表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/142

56 節目

読んでくださりありがとうございます

シルムは追い詰められパニックに陥り、自爆に走った…かのように見えたが。

 近づくと急遽それを取り止め密着してきて、身体強化によるハグで拘束された。

 

 そこに焦った様子は見受けられず、むしろ穏やかに勝ちを主張している。

 まんまと罠に嵌められてしまったらしい。

 だが。


「こっちの条件満たしちゃってるけど」

「あ」


 この反応は素で忘れてたな…。

 生殺与奪の権利を握ったようなこの状況では、誤解しそうではあるけども。

 俺はシルムと接触を果たしたら勝ち。

 なので、図らずも本当に自滅してしまったことになる。


「後のこと全く考えてませんでした…もともと、一度は没にした作戦ですし」

「え? じゃあ、咄嗟に出た行動だったのか」

「そうです」


 つまり、追い詰めたときの切迫した様相は素の反応だったと。

 どうりで違和感を覚えなかったわけだ。

 

 してやられたのは思い違いだったが…正直、演技でなくてよかった。

 もし故意によるものだったら、今後シルム色眼鏡で見ていたかも。


 しかしまあ…そうか、偶然か。なるほどなぁ…。

 でも偶然だとしても事実には変わりない、か。

 

「残念ですけど、センお兄さんを蔑ろにせずに済みましたし、今回の模擬戦は私のーー」

「ちょっと待った」 

「センお兄さん?」


 結論を出そうとしたところを制止する。

 

「客観的に考えても、シルムの言おうとした判定は正当だよ。けど」

 

 公の模擬戦だったら、既に勝敗は決している。

 正しいと認めながら何故、こうして口を挟んでいるのかと言うと。


「主観では俺の方が負けたと思ってる」


 思いがけない敗北宣言にぱちぱちとまぶたを瞬かせるシルム。 


「ええと、理由を教えていただいても?」 

「ああ。誤解のないよう前置きに一つ伝えとくが、気を使ったりはしてないから」

「はい」

「で、肝心の負けを主張する理由だけど」


 無意識のまぐれによる一幕。


「拘束されたのが衝撃的だったから」

 

 それが俺に現実を突き付けてきた。


 これまで急場の経験を積んで来て、不測の事態に慣れている自負がある。

 加えて模擬戦のため意識を切り替え集中しており、油断はなかった。

 だから、少しでもまずいと感じていたなら往なしていた。

 しかし実際は抱き着かれてしまっている。

 

 この状況が意味するのは一つ。

 俺は、シルムを受け入れている。

 対応出来なかったのは、本心が拒んでいないから。

 

 日頃、頭の中ではくっつき過ぎなど距離感を咎めておきながらこの始末。

 相反している意向と心。

 どちらが正しいのかなんて言うまでもない。

 この結果受け止め、向き合わなければ。


 

 以上が、衝撃的だったことの全容。

 これまでの矛盾を知ったとき、まるで電撃を浴びたようだった。

 

 対峙する中で発生した自然な動作。

 故意によるものだったら、成立しなかったはず。

 どれだけ取り繕うとも、細かいところに狙いが見え隠れしてしまうもの。

 偶然が重なって判明した事実。

 そう考えると、もしかしたら認識する機会を得られなかったかも。


 とまあ自分にとっては青天の霹靂だったけど、説明抜きで真意が伝わるわけもなく。

 シルムは何とも言えない表情をしている。


「確かに、センお兄さんを捕まえられましたけど…結局は条件を満たしてませんよ」

「いや、そうとも言えない」

 

 有効な一撃を与えたらシルムの勝ち。

 一見したら全く適してないように思えるが。

 

「物理または魔法で、なんて特定の方法は明言してないからな。つまり判定の対象は肉体に限らず、内面も含んでいる。だから精神的に打ちのめされた俺は、条件に準じていると思って負けを申し出たんだよ」

「うーん…」


 尤もらしいことを述べてみるも、難しい顔で唸っており芳しくない。

 そうですか、と手放しに納得してはくれないか。

 まあ所詮は個人の感情論で、やっぱり内容に無理があるよな…。


 要するに何でもありってことになるし。 

 それを言ってしまうと、ローブを投げて扱ったのも苦しいけど。


 真相を告げようか迷いはしたが、その考えは一蹴。

 話を聞いて納得するしない何れにせよ、平穏には終わらないと判断したため。

 例えば。


「気を煩わせていたんですね…ごめんなさい」

 

 迷惑をかけたと落胆し、一歩引いた態度になってしまう自己嫌悪パターンや、


「もう遠慮しなくていいですよね?」

 

