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72 達成   

読んで下さりありがとうございます。

林の方で落下した死体を回収し、シルムが仕留めたのと横並びにする。

 胸部に綺麗に交差する斬れ跡、胸部と頭部に銃痕。

 それぞれ致命傷は異なるが、どれも一目で事切れていると確認できる。


 発達した嘴に爪、死してなお荒々しさを感じる顔つき。

 全身は葉や砂など自然の色を纏めたような暗い迷彩柄。

 

「こいつは…シャドーホークだったか」


 回収の間に特徴を記憶と照らし合わせ、該当したそれらしき魔物の名称を口にする。


「この鳥の名前ですか?」


 シルムは現在、渡した浄化水と布の切れ端を用い、ぽんぽんとシミ消しごとく返り血を落している。


「ああ…詳細を話す前に、戻ってきたら一つ言いたいことがあったんだけど」

「? なんですか?」


 手を動かしたままシルムは首を傾げる。


 

 襲いかかって来たシャドーホークの対処のあと。

 後続がないのを確認して、妨害が入る前の目的だったボーの処理をパパッと実行。

 シルムに汚れを落とさせる浄化水と布を渡して、俺は場を離れ死体の回収に向かった。


 亡骸が元の位置から左右に落ちた都合上、往復せざるをえず、一度引き返して来てシルムに目を向けるとあろうことか、


「ダガーの手入れより自分を優先した方がいい。放置しても別に錆びたり欠けたりしないから」


 意図に反してダガーを先に着手。

 自分のことを顧ず、刀身を入念に確認する姿に口を挟みかけたが、やってしまったなら仕方ないとその場では黙っておいた。

 だが、無頓着なままなのは頂けない。


「そうは言いますけど、血がついたまま仕舞ったら汚れちゃいます」

「まあね。だから自分を清めてる間はひとまず、地面に置くなりすればいいよ」

「なっ…私がセンお兄さんから頂いたものを、そんなぞんざいに扱うわけないじゃないですか!」


 今度は手を止めて食い下がって来る。

 当然の事実のように言われてもな。


「いや、状況的に止むを得ずってのは分かるし、シルムが物を軽んずるとは思ってないから。それ、大事にしてくてるし」


 シルムの手首に付けられたアクセサリーを指差す。


 伝達のために用意したブレスレット、普段から肌身離さず身に付けてくれている。

 訓練のとき、出掛けたとき、今こうしている間にも。

 俺が状況次第によっては喋れないから、意思疎通のため必要と言えば必要だが、俺が居合わせてなくてもずっと腕に嵌めているとのこと。


 そんな人からの贈り物を重宝するシルムが、ダガーをそこいらに放っておくなんて発想自体、出てこない。


「私のために用意してくれたんですから丁重に扱うのは当たり前です…それはそれとして。センお兄さんが気にしなくても私が気にするんです」


 シルムは言葉を一度区切り、


「少しくらいならいいかな…? って手放した隙に、ダガーを狙う存在がさっきのシャドーホークみたいに突然現れて、拐ってたらどうするんですか」

「そんなこと言い出したキリが無いと思うけど」


 というか拐うって、なんだか立場が偉い人みたいな扱いだな。 


「いーえ、大切なものはしっかりがっしり繋ぎ止めておきませんと。後悔してからでは、遅いんですから」


 言い聞かせる口調には、妙に情感がこもっている。

 経験があるのだろうか。

 補強や維持を怠って、綻んで、かけがえのないものが、手からこぼれ落ちていった経験が。


「だいたいですね、必要なのに片付けを後回しにするのはよくないんですよ! 家でたまにどっかやちゃったって騒いでますけど、ちゃんと仕舞わない自分が悪いのです」


 しかしシルムは重みがあった雰囲気を霧散させると、何事もなかった様子で一本指を立て説教を展開。

 これじゃあ真相の判別が付かないな…本人の過去の喪失故なのか、世話の焼ける憂鬱からなのか。

 

