60 畏怖
「まさか、またこれを使うときがくるとは…」
『コール』の能力により、右手に現出させたハンドガンを眺めながら呟く。
シルムから「痛みに慣れたい」と言われ、真っ先にこれを思い浮かべた。
見た目はいつもと同様なのだが、マガジンに装填されている魔弾には因縁がある。
あることのために、身を削って作製したこの魔弾。
苦労した分、期待を込め試したがーー望んでいた働きぶりは見られず。
そのうえ用途が限られており、一度使ったきりで終わったのは苦い記憶。
ずっとお蔵入りしたままだと思っていたが、巡り巡って出番が到来するとは。
分からないもんだな…。
「それがどうかしたんですか?」
隣でこちらを窺っていたシルムが、複雑そうな様子に疑問を浮かべている。
「ああ、ちょっとな。まあこれは、シルムの要望にお誂え向きなきな道具だよ」
「へー、またまたそんな便利なものが。センお兄さんの引き出しはいっぱいありますねっ!」
顔の近くで両手を合わせ感心している。
「言われてみれば、そうかもな」
俺は魔力に余裕がある場合、欠かさず魔弾の増産を行っている。
消費分の補充や、実用性の高いものを優先して作り、その傍ら、新たに組み合わせを思い付いたら頭に留め、順々に『エンチャント』をして実際の形に。
この流れを繰り返し、今では自分でも把握しきれないほどの種類にまで膨れ上がっている。
把握しきれないといっても、切欠があれば今回みたく場に応じた候補が頭を過るので、特に問題はない。
弾数に関しては数千、数万…は流石にといったところ。
顧みてみると、途轍もない保有量。
これまで気にせず作り続けてきたが、所持上限とかあるのかだろうか?
推移が分からないように、能力の詳細を確認する術はない。
疑問は生じたが…今まで通りにやるとしよう。
分からないものを心配しても仕方ないし、仮に限界があったとしても、消費すれば取り返しがつく。
それよりも、訓練に集中しないと。
「さて、これをどう使うかだけど…一回、見てもらった方がいいか」
ハンドガンを壁側に向けて構える。
「説明を兼ねてあっちに撃つから、見ててくれ」
「分かりました」
了承を得てからトリガーに指を掛け、引く。
「わっ!?」
シルムが小さく仰け反り驚く。
銃口から放出されたのは、細長い棒状で白く淡い光。
ようするに光線だ。
勢いを保ったまま直進し、遠ざかり点のようになり、やがて目で追えなくなる。
「今のは光、ですか?」
「そうだよ。勿論、普通のではないけど。あれに触れても傷を負うことはない。その代わり、当たった箇所には相応の痛みが生じるんだ」
「それは何とも不思議です…けど確かに、痛みに慣れるには持ってこいですね。痕が残らないのは助かります」
「ああ」
実際に怪我をしたような体感ができる、それがこの「幻痛」の魔弾。
『エンチャント』で付与を施し、さらにもう一つ「光化」が付与してある。
幻痛は弾丸を変質させ、殺傷力を皆無に。
物体へ衝突すると飲み込まれたように消え、説明した事象が起きる。
痛みの加減調整は、一応可能。
光化は、弾丸を光線へと変化させる能力。
速度に違いはないが、高度を維持したまま真っ直ぐ飛ぶ。
貫通性能を有していて、幻痛と組み合わせることで、複数巻き込んだり、障害物越しでも機能するようになる。
防ごうにも通り抜けるため、対処は困難。
使い勝手が上位互換なので、当時は迷わず付与した。結果は残念に終わったが。
まあ今回に関しては不要だけど、弾丸が迫ってくる光景よりかはマシだと思う。
マガジンの中は十分あるし、長期間放置を続けてたが普通に扱えそうだ。
「ただ一つだけ、注意点がある。これ、俺の感覚をもとに設定してるから、基準の当てにはならないと思う」
「えっ? ということは、センお兄さん自身で試したんですか?」
「そうしないと調整出来ないからね」
魔弾は、出した条件に応えてくれることはないので、大半は試しながら調整をする必要がある。
流石に時間とか範囲は大丈夫だが、クランヌに用いた魔力回復の魔弾は、譲渡という経験があったからこそ、適正な物を作れた。
幻痛も正確な作製には経験を要し、気ままに付与すると最悪、生死に関わる出来となり得る。
だから自身を被験体としてデータを取り、段階ごとに完成させた。
しかし痛覚は人によって異なる。
敏感、普通、鈍感。
俺は何処に分類されるか判断しかねるので、シルムがどう感じるか分からない。
「…そうですか。痛い思いをしてまで、欲しかったんですね…」
ん? 何だかシルムの様子がおかしいな。
気まずそうというか、複雑そうな面持ち。
しばしの逡巡を見せ、決意をしたように両手をグッと握る。
「センお兄さんがそういう趣向でも、私は受け入れますからっ」
「そういう趣向ってどういうことだ?」
よく分からないが、とんでもない行き違いをしている気がする。
「何か誤解してない?」
「だって…失礼かもしれないですけど、自分を犠牲にしてる割に、使いどころがあまりなさそうですし…特殊な事情があるのかと」
「前半の方はまあ、否定できないが」
対象に痛みだけ与えられる。
作られた目的を知らない人からすれば、だから何? 嫌がらせにでも使うのか?
