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読んで下さりありがとうございます

「うわー、真っ暗ですね」

「はは、シルムの嬢ちゃんは見るのも入るのも初めてだってな。俺も最初のときは驚いたもんだ」


 目の前の光景に驚くシルムと、その様を見て懐かしむティキア。

 岩壁に空いた大きな穴。

 入口から少しだけ光が伸び、その先は暗闇が続いている。

 

 エストラリカを出てティキアの案内のもと訪れた先、洞窟。

 シルムの適正審査はこの中で行われるようだ。


「こうして眺めてると…何だか迫力がありますね」

「その感覚分かるぜ。慣れるまでは、こうも不明瞭だと引き摺り込まれそうだとか思ったな」


 二人の気持ちには俺も共感を覚える。

 明暗がくっきりと分かれているから、まるで別の領域へと通じているよう。

 見えない恐怖とその境界が、余計に足を踏み入れることを躊躇わせる。

 

「お付きの方は入ったことありますか?」

 

 シルムから質問され、経験があるので首肯する。

 こっちでは現実的とは言えないだろうけど、元の世界には観光用に人の手が加えられた洞窟が点在。

 何度か入る機会があったのと、必要に迫られて天然の洞窟に足を運んだこともある。

 

 普段はこういう、俺とシルム以外の第三者が付近にいるとき、表面上は黙々と進め、伝達で受け答えを済ませることが多い。

 そうしないと、俺が喋られないからシルムの独り言のようになってしまう。

 

 しかし今に限ってはティキアという同行者がいるため、内々で通じているだけでは怪しまれる、それに気を使わせ兼ねない。

 だから事前の相談のもと、表でも多少はやり取りをする手筈になっている。

 そもそもが怪しいので取り繕っても余り差異はないかもしれないけどな。


「まあ、ありますよねー。じゃあ初挑戦は私だけですか」

「だな。実際目の当たりにしてどうだ? 気後れしたりとか…」

「うーん、どちらかと言うと魔物の方が気掛かりですね」

「そ、そっちなのか…いや、雰囲気に呑まれてないのはいいことだ。本当、頼もしいぜ」


 落ち着き払っているシルムに、意外そうにしながらも感心した様子のティキア。

 油断はしてないし、怖気付いて挙動がぎこちなくなる心配もなさそう。

 出だしとしては上々じゃないか?


 それに、本人は気付いてるか知らないけど、洞窟より魔物の方を警戒するのは正解と言える。

 洞窟は環境などの条件によって特色はそれぞれあるが、この洞窟に関しては構造上の危険は無いと見ていい。

 入る前からそれだけは断言できる。


 というのも、此処はギルドが審査のために指定してきた場。

 不安定な足場だったり狭い通路だったり、魔物の存在を度外視した上で身の危険が多く難航する所に向かわせたとなれば、非難は免れない。

 

 どう道を乗り越えるとか、危機回避の能力を見るとか言われる可能性はあるが、どちらにせよEランクに出すような課題に適当とは言えない。

 ティキアとリプスさんの二人も、やる事はいつもの依頼と大差ないと言っていたし。

 とりあえず、伝達で助言したりする必要はなさそうだ。


 ティキアと同じく順調だと思っていると、シルムがハッとした表情に変わる。


「でも今の発言は一乙女として可愛くないような…やっぱり私、入るの怖いですっ」


 シルムはぶつぶつと呟き、前言を翻すと俺の手を取って握る。

 ……。

 うーん、これは流石に。


 取って付けたような怯えた素振りに、何より自分からやっぱりと口にしてしまっている。

 真に受けるにはちょっと…

 

「いや、それは無理があるんじゃねえか…?」


 知り合って間もないティキアにも通用せず、至極真っ当な突っ込みが入る。

 シルムは口を閉じると、何かを期待した眼差しを俺に向ける。

 

 …そんな訴え掛けられても、覆ったりしないぞ。

 静かに首を横に振って事実を突き付ける。

 

 第一、魔物と対面しても弱気にならず立ち向かう姿を何度も見ているので、勇ましいのは今更。

 

「ですよねー…私はこれまで何て勿体ないことを…」


 結果は分かっていたらしく力無く肩を落とし、繋がれていた手が離れだらりと下がる。

 年頃の少女に相応しくない人物像を築いてきた過程に、強い後悔を感じている様子。

  

(……? 何か違和感が)


「まあ、シルムの嬢ちゃんは人気あるみたいだし気にしなくても」

「あ、それはどうでもいいです」

「ええ…」


 見兼ねたティキアが励ましの言葉を掛けるが、素っ気なく切り捨てられる。

 ああ、違和感の正体が分かった。

 今になって色眼鏡で見られるのを嘆いているのが変なんだ。

 

 シルムは持て囃されて調子付く性格ではないし、赤の他人に遠ざけられて気に病んだりもしない。

 周囲からの評価を神経質なほど重視してないはず。

  

「じゃあ、何で落ち込んでたんだよ…」


 納得の行っていないティキアから当然の疑問、俺もどうしてなのか興味がある。

 シルムは自嘲めいた笑みを浮かべ遠い目をする。 

 

「それはですね、私は貴重な機会を逃してしまったからです…」

 

 答えが明かされるが、何を指しているのかさっぱり。

 なので、ティキアから目配せされてもお手上げだ。


 うーん…機会とは言うけど仮にシルムが臆病だったとして、得られる利点があるのか?

