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番外編 1

読んで下さりありがとうございます。

とっくに3万pv越えてました、これからもよろしくお願いします。

「おはよう!セン」

「……おはよう」


 朝の日課を終えて食堂へ顔を出そうとすると、いつになく元気なティキアと入口の手前で出くわす。目は醒めきっているとはいえ、朝一からこのテンションの高さは圧される。

 

 そんな彼は見るからにご機嫌で、剣を腰に携え、鎧や籠手などの防具も各部へ取り付け、既に支度が済んでいる。

 ここ毎日の流れから鑑みると珍しい光景。いつもは部屋着のままカウンターで帳簿付けや、武具の手入れをしていて、そこへ俺が合流から朝食を取るのがパターン。

 

「いい事でもあった?」

「ああ、今日は帰ってきたらご褒美が待ってるからな」

「それは、朝から精が出るわけだ」


 楽しみが後に控えていると、自然と元気が湧いてくる。

 俺の場合は新型銃が入荷される日に、早く試射や分解をしたいと、ワクワクしながら過ごした記憶がいくつかある。

 ご褒美が何なのか気にはなるが、もう出掛けようとしていたし、足止めするのも悪い。


「じゃあ、俺は食堂に行くよ。気をつけて」

「ありがとよ。それと、センも夜を楽しみにしてな」

「え?それって…」


 一瞬、思考が固まり話を聞こうとした時にはもう、バタンとドアが閉まって外へ去っていた。

 追いかけようにも身なりを整えないまま行っては迷惑がかかる。それに、ティキアが何処へ向かうのか定かではない。

 

 発言からして俺にも関係あるらしいけど、それも今日知ったばかりでさっぱり。

 どうしたものか……そうだ、彼以外で事情を把握していそうな人がいるじゃないか。

 その人に聞いてみよう。




「ご褒美ですか~」

「はい。知ってますか」


 お盆を持ち、朝食の配膳をしに来たリームさんに、先の件について心当たりがあるか問うている。 

 ティキアは帰ってきたら、と言っていたのでまず場所はこの宿で間違いない。

 なら、妻のリームさんであれば、何を指しているか分かる可能性は高い。


「今日はあの日ですから~、その事でしょうね~」


 思った通り迷いのない明瞭な返し。

 だが、謎がもう一つ増えてしまった。


「あの日、とは?」

「あら~、ご存知ないのですか~」


 配膳を終えた右手を口許へ持っていき、あたかも、知っているのが当たり前と言いたげな口振り。

 この驚きようは引っ掛かる。来て日の浅い俺が、家庭内のイベントを知らなくとも、そこまで気に留めないはず。

 せいぜい「あの人から聞いて無いんですね~」で終わるだろう。


 もしかしてリームさんの言うあの日とは……この家に限らず、一般的に特別な日ではなかろうか。

 一応、心当たりはある。昨日、クランヌとシルムから明日の休憩時間を延ばしてほしいと要望を受けた。

 

 そのときは特に疑問に思わず承諾したが、それも関係している可能性は大いに考えられる。

 推測をぶつけて確証を得ようとするが。


「では~、私からは喋らないでおきますね~」


 お盆を抱え何処か楽しげに厨房へ戻ってしまうリームさん。あの様子では問い詰めても悉く躱されてしまいそうだ。

 それに、食事を前にして席を立つのも憚れる。

 今は目の前の、湯気を立て食べ頃の食事にありつこう。


「いただきます」




 一つのことに疑問を抱き始めると、関連性があるかもと別の方にまで注意が向く。


 商店街の露店が品揃え、品並べを数日前から変えているのも、往き交った人の女性比率が高いのも、今日に関係しているのではないか。 

 最近の青果を販売している店は少しカラフル。というのも、多種の果物が手前に陳列されている。

 そこから連想できるのは収穫祭の類か。だが、そんな日数掛けるものでもないしな……。

 

 考えている内に孤児院へと到着し、これまた珍しく、シルムそしてクランヌが中から出迎えに来た。


「もう来てたのか、早いな」

「ええ、準備がありましたので」

「朝から一緒でしたよっ」


 顔を見合わせる彼女たちを仲睦まじいと思いながらも、こちらの心境は穏やかとは言えなかった。

 

