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55 対シルム

「ついにこの時が来ましたか…」


 シルムはこれまでの訓練を噛み締めているように、しみじみとした様子で言う。

 最近まで魔法の素人だったと自分でも思えないほど、シルムは短期間で躍進を遂げた。


 『成長促進』の恩恵と、集中した訓練で次々と新たな魔法を習得。

 それは彼女にとっては目まぐるしい、激動の日々だっただろう。


「あのときはどうして模擬戦してくれないのか疑問でしたが、今思えば納得です」

「ああ、クランヌ優遇の疑いで軽く揉めたやつか」


 出会って間もないのに、綺麗だから贔屓しているのではと濡れ衣。


「もう分かってくれてる思うけど、打ち解けてもないのに特別扱いしないよ。例え美人が相手だろうと」


 クランヌは俺と会う前からコツコツと魔力向上に励んでいたのと、実戦経験はなくとも魔法運用の心得は多少あった。

 提案したのは、技量が伴っていたから過ぎない。


 融通を利かせるにしろ、良いように扱われるのは癪なので、蟠りの残らないよう人は見分けてるつもり。


「分かってますよ、実力を鑑みて薦めたって。色々と配慮してくれるセンお兄さんはちょろ…親切ですよね。あっ、私のことはいっぱい贔屓して下さって構いませんので」

「シルム?」


 咎めの意を含んだ視線でシルムをじーっと見る。

 俺は割と甘やかしたりしてると思うが…あれで足りないというのか。

 だがそれより、聞き捨てならないことを言いかけてなかったか?


「冗談ですよぅ、ですから非難するような眼差しはやめていただけると」


 その割には声のトーンといい、雰囲気に軽さが無かったような。

 あくまで戯れ言と言い張るなら、俺にも考えがある。

 嘗められ疑惑が浮上したし、黙っていられない。 

 イメージの払拭を兼ねて切り込む。

 

「ほう。じゃあこれからの対応は現状維持でいいのか」

「…どういうことでしょう?」

「言葉通りだよ。シルムの処遇を悪くしないけど良くもしないってこと。努力してるシルムの為に色々と思案してたけど、要らなそうだから」

「つまり、ご褒美の質が上がらないんですか…?」

「そうとも言い換えられるかな」


 これでこの頃近しいシルムを抑止する口実が出来たし、仮にさっきのは本当だと訂正されても、自重を促すもとになるはず。

 少しは懲りてくれればいい…のだが、シルムの様子が何だかおかしい。


 まるで希望を絶たれたような表情で固まったまま、動く気配がない。

 そんなにショックだったのか? でも反応が過度な気もするような。

 泣き落としの前例があるせいで、演技のように感じられてまうのかも。


 いずれにせよ、ここで折れるのは早い。

 見縊られたままかもしれないし、シルムの出方を窺ってみる。


「制限を設けるとは言っても、今までのが無くなる訳じゃないから。そんな気を落とさなくても」

「いえ…私が言い出したことなのでお構いなく…」


 ずーーんと暗く力ない声のシルムに、演技ではないと思い始め、念を入れて様子見を続けたが、立ち直りそうにない。

 

