67 両親
読んで下さりありがとうございます。
「いやー、このダガーの切れ味凄いですね!」
シルムは解体を終え、綺麗にしたダガーを掲げて眺めながら感心の声を上げる。
陽光を浴びる緋色の刀身は燃えるような煌めきを放つ。
前の世界で入手してからというもの、機会がなく眠っていた業物のダガー。
こんな形で初めての出番が回ってくるとは…まあ、内容はどうであれ、刃を通して業物の片鱗を知る機会にはなったか。
しかし切れ味の鋭さから逆にやりづらいのではと心配したが、シルムの手際は見事の一言につきる。
あれから。
シルムはボーに軽い切れ込みを入れ、体を動かして放血が十分か確認すると、迷いなくダガーを滑らせ体を切り開き。
割とショッキングな筈の光景を前にしても怯んだ様子もなく、職人顔負けのスピードで処理を進めていった。
しかも単に速いだけではなく、内臓や魔石などの部位は上手いこと避けていて、取り出して洗浄しても傷一つなかった。
正確さも兼ね備えた手腕に、本当にただの手伝いなのか疑ってしまう。
そんな感想を抱きながら補佐を務めていた俺の作業は、切り取られた部位の洗浄と、それらを仕分けて持っていた綺麗な布による包装。
あとは簡単な補助。
血を落とすのには浄化水を用いた。
光の魔法で簡易的な箱を生成して浄化水で満たし、一度浸して取り出せば洗浄完了。
血塗れの肉を入れた後でも箱の中は綺麗なままだが、汚れに応じて水量は減少している。
浄化水の使用にシルムは恐れ多い様子だったが、食あたりは馬鹿に出来ないのと、妥協して後悔したくないと押しきった。
「それにしてもセンお兄さん、随分と手慣れてますね?」
シルムは傍らの、ほぼ皮と骨だけになりペタッとなっているボーを一瞥して訊いてくる。
「それはこっちの台詞だけど…は頭に入ってたからな。役に立てて良かったよ」
だいぶ前に解体を行う仲間に付き合っただけで、特に勉強してないが、案外覚えている。
「むふふ、息ピッタリの共同作業でしたねー。まるで長年一緒にいるパートナーみたいですっ」
ダガーの柄を握りしめ、何やら気分が昂っている様子。
「あー、傍から見たらそうかも?」
集中していた俺とシルムは言葉少ないにも関わらず、組むのが初めてとは思えないほど、あたかも示し合わせたような型に嵌まった作業だった。
手の空いてるときは自主的に抑えたり邪魔そうな部分を取り除いたり、扱いに困った場合は察しのいいシルムが指示してくれたりと。
時間は測ってないが相当早く終わったのは間違いない。
これほど上手く行ったのは前知識を得ていたお陰。
それを授けてくれた仲間に感謝を伝えたくはあるが……遥か遠いこの異郷では叶わない。
せめて心の中で感謝の念をーーもしかしたら届くかも。
なんて、そんな訳ないよな……だって世界が違うんだし……。
…………。
ありえない。普通はありえないが…一概に否定し切れない。
理由は単純明快。
解体を教えてくれた当事者は、上述の通り仲間であり、常識の及ばない変人の一人だからだ。
身内の俺が言うのも何だが、俺の所属先は個性が突き抜けた面々の集まり。
一部のメンバーを除き突飛、不可解な言動は日常茶飯事。
一見、目を疑うような行動であっても、本人からすれば意味を伴う。
あの中においては異常が正常。
そんな、人とは別の世界観を持つ彼ら彼女ならば、別次元のことに感応しても何ら不思議ではない。
……いや流石に、俺の願望がちょっと混じってるかも。
「ーーうーん、でもやっぱり粗が出ちゃいますね…私に技量があればもう少しやれたのに…」
思いを馳せていると、耳に入って来た心残りに引き戻される。
シルムはダガーを収めながら、ボーだったものを見て小難しい顔をしている。
やっぱりか。
