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63 魔晶板

ギルドでは、GからSまでのランクが存在する。

 加入したてはGからのスタートで、受注できる依頼は一部のみ。

 

 依頼の貼り紙は各ランク毎に分けられており、先ほど受付の女性が俺たちに示したのは端の方。

 他に駆け出しらしき人がいないのもあって、そこは空いていた。


「んーと、どれを受ければいいんでしょう?」

『とりあえず今日は、討伐関連のやつだな』


 様々な内容が記された掲示物を前に、首を傾げ疑問を口にしたシルムへ、ブレスレットの伝達を介して助言を送る。

 魔物との戦いを前提として鍛えてきたのだから、まずは実戦の経験を優先。


「ふむふむ。では、あっちとこっちは除いて…」


 ランクに応じて仕分けられた依頼は、さらに種類毎に区別がされている。

 討伐、採取、雑用ーー。

 他にも護衛などがあるようだが、流石にそれらは適正外。


「あっ」


 一点に目を留めたシルムが、呆けたような声を出す。

 つられて俺も見てみると、そこには雑用の分類に含まれた一枚の貼り紙。

 書かれているのは…店の手伝いを募集とのことだが…もしかして?


「すみません。知り合いの方のお店だったから驚いちゃいました」

『やっぱりか。まあ一般の人でも持ち込めるみたいだし、珍しい話じゃないよ』


 詳細に目を通して行くとわかるが、ギルドが用意したものではない、個人的な依頼はそれなりにある。

 エストラリカ内で一番の公共施設であり、技量を備えた人の集うギルド。

 自分の手には負えない、頼み事をするのには打って付けの場所と言えよう。


「そうなんですね。こういうお手伝いなら、私一人のときでも大丈夫ですよね?」


 振り向いて尋ねられ頷き返す。

 

 ギルドでの活動を始めるにあたって、シルム単身でのエストラリカ外出を禁止している。

 相応の力を身につけたとはいえ、実戦の経験は乏しい。

 足を掬われても大事に至らないよう、当分、出向く際は俺の同行が条件。


 ようやくの門出に過保護な前提を設けられ、辟易すると踏んでいたが…実際は「ずっとでも構いませんよ?」と、諸手を挙げて歓迎された。


 まあ…取り決めを守ってくれるなら他は自由で構わない。

 それに無言の俺が付いてったら、間違いなくトラブルに発展するだろうし、店の助っ人とかは任せる。


「では時間の空いたときにでも…って、今は依頼選びが先決でしたね」


 シルムが慌てて貼り紙の確認に戻ったので、それに倣い俺も目を向ける。

 ここを占領し続けるわけにもいかない。


 初心者向けなだけあって、どれも近場で下級に位置する魔物が書かれている。

 報酬も知れているが、経験を積むには適当だ。

 異質な依頼が紛れていない限り、選択権はシルム委ね。


 見比べながら少し唸り、決心がついたのか手を伸ばして一枚剥がす。


「これにします」


 向きを変えて差し出された紙の記載内容は、ボー2匹の討伐。

 ボーは山に棲息するむっくりとした体格の獣。

 猪に似ており、こちらは一回りほど大きい。

 その巨体を活かした体当たりが強烈らしいが、書庫で読んだだけなので、実態は如何程か。


 当然異論はないので、カウンターの方へと促す。

 もう一度並ぶ必要はあるが、手続きを済ませたらいよいよだ。

 といっても全員慣れてるのか、どんどん人が捌けて行きーー


「あっ、依頼の受注ですね! 承ります」


 登録したときと同じ人。

 女性はシルムから紙を受け取ると、カウンターの内側で何やら作業を始め、


「では、こちらを」


 間もなく渡されたのは、黒い長方形の薄板。

 中心には菱形で暗い赤紫色の結晶らしきものが埋め込んである。

 

(ああ、これが…)


「討伐証明の道具、ですよね」


 俺の思考を代弁するかのように、シルムは言った。


「ご存知でしたか、そうです。対象の魔素に反応し、結晶を満たしたら目標達成の証となる…それがこの魔晶板です」


 魔晶板。

 前から知ってはいたが、実物を目にしたのは初めて。

 たった今説明された通り、発生した魔素を読み取って進行状況を表す道具。


 魔素は、魔物を撃破すると得られる不可視の糧。

 しかし成長は微々たるもので、強敵であるほど恩恵は増すが…それでも変化は乏しい。

 蒼然の森でネヴィマプリスとその他諸々を倒したが、前と違いが分からないしな。

 言ってしまえば、おまけのようなもの。

 

 複数人の場合、与えた損傷に応じて分配される。

 掠り傷程度でも、魔晶板は一体分カウントするらしい。

 なので基本、パーティーの誰が所有しても達成可能だが…これだけ聞くと悪用できそうな仕様。


 例えば、別パーティーが目標と交戦中に、感づかれないよう一撃を加えておくとか。

 そうすれば、まともに戦闘せずともカウントを増やせる。

 

