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52 衣服

お待たせしました。

 今日の訓練を終えて、昼下がりの孤児院の門前。

 俺、シルム、クランヌの三人で話を交わす中、二人に向け質問を繰り出す。


「明日は予定空いてるか?」

 

 この問いに対し、両者とも不思議そうな反応を示す。


「今日と同じ予定ですけど」

「私も同様ですが」


 二人が疑問に思うのも当然。装飾品を介した連絡手段があるのだから、わざわざ確認を取る必要はない。

 それは俺も承知しているので、無論、この質問には意図がある。


「息抜きに明日は町へ出掛ける、これは決定事項だから」


 突然の予定変更を、語気を強めて言い渡す。

 

 一時間を十時間まで引き延ばした、連日に及ぶ訓練。

 休憩を多く挟んでいるとはいえ、一日を長く感じるだろうし、行程は単調なもの。

 蓄積した疲労が何かしらの形で前に、骨休めの機会を設けてリスク軽減を狙う。


 独断で決めたので不平不満は出るかもしれないが、押し通すつもりだ。

 最近、彼女ら(主にシルム)には圧されっぱなしで如何なものかと思い、今更な気もするが強硬な姿勢を見せる。


 不参加の場合「消化するまで訓練は延期する」と逃げ道を潰す用意もあり、反論を封殺し優位を示す。

 そう意気込んでいたが。


「いいですね!  クランヌさんとは最近ご無沙汰でしたし」

「そうですわね、私も異論ございません…センさん?どうかなさいました?」


 予想だにしない、好感触の手応え。

 一人相撲とはこのことを指すのだろう……自嘲と共に徐々に気勢が沈んで行く。

 そんな機微の変化をクランヌは気付いたようだ。


「いや、大したことじゃない。気にしないで」


 立場の格付けを画策して失敗したなどと、話せるはずもないので、悪いが有耶無耶にしてやり過ごす。


「センお兄さん、すんなりと受け入れられたのが意外だったんじゃないですか?」


 だがそこへ、疑問を投げ掛けているものの、確信めいた口調でシルムが言う。

 というか、的確すぎて些かの動揺が隠せない。

 

「…何で分かった?」

「うーんと、勘ですよ、勘」


 言い当てられたのが初めてだったら一先ず納得したけど、偶然はそう何度も起きないからな。まぐれと捨て置くのは厳しいところだ。

 間があったのも怪しく思える。


 前々から察しの良さに引っ掛かりを覚えていたが、もしかしたらシルムには読心の才があるのやもしれん。


(なんて、それは流石に考えが短絡的か)


 我ながら安直だと思いながらも、生まれた疑念はそう簡単に払拭できないわけで。

 今も俺のことを見透かしているのでは。含みを持たせた視線でシルムを注視してみる。


 すると彼女は黙したままで、ただにっこりと微笑んだ。 


(まさか、本当に…?)


 意味ありげに見えるのはシルムの仕業なのか、自身の心持ちが錯覚させるのか、区別がつけられない疑心暗鬼に陥っている。

 だが、例え故意だったとしても、この様子では望んだ答えを引き出せないだろう。

 

 これ以上、長引かせるのは不毛。静観しているクランヌに悪いし。

 謎を深める結果に終わってしまったが、一先ず保留にして本筋に戻るとしよう。


「シルムの言った通り、文句の一つや二つ覚悟しててさ。それで、肩透かしを食った気分になった」

「あら、そのような心配はご無用ですのに。センさんの意向に従うのは当然ですもの」

「そうですよ。センお兄さんのこと信じてますから」


 躊躇いのない、純粋で真っ直ぐな言葉。

 彼女たちは素直に信を置いてくれている。

 指導者の立場を危ぶみ計画を練ったが、どうやら杞憂だったらしい。


「…分かった。じゃあ、明日は出掛けるってことで」

「はいっ」

「ええ」


 大まかな段取りは後ほど連絡で決めることとなり、各々、自分の目的地へ足を向ける。

 さて、今日からちょっとやる事が出来たし、それを済ませに行くとしよう。




 かくして、翌日の昼。

 ギルド前で二人が来るのを待っている。

 服装はいつぞやの時と同じく、赤いローブを身に纏い、フードを目深に被って顔を隠した状態。

 

 前回、クランヌだけでも浴びる視線の数が凄かった。

 そこへ有名であろうシルムが加わったら、どれだけの衆目を集めるのやら。 

 目立たない目標を貫くためにも、素性は明かしてはならない。変装に関して二人の了承は得ている。

 

(俺の私服に興味を示していたが…)