作業中たまに難しい顔をしてたから、薄々感づいてたが……。
先程のシルムの流れるような解体は、全てが快調ではなかった。
本来、解体は肉を削ぐ刃や体の固定など、道具を用いて行うのが基本。
それをダガーのみ、加えて初めてとなれば思い通りに進めるのは無理だろう。
実際に切除後のボーをよく見ると、形が不揃いでデコボコだったり、切り傷のような跡が点在していて、お世辞にも綺麗とは言えない。
ただこれは目を凝らして厳しく評価した場合であるのと、前提を考慮したら最善に思う。
当の本人は納得してないみたいだが。
「ダガーだけなのは初めてなんだろう? 設備もないし仕方ないんじゃないか」
「そうなんですけどねー…面倒に思われるかもしれませんが、私なりのこだわりがありまして」
「こだわりって…解体に関して?」
「いえ、まあ一部ではあるんですけど、根っこではないです。それと私なりの、と言いましたが正確には…お母さんからの受け売りです」
それからシルムは、懐かしいような寂しいような表情で続ける。
「お母さんは私に『自分の糧になるもの、するものは余さず活用するんだよ』そう教えてくれました。ですから」
心情に一瞬、虚を突かれたような感覚になり、それから自然と口許が緩む。
……単純に技量不足で不満を覚えてるのかと思ったけど、それだけじゃなかったか。
「その精神には俺も賛同だし尊重する。確かに今回は理想通りに行かなかったけど、経験としての糧にはなったから、忘れずに次の機会…があるかは分からないけど、そこで生かせばいい」
苦々しく過去から消したい失敗、まあいいかと割り切れる失敗。
数や種類は人それぞれだが、共通して言える大事なことは、記憶に残しておくことだ。
失敗とはいえ経験は経験。
向き合うのが辛い、些細なことだからと過去のものにするのは勿体ない。
それでは自ら成長を妨げているのに等しい。
過去に挫折を味わった分だけ、未来の成功の糸口へと繋がっていると、俺は思っている。
ときには後悔し立ち止まることもあるだろう、だけど最後には、反省し留めておく。
それが一歩ずつでも進むために、必要なこと。
瞬きを忘れたかのように動じなかったシルムは、フッと表情を和らげると、俺に頭を下げる。
「センお兄さん、ありがとうございます」
「……どういたしまして?」
よく分からないが礼をされてしまった。
そこまで琴線を刺激する話だったか?
浮かんだ疑問に、顔を上げたシルムが答える。
「お母さんも同じことを言ってたんです『失敗しても覚えてれば大丈夫』って。近頃は新しい試みが少なくて頭から抜けちゃてましたけど…お陰で思い出せました」
「へえ…」
偶然にもシルムの母親の教えをなぞり、それが彼女に響いたらしい。
あれこれ言葉を並べず、すんなりと落ち着かせられるなんて。
やはり子の成長を促すような、親の教訓は偉大だな…偉人の名言にも勝るのやも。
「…今、重大な事実に気が付いてしまったんですが…」
そこで予兆もなく、シルムが深刻な口調で切り出す。
「何だ? 問題でもあったのか」
それを受けて俺は一層周囲への警戒を強める。
一応、常に辺りに気を配るようにはしているが、異変は感じられない。
探知魔法を発動させ巡らせても、同様の結果。
…これは本人の口から聞くしかなさそう。
その本人はよほど衝撃的だったのか、プルプルと肩を震わせており。
見開いた眼でこちらを見据え、事実を告げるーー
「私に色々と学びを授けてくれるセンお兄さんは、実質もうお母さんなのでは?」
…………。
ひとまず、整理するとしよう。
危険はないので探知魔法は解除して。
心を鎮めるために呼吸で切り替えて。
それで……シルムが言ってたのは、もはや俺がお母さんだと。
うん………うん?