 しかしこの方法はまかり通らないので心配無用。

 なぜならーー


「倒した魔物の情報も記録してくれるとか」

「ええ。予習はバッチリみたいですね!」


 シルムの言葉にウンウンと感心を示す女性。

 

「座標、時刻、その個体に関することまで丸々記録が残るので、不正を働いたらすぐに発覚しますよ」


 とまあ、魔晶板は証拠としての側面も持っている。

 魔晶板から得たデータはギルドで管理され、持ち込まれる素材などの照合に用いるそうだ。

 もし、別のパーティーの物なのに一致したときは、呼び出され取り調べ行われる。

 それも、尋問に長けた者たちによる。

 

 真相が判明して黒だったら最悪、立ち入り禁止を言い渡されるらしい。

 このように、ギルドは不正に関して厳格な体制を敷いている。

 だが、真っ当に活動していれば取るに足らない話。


 ところで、今のも偶然思考が被っただけだよな…?

 フード越しにシルムへ怪訝な視線を送るも、カウンターに向いたまま。


「っと、説明は不要みたいなので先に進めます。パーティーの登録は…お二人でよろしいですか?」 


 チラッと俺を一瞥する女性。


「いえ、私一人でお願いします」

「シルムさん一人で? その場合ーー」 

「大丈夫です、全部承知の上で言ってるので」

「ふむ…」


 パーティー申請のためにはギルドカード提示は避けられず、俺の正体は筒抜けになってしまう。

 なので手続き上はシルムのみ。

 未登録で同行するのに問題ないが…複数の制約が付いて回る。


 きっと女性は今、そのことに関して思考を巡らせているのだろう。


「…分かりました。しっかりと下調べしてますし、私からは何も申しません」

  

 一つ頷いて承諾がされ、少しホッとする。

 隣のシルムも似た様子。


 ギルドの先輩であるティキアから話を聞いたりして、保証されてはいたが、初回なのもあって不安を拭いきれなかった。

 これからは懸念なく進められる。


「それでは、ボー二匹の討伐をシルムさんお一人で受付します。期限は明日迄でなので注意して下さい。ご武運を!」




 エストラリカには複数の出入口がある。

 俺が最初に通った正門に加え、西門と東門。

 北の方は貴族街で一般人は立ち入れず、どんな構造になっているか不明。


 それはさておいて、目標であるボーの棲息地は東の門から目指す。

 正門と同じ造りになっていて、門番が身分証の確認を行っているのも同様。

 しかし、エストラリカから出て行く際は身分証が不要で、提示はあくまで入るときだけ。


 入国のため並んでいる列の横を通って行く。


「わぁ~!」


 邪魔にならないところまで来ると、先ほどから辺りを見回していたシルムが立ち止まって、感嘆の声をあげる。


『エストラリカの外は初めてなのか?』


 人がちらほらといるので、まだ伝達を用いる。


「いえ。でも幼い頃に出てそれきりだったので、何だか新鮮です…」


 遠くを見ながら紡がれた言葉は複雑そうな響きで、口を挟むのが野暮ったく感じられ黙っておいた。


「…さて、確かこの道を歩いて行けばいいんですよね?」

『ああ』

「では、行きましょう!」


 元気よく歩き出したシルムの後に続く。

 これから暫く街道を進み、途中で左に逸れて山の中へ入る。


 蒼然の森から出てきたときとは違って、周囲には人がそれなりに行き来している。

 一度通っただけなので断言はしきれないが、やっぱりあの森の周囲は特殊なのかもしれない。


「ところで、さっきのはどういうことですか?」


 道中、隣のシルムが唐突に切り出してくる。

 今は近くに人がいない…見計らってたのか?


「さっきって?」

「とぼけてもダメですっ。ギルドの登録料のことです。私、お金がかかるなんて聞いてません」


 覚えていたか…風景の印象で忘れることを密かに期待していたのに。

 まあ、時間の問題ではあったけど。


「黙ってたのは悪かった。でも銀貨5枚用意するのは大変かと思って」


 外食の料金は、ほとんどが銅貨1枚か2枚程度。

 因みに今回の依頼の報酬額は銅貨5枚。

 以上から、銀貨5枚というのは割と高い。


 孤児院で上手くやりくりしているシルムに、更に捻出してもらうのは気が引けた。


「それはそうですけど…」

「まあ今回のは出世払いってことで、いつか返してくれればいい」

「いつか…いつかですか」


 神妙な様子で、俺の言葉を反復する。


「一つ言っておきますけど、私は作った借りは返す主義です」

「…? ああ」

「ですからセンお兄さん。用量はよく考えて下さいね」

「それはどういう…?」


 シルムはその問いに対してにっこりと笑うだけで、意味を話そうとはしなかった。

 用量ってことは、金額が不味かったのだろうか。

 にしては気分を害してはいないようだが…。


 とりあえず言えるのは、クランヌといいシルムといい、二人とも律儀だ。

 

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