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70 印象

読んで下さりありがとうございます。

「ぼちぼち依頼を終わらせに向かおうか」


 そう口にすると、近くにいるシルムは目を丸くして俺を見る。


「あれ? でも最初の内は経験を積んでおくんじゃ…」


 シルムが疑問に思うのは尤も。

 元々フットラビットと対峙することになったのは、当面は新しい環境に慣れておこうと俺が提案したから。

 それを、当初の目的を済ませようと翻せば、前後の矛盾に反応するのが当然。


 もちろん、俺は理解した上で発言している。


「ああ、忘れてるわけじゃないし、今後も寄り道鍛錬は推し進めてくつもりだ。だけど、依頼は多少早く報告に行った方がいいからな」

「? 早かったら追加報酬とか何かありましっけ?」


 内容を思い返しているのか、シルムは視線を空の方に向ける。


「いいや、特に条件には含まれてないよ。単純な話、好印象を植え付けておこうって魂胆だから」

「あー! 想定より前に戻ったら評価されて、ランク上げに有利に働くってことですか」

「それもあるけど狙いは他にもあって、そっちの方が主題かな」

「別の利点…?」

「うん。そうだな…シルムはさ、もし人に頼み事をするとしたら、どんな人を選ぶ?」

「え、お願いする相手ですか…うーんと…」


 急な問いかけにシルムは虚を突かれた様子だったが、即座に切り替えて思案する。


「事情によりますけど、やっぱり頼りになるクランヌさんかセンお兄さんですね」

「ありがとう。でもさ、シルムには手伝いを通じて伝手が複数あると思うんだけど、その中でどうして俺たちを選んだんだ?」

「それは…お二人であれば普通は手を焼く厄介ごとでも、簡単に解決してくれそうなので…あっ、センお兄さんの目論んでること何となく分かりましたよ」


 こちらの質問の意図を掴んだようで、閃いたとばかりに手を叩く。


「つまりは付加価値ってやつですね。クランヌさんが言ってました『商品を売るためには他と差をつける必要がありますの』って。それと同じことですよね」


 何とも評し難いクオリティの声真似だったが、引き合いに出された例えは的を射ている。


「合ってるよ。ギルドに於いて盤石な立場を築くために、平均より早めに終わらせてシルムの言う付加価値を高めて行く…ギルドの人に使えると思ってもらうのが目的」


 報酬が発生する以上、依頼を完了するのは当然のことで前提と断言していい。

 ランクが上の方であれば達成するだけでも一定の評価が得られるだろうが、そこに至るまでは何かしらの工夫をしないといけない。


「依頼の中には緊急を要するものだったり、事情が特別なものだってある。それらは得てして、見返りは大きく設けられてるけど、人を選ぶ。だから稼ぎどころを逃さないよう、信頼を勝ち取るのも含めて進めてくよ」


 シルムは、孤児院にいる皆に欲しい物や将来の夢ための教材や道具ーー普通の家庭では当たり前のように与えられているーーを、用意してあげたいという純粋で健気な想いを元に、俺からの誘いに乗った。

 だが一人で二十人近い要望…シルムから面倒を見るのは投資程度だと聞いたものの、それでも厳しい道であることは明白。

 順当にやってい流だけでは、どれだけ時間を費やすか分からない。


 子供たちの、何よりシルムのためにも、貪欲な姿勢で少しでも早く成就を目指す。

 印象作りは最初が肝心でもあるしな。


 俺は金銭的な面でも力になるのは厭わないのだが…シルムに自分でやり遂げたい意志があるのと、借りを作る行為は考えろと本人から釘を刺されているので、迂闊に手出しはできないからな…。

 だからこうして助言をするくらいなら許されるだろう、実際に頑張るのはシルムだし。

 

「センお兄さんはそこまで考えてたんですね…私は待遇が有利になるかなーってくらいのふわっとした考えでした」

「外れてはないよ。優秀な人材はギルドにとって財産だろうし協力的になると思う。そういう意味でも好印象を与えておけば活動の幅が広がるはず」

 

 人の出入りが頻繁なギルドの職員であれば、情勢の変化とか魔物の生態に関しても詳しいだろうし、有益な情報を聞ける期待は高い。

 まあ活躍が過ぎると取り込もうとする動きが出てきて、前の俺に近い状況になるかもしれないけど……もしそうなったらそのケアをするのも俺の役目。

  

「そーですよねっ! お客さんに丁寧に接してるとタメになるお話してくれたり、お菓子くれたりしますもん」


 …その好意はシルムの外見が多分に影響してると思うけど…。

 とはいえギルドの受付は基本女性で、外聞のせいかシルムが来たとき微妙そうな反応してたから、やっぱり心証よくする努力はしてかないと。

 …あ、一応注釈を加えておこう。


「一つ忘れてたが、ここまで訳知り顔で説明したけど、知り合いから聞いたくらいで確証があるわけじゃない。ただ経験則も踏まえて、ほぼ当てはまってると思う」


 知り合いというのはティキアのことで、彼はギルドから「よく無茶振りされるんだよな〜。まあ報酬が美味いから基本了承するけど」と吝かでもない感じで言っていた。

 依頼を回される理由を尋ねたら「ランクが高いからだろ、断ることも少ねぇしな」と答えが返ってきたが、他にも理由はあるだろうな。


 経験則の方は、前の世界にいた頃。

 逃亡生活をする道中、掲示物を覗いてみると俺を指名した依頼がごまんとあった。

 中には俺を揶揄するものも紛れてたが、本気で手に負えなさそうなのも散見され、居場所不定かつ不明の人間を助けを求めるあたり、明確な救いの存在が熱望されているのだと感じた。

