77 反省
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
読んでくださりありがとうございます。
シルムから受けたちゅうこ…言い付け通り大人しく待つ間、着々と食事の準備が進み完成の気配が近付く。
食欲を刺激する匂いが漂い、それに釣られてか、居なかった子たちも続々と顔を出す。
それから食器の持ち運びを自主的に始め、俺の分まで持って来てくれたので礼を告げて受け取る。
本日の夕餉の主食はパン。
テーブルに等間隔に置かれた籠の中、焼き目の綺麗なロールパンが山をなしている。
ちなみにシルムの自作だそうで、市販品と言われても納得の出来栄え。
自作の理由は、買うより安価で済むからという単純明快なもの。
シルムがパンを作れることに関しては、より難度が高いであろうお菓子作りを当たり前にしているから、出来ても不思議じゃないという感想。
シルムの料理の腕はもう疑いようがないとして、見事な焼き上がりのパンを見ていて思うことがある。
新天地である此方に来てからというもの、口に合わない料理に遭遇してないな、と。
それどころか、美味しいもので溢れていた元の世界と遜色ないくらい。
このロールパンだって、シルムの実力どうこう以前に、製法が確立しているからこそ作れているんだし。
単に食文化が発達しているのか、エストラリカだからこそなのか。
何にせよ、高水準の食べ物を口に出来るのはありがたいことだ。
舌が肥えてるとかではないけど、元が元だっただけに、基準は厳しめになってしまう。
前の世界では美味を求めて行脚する余裕なんてなかったから、その反動もあるかも。
一応、味気ないものには慣れているとはいえ、美味しいご飯を欲するのは人の性。
(失って当たり前の大事さに気付く…か)
誰しも一度は不安に駆られるであろう、日常の崩壊。
よく聞く言葉で、前々から頭の中にはあったけど、それは何処か他人事のようで。
まさかこうも身に沁みて思うことになるなんて。
俺の場合は完全な不可抗力で環境どころか世界が一転してしまったので、後悔のしようがというか、どうしようもない。
これまでの道が潰えて失意を味わったりしたけど…全てが悪かったわけではない。
勿論、何も欠けずに日常を送れるのが最良ではある。
ただ、痛感したことからこそ至る境地、改まる認識、持てる心構えがある。
大切を守るためにはやっぱり静観していては駄目。
前の世界では英雄としての役割を求められたけど、誰かが戦ってくれるなんて都合の良い願望で押し付け。
人を頼るのはいいことだが万事を委ねるのは歪で、自分の力で切り開いて行く努力をするべき。
俺はそんな信条のもと歩んで来たから、俺なりに仲間たちに遺せた手応えがある。
だから、半端なところで離れ離れになってしまったけど、心残りは少なく済んでいる。
今後も後腐れなく、または少なくて済むようにと思い直した契機。
召喚という不可逆な事象に遭った中で良かった点。
そして、シルムとクランヌには巡り会えたのも光明。
二人に会ったお陰で当面の目的が生まれ、それが原動力となって尽力でき、働きかけると呼応してくれる。
そんな彼女らに感謝しつつ、俺が教えられることは可能な限り伝えて行かないと。
二人の未来のためにも、俺自身のためにも。
「センお兄?」
いつの間にか長考に入って意識を隔離させていると、控え目な声に呼び戻される。
俺の名前を呼んだのは、湯気が立つ皿を両手で持ち、上目遣いで窺うミディアムヘアの少女。
「じゃ、邪魔しちゃった…?」
「ちょっと考え事してただけだから大丈夫だよ」
「…よかった」
目の前でホッとしている少女の名前はメイア。
人見知りでよくシルムにくっついている内気な子。
その性格ゆえに、小さな背丈がより縮こまって見える。
例に漏れず最初は俺も警戒されていたのだが…いつの間にか普通に話せるようになっていた。
正直、これといったきっかけは全く心当たりがない。
「これ、センお兄の」
メイアが持っている皿をこちらに差し出す。
「わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう」
「作るのを手伝ったのと、私がよそいました…!」
礼を返して受け取ると、自身の功績を自慢げに語る。
紅いスープに一口大の彩りが浮かぶ、シチュー風の料理。
さっきから鼻に届く良い香りの正体はこれか。
「うん、上手に均等に盛られていて美味しそうだ」
「そ、そう?」
褒められると髪を弄り頬を染めてはにかむ。
問題なく会話できるようにはなったが、面と向かって伝えられるのは恥ずかしいらしい。
「ふぅ…センお兄、シルムお姉のことお願いします」
と思ったら、息を整えて改まったメイアから急に頭を下げられる。
「そのお肉、シルムお姉がとってきたって聞いた。だから怪我しないように…あ、センお兄も」
「それは勿論だけど…俺ってメイアに信用されることしたっけ?」
いい機会なので、前からの疑問と併せて訊ねてみる。
「シルムお姉はしっかりしてるから、悪い人と関わったりしない」
「…そうかも」
初対面の相手に物怖じせず、忠告を突きつけるくらいだからな。
下心ありきで近付いた人間も、目に見えた地雷を踏みに行くほど馬鹿ではないだろう。
危険を背負うのを嫌がって保身に走るはず。
「でも、シルムを独り占めするようで悪い」
メイアはシルムに相当なついているから、一時的な離れ離れとはいえ寂しいだろう。
しかし、ふるふると首を振って俺の言葉を否定する。
「いつも甘えてばかりだから…それに、センお兄が来てからシルムお姉、明るくなった」
「クランヌからも聞いたけど、そんなに変わってるか?」
「長い間いっしょにいるから本当。あと、ちゃんとした理由がある」
自信満々に話しているのと、他からも同じ発言が出ているので信憑性が高い。
加えて裏付けるような証拠があるらしい。
「その理由って?」
「それはね…」
メイアは少し間を置いて勿体ぶり、大仰に言い放つ。
「女の、勘」
どんな事実が飛び出すのかと構えてたら飽くまで感覚に準じたもので、それを普段大人しい子が得意満面で言うものだから、反応に遅れてしまう。
その結果、まともな返しより先に笑いが込み上げてしまった。
「ははっ、そっか女の勘か」
「むぅ〜…う、嘘じゃないもん…!」
蔑ろにされたと感じたのか、瞬く間に顔を赤くしてむくれるメイア。
「ごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだ。むしろ馬鹿にできないなって思ったくらいだよ」
これまでの過程を鑑みて、周りの女性の洞察力の良さを考慮すると、笑い飛ばせないのが現実。
クランヌは商売の上で身に付いたのかもしれないが、シルムに関してはさっぱり。
過去に仲間が突飛な言動を起こして的確だったりもしたからな。
しかしそれが平常ではあったので、当てになるかと言われたら微妙ではあるが。
とりあえず、物証がなく曖昧だとはいえ、一概に否定ができない。
「…ほんとに?」
「うん。笑っておいて何だけど、シルムの明るさを損なわないよう精いっぱい努める…じゃ、だめかな?」
疑念を向けられてしまったので、どうにか納得してもらおうと誠意を込めて抱負を伝える。
メイアは俺と数秒間じっと見つめ合い、小さくうなずく。
「ん…センお兄を信じる。シルムお姉のこと、任せしました」
「ああ、承る」
手を差し出されたので、俺は小指だけ立て差し出す。
それをメイアが一生懸命に握り、その上に俺のもう片方の手を添える。
容易に覆えてしまう幼い手。
しかしその分、期待を裏切れないという想いが大きく募る。
「私、そろそろ行くね、またねセンお兄」
「またな」
暫くして満足げな微笑みを残し、小走りで去って行く。
さっきまで小難しいことに思考を割いていたから、メイアとの交流は何だか和んだ。
ほっこりと余韻を感じていると、
「ーー駄目ですよ、センお兄さん」
横から声がかかり、そこにはメイアと同じく皿を持つシルムが。
違う点は、皿の上に乗っている料理と、銅褐色の眼光が俺を貫いている。
「急にそう言われても困る」
