76 決定
読んでくださりありがとうございます。
「あっ、センお兄さん!」
俺の姿を門のところで認め、駆け寄ってくるシルム。
事前に伝えていたように、肉屋にボーを届けてからシルムと一旦別れた後。
ローブを着替える過程を挟んでから宿に戻り、夜は他所で済ませて来ると伝え、帰宅したシルムのもとへ遅れてやって来た。
肉屋の店主には喜んでもらえたが、小さな革袋から突然ボーが現れたことに狼狽していた。
そこでシルムが俺のことクランヌの知り合いだと紹介すると納得し、周りに言い触らさない了承も得た。
クランヌの名を聞いてすんなりと受けいられるあたり、影響の程をが知れるというもの。
勝手に名前を持ち出してしまったが、シルムは何の考えもなく切り出してないだろうし、クランヌは目くじらを立てず許してくれるはず。
それに正直…クランヌには通行許可証の件ではしてやられたから、あれくらいならいいかと思ってしまっている。
引き摺っているつもりはないが、後日ちゃんと問い質して決着を付けないとな。
「さあ、こちらです」
側まで来たシルムはその勢いのまま俺の手を取り、玄関の方へとぐいぐい引っ張ってくる。
「そんな強くしなくても、別にどこかに行ったりしないよ」
「まあまあ」
そう言っても聞き耳を持つことなく、中へと連れ込まれていった。
食堂に入ると、子供たちの姿が目に付く。
材料を安全な包丁で切っていたり、具材ごとに分けていたり、お皿の準備をしていたり。
総動員すると空間が窮屈なのか、当番制なのか。
全員ではないが数人がかりで料理の準備に勤しんでいる。
「みんなー! センお兄さんがお土産持って来てくれたよー!」
ようやく手を離してくれたシルムが声を上げると「やったー!」「わーい!」「なになに?」各々感想を口にして作業を止め、俺たちの下へと集まってくる。
期待の込められた眼差しを身に浴びながら、テーブルの上に続々と布の包みを置いて行き、順々に結び目を解く。
すると「お肉だ!」「いっぱいある!」「全部いいの?」再びそれぞれ感想…もとい歓声が湧き上がって急速に場が賑やかになる。
「もう。みんな喜ぶのはいいけど、ちゃんとセンお兄さんにお礼を言ってね」
そう窘めるシルムだがその口調は同様に明るいもので、盛り上がりを見つめる瞳は優しい。
注意を受けてまたまたバラバラながら感謝の言葉が告げられる。
こう、無邪気に礼を伝えられると、微笑ましい気持ちになり自然と口角が上がる。
「はいはい、まだ料理の途中だしこのお肉も使うから、そろそろ準備に戻るよー」
シルムが手を叩いてそう指示を出すと、今度は「はーい」と綺麗に揃って返事をし、浮き足だった様子で持ち場へ戻ってゆく。
まるで訓練の行き届いた…いや、この場合は教育か。
何の不満もなく従っているのは、それだけの関係を構築できている証左。
作業が再開されると、楽しそうに会話しながら、掛け合い協力しながら、シルムに頼ることなく着実に進められて行く。
「俺も手伝おうか…と思ってたけど、手を出さない方が良さそうだな」
「はい。今はあの子たちの勉強の時間であり、お仕事の時間でもありますからね」
保護者のように見守りながら言うシルムは、テーブルに広げられた肉を包み直す。
「ですから、すみませんけど待っていてください」
それを持ち俺に断りを入れると、シルムも台所の方へ。
すっかり手持ち無沙汰になってしまったな…何もせずただ待つというのは、少し落ち着かない。
しかし待機を言い渡された以上、介入してはお節介になる。
(さて…どうしたものか……)
そうだ。
丁度いい、この時間を使って魔力の使い道を考えるとしよう。
俺はもしもの時に備えてある程度の魔力を温存するようにしており、それ以外は魔弾を作製したり物に能力を施したり自由に扱っている。
最近は訓練の時間遅延と取引の浄化水に魔力を割いていて、ストックを確保できたので別のものに着手する腹積もり。
『エンチャント』は思い付きですることはあるが、基本は汎用性があるものや、現状に沿ったものを優先。
汎用性の方は、高威力や各属性の魔弾、転移のアクセサリーなど。
現状に沿った方は、さっきの二つを含め、幻痛の魔弾や阻害をかけたローブなど。
後者の後者は当初、期待していた効果を発揮しなかったのだが…時を経て日の目を見ることになったからいいんだ。
とにかく、付与の対象選定は行き当たりばったりは少なく、候補を絞ってその中から選ぶのがほとんど。
あんまりふと浮かんだ着想を形にばかりしていると、機会が限られて持ち腐れになるとか以前に、たぶん存在そのものを忘れる。
