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58 急変

読んで下さりありがとうございます

「センさん。早速ですが、私の魔法を見て頂きたいのですが」

「勿論いいけど、改まってどうした?」

「少し疑問がありまして」


 翌日。

 今は訓練の始めたてで、シルムの要望に従いクランヌに付いている。

 俺たちとシルムは大きく距離を取り、互いに背を向け合っている。

 これはいつもの立ち位置で、魔法とその余波による怪我の防止。

 それと、集中の妨げをなくす狙いがある。


 人は視界にものが入ると、それを自然と目で追ってしまったりなど気が取られがち。

 だから集中が途切れないよう、無機質な空間が続く壁側を向いて行っている。


「では…」


 準備を終えると、クランヌは一呼吸置いて、詠唱に入る。

 穏やかな透き通る声で呪文が紡がれ、ピリピリと魔力が高まっていくのを肌で感じる。

 やがて一点へと凝縮しーー突き出した右手から解放される。


「エシュトラールセ」


 瞬間、氷結の息吹が一面を駆け抜け、地面を薄氷で覆う。

 立ち込める冷気によって空気を澄んだものに変え、ひんやりと頬を撫でる。

 

 クランヌは手を下ろすと同時に集中を弛緩させ、こちらに向き直る。


「ぎこちなさが抜けてだいぶ様になって来たね。細部に意識が行き届いてるし、距離も伸びて約20メートルーー」


 ……20メートル?

 

「てっきりセンさんが関与なさっているのかと思いましたけど、その様子だとやっぱり違うみたいですわね。では何故…」


 こちらの困惑を悟ってそう話すと、軽く眉根を寄せ顎に指を添えて何か考えている。


「一体、何があったんだ? 前見たときより範囲が倍くらい広がってるけど」


 そう。

 昨日、模擬戦をする以前に見ていた時は、最高でもおよそ10メートルだった。

 それが、ここ数日間コツコツと積み重ね得た成果。

 その過程が嘘だったと裏付けるような、目覚ましい成長ぶりが、たった今披露されたのだ。

 

 一日も経たない内に、こうも上達するのは流石におかしい。

 となると、魔法の発展を助長する特別なことが起きたとしか思えない。

 原因を知っているとしたら当人のクランヌだが…。


「さあ、私にもさっぱりですわ。お二人が模擬戦をしている最中に突然、調子が良くなり始めたのです」


 彼女も俺と同じで疑問を抱いている様子。

 

「模擬戦の間ってことは、昨日の時点でこの状態だったのか。ああだから始まって早々見て欲しいって」


 そういえば模擬戦を終えてクランヌと合流したとき、魔法を思い返していたと言っていたな。

 あれは確認ではなく、急変の謎について考えてたのか。


「ええ。昨日は時間が迫ってたので、こうして日を改めたのです。センさんから特に説明がなかったので、もしやと思ってましたけど…心当たりはございませんのよね?」

「全くと言えるほどない」


 人の魔法の経過を見るなんて初めてで、自分の経験と照らし合わせても役立ちそうな情報はない。

 とはいえ常人より数倍、数十倍の早さで成長しているシルムですら段階は踏んで来ている。

 あのような数段飛ばしの変化が異常なのは間違いない。


「クランヌの方は?」

「今はございませんわ」

「…さっきまではあったみたいに聞こえるけど」

「そうですわね。センさんが施して下さった仕掛けの影響かと推測してました」


 俺がクランヌに用意したものといえば、設置型の魔力供給。


「あれは単純に魔力を回復するだけで、他に作用はない…はず」


 仮にあったとしたら、勿体ぶらずに最初から導入している。

 過去に付与を試みた結果、残念なことに成長を補助するものはなかった。


 ただ…俺が認知できてない、特別な力が働いている可能性はある。

 付与した能力の組み合わせによって、変化が生じるとか、魔弾を介すると恩恵を得られるとか。

 荒唐無稽な話ではあるが、こうでもしないと説明が付けられない。

 事実、クランヌは躍進を遂げている。

 煮え切らない返しになったのはこのため。

 

 前例があれば空論だと切り捨てられるけど、あの魔弾を用いたことがあるのは自身とクランヌのみ。

 俺の経験は顧みても当てにならないので、実質一人と言える。

 