「いくらメイアが可愛くても、駄目なものは駄目です」
「だから何が駄目なの」
「庇護欲が湧くのも分かりますが、犯罪ですよ犯罪」
「うん。どうして非難されてるのか謎だけど、シルムが想像してることはあり得ないとだけは言える」
謂れなのない罪をやんわり否定すると、シルムは眼光を緩める。
「…確かに、大丈夫そうですね」
「疑惑は晴れたか…それは?」
一息吐いてから、皿の上を目差して問いかける。
薄らと焼き目のついた膨らみに、細く棒状にはみ出た一部。
「これはですね、ボーの骨付き肉を蒸し焼きにしたもので、骨回りは脂が乗っていて美味しいんですよ!」
「なるほど」
確かに、解体して仕分けたときに骨付きも含まれてたな。
シルムが豪語するのであれば間違いないだろう。
「それは楽しみ…ん、シルムの分はあるのか?」
「あー…白状しますとありません。どうしても数が限られてしまいますし、みんなには美味しいものを食べさせてあげたいので」
「だったら俺はいいから、シルムが食べればいい」
「いやいや、センお兄さんは初めてみたいですし、私は食べたことあるので」
「待て待て、これは初依頼のお祝いも兼ねてるんだからそっちが優先だ」
「いーえ! そもそも我が儘を言って持って来てもらったので、感謝するのは当然です」
出たな、強情シルム。
こうなってしまうと続けても不毛の極み。
ここは素直に折れる…ことはせず、中間の案を切り出してみる。
「…半分こするか?」
「えっ、いいんですか!」
妥協を言い出したのはこちらなのに、何故かシルムから許可を求められる。
「切りがないし、子供たちを待たせるのは悪いしな…シルムがいいならだけど」
「それでいいです、いえ、それがいいですっ」
ぶんぶんと首肯し力強い同調を示す。
そんなに喜ぶなら辞退しようかと一瞬過ったが、繰り返しの未来も目に見えたので止めた。
まあ一致して採用されたことだし、
「じゃあ切り分けるか」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
剣帯に収められたダガーに手を伸ばそうとしたところ、俺の腕を掴んで抑止する。
「そんなことしたら旨味が逃げちゃいますよ!」
「指摘は最もかもしれないけど、流石にこのままはなあ」
二人で一塊の物を分割せず、食した場合どうなるか。
そんなの説明するまでもなく明白であり、避けられない結果に収束する。
共有をさらに共有することになる。
「私は慣れているので平気ですっ…センお兄さんが抵抗を覚えるなら、引き下がります…」
「うーん」
語尾を弱まると同時に腕の拘束も弱まる。
抵抗はないと言ったら嘘になるが…どちらかと言えば嫌がるべきはシルムの方。
その相手が受け入れてるんだから、頑にならくても…。
「俺も別に構わないけど…」
「! では、そういうことで! まだ作業が残ってるので失礼しますっ」
つい口にしてしまい、それを受けシルムは捲し立てて元気よく帰る。
何だか段々と抵抗がなくなって来てるような気が…。
この傾向が良いのか悪いのか、判断がつかない中、メイアの囁きが聴こえてくるようだった。
「ほら、シルムお姉、明るいでしょ?」
それから滞りなく準備が整い、皆が席に付いて食事を開始。
「骨付き肉を先に食べるのはセンお兄さん」と一切譲る気配がなかったので、それに従った。
最初の一口は、衝撃的の一言。
柔らかく旨味が溢れて、食べ応えはあるけど後味さっぱり。
調理の仕方もあるんだあろうが、食べさせてあげたい姉心に納得。
家庭で味わえるなんて、口にすることが出来て良かった。
その後、半分食べてからシルムに渡すと、
「いただきまーす!」
勢い良く齧り付き食べ進めて行った。それはもう美味しそうに、骨の髄まで。
そんなに好きなら、やっぱりシルムが全部食べればよかったのに。
年明け初めての投稿になりますね。
今年も過度に遅れないよう更新するのでよろしくお願いします。
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