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68 過程

読んで下さりありがとうございます。

「さて、そろそろ二匹目のボーを探しに行こうか」

「行きましょう!」


 ほぼ毛皮だけになったボーの回収も終え、準備を整えたあと。

 山に来た本来の目的である、ボー二匹討伐の依頼を完遂する為に、もう一匹見つけ出して倒さなければならない。

 

(一悶着? あったけど…)


 俺に呼応して意気込むシルムに、さっきの悲しげな様子は微塵も見受けられない。

 泣きそうになっていたのは、家族について触れて感化されたからだろうか。

 

 印象的な過去を思い起こすと同時に、それに準じた感情が湧くのはありがち。

 両親を喪ってしまったシルムからすればデリケートな話だっただろうし。

 持ち直しのはいいが、今後は話題に挙げるのを控えておくか。



「ん」


 歩き出して間もなく、シルムは足を止めると、すんすんと左右に鼻を鳴らす。

 

「もしかしてボー?」

「いえ…すんすん。匂いが違うので別種だと思います」

「そんな上手くは行かないか」


 というか普通に流してしまったけど、匂いの判別までつくのか。

 本当に特異な嗅覚を持ってるな。


 当たり前だがこの山には他にも魔物が生息している。

 連続で遭遇が叶えば達成出来たが…まあ却って好都合か。


「その匂いの元に案内頼める?」

「構いませんけど…無視して行かないんですか?」

「最初の内は経験積んでおいた方がいいからさ。さっきのホーリーソードだって、実際に切るまで通じるかどうか分からなかっただろう? 近道するのは加減とかに慣れてからかな」


 魔物を圧倒するほど鍛えたといっても、シルムの実戦の経験はまだまだ乏しい。

 敵の強さに応じた択が選べるようになるには、それぞれと直面して試す他ない。

 オーバーキルが過ぎると魔力や素材が無駄になるかもしれないし、威力不足だと倒し損ねたとき身に危険が及ぶ。


 ランクが低い内に見極める感覚を養っておいた方が、後々の活動を有利に進められるはずだ。

 本当は訓練で、強度に合わせた仮想敵で練習するのが理想だったが、俺もこの世界の魔物に関しては疎く臆測での調整になってしまう。

 

 ただ、付き添いをする傍らデータの集積を行い、運用を可能にする腹積もりでいる。

 そうすれば訓練がより充実したものになる。

 多少変化があった方が、シルムたちも身が入りやすいだろうし。


 助っ人、指導者、荷物持ち、加えて新たに調査員?

 更に増えるかどうかは今後次第。


「なるほどほど、確かに料理だって火を通すまで加減が掴めませんし、それと同じというわけですね」

「…そうだな。やっぱり実地での経験は偉大だよ」


 火の通りを例えに出すなんてシルムらしい着眼点だな……そうだ。


「火加減といえば、次の魔物には火の魔法を試してみよっか」

「え…周り、山林で囲まれてますよ?」


 シルムは硬い表情をして左右を見やる。

 全て聞かなくても、そこから何が言いたいのか察せられる。

 自然豊かな環境の中で火を扱うことに、忌避にも似た抵抗を覚えているのだろう。


「気持ちは分かるよ。でも自ら手札を縛るのは戦術の幅を狭め、対応の手段を減らす。もちろん周囲への配慮をする前提は大事だけど、限られた条件下でも可能な手を探さないと。大丈夫、ちゃんとフォローはするから」

「そう言われてしまうと…分かりました。いざというときはセンお兄さんも責任取ってくれますもんね」

「ああ、任せてくれ」


 その場凌ぎの安請け合いではなく、仮にやらかしたときの責は俺も負う。

 というより、やるように仕向けた俺が全面的に非があるから、潔くそう申し出る。

 そんな事態に陥るつもりは、更々ないが。



「この先です」


 先導するシルムに付いて林の中を進むと、そう言って立ち止まる。

 そして先程と同様に、木陰から先を覗いてみると。


「……」

「あれは…」


 まず目を引くのはピンと立っている二つの大きな耳。

 つぶらな瞳、四足歩行で全身が柔らかそうな体毛で覆われ、体型はふっくらとしている。

 

(見て呉れは兎そのものだけど…ん?)