 これならアプローチがおとなしくなる可能性は高い、けど…軽い仕返しのつもりで、消沈させてしまうのは本意と反する。

 一戦交える前に気が削がれていては、動きに支障が出てくるのは明らか。


 シルムの本調子を引き出す方法と、その為になすべきことは分かっている。

 ここで実行に移るから甘く見られてしまうのかも。

 まあ、多少は反省したと信じておこう。


「やっぱりさっきの話は忘れてくれ。頑張ってるのに相応のものが得られないなんて、自分で言っててどうかと思ったからさ」

「そんな! センお兄さんに悪いです」

「悪いも何も、俺が一人で勝手に決めたことだしな。そんなわけで今回の評価に応じて譲歩したりするから、気合を入れて模擬戦に臨むように。分かった?」


 異論を聞き入れない表明のため、強硬な態度を前面に押し出す。

 戸惑い、何度か口を開きかけ逡巡するシルムは、やがてそれらを飲み込むと、こくりと頷く。

 納得しきってはなさそうだけど、首肯したし言葉を継ぐのは不要だろう。


「よし。時間も迫ってるから切り替えてくよ。ルール内容の確認はいる?」

「頭に叩き込んであるので結構です。ありがとうございます」

「分かった。開始位置についたら合図送るから、返してくれ」


 了承する姿を見届け、所定の場所に向かう。


 明るく努めてはいるが、まだ心残りがありそうだ。

 しかし問題ない。シルムには訓練を通して精神面に関しても説いてきた。

 彼女曰く俺から教わったことは漏れなく記憶しているそうなので、本当なら、こちらの準備が終える頃には整えているはず。


 模擬戦の条件はクランヌのときと同様。

 俺は目測100メートルほどから、魔装を用いつつ徐々に距離を詰めていき、対するシルムは魔法で迎え撃つ。

 近付いて接触したら俺の勝ちで、有効な一撃を与えたらシルムの勝ち。


 俺が扱う魔法は魔装のみで、その他の魔法や能力、武器の使用は禁止。

 それと魔装を常時、全身の使用は強行突破が可能になるため制限としている。


 なので、こちらの意表を突くか、回避不能な詰みの状況を作り出すことが攻略な鍵となってくるだろう。


(さて…)


 位置へ辿り着き、振り返って先を見据えるとーー動揺を取り払い、落ち着いて真剣に佇む少女。

 うん、期待通り教えは守っているみたいだ。


 打ち合わせ通り、ブレスレットを介して準備完了の意を伝達する。

 間もなく、シルムから返事が届く。


『いつでもどうぞ』

 

 承諾を確認すると同時に、緩やかに前進を開始。

 訓練の成果、じっくり見させてもらおう。

 

 シルムが初手に仕掛けて来たのは、両刃の剣を象った初級光魔法、ホーリーソード。

 三振りの剣が、順々に、変則的に襲来。

 最初の薙ぎは肘で防ぎ、次いで袈裟斬りは体を反らして躱しながら弾き、最後の突きは刀身を上から手刀で叩き割る。

 

 この魔法は、術者の技量を要するが自在に操れる。

 距離が開けてるので負担も大きいけど、シルムならやりかねないので、一応全て魔装で対処。


 飛び散る光の残滓の中を、足を止めることなく進む。

 通用しないと分かっていたように、続く第二波は視界を埋め尽くす火の玉、ファイヤボール。

 これも魔装で対処…はしない。

 

 さっきのホーリーソードの名残みたく、ファイヤボールを破壊しても、熱量は数秒その場に残留する。

 その間、魔装を維持してないと火傷を負ってしまう可能性がある。

 

 横並びには飛んで来ていないので、合間を縫って行けば問題ない。

 要所要所、ステップを挟みながらファイヤボールの波を抜けると、シルムの姿が白光りのカーテン奥に消える。


(しっかりと考えてるな)


 中級光魔法のホワイトヴェール。

 魔法への耐性が高く、目隠しとしても機能する遮蔽物。

 魔装なら難なく突破できるが…状況が窺えないため、警戒を強めなければ。


 近付いて打ち破る拍子ーー素早く後ろに下がる。

 直後、退いた位置の地面から火柱が勢いよく湧き立つ。

 ホワイトヴェールの真下に設置魔法のフレイムタワーを仕掛けていた。

 

 設置魔法は発動するまで反応が薄く感知しにくい。

 加えて、今のように別の魔法と被せれば隠蔽性が高まる。

 このテクニックは教えてないのだが、自分で気付いたとしたら冴えてるな。


「おっと」


 感心していると、火柱の中から火の槍が出現したので払い除ける。

 フレイムスピアー程度が有する熱量なら、避けなくても遜色ない。

 火柱をも目隠しに用いるとはやるな。感知してたから対処出来たけど。

 