 二人の様子から、行事ありだとほぼ確定したのはいいが、未だに内容は把握してないわけで。

 尋ねるか黙っておくか悩み所である。リームさんと同じように驚くだけで済めばいいが、知らないのを突っ込まれると弱い。

 かと言って聞かないでいたら、後々ボロが出たとき取り返しが難しくなる。

 

 秤にかけてどちらを取るか……いや、考えるまでもないな。

 意を決して聞く。それしかない。

 いつ、無知が露呈するかハラハラしながら過ごすのは精神的に疲れる。


(それに、嘘を重ねるのも…な)


 全てを話すことは出来ないが、浅からぬ関係の彼女たちには、可能な限り誠実でありたい。


「今日は特別な日なのかな」


 問いに一度こちらを見た彼女たちは、無言のまま二人で向き合い、確かめるようにこくりと頷いた。


「やっぱり知りませんでしたか」

「図らずもサプライズですわね」

「……まるで分かってたみたいだ」


 あまりにも事が自然に進行していくものなので、些か気負っていた身としては拍子抜けする。


「気付いたのはシルムですけれど」

「昨日、センお兄さんの様子を見てもしかしたら、と思いまして」

 

 露骨な反応を示した覚えは無いが、お見通しだったらしい。

 俺ってそんなに読み取りやすいのだろうか。以前にも、シルムに意図を汲み取られたことがある。

 そういえばーー昔、仲間に考えを言い当てられたこともあったな。


『馬鹿とフィルターを掛けて見れば、貴方の考えは分かりやすいですね』


 そう彼らが答えたように取り繕うのが下手なのかもしれない。馬鹿は一言余計だが。

 

「結局、今日はどんな日なんだ」

「それはですね……後程のお楽しみ、ということで」


 皆して意地悪に勿体ぶる秘密主義かい。

 まあほとぼりも起きず、後で分かるならそれで構わないさ。




 区切りをつけたつもりでも、湧く興味にほんのりモヤっとしつつ、特訓は順序通り進み間食休憩の時間となった。

 

「一分経過したら出てきて下さいまし」


 準備のため出ていった二人の言いつけを守り、創造した空間で待機中。

 十分相当の時間を要するなら、そろそろ種明かしを期待して良さそうだ。体感では半日ほど焦らされているので漸くと言ったところ。

 

 一分きっかり数え外に出ると、ちょうど角から光輝くものを乗せた台車を押して二人が現れる。

 比喩表現ではなく本当に発光している。

 正確に言うとあれは光の中級魔法「ホワイトヴェール」で、四方を囲んで遮るよう展開されており、本命はあの中にあるのだろう。

 

 魔法への耐性の高さが売りだが、姿をくらますのにも使えるので、強ち用途が間違っているとは言えない。

 

「お待たせしました」

「一先ず中に入ると致しましょう」

「そうだな」


 しかし、それなりに規模のある物を積んでいるな。

 光の幅は30センチ程で高さは腰から首くらいまである。

 慎重に運んでいるのは不安定な面を考慮してか。


「では、お披露目しますっ」


 光の幕が粒子となって淡く薄れ行き、中にあった物を見た俺は既視感を覚えていた。

 上から白、緑、茶の丸型で三段形成。配色だけで見れば雪化粧された木のような。

 側面を塗らずあえてスポンジが剥き出しの箇所があり、段のふちにはクリームと果物を乗せてデコレーションされている。

 

 ああ、見覚えの元はウェディングケーキか。友人の結婚式で目にした。

 当然、外見などは別物だが引けを取らない出来映え。

 よく作り上げたな……。

 

「驚いて貰えましたか」

「うん、凄いとしか言えないけど。でも、そろそろ経緯を教えてくれないか」

「では、私がご説明を致します。本日はエストラリカにおいて一般的な行事、スイートデーと呼ばれる日なのですわ」

「スイートデー」


 聞くからにもう甘そうな響き。

 主要国のエストラリカで一般的なら有名な行事だろうし、リームさんが驚いたのも頷ける。

 