いちいち何を作ったとか記録を取ってないし、何を作ったのか遡れないし。
『コール』の能力は一覧から選ぶ形式ではなく、俺が銃と弾丸の種類、性能を思い浮かべることで現出させられる。
つまり製作物が頭から抜けてしまった場合、一回の利用もないまま、異空間に置き去りにしてしまう恐れがある。
なので最悪忘れてもいいように発想しやすかったり、活躍が見込め実用性が高いのが候補となる。
その上で、どんなものに着手をするのか。
今後もしくは直近に焦点、温存してしまうのも一つの手。
それとも……備えを万全にしておくか。
選択肢は複数に分岐しているが、よくよく考えたら訓練にあれの導入を企てていたんだった。
あれというのは、俺がシルムの付き添いで得た情報を元に魔物を模倣し、敵の強さに応じて適当な魔法、魔力で対処する術を身につけるというあれ。
模倣するといっても、土魔法で形成する張りぼてみたいなものだが。
今はまだ魔物との遭遇が少なく調査不足のため、耐久面などの肉付けはまだ先になってしまうが、土台の準備に取り掛かることは可能。
破壊される前提なのと、クランヌの分も用意するつもりなので、相当数の確保が求められる。
最終段階まで進めておいて、残りは細かい調整だけで済むようするとして……あと特性を持たせておくかな。
煮詰めるところはまだあるが、とりあえず作製するものは確定した。
宿に戻ったら早速取り掛かるとしよう。
ああ、あとシルムのーー
「ーーセンにぃ!」
高く明るい声に呼ばれそちらを見ると、短髪の少年が俺を見上げている。
「ラント、どうかした?」
呼びかけて来た少年の名前はラント。
人懐っこい笑顔を浮かべる、よく外で動き回っている活発な子だ。
俺が訓練のためにここを訪れるとき、たびたび顔を合わせており、見た目通り親しみやすく今ではすっかり打ち解けている。
「さっき聞いたんだけど、お肉持ってきてくれたんでしょ?」
「そうだよ。でも俺は運んできただけで、あれはシルムの手柄だけどね」
「えっ、そうなんだ! やっぱりシルねぇはすごいなぁ…」
ラントは台所にいるシルムの方を見て感嘆を漏らす。
調理を進めるシルムの動きは素早く斑がない、それでいて周囲の状況には目敏く、苦戦してたり困っているとすぐ手助けに入る。
この姿を目の当たりにしたら尊敬の念を抱くのは自然だろう。
「あっ! すごいといえば」
急に声を上げたラントは俺の方に向き直り、悪戯っ子のような表情を浮かべる。
「センにぃ、シルねぇが裁縫も得意だって知ってる?」
「家事全般が得意だとは聞いてるよ」
「そっか。おれ、よく動き回るから服がほつれたりするんだけど、あっという間に直してくれるんだ」
「へえ」
「でね、シルねぇは人形も作れちゃったりするんだよ」
「それは、予想以上に本格的だな…」
わざわざ確認を取らなくてもシルムなら可能だろうと納得する自分がいる。
「うん。でさ、これは秘密なんだけど、最近シルねぇがセンにぃそっくりのーー」
「ラント?」
声量を抑えて楽しげに何かを打ち明けようとしたところ、第三者の声が割り入り、ラントは体をビクッとさせる。
一緒に声の主へ顔を向けると、その先には前掛けをしてお玉を持ったシルムがニコニコとしていた。
「センお兄さんと何を話してたのかなあ?」
「し、シルねぇの料理、楽しみだねって…だよね、センにぃ?」
縋るような視線を向けられてしまい、無碍にできず黙って頷く。
シルムはそんな俺をチラッと見るだけに留め、言及はせず。
「ふぅん…そうなんだ。今、その期待に応えるために腕をふるってるから」
そこで一旦言葉を区切り、笑みを一層深めると、
「大人しくして待っててね? …センお兄さんも」
そう言い残して、シルムは厨房の方へと踵を返していった。
取り残された俺たち。
先程のラントの調子は鳴りを潜め、気まずい雰囲気が流れる。
そうして、ラントが申し訳なそうに口を開く。
「ごめん、さっきの話は…」
「分かってる。ここは言われた通りにしておこう」
理解を示して頷き合い、それぞれ所定の席に腰掛ける。
…人生は、賢い選択をすることが肝要だ。
メリークリスマス!
ということでこの話は続きますが、クリスマスですし区切りが良いと思ったので投稿します。
これが年内最後の投稿になりますかね。
来年も更新を続けて行くのでよろしくお願いします。
みなさんよいお年を。
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