 人が多いところでは当然より顕著で、それはここエストラリカでも同じだという見解。


「思わず頷いてしまいそうな納得の説明だったので合ってるんじゃないですかね。それに以前、強力な魔物討伐に招集がかかったみたいですし」

「…そういえば最近あったな。前例が」


 おそらく蒼然の森にいたネヴィマプリス討伐のために集められた実力者たち。

 あれは広く対象を募ってたみたいだけど、実績のある人は優先的に声をかけられたはず。

 シルムもその一員に入ってもらうのが目標。


「信頼を勝ち取りには行くけど、一番の優先は身の安全、次に丁寧な仕事をすることを忘れないでくれ」

「はい、いくら早くても中身が伴ってなかったら意味ないですもんね」

「そうだな。ってことで、本題に戻ってボーを探そうか」

「それでしたら、もう捉えてますよ」

「え」


 一瞬の止まった俺を余所に、左の脇道を指し示すシルム。

 聞き間違えとか、冗談ではないらしい。


「同じ匂いがするので間違いないです」

「本当に凄い嗅覚してるな…」

「嗅ぎ分けることに関しては誰にも負けない自信がありますっ」


 シルムはふふんと自慢げに鼻を鳴らし胸を張る。

 誇張抜きに鋭敏なものを持ってるからな…ほんのちょっと付けた香水に感づいてたし。

 不快にさせないよう清潔さにはより気を配った方がよさそう。


「俺をボーのもとまで連れてってくれ」

「任せてください!」


 強く意気込んだシルムは自然な流れで俺の手を取ると、迷いのない足取りで進む。

 少しして俺もその存在を感知、これは確かにボーに違いない。

 そのまま近付くとーー。


「狭いスペースにいますね…」


 シルムが難しい顔をして呟く。

 これまでが開けた場所にいたのに対し、草木が密集したところにボーが佇んでいる。

 こちらには気付いていない。


「どうしましょう? 奇襲はかけやすそうですけど…」

「それもありだけど、ここはあえて誘き出してみよう」


 言う通り視界が限定されている今なら楽勝だろうが…最初の一体が奇襲だったから、別の方法を試みてもらおう。

 それに、


「倒したあと広い所の方が処理しやすいだろうしな」

「あっ、そうですね」

「ところで、もう一体も同じように解体するの?」

「いえ、お世話になっているお肉屋さんに持ち込みもうかと。運搬はセンお兄さん頼りですけど…」

「分かった、任せてくれ」

「ありがとうございます…!」


 繋いでいる手にもう片方の手を添えてぎゅっと握り、まるで祈っているような姿勢をとる。

 感謝の仕方が大袈裟…だとは思うが、お返しをしようとすることといい、周りの人に感謝の気持ちを示すのは美徳ではある。

 ただ、今は感けてばかりはいられない。


「さ、十分伝わったから、ボーに集中しようか」

「…はっ、すみません」


 パッと顔を上げ手を離すと、慌てた様子でボーの方に視線を戻す。

 …ん? 何か反応が正気に戻ったみたいな…。

 それだけ夢中になっていたってことか?


「まあ、仕掛ける方法もタイミングもシルムに任せるよ」

「はい、えーっとじゃあ……」

 

 悩ましげに頭を捻り数秒経過して、


「決めましたっ」


 考えが纏まると行動に移る。

 

 がさっ!


 シルムは木陰からわざと大きな音を立て、見つけやすい開けた場所に身を晒す。

 狙い通りボーは音がした方向に顔を向け、敵の姿を視認するとたてがみを逆立て、突進の構え。

 地面を強く蹴って加速すると密集した葉を物ともせず、音を伴いながらシルム目掛けて走る。

 

 それを手を出すことなく見ていたシルムだったが、距離が詰まってきたところで遂に動く。 

 

「センお兄さん!」


 俺を呼んだ意図を瞬時に察し、無詠唱でホワイトヴェールを発動。目前に光のカーテンが展開される。

 それと時を同じくして、シルムとボーの間に白い球体が出現。

 直後ーー球体が弾けて周囲一帯が強い白光で照らされる。


 光初級魔法『フラッシュ』

 光を放つ目眩しなどに用いられる魔法で、直接のダメージはないが、目で物を捉えている相手には有効な手段。

 どんな魔法を使うかは魔力で分かったので、ホワイトヴェールで巻き込まれないようにした。


 光はすぐに収まり、そこには何の対策もなくまともに受けたボーが足を止めて首を振っている。

 それから視界が回復しないまま見当違いの方向に突進を始め、シルムはその先に光の壁を生み出す。

 見えていないボーは鈍い音を立てて衝突、衝撃で仰け反り動きが止まる。

 鈍い音に一瞬怯んだ様子を見せたシルムだったが、その隙を逃さずホーリーソードを向かわせ、無抵抗のボーの首を一刀両断。


 胴体と頭部が地面に転がり、シルムは魔法を消失させて息を吐く。


「ふう、こんなものですかね」


 斃したボーを見ながら感慨のない声を漏らす。

 む…これは良くない傾向だな。

 確かにさっきのフットラビットといい、味気ない敵ではあっただろうが、どうも気が緩みつつあるように見える。


(ここは改めてもらうために一発…)

 

 『コール』を発動して右手に水鉄砲。

 気付かれないように慎重かつ素早く照準を合わせる。

 狙いはーー首筋。


 ピュッ


 銃口から出た水の塊が弧を描くようにして飛び、狙い通りーー


「ひゃあああああああああ!?」


 ーーうなじの部分に着水してシルムの絶叫が響く。


 

 


  



 

 


中途半端ですが。


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