「起源は数百年前。当時では珍しい遠方のお菓子を仕入れ、口にした貴族の女性が『独り占めするのは勿体無い』と民衆に配ったのが始まりと言われてます。それから知人や友人へ手作りのお菓子を渡す習慣が生まれたのですわ」

「なるほど」


 自身の欲を優先せず分け与えるなんて、さぞ心の広い貴族だっただろうな。


「だから休憩を長く設けて、皆で食べようって話しか」

「いえ、これはセンさんお一人のものですわよ」

「え?」


 聞き間違えたか……そう思っていたが、よく見ると一人分しか食器とカップが用意されていない。

 この二つも覆ってたから、想像より一回り小さく、その分ホワイトヴェールの規模が広かったのか。

 それよりも、ケーキバイキングで二桁は優に越えるこの物量を俺に消化しろと。

  

「そもそも、どうしてこんな大きさに…」

「ええと、普段より凝ったもの作ろうってクランヌさんと決めまして」

「センさんのお陰で今年はスイートデーの試供品を多く頂き、この機会に還元しようと考えに至ったのですが、製作の過程で調子付いてしまい…」

「この三段ケーキが出来上がった、と」


 気まずそうに乾いた笑いを漏らすシルムとクランヌ。流石に度が過ぎている自覚はあるようだ。

 

(でも…良かった)


 彼女たちに対し俺は呆れより安堵を覚えていた。

 同年代より背伸びした立ち回りを要求される二人の、年相応な面を見れたことに。

 まあ、最近のシルムはだいぶ弾けてる気がするけど。


「食べきるのは厳しいでしょうし、センお兄さんが必要なだけどうぞ」

「いや、頑張って全部頂くよ。無理は……多少するけど」


 まさかの完食発言で場に走る動揺そして不安。

 この量を平らげる自信は、正直そこまでない。

 ただーー羽目を外したとはいえ、手間暇を費やして作り上げたのは事実。

 それを無下にするなんて、俺にはできない。


「限界って感じたら、ちゃんと潔く諦めるよ」

「分かり、ました。ケーキの切り分けは任せて下さいっ」

「私は紅茶の給仕を務めますわ。いつでも仰せ付け下さいまし」

「ありがとう」


 シルムは光魔法で階段を創造して身長差をカバーしつつ、ケーキ用なのか刃渡りの長いナイフで手際よく切り分けている。 

 クランヌは丁寧に紅茶を注いでいて、洗練された仕草は絵になる。

  

「どうぞ」


 差し出される断面の綺麗な三角形のショートケーキと、澄んでいて上品な香りストレートティー。

 今更ながら、相当贅沢な経験をしていると感じた自分に心の中で呆れつつ、手を合わせる。


「さて、頂きますか」


 先端にフォークを入れ一口大にカット。刺して、口にしたときの感想は、流石シルムと、これなら行けるかもの二つ。

 シルム作の生クリームはさっぱりとした甘さで、口当たりの軽いスポンジとマッチしていて口説さを感じない。

 甘さにうんざりすることも無さそうだ。

 