 ファッションの知識は乏しいので、期待されても困るのが本音。

 宿から出て目撃されるヘマをしないよう、人気の無い路地で赤いローブに着替えてきた。帰りも同じようにするつもり。


 ーーと。右手首のブレスレットが明滅する。

 シルムからの連絡で、間もなく到着するようだ。

 返事ついでに出来るだけ細かく位置を伝えておく。

 こうすれば往来の絶えない雑踏の中でも分かりやすいはず。


 連絡から間もなくして、右方がにわかに色めき立つ。

 そこには、こちらへ一直線に向かって来るシルムの姿があった。


 レースがあしらわれた腕出しの白ブラウスに、膝まで伸びるピンクと白で構成されたフリルスカート。

 髪はいつもと同じポニーテール、黒のブーツに連絡用のブレスレットを身に付けている。


 普段は汚れても構わないように、地味めな服装のシルムがお洒落している姿を見るのは初めて。

 シンプルで落ち着いた印象のコーデは、より一層彼女の女の子らしさを引き立てている。


(簡潔に述べると、可愛い)


 道行く人がつい、目を留めてしまうほど。

 しかし中には、シルムから顔を背け距離を取る人もいる。

 そういえば出会った当時、脅迫もとい警告をされたことがあったな。

 今となっては警戒心の欠片もないが…噂は抑止力として機能しているようだ。


「こんにちは…この服、どうですか?」


 合流したシルムが、指を突き当わせもじもじしながら尋ねてくる。

 賛辞は聞き飽きていると思っていたが。まあ、勿体ぶるようなことでもあるまい。


「見違えたよ。よく似合ってる」

「良かった~」


 褒められたこと安堵し、随分幸せそうに相貌を崩す。

 それにより周囲の視線が強くなったような気がする。特に害はなさそうだからいいか。


「あっ、クランヌさんも来たみたいです」


 シルムが来た逆の左方、やはり行き交う人に声を掛けられているクランヌは、応えながら歩み進めている。

 

 ロリータ風ファッション。青ベースに白を取り入れ、段になっているフリルのふち部分は複数の配色。

 紐上げの白いサンダル、銀髪には高そうな髪飾り。


 ふわっとした着衣でも高貴さを感じさせるのは、悠然とした立ち居振舞いがなすわざなのか。


「お待たせしまして申し訳ありません」

「いえ、私も来たばかりです」

「全然待ってないよ。にしても、クランヌがドレス着るとより華やいで見えるな」

「まあ。お褒めいただき光栄です」


 シルムからの流れでクランヌを褒めてみたが、意外だったようで少し驚いている。

 しかし慣れているのか、返しは落ち着いたもの。

 頬に朱が差しているのは、偶然だろう。


「…早速ですが、移動いたしましょうか」

「そうだな」

「ですね」


 クランヌが加わり、ひときわ注目が増して見世物になってしまっている。

 中には俺に敵意を向けてくる者も。傍から見たら両手に高嶺の花だからな。長居は無用。

 

「では、参りましょう」 




「ところで、まずは何処へ行くんだ?」


 此処らの道はおおよそ把握したとはいえ、まだまだ知識の浅い俺は、今日のコースを二人に任せた。

 幸い、希望が幾つかあるとのことで付き添い兼、荷物持ちの役を担う。

 

「服屋ですわ」

「品揃え豊富なので…あー”あなた”も宜しければ是非」


 シルムは何か言いそうになるのを堪え、声をあげて誤魔化す。

 何故、不自然な様相かつ呼び方までおかしくなっているのか。

 これにはちょっとした事情がある。

 

「苦労をかけてすまない」

 

 そして、他ならぬ俺がこの状況の原因。


 変装する連絡に追加で、本名バレしたら意味ないからと、名前は出さないよう頼んでおいたのだ。

 偽名を用いるか迷ったが、同名の人が被害を受ける可能性、うっかり間違えるリスクを考慮し、使わない方向に落ち着いた…のだが。


「そんな、むしろ楽しいですよ」

「私も新鮮でよいと思いますわ。あ、貴方様」


 そこへ代替案として浮かんだのが、このあなた呼び。

 提案者はまさかのクランヌ、そして乗り気のシルム。

 流石にまずいと感じた俺は、お兄さん呼びや装飾品による伝達を候補に上げるも。


「普段からお兄さんって言ってるのでダメです」

「逐一確認するのは不便ですわ」


 反論されあえなく終了。

 それ以降、納得させられる理由は思い付かず、しぶしぶ提案を飲むことに。

 それはいいとして。


「恥ずかしいならやめない?」


 実際に口にすると羞恥を覚えるようで、言動が恥じらい混じりになっている。

 そのせいで妙にリアリティーが生まれ、これではまるで初々しいカップル。

 

