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74 報告

「さっきの、何だったんですかねー…」

 

 呆気取られその影響が抜け切ってないシルムは後方…東口に気を向けながら疑問を口にする。

 その感想は尤もで俺も同意見。あれはどう考えても普通とかけ離れている。

 今すぐにでも問い質しに行きたいところだ。


 門番が突然、畏まり始めた原因は十中八九ーー


「それのせいですよね」


 シルムは俺が手に持つ物を指差し、俺の思考をそのまま反映したような指摘をする。

 エストラリカへの通行許可証。

 素性バレするギルドカードに代わり、クランヌに頼み用意してもらった代物。

 

 順番待ちしていた俺たちの前には当然、同じように手続きを完了させて、入って行く人たちがいたわけだが。

 一部、親しみのある応対を除き、他は全て見ていた限りでは事務的に処理していた。

 あの門番が元から礼儀を重じているだけなら、そこで話は終わりだったが…そうではなかった。

 

 だからあの丁重な扱いがより際立ち不自然に映る。

 提示されたら、ああしなければならない決まりなのか、体裁の為にそうせざるを得ないのか。

 どちらにせよ、これがただの薄い上質な板じゃなく、何らかの権威を持ってるのは明白。


 そう考えると長いこと外に晒してるのは無用心な気がしてきた。

 とりあえず人目に付かないよう保管しておこう。

 そんなんわけで革袋の中に収納。


「クランヌさんから何も聞かされてないんですか?」


 仕舞い終えると、隣で観察していたシルムから率直な疑問が飛んできたので、分かりやすいようにゆっくりと首肯する。

 シルムには素っ気ない感じで申し訳ないが、どこで聞き耳を立てられていても不思議じゃないので、ここからは無言だ。


 クランヌから聞かされた話を掻い摘んでも、要点は俺が条件を満たしているということくらい。

 後はクランヌに全て丸投げなので、有する情報はシルムと大差ないと言える。

 だから条件に当て嵌まっているかどうかすら定かではないのが現状。


 まあ日頃からクランヌは契約内容などの決め事には誠実な姿勢を貫いているので、嘘はついてないだろう、嘘は。

 そう結論に至って。口元に手をやってなお、愉快さを隠しきれてなかった彼女の姿が浮かんでくる。

 

『今になって思うと』

『クランヌはこの状況を見越して一人、微笑んでいたのかも』

「ああ〜、クランヌさんは綺麗で品もありますけど、お茶目なところもありますからね」


 伝達でそう続け様にシルムに送ると、思い当たる節があるのか強く共感する。


「でも私は、そんなクランヌさんが大好きですっ」


 気持ちいいくらいの笑顔で、クランヌへの想いを語る。

 本心からの言葉で明瞭で、そこに恥ずかしさなど皆無。

 それだけ慕っているんだろう。


『そうだな。俺もそんなクランヌに好感を抱いてるよ』


 シルムが絶賛していた通り、クランヌは端正そして端整。

 洗練された所作、存在感のある声音に丁寧な言葉遣い。

 手入れの行き届いた艶のある銀髪、魔力でも宿ってそうな目を奪われる碧眼。


 容姿と言動が相まって、常人には決して出せない気品を纏っており、一目見れば格の違いを理解する。

 初めて会ったとき、俺がそうだった。


 故に関わるのを足踏みする人も多いだろう。

 高嶺の存在は得てして、近寄りがたい。


 しかし蓋を開けてみれば、こうして人を驚かせるような仕掛けをする一面もあり、堅苦しさはなく馴染みやすい。

 俺は色々あって上流階級を好んでないが、クランヌは別。

 自分の持つ力を誇示したり、他人を見下すような気配が微塵もない。


 彼女は淑女を目指すと同時に、商人でもある。

 そのどちらも疎かにしてないからこそ、品を纏いながらも親しめる、魅力的な人間になっているのかも。


『でも、さっきのことに関してはしっかりと説明してもらわないとな』

「はい、一人だけ楽しむなんて許せないです!」


 人格が素晴らしかろうと、受けた仕打ちは忘れてない。

 計画通りなら今頃…なんて想像してほくそ笑むのは頂けない。

 当然俺とシルムの調子は軽いものだが、会う楽しみが増えた。




 ギルドに到着。

 既に一通り体験したからか、扉を開くシルムは平然とした様子。

 ちょうど出払っているのか受付は空いており、真っ直ぐ向かおうとするシルム。

 

 その踏み出そうとした足を、腕を掴んで制止する。


「?」


 なぜ止められたのか、シルムがこちらを振り向いたのに対し、指を差す。

 その先には依頼の掲示板がある。

 顔を往復させて更に疑問が増したようだが、意図は察してくれたらしく方向転換。

 

 二人並んで掲示板に向かう途中、俺は目的である一点に視線をやって探り、心の中で頷く。


(予想通りだ)


 そして隣から動向を観察する視線を感じつつ、迷いなく一枚の依頼を剥がしてシルムに差し出す。


「これは…」


 目を通し始めたのを横目に、収穫を一緒くたにした袋から、一部の素材を抜き取る。

 記述を確認していたシルムの視線が、俺が持つ物と手元の依頼とを行き来し、ハッとした表情で俺を見る。

 気付いたみたいだな。


 俺がシルムに渡した依頼内容は、アルメ草の採取。

 調合の材料として広く用いられる植物で、ボーに至る道中に俺が集めていたもの。

 採取の依頼は素材の保存状態が良ければ、受注から即報告が可能。

 