 咄嗟に関連付けて推測を立ててみたが、割といい線いってるーー


「まあ違いますわよね。勢いに乗り始めたのは後半に差し掛かってからでしたし」

「え、前半は普通だったのか?」

「はい。最初の内は平常通りで、魔力の補充を何度か挟んだ後に、ご覧いただいた状態まで」


 ーーと思ったら、さっそく推測が翳り始めた。

 補充の直後に、だったら説得力が増したのに、時間を置いてとなると何とも言えない。

 可能性は潰えてないが、謎は深まるばかり。

 このままでは時間だけが悪戯に過ぎていく…よし。


「考えても仕方ないみたいだし、検証してみようか?」


 弾のストックはまだ残っている。

 もし本当に魔法の成長に作用するなら、今後の訓練において重宝するだろう。

 試してみる価値はある。


「いえ、やめておきましょう」


 しかし、意外にもクランヌはきっぱりと提案を一蹴。

 確実に同意が返ってくると思っていたのだが。

 エシュトラールセ習得の近道になるかもしれないのに。


「別に悪くない話だと思うけど」

「お断りする理由ですが…それは、私が困るからですわ」


 一拍置くと、苦笑混じりにそう告げてきた。

 予想外の返答に俺の方が困惑してしまう。

 魔弾を利用するのがクランヌにとって不都合…?

