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50 進歩

読んで下さりありがとうございます。

 パチッと目を開き横を見やる。基本的に睡眠から覚醒へは一瞬で、元の仲間曰く突然起きるから吃驚するらしい。

 寝る前と変わらず腕に抱きつき、顔を埋めて眠るシルム。

 前も思ったが、呼吸するのが辛くないのだろうか。


 さて、まずは時間の確認。

 寝袋のチャックを開き、側においてある懐中時計を手にする…よし、三分前に起きれた。

 目覚ましがなくとも、決めた時間の前後に起床するのは得意だが、確認は怠らない。

 では、シルムにも起きてもらおう。


「おーい、シルム」


 声量に気を付け囁くように話す。

 近くで寝ているクランヌにまで起きられては困る。

 位置関係上、フルーティーな香りが鼻へ飛び込んで来るが意識を逸らす。

 暫くすると、おもむろに顔を上げるシルム。



「ふぇんお兄ひゃん、わたひはもう駄目かもひれまふぇん」


 様子が何だかおかしい。

 目はとろんと頬は緩んでおり、言葉が所々壊滅的なのはだらしなく開いた口のせいだろう。

 一見すると、寝惚けているだけのように思えるが、ここ数日間シルムを起こす役を担い、このような様相は初めて。


 彼女も寝起きは良く、いつもは滞らずにクランヌを任せる段階へ移るが、よもや体調不良ではないだろうな。

 保険として魔弾のストックを脳内に並べつつ、再度シルムの名を連呼してみる。

 すると、まるで嫌がるようにシルムは顔を埋め、腕の拘束を強めた。

 

 うーむ…もしかしてこれは、日常のお決まりに近い状況なのではないか。

 朝を告げられ後五分と起床を拒み、刺すような寒さに布団から出ることを渋る。

 彼女も心地良さを手放すまいと無意識な抵抗をしているのかも。


 試しに繰り返し呼び掛けると「むぅー」と威嚇するような呻きも追加され、推測はほぼ確信となる。

 やはり寝ていたいのだな……かと言って、このままだと膠着する。だから手心を加えたりはしない。

 しばらくしてーー


「おはようございます、センお兄さん…何だか疲れてます?」

「いや、問題ないよ。シルムこそ大丈夫か」

「はい?元気ですけど」


 首を傾げる姿に先程の異常は影もなく、結局何だったのか。割と苦労したが、シルムは身に覚えがなさそうだし…。

 無い物ねだりをしても仕方ないので、一旦保留としよう。偶々今日だけの可能性もあるしな。


 そう楽観したものの、名残惜しそうにゆっくり離れる姿を見て、一抹の不安が残った。




「私が上級魔法を?」

「随分と魔法の回数重ねてるし、折角だからどうかなって」

「そうですわね…」


 魔力供給を続けたまま、目を瞑り考えに耽るクランヌ。

 それは構わないけど思考のためか、手をにぎにぎとされて少し擽ったい。

 言い出しっぺはこちらなので、指摘せずにおく。


「習得は困難だと聞き及んでおりますが」

「一朝一夕に行かないのは事実だな」


 魔法の規模と密度、そして求められる技量。全てが今までとは格段に上。

 中級はコツコツと積み上げれば、多くの人が独学でも視野に入る域。

 

 対して上級は、然るべき師の下で教わる。専門の学校に通うなど、環境を整えなければ至れない狭き門。

 属性に特化した能力を有していれば話は別だが、長い年月も要するらしい。


「ほぼ付きっきりで教えることになるかな」

「それは…!ですが、シルムが孤立してしまいますわ」


 一瞬、クランヌの引き締まった表情が驚きへと変化した。

 それを疑問に感じながらも、前もって用意しておいた回答で応じる。


「その点はちゃんと考えてあるよ。そもそも長く出来ないだろうから」


 魔法を完成させる上で障害の一つとなる精神疲労の大きさ。

 いつにも増してこまめな休憩は勿論のこと、特訓後に差し障りの無いよう、慣れない内は地道にやっていく。

 

「薦めておいてなんだけど、効率を考慮するとクランヌの目的には沿わない。魔力上げを優先するなら、この話は忘れて構わない」


 最後の一言は嘘。

 後ろ向きに言いつつ、本心としてはこの誘いに乗ってほしい。シルムに教える際の予習として、過程を見ておきたいから。

 自身も上級魔法への道程を歩んで来たが、如何せん辿ったところで色々と当てになりそうもない。

 

 クランヌは適性な素養を持っていて、彼女間違いなく今後の参考となる。

 このことを伝えては、シルム想いの彼女はきっと自ら折れる。

 不都合な面は隠さず、それも含めてクランヌの判断次第。

 

 動きの無いまま双眸がこちら見据えて時が過ぎーーフッと口辺を緩め、微笑を浮かべた。


「またとない機会ですし、ご教授願いますわ」

「……いいのか?」

「あら、頼み申しているのは私ですのに、どうしてセンさんが了承を求めるのです?」


 嫌味の感じない上品な笑いに、肩の荷が下りたような気分。

 先のクランヌの様子、もしかして俺の心情を見透かして……? 