 気を取り直してベールを剥ぐと、その先には二つ目のベール。

 魔力反応的にまさかとは思っていたけど、連続して展開されているようだ。

 進んでも同じような光景…これに似たものを何処かで見たような。

 

 細心の注意を払いながらも急いだが、不思議とこれ以上の妨害はなく、ホワイトヴェールのエリアが終わりーー


(上手いこと時間を稼がれたか)


 ーー魔法の詠唱を済ませたシルムが不敵に待ち構えていた。


「頑張って避けて下さいねっ。ヒートウェーブ!」


 こちらへ水平に押し寄せる熱波。

 広範囲で逃れるのは厳しく、局所の魔装では他の部分が熱に飲まれてしまう。

 かと言って全身を守るのは敗北を意味する。

 

 採れる択の限られた、既視感を覚える窮地。

 間違いなく誘導されている。でも、やるしかない。

 タイミングを合わせてグッと踏み込み、地面を強く蹴って跳躍。

 その際に仕込みをしておく。


 瞬間、待っていましたとばかりにシルムが動く。


「フィニッシュです!聖光よ射抜いて、サンクティアレイ!」


 シルムの正面に生成された光の球体。

 放出される奔流が収束し、複数の光条となり、俺の全身を貫かんと一斉に襲いかかってくる!



 この二の矢を放つのが本命で、大掛かりな仕掛けは囮に過ぎなかった訳か。

 並列して二つの魔法を詠唱したのも驚きだが、必要な時間を計算してあるのは見事。

 空中移動を封じられている俺に、あの物量は回避不可能。

 

 普通はそう思うだろうな。

 

 しかし、クランヌとの模擬戦を観戦していたシルムが、空中を狙ってくる予想はしていた。

 それと魔法への対抗手段が一つだけと思い込んでいるみたいだが、それは違う。

 確かに、武器も能力も別の魔法も使えない、けど。


「俺にはまだ、これがある」

 

 事前に脱ぎやすくしておいたローブを掴み、光条に向かって投げつける。

 そう。大抵の魔法を防いでくれる、高い耐性を持つこのローブを見落としている。

 

 全てを消すには至らなかったが数は減った。

 さらに、魔法と交差する手前で身体を捻り、当たる箇所を限定。

 これだけ少なくなれば、追従するサンクティアレイだろうと凌ぐことが出来る。

 

 落下しながらも感性を頼りに迎撃。

 無傷での着地を遂げ、シルムへ向かい素早く駆ける。

 あともう少しの距離。


 慌てて魔法を放ってくるが、最初と比べ狙いがぶれており簡単に捌ける。

 緊迫の表情をしており、もう考える余裕もないみたいだ。

 

 惜しかったけど、詰めが甘かったな。

 初めてにしては十二分に頑張ったし、労いを考えないと。

 そう頭の中で結論付け、模擬戦を決着させようとした矢先。


 シルムの魔力が手に集中する。

 経験則から爆発の魔法。冷静さを欠いて自棄になってしまったのか?

 

 自身の魔法だろうと浴びればただでは済まない。

 この場に留まればやめるだろうか。いや、今行けば間に合うし俺が止めた方が確実。

 大きく前へ踏み込みシルムへ手を伸ばすーー。


「やっぱり、センお兄さんは優しいですね」


 そう呟いて魔力を霧散させたシルムは、俺の手を取りスッと抱きついてくる。

 あまりにも自然に、いつものように寄り添って来たから反応出来なかった。

 いつもの…ように…? 


 まさか。


 俺の腰へ回された両腕による、少し痛いくらいの抱擁。

 鍛えた足運びによる接近と、訓練外でも努力していた身体強化。

 顔を埋めていたシルムが、顔を上げ。


「私の勝ち、ですか?」


 優しく笑って、言った。


読んで下さりありがとうございます。


区切りがいいので続きは次回。

台風の関係もあり投稿が遅れてしまいました。

何とかこちらの方は無事でした。

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