。


 それに前から頭にはあったんだ。シルムは嗅覚に頼り過ぎなんじゃないか、と。

 魔物の数と場所を尽く探し当て大した精度、自信が生まれるのも分かる。

 活用して然るべきではある。


 問題なのは、それが機能しない場面に出会したとき。

 強烈な臭気により嗅覚が麻痺、匂いが入り混じり判別不可、そもそも対象が無臭、環境と同化しているなど。

 制限が想定される状況は多く、どれも現実であり得る。


 万能ではない、例外はある。

 そう知らしめるために、危機を体感させておくべきだ。例え、痛い目を見ることになっても。

 

 勝手にほぼ過信だと決め付けているが、客観でしかなく、周到にも神経を尖らせている可能性だってある。

 見回してるのもその一環かもしれない。心配が増長してしまってるだけかもしれない。


 そんな裏腹な心中を余所に、時間は進み、シルムは歩む。

 コツコツコツ…

 30、20メートルと対象に近付いて行くが、やはりと言うべきか足音の感覚は一定。

 

(悪い方が当たってしまったか…)


 気配との距離は縮む一方で、まもなく接敵する。

 ここに至ってシルムの索敵能力を知るティキアも疑問を抱いたようだが、口にすることはしない。

 傍観しか出来ず、みすみす危険に晒すことになってしまい、歯痒さが……歯痒さ、が?


 危惧してて気付くのが遅れたけど…先にある気配、全くと言っていいくらい微動だにしてないな…。

 相手も俺たちの存在を察知できてない…流石にそれは楽観が過ぎるか。


 こちらは普通に足音を立てて、明かりは広く及んでおり、隠密には程遠い状態。

 間に遮蔽物が挟まれてるか、先の道が奇怪な構造でもない限り筒抜けのはず。

 途中にいた魔物は近くに行ったら蠢いてたし。


 沈黙を保ち続けているのが却って不気味に映る。

 余裕の表れか、本当に気付いてないか、それとも…。

 迅速なコールと引き金を引き絞る用意をしておくか。


 それからもシルムは彼我との距離を縮めーー


「……!」


 光の先端に浮かび上がった影に息を呑み、そこで初めて警戒の色を帯びる。


「なに…?」


 道の中央に少しの間隔を空け、岩が二つ並んでいるのが薄らと見える。

 幅は人の胴体くらいで上の方へと続いており、どちらも黄銅色で、形状は微妙に違いがある。

 一見すると石柱のようだが…さっきから感じている反応の元は、これ。

 

 シルムは静止したまま前方への明るさを強めて行き、顕になった全貌に目を瞠る。

 

 照らされていた一部は膝立ち状態の足、同様の太さに長い両腕を持ち、手足を繋ぐ胴体は大きく、唯一頭部だけが小さく纏まっている。

 全身が硬質そうな岩で固められた人型の巨躯。

 俯き不動のそれは石像と見紛いそうだが…その正体は魔物。


「ーーゴーレム。Dランクの魔物で、審査の最終目標でもある」


 名前と同時に課題を発表するティキア。 

 標的として組み込まれているということは、事前に存在を確認してあるのか。 


 ゴーレムの全長は立ち上がったら3メートルくらいだろうか。

 長い両腕にゴツゴツした肉体で、見た目通り腕力と耐久力が高い。


 振り向いたシルムが目をぱちぱちとさせる。 


「倒したら終わりってことですか」

「そうなるな。気を引き締めて当たってくれ」

「でも、ビックリするくらい静かですけど」 


 シルムは視線を交互に行き交わし、困惑の表情を浮かべて言う。

 離れたままなので声量があるにも関わらず、普通に会話していてもゴーレムはピクリともしない。

 敵を目前に何とも緊張感のない、しかも審査の締めの相手となると余計に。


「ゴーレムは他の魔物と違って徘徊せずにこうして止まってることが多い。だが敵性存在を認識すると排除に動く。あと数歩近づくか攻撃を仕掛けようとすると容赦なく向かってくるぞ。避けようと思えば避けられることから、番兵って例えをする奴もいる」


 ティキアがつらつらとゴーレムの性質を並べる。

 審査員の立場である彼が助言してもいいのかという話だが、依頼は下調べしてから請けるのが基本なので、魔物の情報を開示するのは許容の範囲だそうだ。


「なるほど…とりあえず先手を取れる隙はあるってことですね。付け入らない手はありませんね」


 優位に立てると汲み取ったシルムは表情を引き締め、ゴーレムに向き直る。

 戦意を悟り口を噤むティキア、俺は伝達で短く応援を飛ばす。


『ゴーレムは力はあるけど俊敏性が低い。落ち着いてやればシルムなら大丈夫』

『! はいっ』


 シルムが正面を見据えて数秒、魔力の高まりが生じる。

 それを感知してかゴーレムは目を覚まし立ち上がると、無機質な視線でシルムを捉える。

 

 のっそりとしかし地響きを立てて大股の歩みで迫るゴーレム。

 だがその間にもシルムは魔力を練り上げ、間合いに入られる前に魔法を放つ。


「ファイヤボール!」


 三つの炎の大玉がゴーレムへと押し寄せる。

 速さではなく威力を重視した火球は普段使いのものより威力が増している。

 図体が大きく速さもないゴーレムに避ける術はなく、寸前で両腕を交差させるが直撃は免れない。


 立て続けに衝撃が発生、内包された熱で焼き煙によりゴーレムが覆われる。

 少しして視界が晴れるとーー体を庇った状態で腕を黒く焦しながらも、佇む姿があった。


「え!?」


 驚きの隠せない声を上げるシルム。

 相手が詰めてくるまでの時間を利用しファイヤボールに魔力を込めたのだ、倒すまでは行かずとも痛手を負わせられると思っていたのだろう。

 

