66 裁量
読んでくださりありがとうございます。
「俺はてっきり、ボーの命を奪った事実にショックを受けたのかと思ったよ」
「ふぇ?」
仕留めてから放置したままだったボーのもとへ寄りながら、並んで歩くシルムに話しかける。
「ほら、危険な認定を受けてる魔物とはいっても、生物は生物だからさ。割りきるのは難しいかなって」
人には向き不向きがある。
戦いに身を投じるのが平気な人もいれば、恐怖感を拭えない人もいる。
躊躇いなく剣を振るえる人がいれば、悲惨な光景に堪えられない人だっている。
死を直に感じさせられ、生命に関わることだから、身が竦んでしまうのは仕方ない。
だからよほど必要に迫られなければ、無理に適応しなくていい。
俺はそう思っているが…シルムは見た感じ平然といった様子。
「ああ、さっきのですか」
コクコクと小さく頷くと、何故か困ったような表情を浮かべる。
「正直に言うと…特に何も感じなかったです。前に話したと思いますけど、孤児院には魔物のせいで親御さんを失った子もいます。その子たちの悲しむ姿に間近で接してきた身からすれば、魔物は略奪してくる敵という認識であって、手にかけてもこれといった感情は……おかしいですか?」
不安のこもった上目遣いがこちらを覗く。
「いいや、むしろ俺は凄いって思う」
「凄い…ですか?」
「ああ、判然としないのに平気とかだったら考えものだけど、シルムには明確な理由があって、自分で分かってる。それは自分が見えてるってことだし、今後の活動で重宝するよ」
危険が点在する場において大事なのは、結局のところ動じない心構え。
いくら切り抜ける力や対処できる技術を有していようと、ことあるごとに気を揉んでいては、いつか足を掬われてしまう。
かといって一切の私情を捨てるのは普通は無理。
だから可能な限り、動揺を生む要素を排除しておく。
その点シルムは魔物に対して躊躇や感傷はないようなので、今のところ葛藤とかは心配なさそうだ。
ギルドでの活動を断念せずに済むのは助かる、助かるが…
(しかし、どうだろうな?)
手放しに喜べない自分がいる。
シルムが魔物に対し、親しい人に牙を剥く存在だという印象を抱いてるのは分かった。
戦いを厭わないことも。
ただ…これが今まで戦いとは無縁で、年端もいかない少女の言動として相応しいだろうか?
言うだけ思うだけなら簡単だが、シルムは実際にやり遂げ体現している。
多少の不安は覚えていたみたいだけど、逆に言えばそれだけ。
しかも俺が事前に情報を伝えていたら、もっと余裕があったかも。
弊害もなく進行し、出来てしまっている現状に、少しばかり歪さを感じている。
おそらく、特異な立場によって身に付いた意志の強さが、全うするのを可能にしているのだろう。
初回で判断するのは早計ではあるが、シルムはこれから先、順当にこなしてゆく一種の予感がある。
この道へと引き込んでおきながら、とやかく考えるのも何だが、都合が良いで片付けるのはよくない。
ついさっきもシルムは優秀だから大丈夫と先入観を持ってしまったし。
あくまで彼女は年頃の女の子。
それを念頭に置いて、シルムには…自由にやってもらうとしよう。
普段、家事やらお世話やらで抑圧されてる分、例え訓練や依頼の最中でも発散できるように取り計らう。
そうすればきっと、年相応の”らしさ”を忘れずにいられるのではないだろうか。
俺も、シルムも。
だからまあ…要求は可能な限り叶えるよう善処しよう。うん。
可能な範囲でな。
「よかったー。センお兄さんにおかしな人だと思われなくて」
「はは」
安堵しているところ悪いが変わった子だと……勘の良いシルムの前で下手な考えを浮かべるのはやめておいて、
「さて、こいつをどうするかだけど」
足元のボーに意識を移す。
緩い傾斜に合わせて傾いた状態で横たわっているが、時間の経過により、もうほとんど血は流れていない。
「えっと、必ずしもギルドに売らなくていいんですよね?」
「うん、依頼で指定されてなければ扱いは個人の自由。ギルド以外で売るとか、知人に融通する人もいるし。シルムの裁量に任せるよ。俺はそれに従うから」
「では…すみませんけど持って帰っていいですか? 夕飯のおかずにしようと思うので」
「遠慮しなくていいって、荷物持ちは俺の役割だし」
本来はこの巨体を運ぶのに骨を折るだろうが、袋の中に入れてしまえば関係ない。
「でも、こいつを食べても大丈夫なのか?」
「あれ、食べ物として割と一般的なんですけど知らないですか? 屋台とかで普通に販売してますよ」
「あー…言われてみれば見かけたかも」
確かに串焼き屋か何かの商品名にあったような。
しかし、迂闊な発言だったな。
ボーの方に意識が行ってるみたいで不審がられてはないけど、危うく露見するところだ。
旅人だからと誤魔化すのも限度がある。
「ともあれ持ち帰りだね。分かった、任せてくれ」
強引に軌道修正して話を逸らし、了承の意を告げる。
「助かります。ボーのお肉は安価で大きくて味もいいので日頃からお世話になってるんですが、大所帯なのですぐに切らしちゃて」
「なるほど。それは自分で調達する方がいいかもな」
苦労話に納得しつつ、革袋を手にボーへ近づき収納をしようとした手前、
「あ、先に解体しちゃいましょう」
耳に入って来た言葉に静止する。
……聞き間違えか? また少女らしからぬ発言が飛び出たような。
シルムの方に顔を向けると、ダガーの柄に手を掛けている。
どうやら間違いではないようだ。
「解体? ここで?」
「流石に皆の前でやるわけには行きませんから」
「辺りに魔物うろついてるけど」
「センお兄さんいるから大丈夫ですよ」
「そもそも、シルムは解体できるの?」
「はいっ、お肉屋さんの手伝いで、持ち込まれたボーを解体したこと何度かあります」
ふふん、と得意気な表情のシルム。
商店街で色々と仕事しているのは知ってるが、そんなことまで経験があるのか…。
この調子だと他にも技能を修めていそうだ。
「ならせめて下山した後にするとか」
「取り出す場面を目撃されたら困るじゃないですか。他に依頼で来る人がいるかもですし。あと空間を創造するとかも結構なので。もったいないです」
考えていた候補を先んじて潰されてしまった。
これは旗色が悪そうだ。
「そこまで言うなら分かったよ。シルムの好きにして」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えます」
勢いづいてて止められそうにない。相変わらず強情だ。
たまには折れてくれたり…ん?
「どうした?」
意気揚々に取りかかろうとしていたが、急に申し訳なさそうに俺を見る。
「あの~、わがまま言っておいて何ですが、ご助力お願いします…血を流すために水とか必要で…」
「あー、それもそうだな」
近くに水場はなく、シルムの魔法属性は火と光。
このままでは解体を進めるのは無理に等しい。
少しだけ邪な考えが頭を過るが…自由にやってもらうと決めたしな。
「もちろん。というか俺もある程度の知識はあるから補助するよ」
一通りやったことはないが、見る機会と軽く触れる機会が何度かある。
勝手が同じかは微妙だが、それなりに役立つだろう。
もしものときは教えてもらえばいい。
「うー、優しいセンお兄さんほんと好きです」
「はは、ありがとう」
そう返すと何か言いたげな眼を向けて来たが「まあいいです」といった風にボーへと向き直り、今度こそダガー片手に解体に移った。
どうもお久しぶりです。
梅雨の季節になりましたね。
外出中は雨勘弁って感じですが、匂いと雨音は結構好きです。
早く上げられるよう善処します(できるとは
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