69 手品
読んで下さりありがとうございます。
「うーん火魔法、威力はありますけど素材をダメにしちゃいますね」
倒したフットラビットの元に寄り、まじまじと見るシルムは難しい顔で言う。
「うん。外殻とかある頑強な敵には有用だけど、この場向きではないかな」
「はい…刺激的な臭いもしてますし」
すんすんと鼻を鳴らすとかすかに顔を顰める。
フレイムスピアーによって腹部に空けられた穴。
その回りの体毛は黒く焦げており、中から出血はしてないが肉などを焦がした臭いが鼻につく。
内部は見るまでもなく無残な状態になっているだろう。
「やっぱり、センお兄さんの方針に従った方がいいですね。使い分けもそうですが、加減も出来るようにしないと。さっきのフレイムスピアーだって、最初にボーを倒していたから籠める魔力に見当がつきましたし」
「ランクが高くなってくると依頼の条件も相応なものに変わって、素材を要求されたりするしな。仕損じないよう感覚を磨いておこう」
火魔法が不向きだから光魔法で万事解決、とは行かない。
光魔法だろうが別の方法だろうが、過剰なダメージを与えてはその余波で傷物になりかねない。
俺の扱っている銃弾も選択を間違えたら貫通を通り越して粉砕に至る。
「了解しましたっ。とりあえず、魔石が無事かどうかの確認をしますね」
「うん、任せるよ。けどちょっと待って」
ダガーの柄に手を掛けた作業を始めようとするシルムを止める。
「このままだと火傷する危険があるから、熱を冷ましておこう」
『コール』で手に拳銃型の麻酔銃を召喚する。
シルムの前で銃を出すのもお馴染みになりつつあるな。
未だに嫌な臭い放っているフットラビットに銃口を向け、視認が不可に近い極小の針を撃つ。
胴体に刺さって間もなく、鼻に来る臭いが和らぐ。
「今のは何でしょう?」
「あれは『温調』…温度調節の道具だよ。生物とか物体の温度を、どれだけ高温低温だろうと本来のものに安定させて、一定時間継続する効果がある」
この『温調』を用いることにより砂漠や凍土といった過酷な地帯でも、通常と同じ感覚で活動が可能に。
俺はこれに随分と世話になっている。
追っ手を差し向けられ各地を東奔西走する羽目になったが、行く先々の気候に左右されないのは大きかった。
のんびり湯浴みとか宿を取って体を休める余裕はなかったしな。
服に付与することで身体にも適応されるので、間隔を気にせずに済んだし。
こちらに来て以降は影が薄かったけど、また頼りにさせてもらう。
「それはまた便利そうな…ああ、だから臭いが弱まったんですね。温かい料理が冷めたときみたいに」
「そうそう。煙とかの発生が途絶えたからな。でも、ある意味やりづらいかも…今のフットラビットは平温、生きてたときの温もりがある筈だから」
生物特有の温もりを肌で感じれば、嫌が応にも生命というものを実感させられてしまうだろう。
しかしシルムは、首を振って否定する。
「大丈夫ですよ。さっきのボーだって似たようなものですし。それに、そういう心構えは既に済ませてありますから」
俺を気遣って出た言葉ではなく、ただ事実を述べているだけのようだ。
ギルドの道へと誘いかけたのは俺だが、選んだのはシルム自身。
そのときあった葛藤を、決意を軽んじるのはよくない。
「口説かったな、水を差してすまなかった。前言通り後は任せる」
「はい、ありがとうございます」
シルムは会釈をしてダガー片手にしゃがみこむ。
対する俺は危険が潜んでないか周囲をきょろきょろと見回して、
(お、あれは…)
視線の先に他の草とは形状が異なる植物を発見。
前に商店街で同じのが売り出されてるのを見かけたことがあり、ついさっきもその名称を目にした。
採っておけば役に立つかもしれない。
ここから少し離れたところに生えてるが…今なら動いても大丈夫そうだな。
「シルム、ちょっとだけ離れる」
「はーい」
しかし一応、万全を期すため探知魔法を巡らせてからポイントに向かう。
魔法を使っている間でも、目視と感覚での警戒は怠らない。
植物の元へ着いたらダガーを抜き放ってしゃがみ、手で受け皿を作り、地面から少し上の茎に刃を当てて切り取る。
そのまま何事もなく採取を終え、植物を片手に来た道を戻る。
「あ、センお兄さん」
「ただいま。どうだった?」
「なんとか無事でしたよ」
シルムは屈んだままホッとした表情で、手のひらに乗せた魔石を見せてくれる。
たしかに目立った損傷もなく綺麗な形状のまま。
サイズはボーと同じ拳大くらいで、ほんのちょっとだけ小さいか。
魔石の質は図体に関係なく、魔物の強さによって変わるというのは本当みたいだ。
確認を取れたのはいいけど…。
視線を魔石からシルムの手にスライド。
「随分と汚れちゃったね」
「あはは…焦げて炭っぽくなってました」
苦笑するシルムの手と魔石はところどころ黒ずんでしまっている。
もう片方の手も同様の状態。
そのせいで一仕事終えた職人みたいな印象を受ける。
さっきの匂い酷かったし、炭化しててもおかしくないか。
「とりあえず綺麗にしとこうか。ついでに魔石も」
「お手数ですけどお願いします…こんな手の状態で触れる訳には行きませんし」
「うん? 空いてる方の手出して」
