51 難壁
令和初投稿お待たせしました。今元号も読んで下さりありがとうございます。
早速、残り時間を使ってクランヌと上級魔法に取りかかる。
シルムには離れたところで自主練習をしてもらっている。
「クランヌって上級魔法を目にしたことは?」
「幼少の頃に何度か。鮮明には覚えておりませんけれど」
「出来たらで構わないから、どんな魔法だったか話してほしい」
数ある中から、どの上級魔法を着手するか決める為の質問。
初歩的なのを詰めていくのが丸いだろうが、過去の印象を呼び起こせれば、有利に働く可能性もある。
記憶に依存するので、思い入れが無いならそこまで。
「キラキラと氷の結晶が舞っていたのは印象に残っていますが、あとは…地面は凍り付いていたような。駄目ですわね、抽象的ですもの」
それ以上何も浮かんでこないらしく、申し訳なさそうにかぶりを振る。
幼少期は派手な光景に気が惹かれてしまうのも無理はない。
しかし、これだけ材料を提示してくれれば事足りる。
「いや、近しいのなら思い当たる節がある。実演してみせるよ」
半信半疑ながらも、横並びの位置につけるクランヌ。
右手を前方に突き出し、握りこぶしを作る。
これはイメージを助長するための行為で、必須ではない。
「麗しき凍原の氷精、我が元に集え」
イメージするのは極寒、刹那的な速さ。
平行して、手中に魔力を収束させる。
それに連れ、手から零れる光も強まっていく。
「秘めし力を現出し、凛烈となり駆けよ!」
膨れ上がった魔力を感じ取ったのか、息を呑む姿を視界の端に収めつつ、手を開き魔法を解放する。
「エシュトラールセ」
ぶわっと髪が舞うほどの、一陣の鋭い冷気が放出され、通過した地表を瞬く間に凍てつかせる。
立ち込める冷気の中には煌めく氷晶が漂い、幻想的な空間へ転化。
クランヌは瞬き一つせず見入っており、瞳が結晶を反射して輝いているようだ。
上級氷魔法『エシュトラールセ』
範囲内の対象を氷で封じ込み、生物の体温を奪い鈍化させる、制圧に特化した魔法。
今やった前方向以外にも横や扇状など、場面に応じて使い分けられる。
偶にお世話になるのだが、魔法の難度は高い。
魔法が消失して反応を待っていると、クランヌは一度息を吐いて目を瞑りーー穏やかな表情で口を開いた。
「あの頃の、懐かしい気持ちを思い出せましたわ」
「なら、これが昔見た魔法で合ってる?」
「ほぼ間違いありません」
「そうか」
小さな頃と今の視点では、映る情景は変わってくる。
それに、術者の練度によって魔法に差異が生じるので、綺麗に一致はしないだろう。
「それで結構難しい魔法なんだが、どうする……いや、聞くまでも無さそうだな」
「ええ、俄然気力が湧いて来ましたわ」
予想以上に関心を掻き立てたらしく、やる気に満ち溢れた表情。
「じゃあ早速、同じようにやってみようか」
「はい」
細かいことは後回し。習うより慣れよ、だ。
スッと腕を伸ばし構えを取ると、クランヌは助言を求めることなく、一言一句違えず呪文を紡ぐ。
毎度、二人は当然のように一回で暗記する。感心せざるを得ない。
真剣な面持ちで魔力を高め、例に倣った完璧な順序で発動。
「エシュトラールセ!」
そうして、気合いと共に魔法が繰り出されーー地面に氷膜を張ったものの、程なくして霧散してしまう。
俺の放った魔法と比べると、規模も威力も雲泥の差。
その事実に打ちのめされたのか、浮かない顔で言葉を失っている。
「まさかこれほどとは」
「……ご期待に沿えませんでしたか」
「いいや、逆。想像の上を行って驚いた。最初は失敗したり、凍らずに終わることも多いと聞いたから」
クランヌの実力を見込んで誘ったため、不発に終わるのは切り捨て。予想では霜が出来るか、精精氷が張ればいいくらいに思っていた。
しかし蓋を開けてみれば、中距離にまで及ぶ薄氷。
完成形には遠いが、序盤でこの結果なら上出来と言える。
「だからそんな気負わなくていいよ」
「それを聞いて安心いたしました。ちなみに、センさんは最初どうでしたの?」
「俺は…」
英雄としての役目を果たすため、魔法に明け暮れた日々を思い出す。
素人だった俺がまず着手したのは、下級と中級を基礎に据え、徹底的に鍛えること。