 俺には不利に働くとしか想像できないが…。


「はぁ、何だかよく分からねえが、脱線してるから本題に戻るぜ」


 これ以上は埒が明かないとティキアは判断したのか取り直す。

 解明より優先すべきは審査、彼に従い切り替えないとな。


「とりあえず平気だってことは分かったが、どちらにせよ視界の確保は欠かせない。準備は要らないと言ってたけどよ…どうするつもりなんだ?」


 早速一つ目の関門。

 いくら地形面は安全だという結論でも、暗闇のまま進むのは危険。


 出発の前にあった説明で、採掘場や通路に使われている洞窟には光源が設置されているが、出先には無いと聞かされている。

 そのため個人で灯りの用意を要求され、シルム一人の力でやり遂げなければならない。


「道具には頼りません。私にはこれがあるので」


 シルムの手のひらに、淡い光を放つ手のひら大の球体が発生。

 光魔法によって生成された、特定の名称はない単純なもの。

 それをシルムは頭上へと浮遊させる。

 

「光魔法使えるのか。それなら確かにランプとかは要らねえな。ただちょっと…心許なくねえか?」


 球体を見て渋面になるティキア。

 指摘の通り弱々しい光で、空からの陽光で掻き消されてしまいそう。

 しかし杞憂というもの。

 

「今は抑えてるだけなので…っと」


 直後、球体の前面だけ輝度が高まり、太陽の届かない洞窟の入口の先を照らす。

 少し離れていて、大きさにはそぐわない光量。

 この光景にティキアは認識を改める。

 

「なるほど、無用な心配だったな。ならこれもお節介かもしれねえが、維持したまま戦闘をこなせるか?」

「それも心配ないですよ」


 余裕そうに返すシルムは移動を始め、俺たちから距離を取った位置に陣取る。

 何かするつもりのようだ。


 元に戻した球体を自身の側へと寄せると、体の周囲を行き来させ、更に三本のホーリーソードを展開。

 そして姿態をつくって静止すると、簡単な踊りを披露。


 足運びや動作はゆったりしていて派手さはないが、何処か気品があり光の装飾が引き立て、野外には合わないものの惹き付けられる。

 その最中伝達によりブレスレットが明滅。 


『どうですか、クランヌさん直伝の舞踏は』


 厳かで作法がしっかりしてて創作っぽくないな思ったけど、道理で。

 最後は優雅に一礼、それと同時にホーリーソードを消失。

 俺とティキアは揃って称賛の拍手を送る。 


「ほー、器用なもんだ」

「ふふ、ありがとうございます」

「魔法の扱いに慣れてる、一人活動、そして短剣使い…か。やっぱりシルムの嬢ちゃんって特殊だな」


 ティキアが感想を口にする一方、シルムは首を傾げる。


「そういえばティキアさんって、私と違って長い剣を使ってますけど、防具は同じ軽装ですよね」

「ああ、これか」

「やっぱり、動きやすくするためですか?」


 二人の装備は機動性を重視しており、防御面は最低限。

 結局のところ戦い方は人それぞれなのだが、シルムは相違が気になるらしい。


「俺の場合どちらかといえば要らない、が正しいな。わけは別に隠すことではねえが、見せびらかす程でもねえ。俺のことより自分の心配をしな。そろそろ始めるぞ」

「ええー…むぅ…仕方ないですね」


 未練がましくはあるが正論だと納得したか。

 ティキアのやつ、相変わらず面倒見がいいな。 

 

 宿屋では色々話してくれたり気にかけてくれるし、今だって不足はないか自然と確認を入れてる。

 お陰で準備が整った状態で臨めるというもの。


「ん、じゃあ行くとするか。シルムの嬢ちゃんは先行、俺たちは離れて着いて行く。こっちのことは気にせず進んでくれて構わねえからな」


 ついに行われる審査。

 

 自分の教えた相手が評価されると思うと、奇妙な感じでざわつきを覚えそう。

 だが今はただ、動揺が伝播しないよう、勤勉なシルムを信じることに集中するとしよう。

評価・感想お待ちしております。

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