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53 花屋

読んで下さりありがとうございます。

「お二人とも、ありがとうございました。お陰様で目的の服を頂けました」


 残りの服を元の位置に戻し終え、店の入口付近にいる俺とクランヌ。

 そこへ、大きめの紙袋を提げたシルムが駆け寄ってきた。


「では、あなた。お願いします」

「…ああ」


 恥じらいながら差し出された紙袋を受け取る。

 荷物持ちを名乗り出たので、それは快く務めさせてもらう。

 しかし、問題なのはこの”あなた”呼び。

 

 淡々と言ってくれれば、平然と流せるのに。

 妙に情感がこもっているから、想像してしまいそうになる。

 彼女たちとの未来の光景をーー


(いかんいかん)


 湧く想像を払うように、小さく首を振る。

 あのまま続けていたら、二人に対する見方が変わってしまう。

 今のところは一線を越えるつもりは無い。


 許容寸前の危うい状況なので、対策を講じなければ。

 動じないようにするには……やっぱり、俯瞰するのが安定か。

 目の前の出来事を客観的に捉え、人が抱く印象を考える。


 例えばシルムのあなた呼びは「いいお嫁さんになる」「帰宅するのが待ち遠しい」「相手は幸せ者」など。

 簡単な話、他人事そのものだが、これも心の安寧のため


 狙い通り意識が逸れて落ち着いてきたし、放置していた紙袋をしまうとするか。

 腰の革袋を開いて手を近づけ、取りだしやすいスペースに収納。

 

「やっぱり便利ですわね」


 隣で一連の流れを観察していたクランヌが、革袋に向けて視線を注いでいる。

 そういえば、前にこれを垂涎ものと評してたっけ。


「クランヌとしては、是が非でも欲しかったり?」

「不要…と言えば嘘になりますが、今はそれほどでは。もともと魔力不足を補うために欲していましたけど、貴方様のお陰で解決の目処が立ちましたので」

「そっちか、てっきり販売用かと」


 転移は対象の質量によって魔力消費が変動するが、空間拡張した入れ物に納めれば一律。

 そんな術者の観点も含めて生まれた望みだったようだ。


 クランヌの貴方様呼びの印象は「イメージとピッタリ」「気が自然と引き締まる」「誇らしい気持ち」等。

 多少、主観が混じるのはしょうがないとして、この調子ならなんとかなりそうだ。

 

「希少なものの扱いは困ってしまいますもの。貴方様もそう感じたことございませんか?」


 過去の経験を思い出したのか、眉が僅かに動き複雑そうな面持ち。


「言われてみれば…」


 俺は革袋より大きい物を入れるとき、必ず周囲を確認している。

 それは、周りの人全てが良識があるとは限らないから。

 狙われる可能性と、行動を起こせる力を身に備えたこの世界。


 価値あるものには相応のリスクが伴う。ここでは特に。

 そういった危険も踏まえての判断とは、商人の道は険しそうだ。


「では、そろそろ行きましょうか」


 クランヌはいつもの安らかで凛とした表情に切り替えると、出発の提案をした。

 

「それもそうだな」

「結局、あなたは服はよかったんですか?」


 隣で首を傾げたシルムが尋ねてくる。


「今はこのローブ脱げないし、何よりセンスがな…」


 外出の服装は助言に頼り、それ以外は無地の服で装飾品に拘ったこともない。

 このようにお洒落への知識は知れている。


「でしたら、落ち着いた機会を設けて私たちで見繕いますわ」

「それ、いいですね! あなたはどうですか?」


 両隣から期待のこもった視線が向けられる。

 正直、こちらへ来てまでローブ生活なのはどうなのかとは思っていた。

 選んでもらえるのは好都合だし、断る理由もない。


「そのときはお願いしようかな」

「任せて下さいっ」

「調べておきますわ」


 こちらへ来て初めての私服。今からちょっと楽しみ。

 でも、重要なことを忘れているような…。

 まあ大事なら後で気付くだろうし、置いておくか。




 クランヌの案内の元、続いてやって来たのは花屋。

 ここでもシルムは手伝いをしているそうで、挨拶に向かった。


 店頭から店内にかけて、多種多色の花が並んで多彩。

 中はシーリングライトで照らされ、複数の香りが混ざって独特の匂いがする。

 店内を少し進むと、先頭のクランヌが振り向く。


「ここでは仕入れや私用でお世話になっておりまして、自信を持ってお薦めできます。貴方様もご入り用であれば」

「ああ、教えてくれて助かる」

 