 クランヌの淹れてくれた紅茶は主張が小さく、ケーキの美味しさを損なわないものだった。

 もしかすると相性を考えてくれたのかもしれない。 

 この組み合わせなら手を休めず食べ進められるだろう。




 しかし、七割ほど腹に収めたところで身体に違和感。挫けるような辛さでは無いにせよ、軽い胸焼けがある。 

 救いなのは、下段のあと半分はココアが使われている。

 こうしてシルムは飽きないように、果物やゼリーなどの工夫を別の段にも施していた。

 ここまで来ればラストスパート。




「ううぅ、ご馳走さま」 


 たしかな充足感と強まった胸焼けを抱え、後ろの方へと倒れ込む。

 食後に行儀が悪いかもしれないが、今は動きたくないので許して欲しい。

 気付いた彼女らが近寄ってくる。付きっきりは悪いので途中から自主的に特訓をさせておいた。


「まさか完食なさるとは、お見事ですわ」

「本当に吃驚です…片付けは私がやりますから、休んでいて下さい」

「すまない」


 磁器同士が数回触れあう音がして、シルムは台車の方へ。

 今頃になってちょっと込み上げて来たから有難い。奥の手として魔弾の用意はあったけど、使わずに済んで良かった。

 言わば薬に頼ってるようなもの。


 でも、症状が慢性的に残りそうなので休憩した方がいいだろう。

 顔色が悪いのかクランヌは心配そうに覗きこんでいるしな。


「ご体調、大丈夫ですの?」

「いや、このまま横になるつもり。悪いが…」

「そうなさって下さい。シルムにも伝えておきますので」


 優しい声音の労いが身に沁みるようだ。お言葉に甘えさせてもらおう。

 休める時には休むと学び、自分で言うのも何だが寝つきはかなり良い。倦怠感も相まって早々に一眠りしてしまいそうだ。

 だが、寝る前に一つ伝え忘れている。


「ケーキ美味しかったよ。作ってくれてありがとう」


 きっと、傍にいたクランヌには聞こえたはず。

 シルムにも感謝するべきだが、ちょっと後回しにさせてくれ。

 今日は十二分に満たされたので、しばらくの間、糖分はいいかな…。

 そう思いながら眠りにつく寸前、耳元で囁かれたような気がした。


「私たちの想いを受け取って下さり、ありがとうございます」




 スッと目を開けると、澄んだ海を彷彿とさせる瞳が覗き込んでいた。

 後頭部には弾力のある柔らかい感触。どうやら、クランヌに膝枕されているようだ。

 そういえば、用意もせず地べたに寝っぱだったな。

 このアングルは一部分が目についてしまうので気まずい。

 

「ご機嫌いかが?」

「多分もう大丈夫。気を使わせてすまない」


 ぐっと身体を引き起こし、軽く動いてみるが特に問題は無さそう。

 

「あら、もうよろしいのですか?無防備なセンさんは新鮮でしたのに」


 口許を手で覆い、くすくすと揶揄うように微笑むクランヌ。

 意識しないでいたのに、そう言われては恥ずかしい。

 先程チラッと時間を確認したが、俺は随分寝ていたようで、それだけ長く観察されていたと思うと…。

 しかし、そう来るなら俺にも考えがある。


「まあ、クランヌの寝起きも中々だったけどね」

「……意地悪なこと仰いますのね」

「お互い様だろう」


 とりあえず顔を赤くさせられたし両成敗ってことで…俺のせいで時間を浪費してしまったので、収拾をつけないと。


「シルムは何処に?」

「あちらの方で体を動かしてますわ」


 示された方に視線を向けると、足運びを鍛えているシルムの姿。

 しまった、魔力供給がないから魔法の練度上げが出来ないのか。

 

 謝罪も含めてシルムへ感謝と、甘味は勘弁してほしい旨を伝え、少し特訓をして刻限となりお開きに。

 お礼の一環として皿洗いを手伝いながら、今日はいつにも増して濃い一日になったなと、幾分かの高揚を添え、思った。




「は~い、デザートですよ~」

「きたきた、待ってたぜ」


 宿の夕食後、目の前に置かれたのは綺麗な焼き色が付き、網目からリンゴを窺えるアップルパイ。

 そういえば、リームさんの分もあるのだったな…。

 体調は戻ったが、今食べると感覚がぶり返してきそう。

 申し訳ないが、断るとしよう。


「すみませんが、遠慮させて下さい」

「あん?リームの作ったアップルパイをーー」

「あなたは黙ってて~」

「はい」


 夫婦の力関係に苦笑をしつつ、お腹を擦って訳を話す。


「今日はもう甘い物は、その……」

「ほーう」

「まあ」


 一方はニヤニヤとした笑いに。一方は生暖かい視線に。

 こうなると状況は容易に予想できたので、話したくなかったが、背に腹は代えられない。

 

 納得はしてもらえたものの、この夜は居たたまれい時間を過ごす羽目になった。

バレンタインは過ぎましたが、基づいたお話なので遅いのはお許しを。


本編も近いうちに投稿したいと思ってます。

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