そうして地力を身につけ、簡単な魔法から進めた結果は順当。
「参考にならなくて悪いが、七割くらいの出来だった」
「まあ。流石ですわね」
「色々と条件が整ってたお陰なだけさ」
上級魔法の習得には複数の障害が付いて回る。
その前提をほとんど無視出来てしまう境遇にいた。
例えば、第一の関門であるイメージ。
規模の広大化、威力の向上によって、より具体的な想像を求められる。
そのため、挑戦する魔法を観察するのが近道と言え、クランヌの印象にこだわったのもそれが理由。
しかし厳しいことに、扱える人と場所も限られているのが世情。
この二つも、関門と言えるかもしれない。
対して俺は、元の世界の日常生活でイメージが定着していた。
現実に魔法は無かったが、創作の中では有り触れ、再現した映像も多く存在。
技術が生み出したリアリティのあるそれは、本物を見たとき既視感を覚えさせるほど。
そうして記憶と紐付けたら、下積みした力を用い、本物に寄せて行くだけだった。
ただ、真っ当な過程を経てないのは、教える立場として懸念ではある。
「話を戻そう。好調とは言ったけど、氷が消えるのが早かったから、長く維持するよう意識して」
実体検の偏った俺が言えることなど知れているので、他から見聞きして統合したデータを元にアドバイス。
正直な話、情報収集の方が苦労したと言っても差し支えない。
「たしかに、別のことに気を割いていましたわ。留意致します。にしても、随分と魔力を費やすのですね」
「ああ。成功の是非に関係なく、一定量ぶんどられるからな」
技量が伴わない内は、エネルギー変換効率の悪い機械の如く、魔力は浪費されてしまう。
回数を重ねて改良を繰り返すことで、その無駄を減らしていく。
魔力は枯渇しようと供給するからいいとして、精神への負担も大きいのが気がかり。
クランヌなら潮時を見計らって切り上げるだろうが…。
そんな思いを余所に、上級魔法を立て続けに放っているクランヌ。正確には、見本と魔力供給の時間を除いて、だが。
努力は一向に構わないが、寸暇を惜しまないその姿は何処か急いているように見える。
限界に個人差はあるといえ、ここらで休ませた方が良さそうだ。
魔法が終えたところで、なおも続けようとする彼女に制止をかける。
「クランヌ、一回中断しようか」
「いえ、私はまだーーーっ…」
毅然と振る舞おうと、俺に向き直った折、崩れ落ちそうになる。
その前に近寄り肩を支えたものの、踏み止まれないようで、ぽすっと胸に収まった。
話しかけられて緊張の糸が切れ、体の力が抜けてしまったのだろう。
大人びていても、こうして抱き止めると華奢で女の子らしい。
転ばないように支えたまま、ゆっくり屈んで床に座らせる。
「ありがとうございます」
しかし、クランヌにしては珍しい。
いつもなら口を出さずとも、休憩を自主的に取っているのに。
やはり、あの張り詰めた雰囲気が関係しているのか。
ともあれ、大事になる前に引き止めておいて正解だった。
「継続は認めないからな」
何か言い出す前に、強めの語気で釘を打っておく。
失態を犯したからには強く出れまい。
「ごめんなさい、頭を冷やしますわ。このまま、肩をお借りしてもよろしいかしら?」
「俺は構わないけど…背もたれ用意しようか?」
「いえ、結構ですわ」
キッパリと言いのけたクランヌは断りを入れ、こちらの右肩に寄りかかり人心地つく。
何の躊躇もなく来るものだから、少々面くらってしまう。
こうして彼女と間近になるのは初めてだが、銀髪は光を反射しそうなほど美しく、長髪なのにくせ毛一つなくサラサラで、手入れが行き届いている。
そこに、花から抽出したような上品な香りが合わさって、高貴な存在であると感じさせられる。
そんな彼女が密着して無防備でいるのは何だか落ち着かない……今はそれよりも、ちゃんと注意しておかないと。
「もう分かったと思うけど、緩急つけないと駄目だぞ」
「はい……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑とは一切思ってないさ。このあと取引が控えていたとして、影響が出たら困るかなって」
助けたときから気を落とし、反省しているのは目に見えて分かる。
