62 出立
読んで下さりありがとうございます。
「遂に、ギルドに立ち入る日がやって来たんですね…!」
日が高く位置する昼過ぎ、孤児院の建物前にて。
自分の新たな一歩に、シルムが隣で浮き足立っている。
二日が経過し訓練を終えて今、ようやく魔物を相手取る実戦へ。
シルムは「いつでも平気ですっ!」と言っていたが、子供たちに対して唐突なのはどうかと思い、日を置いた。
それに、あれの用意もあったしな。
クランヌは取引の準備で先に帰っている。
「水を差すようで悪いけど、向かうのは準備を終えてからね」
「え、何か不備がありますか? 皆にはもう伝えましたし、センお兄さんにしてもらった説明も忘れてませんよ」
説明というのは、ギルドの概要について。
依頼は一切受けてないが、隣接されている書庫目的で足繁く通っており、ついでにギルドのマニュアルも読んである。
シルムも関係しているので、俺が一通り内容を話しておいた。
職員の人にわざわざ説明してもらうのは悪いし。
「あっ!」
うーんと頭を悩ませていたシルムは、検討が付いたのかポンと手を置く。
「そういえば、ダガーを受け取ってませんでしたね」
「それもあるけど…その格好で行くのはまずいってこと」
訓練に引き続き、運動に適した服装。
「ギルドに来る人たちは装備を身につけてるから、場違いに思われるよ」
装いは多種多様であれ、戦いを生業としていると一目で分かるのは共通点。
しかし現状のシルムの身なりでは、せいぜい依頼を持ち込みに来たくらいにしか認識されないだろう。
今のまま加入申請したら奇異の眼で見られかねず、魔物の生息地に赴こうものなら、迷い込んだのかと誤解されてもおかしくない。
唯でさえシルムの外見は、戦いとは不釣り合いそうな、可憐な少女そのもの。
「でも、センお兄さんも私とあまり変わらないですよね?」
上から下へ、俺の全身に視線をやりながら言う。
今の服装は赤ローブを纏い、フードで素性を隠した状態。
重ね着しただけなので、大きな違いはないように思えるかもな。
「色々と試した結果、俺はこのスタイルに落ち着いただけで最適ってわけじゃない」
当初、せっかく『エンチャント』があるのだし、装備で固めたら強力だと思い、実践したことがある。
しかし銃を運用する際の違和感が拭えず、ごちゃごちゃと身に付けるより、シンプルなのが性に合っていると判明。
以来、ローブが唯一のお供となっている。
「それに、模擬戦のときローブが魔法を防いだのを見ただろう? 布一枚とはいえ侮らない方がいい」
そう指摘すると、シルムは言葉を詰まらせる。
「言われてみれば…けど、装備なんて持ってませんよ。もしかして、センお兄さんのローブを貸して下さるんですかっ」
ハッとした様子で語尾を弾ませる。
「いや、どうみても丈が合ってないだろう」
「ですよね…」
俺の図体はそこまで大きくはないが、シルムと比べたら差は歴然。
分かり切ったことなのに、何故か少し落ち込んでいる。
「ちゃんとシルムの防具を用意してあるから安心してくれ。ほら」
革袋から、表面から光沢を放つ紅色の胸当てを取り出して渡す。
装飾は一切なく簡素な造りであるが、優美な曲線を描き、どの角度からでも光を反射するほど磨きあげられている。
「わわっ、これを私に?」
「うん。他にもあるけど」
続けて手甲と足甲を出して両手に持つ。
これらも同様に光沢を帯びており、同じく鮮やかな赤色。
素材も全て一緒。
「聞いた話だが説明しておくと、堅さを誇るマグマタートルと弾力に富んだゴールドスライムを複合した、剛と柔を兼ね備える一品らしい」
クランヌは僅か二日で俺の要望に応え、これを授けてくれた。
予想より上等な物で驚きはしたが、変に畏まらず礼を言って受け取った。
そのとき条件を一つ出されたが…やはり、彼女に頼んでおいて大正解。
シルムは俺の話を聞き、あちこちを確認している
「確かに不思議な感触がしますね。あっ、内側は優しい手触りで…あと、とても軽いです」