 今では浅くとも交遊関係があるのだから、見舞いの品の一つや二つ知っておかなければ。

 この世界にも花言葉は存在するのだろうか? もしそうなら、非礼のないよう注意しないと。


「申し訳ありませんけれど、私も少し外れますわね。必要な花を調達に参りますので」

「ああ、行ってらっしゃっい」 


 一礼すると翻って離れていく。

 一人になりどうするか考えつつ、クランヌを目で追っていると、美しい花の前で足を止め、そちらに手を伸ばす。

 

 優しげな表情で花を選ぶその姿は映えていて、思わず目が奪われてしまいそう。

 

「一段と綺麗ですね。クランヌさん」 


 隣に来たシルムが、後ろ手を組んでこちらを覗き込みながら言う。


「そうだな。花との取り合わせで上品さが際立ってる」

「お似合いで羨ましいです」


 クランヌ方に顔を向け、羨望の眼差しで見ている。


「シルムも似合ってるけど」

「えっ」


 言われたことが意外だったのか、シルムは口を開けて固まった。

 二人と花の組み合わせ考えた場合、クランヌは凛として艶やかな花が合い、シルムには明るく可憐な花が合う。

 方向性は違うけど、似合うのは間違いない。


「ほら、シルムと後ろのピンクの花とで可愛く見えるし」

「ふぇっ? この花はーーじゃなくて、か、可愛いなんて」

「事実を言ってるだけだよ」 


 口説いているわけではなく、客観的に感想を述べている。

 心の均衡を保つための試みはまだ継続中。

 

「~~っ、褒めてもジャムしか出ませんよっ」 

 

 羞恥で顔を紅潮させ声にならない声を漏らすと、照れ隠しなのか後ろ手を前方に伸ばす。

 そこには赤色で満たされた瓶が二つ乗っている。

 ジャムは出てくるのか…というか。 


「なんでいきなりジャム?」

「お店の方から頂いたんです。前に花が余って多く作ったので。あなたとクランヌさんにお裾分けです」

「これは花で出来てるのか」


 果物か野菜で作られていると思っていたが、食用の花もあるし、そう考えたら不思議ではないな。

 うん?


「言い方からして、シルムが作ったのか?」

「はい、一部のジャムは私が。ちなみにこれはロズという良い花で出来ていますので美味しいですよ。パンはもちろん料理にも使えます」 


 顔の赤みが少し残っているものの、落ち着いたようで売り子みたく説明をしてくれた。

 シルムは手伝いをしているのもそうだけど、モデルやジャム製作を任されてるのは相当凄い。

 今は訓練と周りのことで忙しいけど、選択肢多そうだし、好きな道を進めるだろう。


「ありがたく頂くよ」


 瓶を落とさないよう、一つずつ受け取って革袋の中にしまう。


「折角ですし、花のことお教えしますよ。あなたの気になった花を選んでみて下さい」

「そうだな…」


 見覚えのある花なら安定だろうが、面白味には欠ける。

 左右に首を振り、花の中を歩く。

 どれも手入れされていて目を引かれるが、ピンと来そうなのはーー。

 

「お、この白くて花びらが多いの好きかも」

「ふふっ、あなたに合った花ですね。それの名前はペコニアで、花言葉は親切です」


 やっぱり花言葉があったか。


「そんな親切でもないけどな」

「いえいえ、息抜きの機会を設けてくれましたし、充分親切ですよ。お相手がどう思うかが大事じゃないです


 そう言われると、シルムの方が正しいか。

 自分がどう思って行動しようが、余計なお世話とか他人の評価は変わってくるし。

 頑なに否定しても仕様がない。


「そっか。ならありがとうと言っておく」

「事実を伝えたまでです」 

 