そう思われても無理ない。
「でも、れっきとした理由がある」
触れたくなかった話題だが、疑惑を晴らすために仕方ない。
「俺に追手が掛かっていたのは前に話したよね? 最初の方は適当にあしらってたけど、余りにもしつこいから、連中が断念しそうな方法を考え始めたんだ。命を取るとか再起不能にするとかは省いてね。で、行き着いた先がこれってこと」
右手のハンドガンを弄びながら言う。
シルムに警告したように、痛い思いをさせれば億劫になるだろうと踏んだ。
そこで選んだのが幻痛の魔弾。
手加減が可能で、万が一のことはほぼ起きない。
「寛大ですね…。私だったら、害虫が彷徨いてたら排除しちゃいます」
「いや、それとこれとでは話が違うだろう」
「……」
シルムは訂正をすることなく、ただ意味あり気に微笑んでいる。
特に変な意味はない…よな?
「それで、結果はどうだったんでしょう?」
「あー…全くと言っていいくらい、効果がなかった」
「え、どうしてですか?」
「連中の多くは感情が乏しいみたいで、痛覚が無いに等しかったんだよ。だから少し動きが止まるくらいで、引く様子は一切見せなかったな…」
暗部に所属する人間が、無感情だと聞いたことはあったが…まさか本当とは。完全に誤算だった。
命中させても、首を傾げたり一瞥したりと全員似たような反応で。
一切、意に介しておらず。
かくして、俺の頑張りは徒労に終わった。
「それは…残念でしたね」
「けど、時が経ってこうして役立ちそうなんだ。そう思ったら、気分は悪くない」
過去の苦い経験も案外、未来へと繋がっている。
「話も落ち着いたし、そろそろ始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
「まずは…距離を取るからそこにいて」
近いとハンドガンの狙いがつけにくい。
数歩後退し、約三メートル空ける。
「次は、慣れるついでに、身体強化の維持もしてみようか」
「そうですね」
「ちょっと待った」
魔力を纏おうとするシルムを制止する。
「全身だと痛みに耐性が出来るから、指定する箇所だけにしてくれ」
「あー、うっかりしてました」
「それで箇所だけど、頭、首、腕、手の甲、下半身ね」
手で一つ一つ示しながら伝えてゆく。
「つまり、胸とお腹、背中と手の平以外ですね。えっと、この配置に何か理由が?」
「体の部位によって痛みの度合いが違うからさ。手の平と指と胴は痛みを強く感じるのと、俺が調整に用いた部分でもある」
「なるほど」
実際は、鼻とか口の方が痛くはある。
しかし顔へ光線が飛んでくるのは、精神的にもダメージがありそうなので、次点の箇所を選んだ。
「準備できました」
「じゃあ、最初は弱めなのからやってくよ」
そう告げると真剣な顔つきになり、背筋を伸ばし手の平をこちらに向け、堂々と佇む。
先ほど語られた覚悟を体現しているようだ。
こちらも意識を切り替え、銃口を向ける。
照準を定め、引き金を引き。間断なく横にスライドしてもう一射。
狙った先ーー両手の人差し指を光線が掠めて通過。
シルムは顔をピクッとさせ、その後、指を凝視する。
「ピリピリとはしますが、本当に何ともないですね。これは…包丁で切ってしまったときに似ているような」
「そうだね。擦り傷を想定してるから合ってる」
とりあえず、俺と感覚に大きな違いはなさそうかな。
「というか、シルムでも指を切ったりするのか」
「いえ、私個人ではここ数年はありませんよ。子どもたちの調理を手伝ってるときにですね」
「そういうことか」
小さい子に刃物を持たせるのは危険。
だからシルムが補助に付いているが、たまに失敗が起きてしまうのだろう。
「これくらいなら流石に解けないです」
「みたいだね。別のやつに変えるよ」
ハンドガンを消してハンドガンを出す。
当然、中身は変わっている。
構え直したシルムに狙いをつけ、発射。
次は手のひらで貫通すると、少し顔をしかめる。
「…家具にぶつかったときみたいです」