 それは置いとくとして。シルムの意見には肯定だが、段々と関係のない話に逸れてしまっている。

 皆のお姉ちゃん状態に火が付いたのか、色々と言いたそうな流れだし。

 ここで止めておかないと教育が始まってしまう。


「わかった」


 そう短く告げると、今にも話し出しそうだったシルムが止まり表情を緩める。

 

「わかってもらえましたか」

「いや、わかったとは言っても、シルムの言い分がってことね。それは全面的に同意」


 無いと困る物なのに、別の用事等で深く考えず適当なところに放置して、何処へ置いたのか忘れてあたふたする。

 自分の迂闊さに自分で突っ込みたくなる失態だが、よく耳にするやらかし。

 

 俺はそうならないよう随時、貴重品は革袋に収納するように心がけ、その宝庫とも言える袋を外すときは一定の場所にしか置かないようにしている。

 管理は自己責任、全くもってその通り。 


「でも今回に関しては例外。理由を最初に話しておくべきだったな」

「じゃあ、何が問題なんですか?」


 賛同を示したのが功を奏したようで、聞く姿勢になってくれた。

 やっぱり理由を先出しするのが正解だったか、そうしとけばここまで拗れなかっただろう。


「自分を優先しろってうるさくするのは、魔物の中には体液に毒を含んでる個体がいるからだ。このシャドーホークには毒素は確認されてないらしいから、さっきは口出ししなかった」


 ギルドで保管されている魔物に関する資料は、ありがたいことに魔物に特殊な危険性があれば、説明の最初の部分に明記してくれている。 

 依頼を斡旋する立場なのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、お陰で有利に臨むことが出来るので情報には感謝。


「体液に毒…どこかで……」

「心当たりある?」  

 

 特定の単語に引っかかりを覚えたのか、なにやら煮え切らない様子で悩んでいる。

 しかし、特に出てこなかったようで頭を振る。

 

「…いえ、えーと…食材にも毒はあったりしますけど、取り除いて口に入れなきゃ大丈夫ですよ?」

「んん? あー、あー…そうか、馴染みがないのか」


 口に入れなければってことは、体内に入らなければ害はないと思ってるようだ。

 その認識は合ってはいるけど、外れでもある。

 

 魔物が跋扈する自然の環境は、普通に暮らしを営む人からすれば脅威であり、俺たちみたいに依頼など用でもなければ、足を踏み入れることはまずない。

 目に触れる、関わる機会がなければ、興味を持つこともなく知る機会は狭まる。

 だから生物に対する知識が浸透せず、疎いのは仕方ない話なのかもしれない。


「ピンと来ないかもしれないけど、肌に触れただけで害を及ぼす毒は実在するよ」

「肌に触れただけで…危険…」


 またしても何かが引っかかるのか、返事はなくぶつぶつと呟くシルム。

 それは別に構わない、見た感じ喉元まで出かかってるようだ。

 ただ、さっき否定してたし、別のことと混同してる可能性もーー


「あー!」


 そんな懸念はすぐに消え去った。

 シルムが気が付いたと分かりやすく声を上げたから。

 

「花ですよっ! 花!」

「花って…植物の?」

「そうです、そのお花ですっ! 聞いたことがあるのを思い出したんです、人肌に対して危険な汁液を持つ花があるって。細かく尋ねませんでしたけど、ようするに毒ってことですよね」

「そうなるかな」


 ちゃんとした定義は知らないが、人体に有害であれば概ね毒と称して問題ないはず。


「へぇ、花の液に毒素が…」


 ふと、過去の情景が思い浮かぶ。

 