 む。イタズラっ子のような顔して、やり返せるほど調子が出てきたか。


「…まあいいや、シルムだったらどんな花を人に贈る?」

「スルーしましたね…んーと、ペンスティモとカスイソウですかね。こっちにあります」

  

 手招きするシルムの後を付いていく。


「この釣り鐘みたいな形のがペンスティモ。あの一見花びらですけど、苞という葉っぱに包まれているのがカスイソウです。意味はあなたに見とれていますと、想いを受けて下さいです」


 親しい人に向けた寄贈の花か。クランヌを意識したのかな。

 意味が少し重いから、間違えて贈らないよう覚えておくか。

 

「じゃあ、避けた方がいいやつとかある?」

「それはですねーー」

 

 こうしてクランヌが来るまでの間、シルムの講座は続いた。 


  

 

 あれから別の店を回り、残りの時間はゆっくりしようと三人で決め、クランヌ行き付けの喫茶店へ。

 個室に通してもらい、ティーセットを頂く。


「なあ、今日もしかしてさ」


 クランヌが注いでくれたチャーを飲みつつ、二人に切り出す。

 息抜きを通して薄々感じていたことがある。


「商店街を案内してくれたのか?」

「バレちゃいましたか」

「あら、お気付きでしたの」

「いや、まあ…」


 店に着くたびここはお薦めだと推されたら流石に引っ掛かる。


「でも、ついでなので気にしないで下さい」

「私たちは希望の店を回ったに過ぎませんので」

「俺としては助かったし、二人がいいなら構わないけど」


 しっかりと用事や買い物をしていたので、遠慮していないのは本当だろう。

 お陰で必要なとき、しらみつぶしに探す手間が省けた。


「にしても、二人の人望はすごいな」


 まだ金貨が残っているので、ある程度散財するつもりでいたのだが、行く先々で物を渡されて出番が無かった。

 逆にシルムとクランヌにあやかって色々貰ってしまった。


「取引でお世話になっているだけですわ」

「お手伝いしてるだけですよ」

「謙遜しなくても。サービスしてくれるのは日頃の行いがいいからだ」


 傍から見ていても、みんないい笑顔だったし。

 人当たりのよさが、このように好意として返ってくる。

 情けは人のためならず、だ。


「……」

「……」


 二人とも無言だが満更でもない表情をしている。

 いつもは圧されている俺だが、今日はすこぶる調子がいい。

 俯瞰するのは成功だったようだ。


「でも」


 ーーと、感慨に耽る俺に水を差すように、シルムが口をひらく。

 何だろう、嫌な予感がする。


「人の良さはあなたには敵いません。ですよね? クランヌさん」

「ええ、だって私たちの息抜きに付き合って下さいますもの」


 それに、と付け加えるクランヌ。


「呼び方を変えるお戯れにも、ね。さて、次回はどういたしましょう?」

「ご希望の呼び方はありますか、あなた?」

「……」


 さっきとは打って変わり、こちらが無言になる。

 完璧に乗り切ったつもりだったが、彼女たちとの訓練はまだまだ続いている。

 それに伴って、また休息の機会を設ける必要が出てくる。今回だけ…というわけには。

 監督しないといけないから参加は確定。

 

 また同じ方法を用いる? いや、あれは個の感情を押し殺しているので褒められた行為ではない。

 あまり頼りきりだと、人間味が損なわれそうだ。

 だが、打開策も思いつかない。どうすれば…。


「時間はまだありますし、ゆっくり決めましょう? 貴方様」

「次のお出掛けが楽しみですね。あなた?」

「はは…」


 呼び方談義に花を咲かす二人を前に、乾いた笑いを漏らすことしか出来なかった 

 

昨日の夜に更新するつもりでしたが、手違いで文章が消えたので遅れました。申し訳ないです。


センもやられっぱなしではない筈でしたが、残念ながら。

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