「ああ、今のは体を打ち付けた再現だ」
頭を打ったりとか、滑って転んだりなど。
日常でよく見掛けるが、意外と馬鹿にできない。
「うーん…」
「どうかした?」
「強めの、行っちゃいましょう!」
手のひらを見つめ唸っていたが、バッと顔を上げると、威勢よく提案を口にする。
どうやら、この辺りは大して影響を及ぼさないようだ。
「分かった」
望み通り段階をいくつか飛ばして選出する。
わざわざ是非を確認することはしない。
ただ意向に従うだけ。
「次のは覚悟しておいた方がいい」
その言葉を受け、シルムにますますの緊張が走る。
次の銃口は先ほどより高め、射線上にあるのは胸部。
張り詰めた空気の中、人差し指に力を込める。
光線が、シルムを貫く。
「うっ…」
目を見開いて相貌を歪ませ、体が前傾して右胸を強く抑え、動けないでいる。
彼女の苦しむ姿は、見ていて気分のいいものではないが…付き合うと決めたからな。
視線を反らさず黙々と見守る。
「比べものに、なりませんね」
しばらくして、辛そうな声で話し掛けてくる。
目に涙を浮かべ余裕はないが、落ち着きは取り戻しつつある。
「鈍器で思いっきり殴られたようなものだから。でも、身体強化は維持できてるじゃないか」
そう。
衝撃で思わず解除すると予想していたが、意外にも保ち続けている。
棍棒の殴打を受けたに等しい痛みだというのに。
この時点で少女とは思えない、強靭な精神。
「心の準備が、出来てましたから」
「それでも凄いけどな…無理に喋らなくていい」
「はい…」
素直に聞き入れると、深呼吸を繰り返し始める。
その様子を見ながら、考えを改める。
正直、もっと早い段階で音を上げるとばかり思っていた。
だが実際はそれより高く、しかも見事に耐えきった。
見縊っていたとしか言い様がない。
今のに挫けないのなら、よほど大丈夫ーー
「では、次のをお願いします」
調子を整え終えたシルムが、怯んだ素振りもなくこちらを見据えている。
様々な感情が駆け巡り、言葉が喉元まで出るがーー飲み込む。
そして。
「分かった」
了承をし、新しいハンドガンへ変更。
また、評価を改めないとな。
「伝えておくけど、これより先はない。代わりに、さっきのが霞むくらいの激痛だ」
「いつでもどうぞ」
すっかり覚悟を決めた精悍な態度。
シルムが身を持って示した意地は、確かに称賛に値する。
だが流石に、これはどうだろうな…。
心境が移ろっているからか、不安は残ったまま。
けど、シルムが引かないなら俺も引くわけにはいかない。
目を瞑り大きめの溜め息をして、ハンドガンを構える。
最後の照準は、右胸の対角線上、左脇腹。
瞬きをしないよう集中しーー引き金を、引く。
直後。
「ぐぅうううううぅぅぅぅ!」
地の底から響いてくるような、苦悶の声。
顔は俯いて膝は床に付けき、脇腹を抑えたまま、ただただ歯を食い縛り続けているような。
そして残念なことに、身体強化は解けてしまっている。
無理もない。
今の幻痛は、弾丸で貫かれたときの痛み。
肉体に風穴が開いて、正常でいられる方がおかしい。
もう十二分に頑張った。
眠らせるなり緩和させるなりして、楽にしてあげよう。
「え」
ハンドガンを持ちかえた、その瞬間。
一度消えた筈の魔力反応が復活する。
その発生源は、シルム。
時間はそれほど経っておらず、未だに苦痛に苛まれているのに、持ちなおすなんて。
つい、回復用の魔弾を撃ち込むのを忘れて呆けてしまう。
(シルム…一体、何処までーーん?)
何かぶつぶつと言っている…?
「熱を持ったみたいにジンジンして、頭は真っ白になるくらいなのに…どうしてでしょう」
世界を渡り鋭敏になった耳が、言葉を捉える。
「センお兄さんから与えられた痛みだと思うと、私、私ーー」
「シル、ム…?」
ゆらりと顔を上げた彼女は涙を流しながら何故かーー恍惚とした表情でいた。
俺はそれを見て、初めてこの少女に明確な恐怖を感じ、直前の敬意と混ざり合い。
畏怖の念を覚えたのだった。




