82 洞窟
読んで下さりありがとうございます。
天井に位置付けられた光の球体。
先頭を進むシルムの動きに沿って漂い、小ささに反して暗闇の洞窟を先の方まで照らす。
それは間隔を空けている後方の俺とティキアにまで及び、他に明かりを点さなくても十分に視界が利く。
状況が状況なだけに会話はなく、コツコツと複数の足音が際立つ。
中は入口と同じく高さ幅に猶予があって広く、起伏の少ない岩の一本道が続き、魔物の気配はまだ感じ取れない。
入ってそんなに経ってないのに早計かもしれないが…やっぱり洞窟自体に危険は少なそう。
過去に目にして来た洞窟では、険しい通路や狭い通路、高低差や深く空いた穴、迷いそうなほど入り組んだ道など。
自ずと身構える障害が付き物だったが、此処は落ち着いたもので、その兆候すら見られない。
事前の考え通り審査に丁度いい、誂えたような内部構造。
しかし外は外、危険が潜んでいることには変わりない。
観戦気分ではなく、場に立つ一人として気を緩めずに行こう。
「なあ…」
唐突に、隣のティキアから話しかけられる。
今の俺では口を利けないのだが…何の用だろうか。
顔を向けると彼は発光する球体を目で指し、小声で尋ねてくる。
「あれ、無理してるわけじゃねえよな? 本人に聞けって話だが、俺から話しかけたら邪魔になるかと思ってよ」
ああ…光魔法で負担させてないか気がかりなのか。
戦闘の妨げにならないよう俺とティキアは、シルムから5メートルほど離れた所に位置付いている。
そこへ、全身と上下左右の形状まで視認できる明瞭が光源により齎され、前方に向けても同規模の照射がされている。
つまり合わせて直径10メートルほどの展開、そのぶん維持に使う労力が嵩む。
別にこれは課題とかではなくてシルムの自主的な配慮によるものだが、今は働きを評価する状況下にある。
そのためティキアの視点では、自分が強いているように感じられるのかも。
だがそれは杞憂、首を振って否定する。
シルムには基本的な教えとして、
「魔力は有限、供給は当てにせず、先のことを考えて使用するように」
そう説いているので余力を残す意識は根付いており、本当に負担なら此方に気を回さず、範囲を最低限に留める。
結論を言えば、辺りを照らすなんてシルムにとっては造作もない。
それよりシルムがよく使っている魔法、ホーリーソード…あっちの方が断然、消耗の度合いは大きい。
ただ発光する球体と、剣を象った線の多い魔法、どちらがイメージしづらいかなど明白。
その難しいを平然と、しかもいくつも操っているのに比べたら、意識を割くまでも無いようなこと。
何なら当の本人から伝達が届いている。
『暗くないですか? もっと広げますか? 傍にいましょうか?』
とまあ、まだ余裕がありそう。
『よく見えるよ、ありがとう。自分に専念してくれ』
最後のは冗談で済まない場合を考慮して、感謝を述べると共にしっかり断りを入れておいた。
さらに駄目押しすると、訓練で魔力供給の頻度が減って、一回当たりの持って行かれる感覚が日に日に増して来ているのもある。
練度の差があるので正確には分からないが、そう易々と枯渇には至らない総量。
それこそ上位の魔法を連発するとかしない限り。
ティキアの問いかけに逡巡せず応じ、シルムに任せると決めたのはこれらの根拠に基づいて。
普段の同行者である俺が否定するなら疑う余地はないのか、ティキアは「ならよかった」と安堵する。
「俺としては温存できて助かるぜ。それにこんだけ照らせるなら、そう不意は打たれないだろうし強みでもある。少しばかし評価に色を…あ、これ秘密な」
ティキアは俺に耳打ちするとニヤッと笑みを浮かべる。
……。
一瞬、宿にいるときと同じノリで「分かった」と返事をして即報告、そんな流れが思い浮かんでしまった。
実行に移したら取り返しがつかなくなるので直ぐ頭から追いやり、頷いて承諾だけする。
シルムなら大丈夫だと思うけど、気が緩んだり調子付かないよう黙っておくことに異論はない。
俺からの同意を得てティキアは笑みを深めると、元いた位置に戻る。
「ーーこういうとこ初めてですけど、音の跳ね返りがすごいですねー」
やり取りを終えると、なかなか魔物に遭遇せず手持ち無沙汰な様子のシルムが前を向いたまま述べる。
シルムは発声がはきはきとして声量もあるため、一方向で後ろにいるのに聞き取りやすい。
彼女の声はいま話題に上がった反響を起こしてより大きくなっているが、壁がでこぼこなせいか直接音とは微妙に差異がある。
前は違いを区別するのは厳しかったが、聴覚も鋭敏になって自然と聞き分けられるようになってるな。
「洞窟とか石造りの建物もそうだが、分厚い壁に囲まれてると反射して響くからな。音を捉えやすいってのは特徴の一つだ」
反響が起きる仕組みについて解説を入れるティキア。
歩くたびに鳴る靴音もそうだが、小石が靴に当たって転がるなど、ちょっとした音でも目立つ。
極力、隠密行動を意識しても、完全に無音で移動するのは困難。
ティキアの音を捉えやすいというのは相手も同じこと。
いつもより進みが慎重なので、シルムもそれを承知しているだろう。
そう思っていると、ブレスレットが明滅する。
『センお兄さん、センお兄さん』
『何だ何だ』
『訓練の空間内で、魔法を使ってここと同じ環境って作れますか?』
『というと…反響するようにってことか。出来ると思う』
方法としてはティキアの解説通りに、分厚い物質を魔法で生み出して囲めばいい。
あとは、魔弾で特殊な領域にしてしまうとか。
『でも、どうするつもりなんだ?』
再現するのはいいが、これといった用途が思い浮かばない。
ひっそりと移動する練習とか、どんな物音が響くとか実験でもするのだろうか。
『それはーー刷り込みですっ』
刷り込み…は記憶を定着させること。
訓練時、音の反響を利用してそれを行うということは……
(魔法のイメージを鮮明にする狙いか?)