なので説教は一言に留め、可能な限り穏やかな声で思いを口にする。
「そのお心遣いに救われました。感謝いたします」
気持ちが通じたようで、クランヌは態度を和らげて謝辞を述べた。
(持ち直してよかった)
疲れているときに思い詰めると、余計に負担がかかってしまうからな。
一応、いざという時のために魔弾の用意はあるが、それを頼りに無理を通すのは危険な考え。
人体の迎えた限界を、人為によって安定した状態に戻す。そんな道理に反した手法、何のリスクもなく、いつまでも罷り通る確証はないのだから。
纏まったしこれにて一件落着、と区切りをつけたいところだが、まだ核心の部分に触れていない。
クランヌが無我夢中だった原因。それを放置したままでは、解決したとは言えない。
ここは一歩、踏み込んでおくべきだ。
「聞きたいんだが、何がクランヌをあれほど駆り立てた?」
「それは……話すと長くなりますので、もう幾許かととのえる猶予を下さい」
表情は窺えないが、口調から疲れが感じ取れた。
しまった。これでは急いているなどと、人のこと言えないな。
「分かった」と返し、無言のままゆったりとした時が流れる。
そうして、クランヌはおもむろに口を開いた。
「私が顧みずだったのは、偏に尊敬する方への憧れからです」
憧れか…その人に近づきたい気持ちが先走って、自制が出来なくなったのか。
つまり、魔法とその人物には何らかの関わりがあるのだろう。
クランヌの尊敬する相手。どんな人なのか気になるな。
淑やかで聡明、そんな彼女の人格に少なからず影響を及ぼしているはず。
俺の心情を見透かしたのか、唇で弧を描き顔を覗き込んでくる。
「気になります?」
「それは、まあ」
「ふふっ、勿体ぶりましたが、尊敬しているのはお母様ですわ。色々な知識をご教授下さり、魔法の師でもあります。あの魔法も幼少のとき、強請って何度か見せて頂きましたわ。それをーー私が扱えることに高揚し、上手く行かないもどかしさに我を忘れてしまったのです」
そう語ったクランヌは誇らしげで、母親を敬っているのがよく分かり、愛情すらも感じられた。
「本当に好きなんだね」
話を聞いて不意に、母親の記憶が甦える。
厳格な父に対して穏やかな気性の持ち主だが、物怖じせず父の間違いを指摘する強さもある。
そして、事あるごとに俺を気にかけていた、心配性でもあった。
度々、母の前から突然いなくなって悪く思うけれど、俺には成すべき事があるんだ。
「はい!ですが……不安になってしまいました。私はお母様のようになれるのか」
確かに、魔法の進捗は微々たるもので、憧れの感情も相まって不安も大きいだろう。
似た経験をしていれば、説得力のある言葉で励ませたかもしれない。
それが無い以上、言えることなんて限られて、決まっている。
「それはクランヌの気持ち次第だ。だが、諦めないなら俺は惜しみなく協力する」
魔法はただ回数を重ねれば言いわけではない。
一回一回の質も大事で、雑念が混じれば成長は遅れる。
中途半端に続けては辛いだけだ。
まあ、俺はクランヌが投げ捨てるとは思ってない。
何故なら、彼女の表情が生き生きとしているからだ。
「先程の弱音は聞き流して下さい。この想いは変えられないと、再認識したので。それに、センさんがいて下されば百人力ですもの」
「でも、加減はしてくれよ?」
「あら、やっぱりセンさんは意地悪ですのね」
悪態をつきながらも、楽しそうにぐいぐいと体を押し付けて来た。
意気込み新たにしたものの、時間が足りないので今日はここまで。
なので休憩しながら雑談していると、徐々にクランヌの口数が減り、寄りかかるのが強くなって寝息を立て始めた。
「クランヌさん寝てしまったんですね」
そこへ、声量を抑えたシルムがゆっくりと姿を見せる。
魔力が減ったので補充しに来たようだ。
「疲れてたみたい」
「忙しい方ですから。そのまま休ませてあげられませんかっ?」
「ああ、そのつもりだよ」
そう返すと優しげに感謝を述べ、魔力供給を済ませると去っていった。
シルムとクランヌ。互いが互いを思いやっている、仲良し姉妹のような二人。
彼女たちの力になる。これが、今の俺が成すべきことだ。