「やっぱりな…シルムの嬢ちゃんは魔法の扱いは多少慣れてるし、手数も多いが…決定打に欠けてる」


 腕を組みながらティキアが現実的な意見を述べる。


 結局シルムが用いてるのは初級魔法の範疇を出ず、堅牢な魔物と対峙するのは初めて。

 敵の強靭さにどう立ち向かうか、経験の少なさが響いてくる。


 構えを解いたゴーレムは一歩踏み込み、シルムへ勢いよく右ストレートを打つ。

 質量を伴った殴打、受けたらただでは済まない。 


「くっ…!」


 猛然と迫る一撃に、身体強化を掛け後ろへ大きく退いて距離を取る。

 身の危機により意識を切り替え、新たな魔法を展開する。

 

「ホーリーソード!」


 二本の光の剣を差し向けて左右から斬りつける。

 シルムはホーリーソードを愛用しており練度が高い。

 それでも浅い傷しか残せない、しかしゴーレムには脅威か邪魔に認定されたらしく、足を止めて腕を振るい破壊しようとする。


「…流石に硬すぎるな…初撃でまさかとは思ったが、強力な個体っぽいな。Cランクまでは行かなさそうだが…」


 強力な個体…平均のゴーレムを知らないが、ティキアが言うなら違いないだろう。 

 同種の魔物でも戦いを経たり特殊な環境などによって力を付ける場合がある。

 

「しかし何故、シルムの嬢ちゃんはダガーを使わない? あれなら断ち切るのも可能だろうに」

 

 ホーリーソードを滑らかに操りつつ、フレイムスピアーなども扱って戦うシルムに率直な疑問のティキア。

 数分の出番しかなかったのに、あのダガーを業物だと見抜いたか。

 確かにあれなら打倒するのは容易だ、何度か刃を通したシルムも直感で分かるだろうな。

 

 シルムは分かるからこそ使わないんだ。


 今回は現状の力量を測る機会。

 まだ手を出し尽くしてないのに、強力な一刀のもと、斬り伏せ終わらせる…それで納得できるか? 

 審査をやり遂げたと胸を張れるか?

 

 簡単な話、これは意地。


 自分が培って来た力が通用するかどうかの証明。

 遠回りにはなるが、俺はその心意気を尊重する。

 

 複数の魔法で攻め立てるも膠着が続き、このままでは勝負が決まらないと踏んだのか、シルムは全ての魔法を消失させる。

 すかさず両方の手のひらに光の粒子を浮かべ、身体強化を纏う。


「おいおい…やる気か?」

   

 そのティキアに応えるように、ゴーレムへ向けて疾走するシルム。

 迎撃として両腕による岩の槌が振り下ろされるーー地面が陥没し破片が飛ぶが、シルムは横にそれて回避している。

 生じた隙を狙って淡く光る両手をゴーレムの胴体と足に添える…が、衝撃は起きず、代わりに粒子がその部分に留まった。


 手のひらに新たな粒子を生み出すと、回り込むみながら同じ要領で各所に残留させて行く。

 振り向きざまの横薙ぎは屈み、足払いは跳躍で躱しつつも手は止めない。

 一周すると上の方を除きゴーレムには粒子が点在した状態。


 駆け出す前の所に戻ったシルムは、ダガーの柄に手をかけ詠唱を始める。

 

「烈火よ…」


 悉く攻撃が空振りし、距離を取られたゴーレムは、向き直り集中するシルムを止めようと動く。

 直後ーー衝撃に襲われ妨害が入る。

 体に纏わり付いた複数の粒子の内、一つが弾けて衝撃を発生させた。


「其は執行する…道阻む者に…」


 ゆっくりと紡がれる言葉。

 断続的に光が弾け、損傷はないが足踏みを余儀なくされるゴーレム。

 その間も詠唱は続き、丹念に込められる魔力はファイヤボールを遥かに凌駕する。


「消えぬ咎の烙印を…」


 そして、ゴーレムが翻弄から解放されたときはもう、魔法の準備は整っている。


「刻め! クロスブレイズ!」


 抜き放ったダガーで十字に振るうと、その切っ先から炎の斬撃がゴーレムへ飛ぶ。

 あたかもダガーから出したように見えるが、イメージの補助であり、純粋な魔法だ。


 空気を糧に飛来する斬撃に対し、最初見せた防御体勢を取るゴーレムだが、斬撃はあっさりと両腕を焼き切り胴体へ。

 食い込んだ炎は勢いを強め苛烈に侵略する。

 やがて火がふっと消え、ゴーレムの胴体にはまだ熱を持った十字の跡が深く刻まれ、地響きを立てて仰向けになり動かなくなった。


 見届けたシルムはダガーを鞘に収め俺たちの方に振り向き、


「やりましたよっ!」

 

 人差し指と中指を立てて達成感に満ちた笑みを浮かべた。

 つられてティキアも頬を緩める。


「フォンプを時間稼ぎに使ってしかも中級魔法とはな…ダガー捌きといい、荒削りなとこはあるが…まだ余裕みてぇだし、何より胆力がある。当分は審査の必要はなさそうだ」

「それって…!」

「そういうことだ。ま、とりあえず審査お疲れさん」


(諦めずよくやった…)


 彼の口振りからして高い評価が出たみたいだ。

 仮にダガーで倒していても十分ではあっただろうが、工夫して勝ちを拾ったことで強い印象を与えた。

 単純に指導側としても成長が窺えて嬉しい。


 目を輝かせたシルムは俺の前まで駆け寄ってきて、両腕を広げた思ったらピタッと止まる。

 そのままプルプルと何かを堪え、俺の手を取ると急き立てた。


「さぁ、早く帰りましょう!」


 

お待たせしました。


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