 受け入れられたと知り、ブレーキが外れ歯止めが利かないアプローチ激化少女になる状況を想定。


 拒否感を抱いてないと分かったとはいえ、流れに身を任せるつもりはない。

 以前に引き続き、分別はつけていく。

 シルムにはこれから先、無数の選択肢が待っているのだ。

 自由な道を行けるように、配慮しなければ。


 今はそれはいいとして、さて。

 おかしな話だが勝ちを認める気にはなりえず、言いくるめる抜け道も行き詰まり。

 一向に煮詰まる気配を見せない現状を打開するには。


「これって」

 

 結論に至ったところで、同じく悩んでいたシルムが切り出す。


「続けても平行線ですよね」

「俺も今そう思ってた」

「それは何よりです。なら、きっと考えてることも一緒でしょう」


 以心伝心が嬉しいのか顔を綻ばせ、確信めいた口調。

 話の流れと口振りからして一致してる可能性は高そうだ。


「もしそうなら、妥協案はそれしかないかな。お互い不本意ではあるだろうが」 

「埒があきませんからね、お相子です。じゃあ…今回は引き分けということでいいですか?」

「ああ。俺も同意見」

「よかった~」


 俺の答えを聞いてシルムが安堵の息を漏らす。

 言った通り行き着いた結論は同じく引き分け。

 両者共に譲る気は…いや、正当性はあちらが勝ってるし、シルムが折れてくれた形になるか。

 本人に自覚あるかは分からないけど。


「とりあえず、ルールはちゃんと決めましょうってことですね」

「全くもってその通りだ」

 

 似たような機会が巡って来たとして、こんな調子では参ってしまう。

 お互い苦笑するものの、事態の収拾に場が和やかへ移ろう。


「落としどころがついてよかったよ」

「そうですねー」

「あれが延々と続いてたらと思うとな」

「参っちゃいますよねー」

「……」


 うんうんと気の抜けた声で同調を繰り返すシルムをじーっと見る。

 しかし彼女はどこ吹く風。

 終わってリラックスするのは一向に構わない。

 問題なのは…


「一段落したしそろそろ離れない?」


 そう。

 拘束されてから今の今まで、問答の間も身体強化による密着は続いている。

 決着が曖昧だったとはいえ、突っ込まずにいたのは慣れたからだろう。慣れてしまったと言うべきか。

 それは認めるが、さっき決めたように線引きはしていく。


 これで離れてくれると思いきや。


「もう少しいいですか? この場を借りてセンお兄さんに伝えたいことがあるので」

「…分かった」


 打って変わって神妙な様子に断りを入れられず、どうしたのか疑問に感じながらも、一度落ち着いた緊張の再来に思わず身構える。

 ふう、とシルムは一呼吸置いて話を始めた。


「まず謝らせて下さい。出会った当初、本当はセンお兄さんのこと信じてませんでした。私に才能があるとは思えなかったのもありますけど」


 身に覚えがなく何だろうと思ったら、協力関係になったときのこと気に病んでいるみたいだ。


「それは当然だし別に謝らなくても。簡単に信じて貰えるとは思ってないし、むしろ疑いを持たれても無理ない」


 突然知らない相手から「才能がある」なんて言われても、信憑性は皆無に等しく不信感を抱くのは道理。

 指導者として実績があって、名声を得ているならまだしも。

 だからあの勧誘は駄目元で賭けだった。


「そうですけど、そうじゃないんです。あのときセンお兄さんが本気だったのはすぐ分かりました。でも、さっき言ったように自分の成長が想像つかなくて…」

「へえ、最初から見抜かれてたのか。なるほどね…」


 会って間もないときすら見透かされていたらしい。 

 俺はそんなに読みやすいのだろうか。

 プラスに働いてるのはいいけど、だんだん自信が無くなってきた。

 

 いや…さすがにシルムが人の機微に聡いだけだろう。

 分かったと言い切っているのも、自信を裏付ける何かがあるから。

 やっぱり読心術の類いを習得しているんじゃないか?