「いや。そういえば俺も聞いたことがあるな」

「センお兄さんもですか」

「ああ、俺も聞きかじった程度だけど思い出した。あの花の液は薬に使えるって」


 そう嬉々として仲間の一人が植生に駆け出す姿。

 採取をするのは結構だが、一言も告げずに離れるの困りものだった。

 事例は他にもあり手を焼かされたが、今となっては懐かしい。


 毒は使いようで薬になるけど、薬は過ぎれば毒となり得る。

 彼らは個性的で傍若無人だったけど、特定の分野の知識に長け、向き合う姿勢は真剣そのもの。

 だから俺は傍で多くのことが学べ、シルムに色々と伝えられる現状へと繋がっている。


「ふむふむ…用量は守らないとダメですもんね。なるほど、体内に入らなくても有害なのは分かりました。でも私、どんな症状があるのかは知らないです」

「軽いやつだと炎症が起きたり、麻痺して動かせなくなったりとか」

「ほほう」


 シルムの目が一瞬怪しい光を孕んだ気がするが、そのまま続ける。


「重いやつだと気分が悪くなって発熱したり、最悪、死に至る場合もあるかな」

「…」


 生死に関わると聞いてシルムの顔がサッと青ざめる。

 そして血が付着していた箇所に忙しなく目を向ける。

 

 毒素は検出されてないと伝えたのに、事の重大さを理解して気が動転しているのか。

 脅しすぎたかもしれない。


「まあ、触れたら死ぬ猛毒なんて稀だからそんなに怯えなくて大丈夫。シルムには光魔法だってあるし」


 水か光の属性であれば、解毒の魔法が行使できる。

 直せはするが体を蝕んでいた影響までは消えないが。


「どうして珍しいって言えるんですか?」

「んー、簡単に言うと現実的じゃないからかな」


 俺は生態を研究している学者ではないので、どう説明するか悩ましいところ。


「そうだな…例えば俺たち人間の、汗とか血が猛毒って想像できる?」

「それは…そんなの死んじゃいます」

「うん。そうなんだよ、普通は死んじゃう。毒の能力持ちとかなら分かるけど、全身が猛毒に耐性がある構造じゃないといけないから、ちょっと考えにくい」


 それこそ有名な蠱毒を何度か繰り返すくらいしないと。


「それに、あんまり強力だと土を汚染したり草木を枯らしたりして環境を変動させちゃうから、だいぶ絞られてくると思う。専門家じゃないから分かりにくい説明だろうけど…」

「いえ、確かに条件が限られるなと納得の行くお話でした」


 拙くはあったが、シルムの顔色は元に戻っており、瞳も落ち着いている。

 話してみた甲斐があった。


「そもそも血液が飛び散って、シルムは不快に思わないの? 毒とか以前に、シャドーホークの血が綺麗とは言えない」

「当然不快ではありますよっ。さっきは単純に拘りが先だっただけで」

「それはそうか。ごめん」


 自分を優先してなくても、体液がかかれば嫌に決まってる。


「これからは自分から先にやるようにします。というより、まず浴びなければ問題ないんですよね」

「極端な話そうなるけど」


 身体で受けさえしなければ毒の強弱がどうこうは関係ない。

 実現できるかは別として。


 無傷で済ませること自体が厳しいのに、汚れずにという二重の枷は茨の道。

 率直な意見は、ただの理想でこちらも現実的じゃない、だが…


「シルムがそれを目指すなら応援する」

「ありがとうございます。綺麗な身であるためにも頑張りますっ!」


 明確な目標を作っておくのはいいことだからな。

 成し遂げる心持ちでいれば、自ずと動きキビキビとしたものになる筈。


「方向性が決まったところで、本題…と言っていいのか怪しいけど、シャドーホークについて知ってることを話すよ」


 最初はメインのつもりだったのに、もはやおまけみたいな感じ。


「ランクはボーとかと違ってE」

「E! 二つも上じゃないですか」

「ああ、理由は空中にいて倒しにくいのと習性が狡猾だかららしい。群れで行動するのが基本で、物陰に隠れつつ隙を突いて襲ってくる。前の二体より明らかに厄介だな」

「比較しちゃうとそうですね…だいぶ接近されてしまいましたし」

「よく反応したと感心してるよ」


 あのときのシルムは雰囲気といい動作といい、確実に獲物を仕留める狩人のようだった。


「さっき言った通り、詰めは甘かったけど」

「うう、私と違ってセンお兄さんは前知識を持ってるじゃないですか」

「そうだけど、シャドーホークだと認識したのは事後だよ。情報は関係なしに気配を感じ取ったんだ」


 だからむくれても駄目。


「どうして匂いで気付かなかったんでしょう…そもそも…あんまり匂いがしないような」

 