 全く分からない。


「困るって…?」


 そのせいか鸚鵡返しな聞き返しになる。 


「試みが成功するにしろ、失敗するにしろ、余計な負担をするのはセンさんですもの。それに本当に仕掛けのお陰だった場合、昨日の分も含めて二重のご恩になってしまいます」

「…なるほど」


 クランヌは人付き合いをする上で、均衡を重要視している。

 彼女が所属する商会の理念であり、多少、片方に傾倒するのは許容の範囲。

 逆に言えば、一定を越える貸し借りは看過していない。

 目的は公平な関係を維持するため。


 可能性の話とはいえ、対価もなしに力を得るのは規則に反するのだろう。

 プライベートでも遵守しているのはクランヌらしい。

 しかし。 


「この件に関しては気楽に考えていいんじゃないか? 言い出したのは俺なんだし。昨日のは偶然と扱うとして、今回は検証に協力する見返りにするとかさ」

「…センさんならそのように仰ると思っていましたわ」


 言葉通り想定内だったようで、控えめながらも得意気な顔。


「ですが、どう仰られようと事実は事実。そもそも私が致すことはいつもとあまり変わらないので、協力とは言い難いでしょう」

「まあ確かに、新しく何かしてもらうわけではないけど」


 丁寧で落ち着きながらも、固い意志を感じさせる口調で続ける。


「明らかに出来ずもどかしいかもしれませんが、幸運が舞い込んで来たとは片付けられないので。どうかご理解のほどを」


 最後に綺麗な所作で一礼。

 話を聞き終えてふと、倉庫の休憩所での一幕を思い出す。


 どんな時でも背筋をピンと伸ばし、凛とした佇まいのクランヌ。

 俺と二人きりになったときでも、それは依然として変わらず。

 疲れないのか気になり言及すると、彼女はこれが自然体だと答えた。


 日々の積み重ねによって形成されたスタンス。

 作り上げるのに費やした労は、想像に難くない。

 人はついつい楽な道を選んでしまうのに。


 クランヌがここまで頑張るのは、ひとえに気品の備わった淑女を目指してのこと。


 そんな日頃から妥協せず、努力している姿を俺は何度か目にしてきた。

 なら、個人間のやり取りでも手を抜かないと分かったはず。

 だというのに、気楽にと勧めている今の状況は、軽率な言動と言われても仕方ない。


「いや、断ったのに深く考えず、食い下がるような真似をして悪かった」


 クランヌに倣って、自分なりに誠意を込めて頭を下げる。

 少しして顔を上げると、優しげに目を細めこちらに向け静かに微笑んでいた。


「伝わったようで何よりですわ。もっとも、センさんはいい気分ではないかもしれませんが…」

「そんなことないさ。対等な関係なんだし、嫌なら嫌とはっきり言ってくれ。俺にも譲れないものはあるし」


 その中で一番意識するのはやはり、表舞台に立つのを避けること。

 世界を渡って決めた目標であり、訓練をしている理由でもある。


 どれだけ好条件を持ち掛けられたとしても、固辞する姿勢は不動のまま。

 例え相手と親交を深めようと、それは変わらない。

 その上でも踏み込んで来ようものなら、そのときはーー迷わず縁を切る。


 勝手な推測だが、クランヌもこれと同じくらいの覚悟でいると思う。


「そう仰って頂けると幸いです」


 少し心配そうにしていたクランヌは、ホッと安堵の息を漏らす。

 気にしてないと伝えただけにしては、大袈裟な素振り。

 口論にならず安心している面もあるのかも。


「センさんが思慮のあるお方で助かります」

「そうか? あったらもっと素直に聞き入れてるよ」

「十分ですわ。執拗な方たちと比べますと」


 遠い目をして、実感と重みを含んだ言葉。

 商売は好調で数字が上がっていると聞いたが、苦労が絶えないようだ。


「…その一員に加わらないよう、今後は気をつけるよ」

「ありがたく存じます。ですが、センさんのお気遣いには感謝していますわよ? 私が相応のお返しをご用意出来ないだけであって」

「伝わってるから大丈夫」

「それは良かったです」


 断りの説明のとき、申し訳なさそうにしていたからな。


 しかしクランヌが駄目となると、これで魔弾が急成長の原因かわからずじまいになった。

 ちゃんと機能するか自分に用いたことはあるけど、特に変化はなかったし…。

 

 シルムに検証してもらおうにも、元々、成長促進という類似した能力がある。

 唯でさえ力を伸ばすスピードは驚異。

 上乗せされない場合は大いにあり、そうなると判別が付けにくい。

 強化系の魔法だって、複数掛けしても際限なく高まっていくわけではないからな。


 手詰まりと言っていい状況。

 まあ結局のところ、すべては仮説でしかない。

 それに先急がなくとも、今でも順調に進んでいる。

 少し引っ掛かりは覚えるが…思案を巡らせるより、訓練をした方が有意義。


「ああでも」


 始めを告げようとした折、クランヌが口を開く


「センさんがどうしても明かしたいのであれば、ご協力致しますわ」

「…いいのか?」


 さっきまで断固とした態度でいたのに。

 この短時間でどんな心境の変化があったのか。

 だが俺としてはショックだ。クランヌは自分を曲げないと思っていたのだが…


「もっともーー」


 唇の両端を吊り上げ、愉しそうに続ける。


「そのときは息が詰まるほどの、お返しを受けて頂きますが」


 前言撤回。

 全くと言えるほどブレていなかった。

 それどころか清々しい貫きぶりに、返した手のひらは綺麗に元通り。


 彼女の提案に対する返答は。


「…後が怖いから遠慮しておくよ」


 冗談ではなく本気だと、直感で理解した。

 俺が満足したと伝えても、クランヌは満面の笑みで跳ね除け聞く耳を持たない。

 そんな未来が容易に想像できる。


「あら、残念ですわ」


 こちらが受け取る側なのに、悪寒がするのは何故なのか。

 しかしそのお陰で、一切の未練なく終えられそうだ。




 その後。

 あれから何事もなかったように、いつも通りに進行し二回目の魔力供給。


「なんか、調子良さそうだね」

「ええ、以前にも増して成長している実感がございます」


 その感触を確かめるように、握手中の手に力が入る。

 劇的な変化が起きてからというもの、上達のペースが早くなっている。

 まあこれまでと比べたらという話で、完成にはまだ時間を要するが…着実なのは間違いない。


「もしかすると、クランヌの才能が開花したのかもな」

「うーん、どうでしょう? 私自身、理解できてませんので」

「確かに…本人ですら身に覚えがないのは、やっぱり引っ掛かるな」

「ですがおそらく、センさんの助力による賜物だとは思いますわ」

「いやいや待て」


 この流れは良くない流れ。

 話題にしたのは藪蛇だったかもしれない。


「努力してきたご褒美だよきっと。そうに違いない。もっと自分を高く評価しよう」


 我ながら、原因究明をしようとしていた人間とは思えない発言。


「根拠はございませんけど…どのみちお世話になっているので、返礼をご用意させていただきます。もうだいぶ累積してますし」


 ええ…結局、どうしようもないじゃないか。

 頑固なのは改めて確認したばかりだし、こう言い出したら聞かない。

 

「というか累積って?」

「センさんに対するご恩ですわ。最近は溜まって行く一方なので」

「ふむ…因みにこのままだとどうなる?」

「それは…先ほどお伝えしたことが起こります」

「よし分かった。ありがたく受け取るよ」

「そうなさって下さい」

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