装置により詠唱の語句を繰り返させて、耳に残りやすいように。
効果があるかは不明だけど、悪くない発案だと思う。
いま分かるのは、ずっと前を向いたままのシルムが得意気な表情になっているくらい。
『ふっふっふ、これで私の目論みが捗ります』
そして今は、名案だと密かに笑っているところか。
功を奏するどうかは別として、試してみる価値はありそうだ。
「それより…この洞窟匂いがちょっと…何だか物置みたいな、あと他にも…」
続いてシルムは、漂っている臭気に対して嫌悪感を示す。
空気が滞留しており、意識を向けると砂埃やカビっぽい匂いが鼻に突く。
まあ、これより強烈な洞窟は普通にあるのでマシな方だが、嗅覚が俺より鋭いシルムは色々と嗅ぎ取ってるかも。
「あー、人の手入れがされてるわけじゃねえし、魔物が棲息してるから、こういう閉塞的な場所はどうしてもな」
ティキアも慣れている口振りだが、感覚は分かるようでウンウンと同調している。
「うー…あの匂いが恋しーー」
歩きながら、何かお気に入りの香りに思いを募らせていたシルムの、喋りと動きがピタッと止まる。
「お?」
突然の出来事に困惑を見せるティキアも、とりあえず足を止める。
するとシルムは口を開かず一本のホーリーソードを顕現させ、歩みを再開。
異変を察したティキアも無言のまま付いて行く。
そのまま数歩進むとーー暗闇の中から二つの飛来物。
真っ直ぐに来るそれに対し、シルムは正面へホーリーソードをやって、斜めに構える。
ガッ! と二重の衝突音の後、弾かれて地面を転がるのは…石ころ。
刀身で受け無傷のホーリーソード横に避け、前方への光の照射をさらに拡大するシルム。
どんどん明るくなり、そうして露になるーー人型をした小さな二体の魔物。
毒々しい緑の肌色でボロ布を身に付け、醜悪な顔で敵意を剥き出しにしている。
「Eランクのゴブリン。ついにお出ましだな」
存在を視認したティキアが名称を口にする。
ゴブリン…二足歩行で人には及ばないが多少の知能があり、道具や武器を扱う。
現にシルムヘ石ころを投げ付け、その出所は腰に下げた袋。
察知して難なく免れたが、奇襲を仕掛けても来ている。
無闇に突撃をしてこず、膂力も備えているのは厄介な点。
「さて、どうするかお手並み拝見」
ティキアが好奇心を見せる一方。
初手を防がれ警戒するゴブリンに、シルムはホーリーソードを差し向ける。
ゴブリン二体は袋の石ころを握ると、迫るホーリーソード目掛け投擲。
正確な狙いにより直撃し、破壊には至らなかったが、次は剣の方が弾かれる。
横に逸れる攻撃にゴブリンたちは嘲笑を浮かべる。
しかしその直後ーーぎょっと表情を一変させる。
気を取られていた一瞬の間に生成された火球が、自分たちの眼前に迫っていたからだ。
当然、回避の余裕もなく直撃し炎上、絶叫を上げるゴブリン。
そして間もなく絶命したのか静かになり、その場に頽れる焦げた肉体。
撃破を確認したシルムはーー鼻を抑えて感想を述べる。
「あっ、つい燃やしちゃったけど焦げ臭い…でも威力はちょうど良かったかな」
目の前で起きた光景とあっさりとした物言いに、ティキアが呆れた様子で話しだす。
「おいおい、あっという間じゃねえか…それにあの一瞬であの火力かよ…」
シルムが放った火属性魔法「ファイヤボール」は初級なので、展開が速くてもそんな不思議ではない。
だが暴れさせず、しかも限られた時間で二体を仕留めるとなると、難しさは歴然。
実現するには、見た目より高い技量が求められる。
ティキアもそれを分かってるから、今の反応なのだろう。
手練であろう彼を驚愕させられたんだ、幸先のいいスタート。
この調子で反復の成果を披露してやれ。
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