 シルムはすんすん鼻を鳴らして小難しい表情。


「賢いみたいだし消すようにしてるのかも。擬態のためか柄はアースカラーだし」

「そういうことですか…嗅覚に頼りっぱなしではいけませんね」

「一辺倒なのは避けた方がいいな。俺も探知魔法を重宝しつつも、気配を探る感覚は養うようにしてる」


 自然が発する匂いで嗅覚が利かないとか、魔法を受け付けない魔物相手とか。

 索敵の手段を封じられたら、最後の頼みの綱は自分の感覚。

 一朝一夕では身に付かないが、段々とシルムも感が冴えるようになってくるだろう。


「最後に、シャドーホークは山頂の方に生息しているらしい」

「あれ? でもここ、中腹にも行ってないくらいですよね。たまたまですかね?」

「それか、血の匂いに釣られたかだな。血の匂いで生物が寄ってくるのはよくある話だ。離れてくこともある」


 目をパチパチとするシルムは、自分を指差して一言。


「私のせいですか…?」

「いや。確証はないし、俺も一緒になって放置してたから」


 だから気に病まなくていいと伝えるが、シルムの表情は優れない。


「私、軽率すぎたかもしれません。さっきのことも解体をしたのも、他にも…」

「重ねて言うけど偶然かもしれないし、許可した俺も軽率だ。初めてなんだから完璧に事が進まないのが当たり前、滞りなく終わったら俺の存在意義ないしな」

「センお兄さんは傍にいるだけでも意義がありますよ」

「お、おお」


 塞ぎ込んでると思いきや力強い返しに少したじろぎつつ、シルムの肩に手を置く。


「センお兄さん?」

「俺は今回良かったと思ってるよ。何事もなく依頼を完遂するより、何がどう不味いのか気付いて反省して学んだのは収穫だ。それに…魔晶板出してみて」

「はい…あ」


 さっき見たときは半分でしかなかった魔晶の灯が全面に満ちている。

 依頼の条件を満たした証。


「シルムは自分の力でボー二体を倒して、 Eランクのシャドーホークさえも怪我をせず倒してみせた。報告はまだだから達成ではないけど、初めてでこれは自分を誇っていい」


 何も言わずに俺を見つめるシルムは、何故か魔晶板を懐にしまう。

 そして空いた両手で俺の腕を掴むと、肩から頭の方へと誘導する。


「ではそのご褒美に、撫でてもらっていいですか?」

「わかった」


 上目遣いの要望に応え手を動かすと、瞬く間に表情を緩める。

 そして静かに喋り出す。


「センお兄さんの言う通り、色々と知識を深められて良かったです。でも同時に、私はまだ足を踏み入れたばかりだとも思いました」

「ああ」

「ボー、フットラビット、シャドホークを無事に倒せたのも、センお兄さんのご教授あってこそです。そんな不束者の私ですが、これからの先々も、よろしくお願いします…!」


 真面目な雰囲気だけど頭撫でながらなのはどうにも不格好…まあいいか。


「こちらこそ、俺なりに精一杯つとめさせてもらう」 


 こうして初依頼を達成した駆け出し少女、シルム。

 片鱗を所々みせ、その力は未知数。

 俺の指導でいいのかと不安はあるが、今は手を動かすことに集中しよう。

 

長々と続いた初依頼もこれで完了です。

まあ報告がまだなので厳密には違いますが。

これでようやくクランヌを出せます。


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