 といっても他の人に対しても鋭いのか知らないし、根拠は心許ないけど……。

 

 一つ言えるのは、既に数回この疑惑に触れてるし、偶然で済ますのは難しい。

 いつか本格的に究明に挑んでみるか。

 

「しかしまあ、急な誘いだったのによく引き受けてくれたな」

「あのときは藁にもすがる思いでしたから。その…言い寄られてた件で」

「ああ、ポルドっていう貴族だっけ」

 

 エストラリカの土地を幾つか所有する貴族の中でも有力な男で、孤児院を支援する代わりにシルムに出向くことを要求してきていた。

 しかしそのポルドには黒い噂が流れていて、シルムは決断がつかず。

 それに痺れを切らし催促が増え、返事の期限が迫っていた頃、俺と出会いを果たした。


 そのあと一悶着あったものの、最後には断ることに落ち着いたのだが…シルムが提案に乗った背景には以上のことが関係していたようだ。

 つまり、シルムも俺と同じで勢い任せの出たとこ勝負だったのか。


「なので私は中途半端な気持ちで参加したんです。でも、日を重ねるに連れて成長してる実感が大きくなっていって…センお兄さんが正しかったと気付きました。だから、ごめんなさい」


 シルムはこちらの目を見据え、恭しく頭を下げた。

 その仕草から本気で申し訳ないと思っているのが伝わってくる。

 最初言ったように謝ることではないし、大袈裟にも思える。

 しかし相手が真剣なのだから、軽く流さずしっかりと返さないとな。


「全く気にしてないけど、シルムなりのけじめだろうから、受け取っておく」

「はい、そうしてください。あともう一つお伝えしたいのが……ああ楽にしてくださって大丈夫です」

「そう?」


 勝手に終わったつもりで気を緩めたが、まだ続きがあるようだ。

 しかし数秒前とは反対の晴れやかな表情に変わっている。

 

「こうして成長できたのもセンお兄さんのお陰です。ありがとうございます」

「シルムがめげずに努力した結果だよ。俺のサポートなんて知れてる」


 本当、よくやったと思う。

 先の見通しがつかない、魔法を順番に繰り返す地味で単調な作業。

 倦怠感が生まれても仕方がない中で、シルムそしてクランヌは後ろ向きな素振りも言葉も口にせず励んだ。

 その積み重ねが実を結び今へと繋がっている。


「センお兄さんがいたからこそ頑張れたんですっ。いつも真剣に対応してくれて…もしいい加減な方だったら、途中で挫折してたと思います」

「それはそうかも」


 感情は人に伝染するという、ネガティブな気持ちは特に。

 加えて影響力のある人間ほど伝染が強く及ぶ。

 訓練の指導者である俺に当てはまる条件。


 そのことを身を持って知っている俺は、ぞんざいに二人に接しないよう心掛けている。

 それに指示や指導した経験があって慣れてるから、我ながら安定感もあるはず。


 なるほど。そう考えたら俺の存在はそれなりに助けとなっているのかも。


「なら、三割くらいは貢献したと言っていいのかな」

「クランヌさんはどうか知りませんが、私にとってはじゅ…八割はセンお兄さんが占めてます」

「ええ? ほぼ全部じゃないか。それは評価が過大すぎやしない?」

「そんなことないです。私の代わりに私を信じてくれた、センお兄さんがいたからここまで来れました。心から、貴方には感謝しています…」


 頭部を俺の胸に押し付け、しみじみと言う。

 参ったな。こんな風に真っ直ぐ告げられては否定するのが気が引ける。

 礼を言われるのは勿論嬉しくはあるが、まるで俺の功績みたいなのは…


 うん、やっぱり受け入れられないな。

 シルムが努力する姿を一番に見てきた俺がおいそれと認めるわけにはいかない。


「確かに俺はシルムの力になったのかもしれない。でも、実力を身に付けたのは紛れもなくシルム自身なんだ。だからせいぜい、五分五分ががいいところじゃないか。要するにこっちも引き分けというか、いや勝負ではないんだけど」


 上手いことまとめて説得するつもりだったのに、グダグダになってしまった。

 そのせいか顔を上げたシルムがきょとんとしている。

 が…何となく伝わったのか和らいだ表情に。


「つまり私たちが共同で得た成果ってことですか。とてもいいと思います」


 それどころか、何故かとても上機嫌。


「まあ間違いではないかな。それに礼を言うにしても、本番はこれからだぞ?」

「分かってます。自分の中では模擬戦で一区切りだったので、想いを伝えておこうと思いまして」

「それならいいけど」


 これで長く白熱した話し合いもそろそろ終わりみたいだな。

 未だに密着したままなのは滑稽な気がするが、終わりよければって感じ。

 二回目の終了を持ち掛けようとした手前、ぐっとシルムの腕に力がこもる。


「シルム?」

「これから先も面倒をかけますが、ご恩は絶対に返しますから…絶対に。なので期待しておいて下さい」

「…ほどほどで構わないよ?」


 強い意志を宿した宣言にまたしても断りを入れられず。

 こうしてシルムとの模擬戦は幕を閉じた。


よくよく考えたらシルムが不安定だった説明を書いてませんでしたね。

ポルドって誰?と思った方がいたらすみません。


タイトル岐路に加筆しましたが、今回の話で把握できると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