ちょっと引っ掛かったが、オリジナルの浄化水が入った瓶を出し、蓋を開け傾けてシルムの手の平に垂らす。
「あとは軽く手洗いする感じでやれば取れるから」
「なるほど…」
一つ頷いたシルムは浄化水の上に魔石を乗せた手を被せ、魔石を巻き込みながら全体に馴染ませて行く。
たちまち、くすんだ色からシミ一つない綺麗な肌に変わり、魔石も汚れが取れて本来の見た目に。
「わ…! さっきもお世話になりましたけど、やっぱり凄いですねこれ。近くに水場がなくても清潔にできて、石鹸と違って濯ぐ必要ないですし。ギルドの人たちにいっぱい売れるのも納得です」
「クランヌの協力が大きいってのもあるけど、水気がなくなる最後まで効力を発揮するのは強みだな」
「そうですね。掃除のとき、指にちょんって付けてなぞるだけで綺麗な境界作れちゃいました。何だか自分の指が特別なものだと勘違いしそうです」
「あー、まるで魔法というか手品みたいかもね」
「手品? って何ですか?」
そのまま賛同が返ってくると思いきや、シルムは単語に首を傾げる。
「え、知らないのか」
「ごめんなさい。聞いたことないです…」
「いや、謝ることではないよ……そうか」
よく考えたら魔法も能力も存在する世界において、奇術は流行にくいのかもしれない。
目新しさがない…というより、種明かし前提でやる必要がありそうだ。
「手品っていうのは…」
口でどう説明したものかと思った矢先、右手の中にある小さな感触に意識が行く。
瓶の口に差し込むだけの簡易的な棒状の蓋。
形状と大きさも丁度いいな…よし。
「シルム、俺の右手を見て」
腕を横に伸ばし手のひらを正面に。
「? はい」
意図が掴めずきょとんとしながらも、指示に従いシルムは俺の右手に視線を向ける。
「今、俺は何も持ってないよね?」
「ないですね」
次いで裏返し、手の甲にもないことを確認してもらう。
元の向きに戻し終えたら、左手にある瓶を掲げて小さく左右に揺らす。
「この瓶、開けたままだと中身が零れちゃうから蓋をする必要がある。その蓋を、今から右手に出現させようと思う」
握りこんでおいた右手を前に出し、グッと力む動作を入れる。
それから手を開くと、中には短いガラス製の棒。
摘まんで瓶の口まで持って行き、差し込むとぴったりフィット。
その結果にシルムは手首をパチパチと叩く。
だが反応はあまり芳しくない。
「おおー…えっと、今のは何かの魔法ですか?」
「はは、やっぱりそういう反応になっちゃうか」
普通だったら驚かれてどうやったのかと騒がれるところだけど、こっちは普通の基準が違う。
シルムみたいにどんな異能を用いたのかと思われてしまうのがオチ。
判別できる人も方法も限られるから、仕方のないことではある。
「魔法とかは一切使ってないよ。だって最初から持ってただけだからね」
「へ? でも何もないこと確認しましたよ?」
「シルムにそう思ってもらうように工夫したんだ。こうやって…」
また瓶の蓋を外して腕を伸ばし、右手の親指と人差し指の間に横倒した状態で挟む。
「あとは親指を人差し指の高さに合わせれば…ほら」
「本当だ…私からは見えなくなりました」
これはパームといって、手に物を隠しておく技法。
方法はいくつかあるが、全て共通して大事なのは気取られないよう自然に振る舞う技術。
「あとは瓶を振って、意識がこれに向いてるうちに握りこんでおくだけって寸法」
「はー、主張してたのには意味があったんですね」
「そう。こんな風に上手いこと相手を騙して、あたかも魔法を使ったかのように見せる…それが手品だよ」
「すごい…! センお兄さん、よく知ってますねっ」
手品を披露した後と比べ、トリックを暴露してから目に見えて感心が強くなったな。
やっぱりこの世界でやってくのは厳しそうだ。
「これも他人からの受け売りだけどね。楽しんでもらえたならよかったよ」
偉そうに語りはしたが、手品に関することを覚えたのも変わった仲間の影響。
技術も手品の数も到底及ばない。
本人を前に披露したら笑われそう。
「あの…他にもあったら教えてくれませんか? 子どもたちが喜びそうなので」
「確かに子どもうけは良さそうだな…いいよ。またの機会になるけど」
忘れそうになるが今は依頼の最中で、所詮受け売りなので拙い部分があるから今すぐには無理。
とりあえず落ち着いてから。
「話は変わるけど、手品の手法は戦闘にも応用が利くから、意識してみるといいかも」
本命を巧妙に隠したり察知されないよう気を引き付けたり…実際、本人はそういうことに長けてたしな。
たとえ土俵が変わって魔物が相手だろうと有効なのは変わりない。
「まあ模擬戦で考えて戦ってたシルムには余計なアドバイスかもしれない」
「いえいえ、そんなことありませんよ! とっても参考になりますっ」
ブンブンと強く頷くシルム。
大袈裟だと思ったが、淡白よりかはちゃんと聞き入れてくれるのはいいこと。
シルムにはちゃんと、強くなってもらわないといけない。
お待たせしました。
一ヶ月前に投稿したつもりでしたが、完了し忘れていたのか出来てなかったみたいです。
場合によっては洒落にならないやつですね、すみません。
以後は二回確認するようにします。
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