「ごめん、意味が分からない」
冷静になって含んで咀嚼を経ても理解には至らなかった。
重大な事実とやらを伝えられて、俺は違う意味で驚いてる。
一体全体、どうしたらそんな結論になるのか。
「そこはせめて、お父さんとかじゃないか?」
「えーでも、私に常識とか家事とか仕込んでくれたのは全部お母さんなので」
「あ…そうなの」
さらっと凄いことを聞いた気がする。
「まあ確かにお母さんはおかしいのでお父さん…いやもうこの際、網羅しちゃえばいいんじゃないでしょうか。お兄さんお父さんお母さん。お姉ちゃんはクランヌさんがいますし、弟妹はあの子たち…あれ? でもそうなるとセンお兄さんを甘やかす枠が……あっ、一つ残ってましたね。センお兄さんの、お嫁さん……ふふふ」
飛躍した話から派生して一人問答が始まってしまった。
だらしない表情も添えられている。
俺はたまに、シルムのことが分からなくなる。
しかしシルムの母親か…一体、どんな人なんだろう。
聞き分けの良さとさっきの表情からして、立派な人だと予想はつくけど…やっぱりシルムと同じで愛嬌があるのかな。
……ある、という表現は外れてるかも。
尋ねたことはないけど、孤児院に身を置いてるならシルムも例に漏れずーー
「気になりますか?」
「…え?」
いつの間にか我に返っているシルムが、俺に対して微笑みを浮かべている。
何が、そう返さなくてもこちらの思考を見抜いているかのよう。
「本音を言えば気にはなるけど、無理して話さなくても…」
「無理してないですよ。それにセンお兄さんには、私のこと知っておいてもらいたいので」
「…それなら聞かせてくれ。シルムの両親について」
本人がいいと言うなら、好意を無下にせず耳を傾けよう。
後ろ手を組み、儚げな表情のシルムは「はい」と小さく頷き話し始める。
「私の両親、まずはお父さんですけど、私が生まれる前に亡くなっていたので細かいことは知りません」
「そしてお母さんーーお母さんは綺麗で愛想があって、さっきも触れましたけど、生活の術を教えてくれました。お父さんが亡くなったときは後追いしかけたほど悲しんだみたいですが、私の為に踏みと留まってお世話をしてくれました。でも無理が祟って倒れてしまい、最期まで申し訳なさそうでしたが、愛情を注いでくれてたのは身に沁みて伝わってたので、私には感謝しかありません」
節々から、母親への思慕が伝わってくる。
誇張抜きに愛されていたのだろう。
語り終えたシルムは何処か誇らしげに見える。
やはり両親共にこの世から旅立っていたか。
墓があるかは不明だが、いつか挨拶に伺いたいところ。
そしてシルムの愛嬌は思った通り、母親譲りか。
難しい立場にありながら笑顔を保てているのは、教育の賜物だろう。
「シルムは、母親のことが大好きなんだな」
「はいっ、自慢のお母さんです」
どこまでも真っ直ぐな、明るさの突き抜けた笑顔。
想いを全て表情に集約したようだ。
立派な女性だった点も含めて、同列の扱いを受けるのは気が引ける。
同時に喜ばしくもあるが。
……うん。
「せっかくシルムが聞かせくれたし、俺も両親について話すよ」
「えっ!? いいですよ。私が勝手に知ってほしかっただけですし」
「なら俺も勝手にする。一方的に知ってるのは居心地が悪いから」
「センお兄さん…分かりました」
尻込みしたものの、最後には納得し口を閉じてくれた。
「俺の両親は、二人とも元気にしてる……と思う。もう長いこと会ってないから曖昧な答えになる。俺の場合シルムとは逆で、父親の方が色々と叩き込んでくれた。内容は厳しさの塊だったけど、俺を生かす為だってのは分かってたから。母親は心配してたけど、止めずに支えることに徹してくれたよ」
「温かいご両親なんですね…連絡は取れないんですか?」
「俺の故郷は想像もつかないくらい、遥か遠方にあるからな。戻ることは出来そうにないし」
距離として表せはしないが、表現は間違ってないだろう。
しかも二回も別の地に降り立っている。
「それは…寂しくありませんか? 会いたいとか…」
「うーん…ふと思い出したりするから、本心では会いたいと思ってるんだろうけど、前々から覚悟してたし、そこまでかな。まあまともに恩返ししてないのに、親不孝かもしれないけど」
生死を肌で感じる瞬間は、これまで何度も体験した。
だからだろうか。知らない内に自然とそういう考えが定着している。
このことを明かしたらあいつらにも怒られそうだ。もう手遅れだと思うけど。
「センお兄さん…」
「!? どうしたんだ…?」
「気にしないでください」
「気にしないでって…」
無視なんてできるわけない。
俺からの返答を聞いたシルムは何故か、泣きそうな顔をしている。
「だってセンお兄さんが…」
「俺が?」
「…いえ、何でもありません。大丈夫、大丈夫ですからね」
そう言って話を切ったシルムは、どうしてか何かの決意を固めたようだった。
彼女をそうさせた原因を、経緯を辿って考えてみたが、俺には分からなかった。
まーた同じくらい期間が空いてしまった。
すみません。
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