75 貴重品
読んで下さりありがとうございます。
素材の査定を終えてギルドから出ると、日が傾き夕刻が迫りつつあった。
予定通り、今からボーを届けに肉屋を訪ね、帰路に就いて到着する頃には日の入りかな。
査定を行う部屋は広く、簡素な内装だった。
テーブルと床にシートの組み合わせが等間隔に設置されており、その一箇所ごとに鑑定士が待機。
テーブルは魔石などの小物用で、端の方にはギルドカード更新用の魔導具が備わっている。
隣接するシートには場所を取る魔物本体や、汚れが残っている物を置くためにある。
持ち込んだ素材を出し終えたら、鑑定士が一つ一つ状態の確認をして、相場に応じて価格をつけて行く。
魔石はヒビや破損があっても使い道があるらしく、買い取りをしてくれる。
当たり前だが、欠けや損傷に比例して価値は下がってしまう。
今回、俺たちは図らずも傷を付けずに済んだため、変動なく換金が出来た。
せっかく買い取ってもらうんだ、減額されない方がいい。
次もこの調子でーーと言いたいが、そうは行かない。
素材の確保に専念するとなれば、自身にいくつかの制約を課すことになる。
手段、威力、狙い。
シルムの魔法属性である火と光で例えると、とりあえず爆発させるとか、光の雨を降らすとか大味な攻撃は許されない。
さらに衝撃で破壊しないよう魔力を抑えて仕留め、影響を及ぼさないよう狙う部位にも神経を使う必要がある。
相手に応じて最適解を選び対処…目指す領域ではあるが、シルムが実行に移すには知識も経験も不足している。
魔法の用途を解説はできても、調整の塩梅は実戦で体感で覚えてもらう他ない。
欲張るのはそれなりに場数を踏んでからか、依頼に含まれているとき。
中には討伐ついでに素材を納品すると追加報酬が出る依頼もある。
心証稼ぎになるだろうし、時には試みも大事。
それで肝心の売却値だが…なんと銀貨6枚に上った。
その内の9割くらいがシャドーホーク関係、まあボーとフットラビットと違ってEランク扱いだからな。
鑑定士はGランクであるシルムが仕留めたことに少し驚いたが、特に詮索はなく期待が返って来た。
シャドーホークは魔石に加えて迷彩柄の羽と鋭利な爪が買取の対象。
シルムが胸部を切り裂き俺が二匹の頭を射抜き、図らずそれらも傷付けず無事だったのが6枚になった要因。
査定結果が告げられるとシルムは歓喜し、同時に「数時間のお手伝いよりこんなに差が…」と驚愕を露にしていた。
サクッと片付いてしまったから仕方ないけど、命懸けなんだから対価が高いのは妥当。
そうじゃなかったら稼業として割りに合わない。
そんな経緯で、実の入りの良さにホクホクとしていたシルムは現在…
「じーー」
隣でこちらガン見している、それも異議を唱えたそうに。
唱えたそうにではなく、言いたいことがあるんだろうな、さっきのことで。
合計額に昂っていたシルムを一瞬で引き戻し、沈降させた俺の行動に関して。
その場で口を挟まなかったのは鑑定士の手前だったのと、耳目を集めていたから憚ったのだろう。
シルムはギルド内だと一際、視線を集めている。
じろじろと露骨な観察はないが、気にかけている様子は見受ける。
シルムの他にも、若年ながらギルドの門戸を叩き、冒険に出かける若者たちの姿は珍しくない。
しかしその中で比較すると、人の目に留まる異彩を放つのはシルム。
容姿とか噂とか関わりとか、注目の的たらしめる要素はいくつか絡んでいるが、やはり当の本人が意に介してないのが一番。
人によっては周囲からの視線で、普段の動きに乱れが生じたりする。
特にギルドでは、日頃から命の遣り取りをする環境の影響か、剣呑な鋭い眼光を放つ者もいる。
そんな視線に晒されても、あくまでシルムは自然体。
肝が据わっているというか、呑まれず泰然としているのは貫禄すら覚える。
その姿と他の要素が相まって引き付け、他の人も釣られて視線を向ける、そんな構図。
平常とはいえシルムは傍若無人ではないので、関心が寄せられる中で揉め事を起こしたりしない。
だが外に出たことでその枷が緩和され、痺れを切らしたシルムはついに口を開く。
「センお兄さんもクランヌさんと同罪です」
第一声から飛ばしてるな。
予想してなかった変化球が飛んで来たので、とりあえず伝達で疑問を返す。
『ごめん、どういうこと?』
「どういうことも何も、ご存知でしょう。クランヌさんと同じように人を驚かせて楽しんで」
『いや、それは冤罪だって、俺にそんな意図はなかった』
確かにシルムの意表を突く形にはなったけど、そこに愉快さを見出してはいない。
さっき俺と投合してクランヌを問い詰める同盟を組んだのに、裏切られた気分になったのか、シルムの言葉には険がこもっている。
「だとしても不満の一つも言いたくなりますよ」
『弁明のしようがないしな、それは甘んじて受け入れる』
事前に何の説明も断りもなく事を起こしたんだ、そういう意味ではクランヌと同じか。
「ですが、このままあれこれ言っても話が進みまないし…ふぅ、それで」
シルムは溜め息を吐いて仕切り直し、改めて本来の言及を始める。
「お金ーーどうして受け取らなかったんです?」
査定額を告げられた後、俺の取った行動それは。
現金での引き渡しをするかどうか問われ、頷こうとしたシルムの間に入って否定を返した。
受付での依頼報酬に続いて査定所で二回目の拒否。
前者は袋を掲げただけで明確ではないが、あれは誰がどう見ても後回しにするという解釈に落ち着くだろう。
例に漏れずシルムもそのつもりでいて、目の前で起きた事態に固まった。