 色々と悪化する前に中止を求める。しかし、二人は首を振って拒否。

 巻き込んでいる以上、強く出れない俺は従うしかない。

 こうなったら、喉元過ぎればの精神で耐えるのみ。


「着きましたわ。こちらです」


 クランヌの案内のもと、入店した服屋。

 広めの通路。所狭しと掛けられた服が並び、中には畳まれて棚に置かれているものもある。

 シルムの情報通り、大抵の服は揃えられそうだ。


「いらっしゃいませ。クランヌさんとシルムちゃん、こんにちは」


 お洒落な服装をした店員の女性がやってきて一礼。

 名指しでの挨拶から彼女たちの知り合いだと窺える。


「ごきげんよう」

「こんにちは」

「前はありがとうシルムちゃん。数着持って行ってね」

「はい。頂きます」


 うん? 理由は不明だが、シルムは無償で服を貰えるようだ。

 以前、商店街の手伝いをしていると言っていたし、その一環だろうか。

 話に付いていけない様子を見兼ねたのか「ああ」と女性が口を開く。


「たまにモデルをしてもらってるんですよ。女の子向けの服の参考や、調整のために。その代価が店内の商品で、クランヌさんには仲介をしていただいてます」

「なるほど」


 説明のお陰で、部外者の俺にも関係を把握できた。推測は当たっていたが、よもやモデルをしているとは。

 まあ、納得の人選ではある。

 主観でも相応しいと思うし、先程まで人の目を引いていたシルムなら間違いない。


「では、業務に戻りますので、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って持ち場に戻る店員を見送りつつ、一考する。

 女性の服選びは長いと聞く。男で素人の俺がいても仕方ない。

 その間どう過ごす……適当に店内を見て回るか。見慣れないものが多く、時間潰しになるだろう。


 結論を出すと同時に、ローブの裾がクイクイ引っ張られる。

 そちらへ向くと、上目遣いでこちらを見上げているシルム。


「あの、私の服選びに付き合ってくれませんか」

「いや、俺じゃまともな助言できないよ」

「見た感想を教えて下さればいいので」

「それだけでいいなら、構わないけど」


 特に参考になると思えないが、当の本人が感謝しているのでいいか。

 今日の外出はリフレッシュ目的だから、意は汲んであげないと。


 


 そして始まったシルムのファッションショー。

 ワンピース、コート、ショートパンツ、スカート等が、試着室でテンポよく披露。

 中には名称が不明なのもあり、種類の多さを思い知らされている。


 服選びは予想と違って迅速そのものだった。

 というのも、モデルとして来るついでに、事前に目星を付けているそうだ。

 あとはそれらを探して回るだけ。迷いがないのも頷ける。


 その選び抜かれた着衣に、言われた通り率直な感想を述べている。用いられる語彙の数は我ながら乏しい。

 シルムは俺の反応を見て情報を得ているようなので、一応、役立っている。


 対して隣のクランヌは、色や小物の組み合わせをアドバイスしており、俺は「ほう」とか「へー」感心するばかり。

 間抜けな絵面になっているかもしれん。


 一通り着替えを済ませると、もうシルムは貰う物を決めているらしく、籠の中から数着携えると、確認を取りへ向かう。

 その間に、俺とクランヌで残りを元の位置へ戻しに。

 丁度いい。ファッションショーを見て、クランヌに聞きたいことがあった。


「クランヌって淑女を目指してるんだよな」

「ええ」

「だったら何で優雅なドレスを着ないんだ?その方が大人に見えるのに」


 質問にピタッと足を止めたクランヌは、微笑みをたたえながら、真っ直ぐ俺の目を見る。

 強い意志の宿った瞳は、いつもより澄んで見える。

 

「だからこそ、ですわ。盛装すれば上品に見えるのは当然のこと。ですが私は、服に頼らずとも気品を醸し出す女性になりたいのです」


 すっと入ってくるような、腑に落ちる彼女の主張。

 どうやら俺は、クランヌの抱く淑女像を軽んじていようだ。

 そもそも疑問が湧いたのも、シルムの装いを見て印象が変わったから。


 浅はかな考えだったと反省しながらも、内面磨きにこだわりを持つ姿勢は、気高く感じられた。 

お久しぶりです。

まだ6月の中盤ですが、暑さに参ってしまいます。

いつもは雨が憂鬱なのに、涼しくなるとありがたく感じる自分。


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