 だとしたらーーしかし、彼女が決めたことに変わりはない、か。

 一々探りを入れるのも無粋だ。そう結論付け、クランヌに倣って表情を緩める。


「それもそうだな。上級目指して頑張ろう」

「ええ、ご指導のほどよろしくお願いいたします」


 手を繋いだままだったことにお互い苦笑し、改めて意気込みの握手を交わした。

 シルムにも話をつけに行かないと。




「シルム、ちょっといいか」

「はーい。どうぞセンお兄さん」


 魔法を反復していたシルムが中級魔法の炎を消失させ振り向く。

 初級を主軸に回していたのがつい先日とは思えない。


「近い内に模擬戦をやろうと思ってる」

「本当ですかっ」


 明るく身を乗り出し、ポニーテールがふわっと舞う。


「嬉しそうだね」

「だって、少しは私を認めてくれたってことですよね」

「ああ。けど、まだまだ先は長いから」

「はい。調子付かないようにします」


 慢心をしないよう戒めは忘れないでおく。 

 自ら少しは、と前置きをしているため無用かもしれないが一応。


「それで話の続きだけど、模擬戦をするに当たって自由時間を設ける。これまで均等に魔法を使ってもらっていたが、自分に合う魔法を絞って伸ばしたり、組み合わせを考えるなどシルムが好きに行動する時間だ。その間、俺はクランヌに付き添ってーー」


 発言を重ねる度に頷いていたシルムだったが、段々と顔色が曇り、涙目になってしまった。

 

「ずっと私一人なんですか…?」

「違う違う。一時間だけだから。後はいつも通りだから」


 最初に時間を明言しておくべきだった。

 シルムは好き勝手にしていいと、俺が指導を放棄したように思えたのだろう。

 そう捉えてしまうのは、きっと、心の内にまだ不安が残っているから。


「心配しなくても、シルムが一人前になるよう出来る限りサポートする。ほら、これ使って」


 腕で涙を拭う前に制止し、内ポケットの手巾を引っ張り出して渡す。

 受け取ったシルムは顔の上部に覆うと、一瞬身体を震わせ、口をつぐんだまま止まった。

 押し当てる力が強いため、鼻が浮き彫りになっている。

 涙ぐんだのが相当恥ずかしかったのかもしれない。


「取り乱してすみません、もう平気です」


 手巾が取り除かれ、目に多少の赤みはあるものの落ち着いた表情。


「これ、洗って返しますね」

「別に構わないのに」


 そう伝えても首を横に振るだけで、相変わらず意思を曲げる気はなさそうだ。

 服に自浄作用が付与されているため、手元に無くてもそこまで困らないから、シルムがいいなら強くは言わない。

 傍から見たら、はしたない行為なので場所は限定されてしまうが、些細な問題。


 了承すると、丁寧に畳んでポケットにしまうシルム。


「それで、クランヌさんとは何をなさるんですか?」

「中級の一つ先の段階、上級魔法を体得してもらうのさ」

「上級魔法…流石クランヌさんです。私も頑張らないと」


 触発されたのか、自分に言い聞かせるように意気込む。

 前もって口頭だけだが、上級魔法の大まかな説明をしてあるので、容易ではないと理解しているのだ。

 

 せっかくの気勢に水を差さぬよう、口にはしないが、シルムはもう十分に努力している。

 この短期間で模擬戦に至ったのがその証明。

 

 いくら成長の幅が他人の数倍大きくとも、生かすも殺すも本人次第。

 ただ回数を重ねればいいわけではなく、雑に熟そうものなら相応の見返りしか得られない。

 日に日に魔法の総数は増しており、その分負担も大きいが、シルムは直向きな姿勢を貫いていたまま。

 それが、結果に反映されている。


 ただ、杞憂かもしれないが、そんな現状を危ぶむ気持ちもある。

 シルムには僅かな違和感だろうと、報告するように言い聞かせているので、根を詰めて倒れる心配はない。

 彼女自らが口にした「一蓮托生」のワードが枷となり、その言い付けは確実に守られる。


 しかし、人生において不測の事態はつきもの。

 人は自分の想像以上に、疲労を溜め込んでいる場合がある。

 体調がいつも通りでも、検査を受けて数値化したら一定の数値を越えていた…なんて話も珍しくない。

 唐突に反動がやって来たとき、特別な立場の彼女らには大きな負担を強いてしまうだろう。


 そうならぬよう配慮はしているが、個人差を考えたら絶対はない。

 近い内に、息抜きの機会を設けた方がいいだろう。

 

 

遂に50話!

新元号発表前に何とか掲載できました。


四月になって環境に変化が生じると思いますが、投稿は続けて行くので、お付き合いく下さい。

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