 依頼を選ぶときに目星を付けていて、行き先が植生地の一つだったので、ついでに収集を行っておいた。

 Gランクで報酬が少ないから、依頼が残っている可能性はあると見越して。

 それとも頻繁に使われるらしいから、貼り直してたりするかもな。

 


 シルムに告げずにいたのは、集中を欠く要素を増やさないため。

 魔物の存在を意識しながら、探し物にも気を割くのは初心者がやるべきことじゃない。

 まずは場に慣れることを優先、並行して進めるのはそれから。


 シルムは整理するように溜息を吐き、俺と目を合わせて頷くと、こちらに手を差し伸べた。

 どうすればいいのか、理解してくれるてるな。


 口元を緩め、その手に持っていたアルメ草の束を託す。

 紙と併せて携えたシルムは、受付のカウンターへ。


「ようこそ、ギルドへ…シルムさん? 早いお戻りですね」


 作業中だった女性職員は来訪者に気付き顔を上げ、俺たちを視認すると目を丸くする。


「はい。これと…あとこれもお願いします」

「新規の依頼に…先ほど受注なさった討伐証明ですね。少々お待ちください」


 最初は驚きが顔に表れていたが、提出された途端に真面目な雰囲気に変わり、慣れた手つきで仕事をこなして行く。

 シルムはそれを少し落ち着かない様子で見守っており、そして。

 

「お待たせしました。ボーの討伐にアルメ草の採取、どちらも無事に受理しました。合わせて銅貨5枚の報酬になります。ギルドカードをお渡しいただけますか?」

「あっ、はい」

「お預かりします。それで報酬は現金でお渡しするか、お預入れいただくか、如何なさいます?」

「えーと…」


 返事を保留したシルムは横目で俺を窺う、判断を求めてるみたいだ。

 首を振って断りの意を示し、それから素材を纏めた袋を掲げる。

 やりとりを見て職員が「ああ」と短く発し、


「素材の査定と買い取りは左手の部屋で受け付けてますので、よろしければご利用下さい。では一先ず、お預け入れでよろしいでしょうか? いずれかの職員に申し付けいただければ、いつでも現金をご用意いたします」

「そうですか。ではそれでお願いします」

「畏まりました……カードの更新完了、お返ししますね。間違いないかご確認を。印は依頼の達成回数を表していて、数字は銅貨の枚数を表しています」


 シルムが職員からギルドカードを受け取り、横から覗き込むと説明された通り、十字の印と下の方に5の数字が追加されている。

 なぜ両方とも数字表記にしないのか不思議だけど、特に問題はなさそう。


「私からは以上になりますが…何かご不明な点がありましたらどうぞ」

「聞きたいことは…」


 そこでまたしても俺に流し目を送ってくるシルム。

 …何故こっちに意識を向けるのか分からないが、俺には別に尋ねるような疑問はないぞ。

 印表記に対しての興味はあくまで一過性もものだし。

 

 そう思いながら先程と同じように否定しようとすると、その前にシルムは視線を戻して、


「ありません」


 きっぱりと否定を告げた。

 …………。

 まだ意思の表明してないんだが。

 

 何か最近、段々と露骨になって来てないか? 


「疑問が出たときは遠慮なくどうぞ。初めての依頼お疲れ様でした、またのご利用を!」

「ありがとうございました」 


 深いお辞儀に対してシルムも同様に返し、優しい微笑みの女性職員に見送られカウンターを離れる。

 その足で査定場所へ向かうおうとすると、前にいるシルムが途中で立ち止まる。


(? ああ…)


 近寄ると、しまわずにいたギルドカードを食い入るように見つめていた。

 何となく受け答えに溌剌さが欠けているなとは思ってたけど…うん。


(そうだよな…感慨深いよな)


 努力が実った、魔物を倒した手応えはさっき実感しただろうけど、働きによって生じる対価を得たのは、今この瞬間。

 そしてみんなの将来を見据え、必要なものを買い揃えてあげたいという、シルムの願いが現実味を帯びた瞬間でもある。

 

 これまで日常を過ごしてきた自身が、ギルドで稼ぐなんてシルムからすれば想像もつかないどころか、空論のように思えた筈。

 改めて、よく俺の誘いに乗ってくれたなと感じる。

 そんな拭え切れない不安を抱えながらもシルムは積み重ね、ついにここまで来た。


 不透明だったものが、見える成果として現れた。

 それは希望が形を持ち、道が開けたような感覚なんじゃないかと思う。

 感じ入るのもわかる。


(しかし浸るにはちょっと早いんじゃないか?)


 素材の査定、ボーの配達。

 シルムが遂げたことを形にする作業はまだ残ってる。

 全て為し終えてからの方が、きっと得られるものも大きい。


 そんな考えのもと、シルムの肩に手を乗せる。

 すると徐に、上から手を重ねて強く握り、俺を見上げて破顔する。

 言葉はなかったが、シルムの想いが伝わってきた。


 





 


 







 

 

 

 

 


 

 


 

 





 


 


 

 


 





 




 


 


 

 


 

 

 

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