 一緒に覗いていたシルムにローブを引かれたので体を引っ込めて向かい合う。

 その当の本人は表情を変えず無言で佇む。


「シルム?」 

「か」

「か?」

「可愛いですっ! とっても! 目はくりくりですし、動きはちょこちょこと愛らしくてっ。あとあと絶対にもふもふしてます!」 

「おお…」


 声量を抑えながらも目を爛々と輝かせ興奮して語る。

 可愛いものへの熱量が凄く気圧されてしまう。

 やっぱり女の子だな。


 ……そんな年頃の少女に、現実を突きつけなければならないが。


「シルム盛り上がってるところ悪いけど…」

「なんですかっ、もふですか!?」

「いや、もふではない。というかもふって何…じゃなくて。あれ、魔物だから。しかも普通に襲いかかってくる」

「ふぇ」

「名前はフットラビットで、すばしっこい動きと跳躍力があって、その発達した足から強力なキックを放ってくるらしい。外見に騙されて無警戒に近付いて怪我をした人が複数いるとか」

「はあ…そうですか」

 

 急転直下。

 感情を爆発させていたのが幻のように、平坦な声へ移り変わる。


「なら、倒さないといけませんね」


 シルムはさっと翻ると、再度窺い始める。


「そんなあっさりーー」

「あ、気付かれてるみたいです」


 偵察の言葉を受け見ると、フットラビットがピョンピョンとこちらに寄ってくる姿が。

 可愛いもの好きに響きそうなこの光景は、流石に動揺するんじゃーー。


「では迎え撃ちます」


 シルムはそんな様子は微塵もなく、木陰から先んじて身を乗り出す。 

 …事実を言い出しておきながら釈然としないけど、


(傍観してる場合じゃないな) 


 俺も後ろから続くと丁度、シルムは無詠唱で魔法を発動させる。


「フレイムスピアー!」


 小さな槍を象った火が表れ、気合と共に射出。

 動き回る魔物に吸い込まれるように、勢いを乗せて宙を駆ける。

 線上にはフットラビット、直撃コース。

 だが。


(躱されるな、あれは)


 直感が告げており、そこからは思考が切り替わって体が自然と動いていた。


「シルムっ、もう一発!」

「! はい!」


 指示を飛ばしながらも『コール』でスナイパーライフルを喚び、両手に持つ。

 発射のために肩付けや頬付けーースナイパーライフルの後部、ストックとも呼称される箇所に肩と頬を当てて狙いを安定させるーーなどの構えを迅速に取る。


 その最中、直感が的中。

 フットラビットが横に逸れて回避し、突き進むフレイムスピアーの矛先は草地。

 このままでは着火は免れない。

 だが、そんな結末は訪れさせない。

 

 フレイムスピアーの速度、弾丸の弾速、角度、弾道と風速…は不要。

 スコープを覗く前に一瞬で計算、狙いも一瞬でつけ、発射。

 

 シルム、フットラビットの横を弾丸が風切り音を立てて通り抜け、フレイムスピアーに肉薄。

 草地の手前で交差、衝突すると蝋燭の火を消したように両方とも霧散。 

 

 一方、横を通り抜けたものに驚いたのか、フットラビットは身を起こして隙を晒しており。

 シルムの放った二の槍に気付かず、回避する暇もなく腹部に命中。

 そのまま体内へと侵入して行き、途中で爆ぜて内側から身を焼く。

 

 数秒後、十分すぎるほど火が通ったようで、血肉の焦げた臭いが漂い、黒い煙を上げながら魔物が倒れる。

 仕留めたかどうか、確認するまでもないな。


 スナイパーライフルを下げコッキング…レバーを引いて薬莢の排出。

 地に落ちてカランと音を立てる。


 使ったのは『相殺』の魔弾。

 効果は文字通り。

 物理的な攻撃に対しては同じ威力となってぶつかり、魔法と接触した場合は両方とも消失させる。


 地面や床などには何の影響も及ぼさない。

 絶大な一撃だろうと対抗可能だが、弱い攻撃でも相殺し合ってしまう。

 それでも強力なのには違いない。

 

「センお兄さん、ありがとうーー」


 振り向きながら礼を述べようとしたシルムは、俺が抱えているものを見て目を丸くする。


「何ですかそれ? 不思議な形状してますが」

「武器の一種なんだけど、一般的ではないと思う。さっきシルムの脇を通った物体は、これから放ったんだ」

「へー、音は聞きましたけど全く見えませでしたし凄そうです…あっ、改めてありがとうございました」

「いや、フォローするって宣言したから」

「心強いです…ところで、呆気なかったですね」


 フットラビットに視線をやり、淡々と感想を口にする。

 

「この魔物もGランクだしな」


 フレイムスピアーを避けてみせたとはいえ、結局のところ近接攻撃だけなのと耐久は低い。

 なので冷静に引き付けて対処するか、寄られる前に飛び道具や魔法で仕留めてしまえばいい。


「それにしても容赦なくやったね。さっきまでは躊躇してたのに」

「いくら可愛いかろうと、向かって来る以上は敵ですから」

「…その思い切りのよさ、感嘆しかないよ」 

ここ数話クランヌの出番がありませんが、もうちょっとだけ続きます。



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