「ああそれは、風石っていう鉱石の影響らしい」
口にはしないが「軽重」を付与してさらに重さを減らしてある。
防具自体が元から軽いので、魔力は少量で済んだ。
加えて「不変」もあるので、破損や消耗は気にしなくていい。
「…なんだか、とても高価な物に感じるんですが」
「それ、知り合いに貰ったやつだから、値段は気にしなくていいよ」
クランヌから受け取る際「私が関与しているのはくれぐれも内密に」と言い付けられている。
出された条件とはこれ。
なんでも、
「シルムに知られたら私にも感謝の念を抱いてしまうでしょう。なので秘密にしておくのが最善です。センさんが発案したのですから、貴方が一身に背負って下さい」
とのこと。
俺の功績にするのは気が引けたので了承を渋ってはみたが、
「無性に何処かへ転移がしたくなって参りましたわ」
防具に触れ笑顔でそう脅され、首肯せざるを得なかった。
そんな経緯があり、提供元は伏せている。
「とはいっても、またセンお兄さんから物を頂くのは…」
身銭は切ってないと伝えたものの、厳しい表情でいるシルム。
だがこの反応は想定内。
なので当然、秘策は練って来ている。
「そうか…シルムがつけないとなると、この防具たちは一度の出番もなく収蔵か…」
「え」
「職人が俺の希望に沿って、シルム用にわざわざ調整してくれたけど…」
「うう…」
「でも強制はできないからな。残念だけどーー」
「あー分かりました! 是非使わせて頂きます!」
後ろめたそうにしていたシルムはやがて、自棄になった様子で声を上げ、俺からの贈り物を受け入れる。
そうそう、こうして素直になるのが一番。
「あんな風に言うのはずるいです…」
恨みがましく此方を見ているのは、おそらく錯覚だろう。
「けど、ありがとうございます。早速、つけてみますね」
シルムはそう言うと、胸当てを取りつけ手首に手甲を通し、脛の前面へと足甲を括りつける。
通常の鎧とは違い軽装なので、着脱は容易。
装着後、その場で軽く体を動かすが、ずれることなくフィットして部位を覆っている。
「妨げにならなさそうですし、驚くくらいピッタリですっ。どうでしょうか?」
こちらに向き直ると、両手を広げ全身を見せつける。
「似合ってるよ。それに印象も改善されてる」
鮮やかな赤が快活さを引き立て、挙動の一つ一つが生き生きと映る。
やっぱりシルムには明るい色が相応しい。
見込んだ通り幅も適当なサイズなので、調整は不要。
防具をつけただけでも、先程とだいぶ違って見える。
これなら、ギルドに入っても軽んじられない筈。
少女が背伸びしている感じは否めないが…場数を踏めば自然と薄れるだろう。
「えへへ。あとはダガーを頂いて準備完了ですねっ。早く行きましょう!」
「わかったから、少し落ち着こう」
防具を身につけた影響か、より一層気合が入っている。
逸るシルムを抑えながらも、その元気な姿は微笑ましく思えた。
「……」
「……」
ギルドへ向かう道中。
俺とシルムは並んで歩いているが、両者の間に会話はなく、黙々とひたすらに足を運び続けている。
決して、喧嘩などが生じたわけではない。
この状況は単に、俺の目的によるもの。
これからシルムは、時の人へと階段を駆け上って行く予定だ。
仮にそうなった場合、同伴している俺にも注目が集まり、中には正体を探ろうとする輩が表れるだろう。
そんな未来を先読みして、今の内から情報を漏らさないよう徹底。
その一環として、赤ローブを着ているときは極力、俺は喋らないようする。人だかりのあるところでは特に。
声の特徴を覚えられて、紐付けられたら厄介。
この世界には聴覚の優れた人間が多そうだし。
ありがたいことに、この方針をシルムは快諾してくれている。
急用などのときは、伝達を介したやり取りがあるので、大きな障害はない。
「あら? シルムちゃん?」
住宅街の中ほどまで差し掛かったところで、手提げの袋を持った女性から声がかかる。
名前を知っているってことは知り合いか?