鑑定士は俺たちの食い違った様子に疑問を抱いていたが、立ち入り無用と判断したようで、そのままお開きの流れに。
そこでシルムは我に返ったが、俺が外に足を向けたことにより、後ろ髪を引かれる様子ながら慌てて付いて来た。
…順を追ってみると
一悶着あるのは確定として、話を付けておくべきだったか。
とりあえず今に至った経緯をまとめたが、シルムは別に、俺が勝手に断り自分がお金を引き出せなかったことに物を言いたいのではない。
「シャドーホーク二匹とアルメ草の報酬は、センお兄さんの物じゃないですか」
依頼の銅貨5枚に素材の銀貨6枚の収入。
その大半がEランクであるシャドホークが占めており、シルムの言ったように三匹のうち二匹仕留め、ついでに採取をしたのは俺。
つまり6割くらいは俺の取り分であり、シルムが人の成果を懐に収める筈もなく。
だから何故、受け取らなかったのかとこちらに問うているのだ。
当然、断ったのは意味があってのこと。
言い逃れは許さない気勢を見せて待つシルムに向け、その理由を述べる。
『端的に言えばーー手元に金を持っていたくないからだな』
「はい?」
『だから、お金を持ち歩きたくないんだよ』
「いやいやいや」
お望み通り理由を伝達すると素っ頓狂な声が上がったので、わかりやすいように重ねると、そうじゃないといった風な反応。
「そんな理由でそうなんですか、って納得できるわけないですよっ」
ちゃんと教えたのにそんな理由とは酷い言い草だ。
まあ俺も軽く触れただけで、首肯を引き出すには弱いとは思ってるけど。
『わかってる。とりあえずどうして持ちたくないか事情を伝えるから、決断するのは待ってくれ』
「いいでしょう」
シルムは不遜な感じで大仰に頷くと、口を閉じてこちらに耳を傾ける。
…どういうノリなんだと突っ込みを入れるべきか迷ったけど、まあいいや。
『まず、シルムも知っての通り俺はかつて追われの身であり、あちこちを転々とする流浪の身…自分の拠点を持たない根無し草だ』
『それとこれまで足が付かないよう、情報が残る契約の類とかを避けてきて、今後もそのつもりでいる』
ギルド登録はしてしまったが、あの時は勝手がわかってなかったし、方針が定まってもいなかったからな。
でもお陰で宿が見つかったり、シルムにギルドの説明やら魔物の知識を深められたりと、結果的に足を運んで良かった。
『ようするに、保管場所も預け先もない俺が現金を所有するってことは、全財産を携帯するのと同義なのさ』
「だから、お金を持ち歩きたくないと?」
『そう。シルムにも俺の感覚は分かるはず。お金の管理を任されてるし、扱いには気を使ってるだろうから』
「それはまあ…買い物には必要な額しか持ち歩きませんし、手を出せないように管理してます。皆のこと信じたくはありますが…」
身近にいる人のことを信じたい。
心情としてはそうだろうが、対策を施しておくのは仕方ない話。
金目の物を無造作に置いていて、紛失など何かしらの問題が起きたとき、デリケートな事態に発展しかねない。
無くしたのが誤解だったりして、既に関係が修復不可能な状況になっていたら最悪だ。
子供の内は分別するのが難しく、自制するのも難しい。
しかし大人になっても、欲が高じて抑え切れず悪事に手を染める者もいる。
目に付かないようにするのは当然。
「センお兄さんの考えは理解できますけど…それがあるじゃないですか」
シルムが指差した先は、俺の腰に括り付けてある革袋。
「たしか、手を加えて保全してあるんですよね」
『まあ正直に言って、その辺の防犯方法より遥かに安全だと言える』
現状、話にあったように俺には特定の置き場所がない。
革袋には貴重品を含め、全てが詰め込んであるため『エンチャント』で手厚く保護をかけてある。
現物ほどの物々しさはないが、日常ではお目にかかれないような、厳重な金庫のような状態。
『でもーー俺は絶対ってないと思ってるからさ』
金庫を含めてどれだけ頑強な警備を敷いたところで、その態勢が破られない保証は何処にもなく、保障もない。
俺が手にした能力は強大ではあるが、かと言って大丈夫なんて考えには至れない。
『だから大事なものは分散させておきたいけど、頼れるのはシルムかクランヌくらいで、無理なら潔く諦める』
「…その言い方はずるくないですか? それに上手く言い包められているような…」
『嘘は言ってないよ』
「うーん…財布を紐を握ることを任されるのは嬉しいはずなのに、何だかパッとしない…」
眉を顰めて見透かすようにこちらを観察するシルム。
それからしばらく、無言のまま人の流れに気を付けて歩みを進め、シルムが数分前に似た溜め息を漏らす。
「…いいですよ、私がお預かりします。ただし! 内訳は詳細に覚えておくので、誤魔化して私のお金にしようとしても無駄ですからっ」
『そのつもりはないって、ありがとう』
「それと今日の夜は家に食べに来てもらいます!」
『どういう繋がり? 行くけどさ』
「拒否してもダメーーあれ?」
提案した本人だというのに、俺が承諾したことに意外そうにしている。
いつもは誘われても断りを入れてるので、無理もないだろう。
『一度宿に戻らせてもらうけど、今日はシルムの初依頼記念だからね』
「そうですか…ちゃんと来てくださいね、遅刻厳禁ですっ」
表情を和らげてすぐ引き締め、釘を刺してきたが声が明るく弾んでいる。
『ああ。肉の届け先はもう一つあるしな』
師走ですね。
色々とゴタゴタしてますが年内に更新できたらなと。
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