「こんにちは!」
「こんにちは。その格好は…また何処かのお手伝い?」
「いえ、今日からギルドに通い始めるんですっ」
質問に対して、得意気に返答するシルム。
「へぇ…ギルドに…ギルド?」
納得したように頷いていた女性だったが、言葉の意味を理解したのか固まってしまう。
「あっ、急いでるので私はこれで」
「え、ええ…行ってらっしゃい」
未だに困惑が抜けきってない女性と挨拶を済ませ、シルムは歩みを再開し俺も続く。
その後、目的地に着くまでシルムは数人から話しかけられ、行き先を告げると皆同様の反応を示した。
彼女たちとは、商店街の手伝い中に知り合った仲らしい。
まあ店で売り子などをしていた少女が、戦いに赴くなんて言い出したら衝撃的だろうな。
他にも、行き交う人は防具姿のシルムを驚いた様子で見ていて、周囲から視線を集めていた。
ギルド前に来た現状でも、それは変わらない。
そういえばシルムって、噂に尾ひれがついて有名になったんだっけ。
いま当の本人は、周り反応なんてお構い無しに、扉から少し離れておろおろしている。
「うー緊張してきました。この先に踏み込んだら始まりなんですよね…」
右往左往とするシルムを何も言わず、言えずにただ応援の気持ちは込めて見ていると、視線に気付いたのかこちらを振り向く。
しばらくすると、不安に揺れていたのが嘘のような、落ち着いた表情で頷く。
そして扉へ向き直って歩み寄り、手をかけて勢いよく開く。
「おー…」
昼過ぎなだけあって、ギルドは賑やかだった。
依頼の貼り紙前の人だかり、テーブルに着いて談笑、カウンターから外へ向かってゆく人。
行動はそれぞれだが、活気に溢れている。
すると、一部がシルムの存在に気付き、コソコソと話し始めたり、顔を背けて去って行ったりする。
外と同じで注目を浴びているが、外と違って圧を強く感じる。
「えっと、まずはカウンターでしたよね」
しかしシルムは臆した様子は一切なく、いつも通りに歩いて列に加わる。
…さっき少女が背伸びしていると評したけど、訂正しよう。
この中でも怯まない彼女に、確かな風格が感じられた。
ふと、視界の端で光が明滅する。
発生源は手首にはめてあるブレスレット。
シルムからの伝達だ。その主は何故か辺りを見回しているが。
『いつもこんなに大勢の人が?』
内容を確認して疑問は直ぐに解消される。
『時間帯にもよるけど、大体これぐらいはいるな』
『へー』
感心するシルムだったが、唐突に苦笑を浮かべる。
『センお兄さん言う通り、防具をしてきて正解でした』
『わかってくれたか』
ギルド内で普通の衣服だけなのは、見た限りでは職員くらい。
あのまま来ていたら、今頃は浮いた存在になっている。
伝達でやり取りをしながら徐々に前へ進み、順番が回ってくる。
「ようこそギルドへ! って、あなたはシルムさん?」
迎えの挨拶をした女性は、俺が登録をしに来たときと同じ人。
そしてシルムの顔を見るなり目を丸くする。
女性に名前を呼ばれ、シルムは首を傾げている。
「私たち面識ありましたっけ?」
「ああいえいえ、私が一方的に知っているだけですので。すみません」
頭を下げた女性は一度仕切り直してから、口を開く。
「改めて、ご用件はなんでしょう?」
動揺を見せていたが、切り替えの早さは流石といったところ。
「登録をお願いします」
「はい。登録料は銀貨5枚になります」
「えっ」
条件に面食らっていたが、俺がすかさず横から金貨を差し出す。
「まずは銀貨5枚のお返しです。では、手をこちらへ乗せて下さい」
お金の受け渡しをシルムは固まって見ていたが、女性に促され慌てて魔導具に右手を置く。
その際、俺の方を向きじとーっとした視線で刺してきた。
これは後で何か言われるな…。
「もう結構ですよ。これで登録は完了です」
そして、魔導具から排出された正方形のカードが渡された。
「再発行には同額必要になるので、紛失しませんように。あとは、当ギルドについての説明ですが…」
「大丈夫です。人から聞いたので」
「承知しました。依頼を受注される場合はあちらです。またのご利用を!」
無事に登録を終えたので、とりあえず人の少ない位置へと移動。
そこでシルムは、受け取ったカードを両手に持ち、感慨深そうに眺める。
ここに至るまで努力を重ねて来て、その集大成のようなものだからな、気持ちはわかる。
しかし本当の始まりはこれからであり、通過点の一つに過ぎない。
それは言葉にせずとも理解しているようでーー目を瞑ったシルムは一呼吸おいて瞼を開き、カードをしまい貼り紙に足を向ける。
「では、依頼を見に行きましょうか」
勇ましい言動に、思わず期待が膨らむ。
彼女はどんな軌跡を辿るのか、これからが楽しみだ。
「それと、後でお話があります」
……最後の一言は、蛇足であったが。




